第382話 去りし室矢、生ける陽キャを走らす(後編)

 これで、紫苑しおん学園の文化祭は、無事に終わった。


 今日は、午前中の片付けと掃除のみ。

 午後の授業はなく、生徒たちの休養を兼ねている。



 高等部『1-A』にいる上加世かみかせ幸伸よしのぶたちは、担任から、悠月ゆづき明夜音あやねの通信制への移行を聞いて、打ちひしがれた。


「「「えええ~!!」」」


 大騒ぎになる教室で、俺は、最初に言ったからな!? と叫ぶ担任。


 男子は、せっかくの美少女を逃がしたから。

 それに対して、女子は、金持ちのお嬢様だから、色々と奢ってもらえるのでは? という期待を裏切られたからだ。



 文化祭の片付けが始まったので、幸伸はスマホでメッセージを送った。

 しかし、“これからは、お互いの場所で頑張りましょう” と受け流される。


 明夜音は社交辞令の別れをメッセージで残して、返信を待たずに、グループから脱退した。

 ネットは便利であるものの、引き留めが難しい。


 本命である明夜音を口説くための、クラスの打ち上げ。

 それは、今日に取りまとめをする予定だった。

 彼女の都合を優先して、絶対に逃がさないために……。


 だが、直接会っての会話や、連絡する手段はもうない。


 ここに、上加世幸伸の恋は終わった。



 待ち望んでいたクラスの利益が全て奪い取られ、打ち上げも領収書ありき。

 高校生として常識的な範囲、と釘を刺された以上、選べる店やメニューは限られている。

 他のクラスや部活動のように、私服でこっそりと高い店を利用する訳にはいかない。


 テンションが下がりまくった『1-A』の面々は、打ち上げは近くの店のランチで済ませることに決定。

 来ない奴がいても、それは自己責任とした。


 幸いにも、悠月家の配下が、昨日に後片付けまで完了。

 帰ろうと思えば、すぐにでも帰れる。



 タダ働きという結末に、担任も不憫に思った。

 教室の掃除ぐらいで、早めに終わらせる。


「お前らも大変だったし、今日はこの辺で終わるぞ? 世間は平日だから、制服でウロチョロしないように! それと、他のクラスは、まだ片付け中だ。出て行く時も、静かにな? 2日間の文化祭、本当にご苦労様」


