第380話 後夜祭で終了する文化祭と2人の室矢

 俺は身代わりを立てて、クラスの出し物をサボった。

 他人から見れば、『咲良さくらティリス』の姿と声のままで、今は文化祭2日目の午後だ。


 スマホに届いたメッセージを見た悠月ゆづき明夜音あやねは、隣で腕を組んでいる俺のほうを見た。


室矢むろやさま。そちらの代理人は後夜祭を欠席して、『1-A』の希望者と打ち上げをするそうです。上加世かみかせさんの発案で」


 俺は、溜息を吐いた。


「どーせ、俺がモテるから、『他校の女子を紹介しろ』『一緒に遊ぶ機会を作れ』って話だろ? 他に狙いは――」

僭越せんえつですが、私と室矢さまを後夜祭に出したくないのでは? と愚考いたします。私よりも話しやすい、あなた様を押さえることで……」


 明夜音の指摘に、そっちの可能性もあったか、と嘆息する。


「あー。上加世は後夜祭をパスした後で、明夜音を狙うつもりか……。面倒だな」


「ご心配なく。室矢さまに成りきった代理人が応じて、上加世たちと打ち上げに行きますので。……もちろん、余計な言質げんちを取られないよう、その者に徹底しております」


 なら、いいか。


 結論を出した俺は、片腕に抱き着いている明夜音と一緒に、残り少ない文化祭を楽しんだ。




 ――後夜祭


 紫苑しおん学園のグラウンド中央に置かれたキャンプファイヤーの炎は、東京の都心部とは思えない、幻想的な光景だ。

 日が短くなってきたので、辺りは真っ暗。


 夕方までの雰囲気が一変して、キャンプに来ているような気分に……。



 今回は、警備員たちが巡回して、紫苑学園の敷地に残っている来客を外に出した後で、いったん正門を閉めた。

 例年にない盛り上がりで、これぐらいの警備をしなければ、安心できない。



『では、紫苑学園の文化祭の最後として、後夜祭のスタートです!』



 後夜祭の実行委員会が宣言したことで、踊り用のBGMが流れ出す。

 生徒たちは、思い思いにペアを作り、キャンプファイヤーを囲むように踊っていく。

 一周したら、アトラクションのように交代だ。


 その一部にいる俺と悠月明夜音は、慣れない仕草で手を取り合い、向き合ったまま踊る。

 長いようで短い一周を終えて、人混みから離れた。


 2日間の『咲良ティリス』は消え、元の姿に戻っている。

 俺の主観では、声がボイチェン程度だったけど……。



 休憩用のスペースに2人で座り、キャンプファイヤーの炎を眺める。

 原始的な記憶が呼び覚まされるのか、とても落ち着く。


 周囲には、生徒の振りをした男女の護衛がいる。

 悠月家の配下で、万が一の事態を防ぐためだ。


 明夜音は、普段とは違う、興奮した様子でつぶやく。


「夢みたいです。共学に通って、こんなに素敵な体験ができるなんて……」

「喜んでもらえて、嬉しいよ」


 手を重ねてきた明夜音に応じて、腕、肩、背中を触り合う。

 そのまま、彼女の舌もゆっくりと味わった。


 プハッと離れた明夜音は、余韻に浸りながら、その瞳に俺と後ろの炎による光を映し出す。


「……本当に、綺麗」


 小さく呟いた明夜音は、全身の力を抜いて、両目を閉じたまま、俺に身を任せてきた。

 このまま、お持ち帰りできそうだが、今日はその時ではない。


 高校生らしい、健全なお付き合いも、たまには悪くないか。

 ここまで盛り上がったのなら、初体験まで行っても、いいのだけど。

 初夜の作法を守るから、今日はお預けだ。


 俺はいつもより体温が高めで、準備完了している明夜音を抱きかかえながら、キャンプファイヤーの炎を眺めた。


 ちょいちょいと袖を引っ張られたので、腕の中の彼女を見た。


「ダメですか?」

「今日はダメ」


 ふくれた明夜音は、身じろぎをして、顔を背けた。


 本当に、雰囲気は最高だけどなあ……。



 ◇ ◇ ◇



「尊い」

「私が、あそこにいたかった」

「早く、彼氏が欲しい」

「キャンプファイヤー!」

Хорошоハラショー!(わーお!)」

「リーナ。ずいぶんと、テンションが高いわね?」

「夜間飛行は、やっぱり怖い!」

「夜の海も、怖い!」

饅頭まんじゅう、怖い!」


 紫苑学園の生徒会が用意した魔法師マギクスの教室では、窓から見下ろしている女子たちが好き勝手に言っていた。



「次こそは……」

「残念」

「誰か、北垣きたがき錬大路れんおおじに連絡を取れない?」

「室矢さまは引越しで、ご自宅が変わったようだけど……」

「学校長に陳情して、室矢さまをご招待する?」

「夜は1回に、何人ぐらいで?」

「炎が、綺麗でーす!」

「いいよね、炎……。フフフ……」


 演舞巫女えんぶみこたちの教室では、室矢重遠の寵愛を得ようと、マギクス女子よりも事務的に話していた。

 使命感に満ちており、ヤる気満々である。



 後夜祭がお開きになって、正門の前に横付けした車に生徒たちが乗り込んでいく。

