第383話 とあるオーランの禁酒目録ー「しおん祭」編①

 紫苑しおん学園の文化祭は、多くの人々で賑わった。


 室矢むろや重遠しげとおが『咲良さくらティリス』になっていたのだが、それ以外にも人間ドラマがある。



 ――文化祭の前日


 スマホで情報を集めている、3人の若い男たち。

 全員が、気取らない私服だ。


 彼らは、昼間のファミレス、そのテーブル席で話し合う。


 ジョッキを片手に、陽気な口調だ。

 鉄板の上でジュージューと音を立てる肉を食いながら、その合間に飲む。


「いよいよ、明日じゃん?」


「今回は、こいつらが目当てだぜ! 紫苑学園の三大女神である南乃みなみの咲良さくら室矢むろや……。ま、通信制に移ったようだから、見つけられれば、めっけもんだけど。この悠月ゆづきは通学だから、狙い目かね?」


「逆玉か。いいねえ……。ともかく、良さそうな女子がいたら、連絡先を押さえて、片っ端からインカレに誘えばいいさ!」


「ま、地道に営業するしかないよな……」



 彼らは、明示めいじ法律大学に通っている学生たち。

 

 『法律』と銘打っているものの、総合大学だ。

 前身が『法律学校』というだけで、現在は理系と文系のどちらの学部もある。


 都心部にあるため、地方から見れば羨ましい……のだが、在籍している学部や学年でキャンパスが異なる。

 東京の大学に合格した。と喜んで上京したら、自分の学部だけ隣県のキャンパスなど、ザラだ。

 