 ゾロゾロと、『1-A』の男女が正門へ向かう。


 他の教室には大きなビニール袋やスクラップが並び、数人掛かりで運んでいる。

 だが、他のクラスや部活動の手伝いは一切せず、正午のチャイムを待たずに敷地を出た。

 クラスの打ち上げ、と言えば、部活の先輩も納得させられる。



 教職員も空気を読んで、『1-A』の邪魔はしない。

 彼らの売上は没収されて、対価は安い打ち上げのみ。と知っているからだ。

 それに、今日は自分たちの片付けをする日。

 責任者が認めたのなら、早く帰っても許される。


 他のクラスだけではなく、上の学年の生徒も、下手につつけば、自分たちまで言及される。と見て見ぬ振りだ。

 どこも調査されたら困る部分はあるし、次年度から管理体制が強化されれば、学園中に恨まれてしまう。



 『1-A』の生徒たちは、私服に着替えた後で、近所のファミレスに集まった。

 ちょうど、90分の食べ放題をやっているからだ。


 人数分の『食べ放題』を一括で頼み、バイキング形式の料理をどんどん選び、ドリンクバーで炭酸飲料などをグラスに注ぐ。


 少しお高めの『ステーキ』コースを選びたかったが、高校に支払いを突っぱねられる恐れと、女子が嫌がったことで断念。

 その下にある『小ステーキ&ハンバーグ』コースにした。


 これでも、フライドポテト、サラダなど、20種類以上がある。



 どの男子も、鉄板のカットステーキ、ハンバーグを注文して、そこにライスやパンを添えた。

 体育会系の部活に所属している奴は、料理による山だ。


 全員が、大食いバトルもかくや、という剣幕で、食い続けた。

 慌てた店員は、厨房にオーダーを出しながら、すぐ補充に回る。



 いっぽう、女子はカロリーを気にしたラインナップだ。


 サラダバーで、野菜だけ取ってくる。

 スープとサラダ。

 日替わりカレーを少量で。

 デザート中心。

 チキンステーキの定食で、がっつりと食う。



 『1-A』の生徒たちは、忙しく食べながらも、愚痴を言い続ける。

 ここに文化祭を欠席した鍛治川かじかわ航基こうきがいたら、さぞや憎まれたに違いない。


「もー、最低! 信じられんない……」

「あり得ないよね、ホント」

「デザートにしたって、話題の専門店が良かった」

「新しいスマホ、目をつけていたのに……」

「俺、新しいゲーム機を買うつもりだった」

「そういえば、アレの新作が出るよな」



 90分の制限時間になって、ファミレスから出た『1-A』の面々。

 腹がふくれたことで、多少は気が紛れた。

 あとは、有志で集まっての二次会だ。


「カラオケ、行く人ー!」

「あ、行く行く!」

「私も」


「カフェに行こう?」

「そうだね……」


 ともあれ、これで青春の1コマは終わった。



 ファミレスの食べ放題コースは、1人2,700円ほど。

 高校生の打ち上げとして、ギリギリで常識的な範囲だ。

 紫苑学園の生徒会が承認したことで、その分の現金が戻された。


 そもそも、『1-A』のミニゲーム喫茶の利益は、2日間で数十万円は堅い。

 室矢コースの利用者だけではなく、彼の顔を一目見て、声を聴きたい。という女子も、テーブルに着いていたからだ。

 直接話すことを諦めれば、行列に並ばず、入店できる。

 

 後ろに多くの女子が待っていたことから、初日の回転率は有名なアミューズメント施設のファーストフード店に匹敵した。


 2日目は激減したが、室矢むろや君のクラスということで、高いメニューを注文する女子もいた。

 その利益をクラスに還元すれば、最高で1人2万円は期待できたのだ。

 

 『1-A』の生徒たちが納得できないのも、無理はない。 




 ――翌日


 学校は、通常の授業に戻った。

 上加世幸伸は、他の魔法師マギクスならと、高等部の生徒会室で『ベルス女学校との交流会』を申し込むも――


「今は希望者が多いから、まず無理! それでも良いのなら、申込書を出して」


 投げやりに言った、生徒会長。

 澤近さわちか葵菜あいなが指差した机の上には、山になった申込書がある。


 幸伸は、何とか声を絞り出す。


「ど、どういう基準で、選考されるんですか?」


 考えた葵菜は、幸伸に答える。


「一応、成績や人格で選ぶけど。ベル女のほうでも、成否を出すよ! 私の口からは、何とも……」


 1年に1回だから、かなり厳しいよ? と付け加えられ、幸伸はすごすごと退室した。

 さんざん待たされた挙句に、やっぱり落選、となるのは、プライドが傷つく。




 帰宅した上加世幸伸は、マギクスや演舞巫女えんぶみことの接点を探す。

 ネットで検索するも、かんばしくない。


「警察官、防衛官なら、結婚できる可能性がある。ただし、必ず付き合えるわけではなく、大部分の女子は高校卒業までに婚約するのか……」


 マギクスの学校は所在地を公表しておらず、全寮制。

 それに対して、演舞巫女の学校は分かるが、こちらも男子禁制の寮生活だ。


「何で、あいつばっかり……」


 幸伸にしてみれば、室矢重遠しげとおはヘラヘラしながら、女体に埋もれているクズだ。


 目撃した男子のげんでは、マギクスや演舞巫女の制服を着た女子に囲まれて、そこで四方から押されながらも、逃げるために彼女たちを掻き分けていたとか。


 退魔師の評判を知らない幸伸には、全く理解できない。


 さらに、同じ紫苑学園の女子も、少なからず交ざっていたとか……。



 室矢の悪評は有名だろうに、それでも抱かれたいのか?