 大型マイクロバスには、マギクス女子、演舞巫女たちが押し寄せる。


 ネットでうわさを聞きつけてきたナンパ野郎たちは、夜にも大勢いる警備員たちに阻まれた。

 人数の多さから、雑踏警備のパトカーが上の赤色灯を光らせている。

 機動隊の車両も待機しており、すごすごと引き上げる。




 ――後夜祭の時間帯の打ち上げ後


 夜遅くに帰宅した上加世幸伸よしのぶは、さっそくスマホを確認。

 終わった直後にこそ、情報収集と分析をしなければならない。

 併せて、悠月明夜音をクラスの打ち上げに誘う。


 一段落したから、手早く寝る準備を済ませた。


 自室に戻って、着信や更新履歴を見たら――



「ハアッ!? 後夜祭で、室矢と悠月が抱き合い、キスしていた?」



 スマホの着信を見ていた幸伸は、素っ頓狂な声を上げた。

 SNSのグループからの情報によれば、多くの目撃者がいて、間違いないそうだ。


「くそっ! んなわけ、ねーだろ? 室矢はさっきまで、俺たちと一緒にいたんだ!」


 自室で叫んだ幸伸は、ベッドの端から学習机の椅子に移った。

 学校の裏サイトで、情報を集める。



 室矢重遠は、男子からの嫉妬で、散々にこき下ろされている。

 通信制へ移ったことで、直接的な嫌がらせ、イジメには発展しないものの、咲良マルグリットに横恋慕している連中が熱心なアンチになっているのだ。


 最近では、千陣せんじん流の繋がりで、南乃みなみの詩央里しおりとも関係があるのでは? と、そちらのファンからも叩かれている。

 女癖が悪く、自分が主催のグループ交際でベル女の生徒をつまみ食いした浮気によって、アンチは正当性を得た気分だ。



 とあるSNSグループで、隠し撮りされた、後夜祭の画像をチェック。

 それによれば、見えにくいが、悠月明夜音のようだ。


「悠月には、双子の妹がいる。だけど、室矢が後夜祭の現場にいるわけが……」


 双子の妹は存在せず、悠月明夜音の本人だ。

 けれども、上加世幸伸は、それを知らない。



 辻褄が合わない。


 幸伸は急いで、今日の打ち上げに参加した連中に連絡するも、やっぱり混乱していた。



 少なくとも、外見は室矢重遠だった。

 でも、本当にそうなのか? と改めて言われたら、自信を持てない。


 何しろ、同じクラスでも、全く喋っていないからだ。

 口数が少ないほうで、何が好きなのか? も分からない。


「あいつを知っているのは、寺峰てらみねぐらいだが……」


 寺峰勝悟しょうごは、違うグループだ。

 お願いする形で頭を下げるのは、我慢ならない。



 文化祭の人気ぶりから、逆に室矢重遠を持ち上げるコメントも出てきた。

 実際のところ、自分の学校で騒がずに、他校の女子と仲良くしているぶんには、対岸の火事だ。

 ここまで突き抜けたら、崇拝や、重遠を擁護して自分も女子と仲良くしたい、という男子が現れてくる。


 女子のほうは、距離を置いている。

 自分の友人が被害に遭ったわけではなく、通信制に移った重遠は大人しいのだから。


 顔が良く、急に活躍したことから、密かに想っている女子もいる。

 婚約者の咲良マルグリットを放置して、女遊びという点には、総じて良い感情を持っていないが……。


 ここに、義妹の室矢カレナが加わってくる。


 カレナの占いは、数ヶ月の待ちが当たり前。

 未来予知に近い精度で、他の占いを寄せ付けない。


 政財界のトップすら注目しているため、彼女が夢中になっている義兄を貶すのは、はばかられる。

 2日間の文化祭では占いコーナーを担当して、高校の文化祭に来そうもない面々が行列を作っていた。


 紫苑学園に通っている女子のうち、カレナの信者は、室矢重遠のことを無条件に肯定しているのだ。


 この微妙なパワーバランスによって、重遠の評価は何とも言いにくい。



 裏サイトの新しいスレッドで、“室矢重遠に女子を紹介させる方法を考えよう” も作られた。

 その書き込みを追いながら、上加世幸伸は考え込む。


 後夜祭の時間帯の打ち上げに参加した重遠――成りすました別人――から、通信制の学習に戻るので、明日から通学しない。と言われた。

 連絡先や住所を聞いたが、やんわりと拒否される始末。


 今は、学校の連絡網で個人情報を記載していない。

 SNSのグループやメールで十分だし、専用の学内ネットもある。

 したがって、ディリース長鵜おさうの情報から更新されず、引越し先の物件は分からないのだ。


 重遠は車で送迎されているため、尾行して自宅を突き止めることも不可能。

 今日の打ち上げでも、迎えの車が来て、視界から消えた。

 ついでに送ってくれる、という展開もなし。


 幸伸は、自分に都合が良い結論を出す。


「み、見間違いだろ? 室矢は後夜祭の時間に、俺たちと一緒にいた。それが事実だ」

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