 かなりのマンモス校で、一緒に活動する、という『オールラウンド』だけで検索しても、100件を超える。

 『イベント』と『オールラウンド』の2つでは、前者のほうが組織的に動く印象。


 彼らは小規模のオールラウンドサークル――略してオーラン――で、同じ大学の人間でも首をかしげる知名度だ。


「紹介チケットを入手するのに、苦労したぜ~。お前ら、俺に感謝しろよ?」

「お疲れ」

「つーか、よく取れたな……」




 ――文化祭1日目


 紫苑学園への道のりを歩く、男子大学生たち。

 厳選した私服で、さり気ない小物使いだ。


 だが、正門までの光景で、異常に気づく。


「人が多すぎね?」

「ああ……。いくら、文化祭と言っても……」


 角を曲がったところで、陽キャの完成形たちは思わず叫ぶ。



「「「「何だよ、これっ!?」」」



 そこには、テーマパークのような行列があった。


 ご丁寧に、仕切りも用意されている。

 前後に動き、一列ずつ近づいていく流れだ。


 最後尾の立て札には、“2時間待ち” の表示。

 正門の前には警備員が立っていて、出てくる人の数だけ、入場させている。


 どうやら、同じ中高生や生徒の家族ならば、学生証などを提示して、別枠で入れるようだ。

 大学生は、招待チケットを持っていても、一般枠。


「お、おい……。どうするよ?」

「どうするって……。こんなの、付き合いきれねーぞ……」

「俺らが高校生と言うには無理があるし、そもそも昔の生徒手帳なんて、実家にあるかどうかだ……」


 路上にも人があふれているため、警備員が交通誘導と、雑踏警備をしている。


 どうにか、潜り込めないか? と見回したら、路上にパンダと同じ白黒を見つけた。

 上に赤いライトがあるので、少し違う。


「サツもいるのかよ……」


 こちらの白黒は、笹を食べないようだ。

 制服一式を着たまま、竹ごとバリボリ食われても、反応に困るが。


 パンダは生存戦略で、一年中ある竹と笹を食っているらしい。

 むしろ、苦手な食べ物だ。という説が本当なら、実に涙ぐましい努力。




 ――2時間後


 ようやく紫苑学園の敷地に入れた大学生たちは、見慣れぬ制服の女子ばかりの光景に驚いた。


 ここは女子校か? と見紛うほどの混雑ぶり。

 それも、5つ以上の制服だ。


「すげー!」

「どこの制服だよ? ここら辺じゃないよな?」


 魔法師マギクス演舞巫女えんぶみこの女子が、室矢重遠と会うために、押し寄せてきたのだ。

 彼女たちは、歌って踊る南乃みなみの詩央里しおりに手紙を燃やされ続けたことで、千載一遇のチャンスに賭ける。



 男子大学生たちは、さっそく最寄りの女子に声をかける。


「ねえ、君たち――」

「急いでいます!」


 通りがかった美少女――たぶん、女子高生――は、足を止めずに、同じ制服のグループと歩き去った。


「室矢くん、どこ?」

「高等部の『1-A』だって!」


 その会話を耳にした大学生たちは、周囲を見回した。

 見慣れぬ制服の女子たちは、全員が同じ方向へ進んでいる。


 釣られて行くと、校舎内で、女子が行列を作っていた。


 どこを利用する行列か? と先に行ってみれば、『1-A』の教室。

 メイドや執事の恰好をした生徒たちが、軽食を提供している。

 一部には、ミニゲームのコーナーも。


 ひょいと中を覗いたら、執事服を着た1人の男子生徒に、見慣れぬ制服の女子たちが群がっている。

 まるで、砂糖に群がるアリのようだ。


 大学生たちは、各々につぶやく。


「……アイドルか?」

「知らん」


 行列で待っている女子たちの視線に耐えられず、大学生たちは移動した。




「ねえ! 君たち、可愛いね? 読モにならない? テレビにも、出られるよ?」


 片っ端から声をかけている男は、全く相手にされない。


 美少女ではあるが、マギクス、演舞巫女。

 そもそも、雑誌やテレビに出ることに、興味はない。

 自分の流派から、処罰されてしまう。


 腕章による許可があるため、生徒会、文化祭の実行委員会、警備員は声をかけられない。


 とある女子が通り過ぎた時に、パスッというガスガンの発砲のような音と共に、男は崩れ落ちる。

 反対側から進んできた男子は、それを受け止めて、傍のベンチに寝かす。……と思いきや、大きな看板を両側で持った男子2人が、そのベンチの前に置いた。

 数分後に再び動かされたら、ベンチに寝ていた男はもういない。


 別の男子は、大きな箱が置かれた台車を動かして、どこかへ運んでいった。

 現場を見ている人間も、自然に行動されたことで、すぐに興味をなくす。


 銃火器の知識があれば、先ほどの音が、22口径のサイレンサー内蔵のハンドガンかもしれない。と気づけた。

 通常のサイレンサーでも、セミオートマチックの動作音が響くのだが、この内蔵モデルはかなりの消音効果。


 22口径は低威力で、それだけに音を消しやすい。

 暗殺に多用されている、ベストセラーだ。




「ねー? いいじゃん、少しぐらい?」

「そーそー! 俺らと一緒にいれば、楽しいよ? 有名人にも会えるぜ」


「ほら! 凄いでしょ? これ、赤坂タワーの写真だけど。私たち、いつもパーティー開いているんだ! すっごく、景色が綺麗でさ。イベサーに入らなくていいから、一度来てよ?」

「大丈夫だって! ウチらが、ちゃんと付いているから!」


 男女の大学生たちが、目をつけた女子に声をかけている。

 あか抜けた身なりと、言動だ。



 オーランの大学生3人は、内輪で話し合う。


「あいつら、何だ?」

「大手のイベサーの連中だよ。男のほうに、見覚えがある。ケーだいの幹部のはず」

「でかい箱でも、VIPシートを占領している奴らだな。金払いが良いから、担当も気合い入れて、フロアから女を引っ張ってくるらしいぜ?」

「へー! それで、わざわざ勧誘に来ているのかよ。あんだけ、女がいるのに……」


 彼女を作るのではなく、ただ女を増やすための活動。

 緩くやっているオーランの大学生たちには、理解できない。


 理由は、若い女を集めれば、そこに男と金がついてくるから。


 イベントサークルが必ずしも危険とは、限らない。

 大学の公認、非公認でも違う。

 しかし、規模が大きくなるほど、男女の確執は増えて、金が集まればヤバい連中も寄ってくる。

 良い女がいれば、先輩や上の立場を活かしたマウント合戦はよくある話だ。


 うっかりすると、同じ学生であるのに、幹部から詰められる。

 ノルマの金や女を用意しろと……。


 大学公認でも、事件が起きなければ、サークルの活動内容は精査されない。

 一種の無法地帯だ。



 並みの陽キャでは、近づくことすら許されない。

 比較的まともなイベサーでも、同格の大学に在籍している、同じ高校の出身のように、何かしらの共通点を求められるのだ。


 家が金持ち、女を引っ張ってこられると、何か強みがなければ、セレクションで落とされる。

 あ! 美人は、いつでも大歓迎だよ?


 まさに、彼らの最上位である、インカレ系のイベントサークルの大手。

 その中でも、支部を動かしている男女は、女子を次々に勧誘している。


「タカくーん! どいつも室矢って男子が狙いで、ぜんぜん釣れないよ~」

「だったら、そいつを見つけて、女を集めさせるか……」

「どこに、いるの?」

「高等部の『1-A』。今は教室で店員やっているから、終わるまで待つしかない」

「それまで、私たちが声かけるってこと? ハーッ……」




 休憩場所を兼ねた、喫茶コーナー。

 何とか座ったオーランの大学生たちは、自分のスマホを見ながら、話し合う。


「マギクスと演舞巫女か……。どうりで、制服に見覚えがないはずだ」

「これだけ美少女がいるのに、声をかけても、会話に応じてくれない……」

「室矢……。んー、分からん!」


 ナンパを試みたが、いつもと勝手が違う。


 東京で輝けるほどの、美少女ばかりでも――


 迫力があって、怖い。


「警官か、防衛官を見ているような気分だ」

「あれ、本当に中高生か?」

「せめて、1人の女子がいればなあ……」


 周りを眺めていたら、見覚えのある女子を見つけた。

 すぐに移動して、悠月ゆづき明夜音あやねに話しかける。


「悠月さん、だよね? 前に会ったと思うんだけどさァ……。覚えていないかな?」

「予定がありますので、失礼」


 ルビーと同じ、赤紫の目をした明夜音は、冷静にあしらう。

 だが、隣の金髪碧眼へきがんの美少女は、初々しい反応だ。


「隣の子も、可愛いね! 名前、何て言うの?」

「いや、私の名前はちょっと……」

「えー! いいじゃん! 俺らと回ろうよ? 人数も、ちょうどいいしさ!」


 戸惑う金髪少女は、腕を組んでいる明夜音に引っ張られた。


「行きましょう、む……。咲良さくらさま」

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