 高校生の恋愛ともなれば、手を繋いで仲良く、ではない。

 まして、日替わり定食のように女子を味わっている室矢が相手となれば、尚更だ。


 幸伸は一瞬だけ、自分も真似しようか? と思ったが、即座にかぶりを振った。

 そんなことをすれば、立場をなくすだけ。



「こっちは、代わり映えのしない面々で、飽き飽きしているってのによォ……」


 予定調和のように、室矢重遠も教室を去ったので、何も質問できない。

 謎は、深まるばかり。




 ――数日後


 室矢重遠と親しかった寺峰てらみね勝悟しょうごに詰めよる男子もいたが、多羅尾たらお早姫さきたしなめられて、引っ込む。

 そもそも、勝悟は一貫して、何も知らない、と言っているのだ。


 違う機会に、陽キャ男子の数人で、勝悟にプレッシャーをかける。

 ベルス女学校の生徒1人と親しくなった彼に合コンをさせようとたくらんだが、殺気を漂わせた拒絶で、言葉もない。


 退魔師の訓練を本格的にスタートさせて、同時に自分の女を守ることを自覚した寺峰勝悟は、必要と判断したら、始末するだろう。

 陽キャたちは、それ以上の深入りをせず、二度と帰宅できない事態を回避。 


 所属グループが違うため、無理強いはできない。

 男子に媚びず、周囲を助けている多羅尾早姫は、女子の中で発言力がある。

 ゴリ押しをすれば、そちらで悪いうわさが流れてしまう。


 勝悟と早姫は高級車で送迎されているものの、紫苑学園では日常の光景。

 ガードが固く、陽キャたちでも、放課後にどこかの店で囲むのは難しい。


 押せば流されると思しき小森田こもりだ衿香えりかにも、沙雪という少女がいつの間にか現れて、助ける。

 中等部のわりに迫力があるため、手を出せず。



 上加世幸伸は、自室のベッドに倒れ込んだ。

 文化祭が終わって、悠月明夜音との縁が切れたことで、燃え尽きている。

 だが、次の出会いを探すことも止めない。


「ハアッ……。次に室矢が教室にやってきたら、煽てて仲間に引き入れるかねえ?」


 もう、それぐらいしか、方法はない。


 やる気を失った幸伸は、自室のベッドに横になり、そのまま寝てしまった。



 幸伸は、食事の後で自室に引き籠もる。

 まだショックを受けているものの、さっきよりは落ち着いた。


 改めて、紫苑学園の文化祭を振り返ったら、金髪碧眼へきがんの美少女が気になった。

 伝手で入手した画像データを見たまま、無意識につぶやく。


「悠月の双子の妹と一緒にいた女子も、マギクスだよな? ベル女の制服だし……」


 咲良さくらティリスだっけか。

 そういえば、校内で彼女と話したな……。




 ――翌日


 上加世幸伸が生徒会室で、同じ1年の男子に『咲良ティリス』のことを尋ねたら、俺はよく知らない! と答えられた。


 その時には、事情を知っている男子は顔が引き攣っていて、役員机で作業中の生徒会長は大爆笑。


 しかし、ティリスの外見だけで言えば、咲良マルグリットの金髪碧眼をベースに、悠月明夜音のような落ち着きもあるのだ。



 笑い続ける生徒会長は、書記に連行された。

 何か言いたげな男子が代わりに、『ベル女との交流会』の申込書を受け付けることに……。




 自室でベランダのほうを見ながら、上加世幸伸は呟く。


「……ベル女に行けば、また会えるかな?」



 知らないことは、幸せである。


 かつて、死せる名軍師は、戦っている名将を上手く騙した。

 それとは違う形だが、紫苑学園を去った室矢重遠も、同じく陽キャを走らせたのだ。

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