第379話 一体いつから室矢重遠だと錯覚していた?

 午前中が自由時間になった、紫苑しおん学園の高等部『1-A』の陽キャたち。


 彼らは、男子だけの小集団になって、他校の女子に声をかけていた。

 3人ぐらいで固まっている連中が、主なターゲット。


 陽キャのSNSグループで情報収集をした上加世かみかせ幸伸よしのぶは、昨日の人気ぶりをよく知っている。


 演舞巫女えんぶみこ魔法師マギクスの女子たちは、重遠しげとおが目当てだ。

 なら、それを利用しない手はない。


「やあ! ウチの文化祭は、どうかな? その制服、ヘクセンの附属ふぞくだよね? 良かったら、俺らの教室へ来なよ! 室矢むろや重遠って人気者がいるから、特別に紹介できるぜ?」


 重遠に置いていかれた男子2人も、それに追従する。


「そ、そうそう! 俺たち、室矢の親友だし!」

「SNSのグループを作らない? あとで、そいつと会わせるから!」


 だが、女子たちの反応は鈍い。

 スマホを囲み、ひそひそ話の後で、リーダー格が幸伸に返事をする。


「すみません。私たち、もう予定が決まっているので……」


 つれない態度で、マギクスの女子たちは立ち去った。


 肩透かしの幸伸たち。

 他の演舞巫女やマギクスの女子を誘っても、同じ反応だ。


「何なんだよ!? 昨日と今日で違うのか? 室矢の名前を出せば、連絡先ぐらいは集められると思ったのに……」


 幸伸の叫びに、他の男子2人も困惑する。


「室矢が、嫌われたのか?」

「なら、いい気味だけど……」


 そろそろ、昼食を済ませて、午後からのシフトに備えなければいけない。

 愚痴を言いながらも、3人は『1-A』へ戻る。




 陽キャの上加世幸伸たちに声をかけられた、マギクス女子の集団。

 彼女たちは、ひとけのない場所で話し合う。


「今日は、室矢君がいないって?」


 スマホを見ながら、指で触っている女子は、うなずいた。


「ダミーだってさ! どうも、悠月ゆづき家の明夜音あやねさんが、室矢君との後夜祭をご所望らしくて……」


 校舎の天井をあおいだ女子が、大いに嘆く。


「あそこのお嬢様か! じゃあ、もう帰る?」


 他の女子たちは、それに反対する。


「せっかく来たんだし、適当に回ろう?」

「昨日、無理してでも来れば良かった! 先発組は、たっぷりと話せたのに……」


 

 真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)の1人、悠月五夜いつよが当主である悠月家を敵に回すことは、愚かな選択だ。


 悠月明夜音が情報は、マギクス女子のネットワークで瞬く間に広がり、陽キャの誘い文句が通用しない状況に。




 室矢重遠とお近づきになりたい演舞巫女のほうも、同じく情報が回る。


「さっき、マギクスの女子から聞いたんだけど……」


 それを聞いた少女たちは、同じ学校のSNSグループなどで確認。

 間違いない、と結論を出した。


「偽者を相手にしても、時間のムダね」

「せっかくのチャンスだったけど……」

「仕方ない。次の機会を待ちますか……」


「ウチの連絡網で、すぐに流しておいて!」

「りょー!」




「演舞巫女のネットワークで、今日の室矢さまが偽者だって……」

「じゃ、聞いてみる? あの! ちょっと、いいですか?」


 止水学館しすいがっかんのセーラー服が、近くにいる『テレッサ海洋女学校』の生徒を呼び止めた。


 振り返った女子は不思議そうに、接点がない少女たちを見る。


「はい?」


「私たちは、室矢さまと会うために来ました。今日はその御方がいらっしゃらない……という認識で、合っていますか?」


 テレ女の生徒は、ああ、と納得した。

 すぐに、答える。


「ええ、そうですよ。詳しくは言えませんが、『1-A』の室矢さんは不在です」


「ありがとうございます。じゃあ、今日はもうムダかな……」


 テレ女の生徒は腕を組み、少し考えた後で、追加の情報を出す。


「後夜祭になれば、戻ってきますよ? 先約があるから、声をかけられませんけど……。私はせっかくだから、そこまで粘って、本物の室矢さんを見ます。ナンパされないように、同じ学校で固まる予定です」


「そうですか! 助かりました。これは、お礼です。ジュースでも飲んでください」


 お礼を述べた止水学館の女子は、貴重な情報を提供してくれた少女に、小銭を渡した。


「わざわざ、すみません」


 テレ女の生徒は、それを受け取り、立ち去った。




 ――生徒会の大部屋


 生徒会長の澤近さわちか葵菜あいなが、後夜祭に向けて、どんどん指示する。


りんちゃん。マギクスと演舞巫女の2つで、キャンプファイヤーを見下ろせる教室を押さえて! あと、告知も!」


 後夜祭は、ただでさえナンパをされやすい。

 紫苑学園では、校内アナウンスによって、生徒だけにする。

 人が多い今回に限り、警備員を巡回させることで、強制的に追い出す予定だ。


 忙しく動き回る生徒会メンバーを見ながら、葵菜は自分の事務デスクで伸びをした。

 そこに、ベルス女学校の木幡こはた希々ののが、やってくる。


「マイクロバスを数台、手配したわ! マギクスの女子はそちらにぶち込んで、帰らせるから」


「了解。演舞巫女のほうは、どうするんかねー? ……りんちゃん! 悪いけど、リーダーっぽい女子を見つけてくれない? 私が話すから」


 難しい顔の葵菜は、他に問題が起きていないか? をチェックする。



 ◇ ◇ ◇



 午後のシフトに入った上加世幸伸は、『1-A』のミニゲーム喫茶を見回す。

 一般公開の今日は、接客で大忙しだ。


 『室矢コース』で、大量の紅茶とお菓子を消費することは、分かりきっている話。

 ゆえに、1日目をベースに、かなりの在庫を用意したのだが――


「おい、全然来ないぞ?」

「今日こそ、誰かの連絡先をゲットしようと思ったのに……」


 なぜか、演舞巫女とマギクスの女子は、全く来ない。

 午前中はそれなりに訪れたようだが、昨日に比べて、激減した。

 自分のスマホを見た瞬間、すぐに帰ってしまう。


 彼女たちは、午前中に行われた情報交換で、今日の室矢重遠は偽物だ、と知った。

 けれど、非能力者の幸伸には、その事情を知るよしもない。



 1日目は外まで続く行列だった『1-A』は、他のクラスと同じように、そこそこの集客だ。

 ネットのうわさで興味を持ったのか、若い男たちが中を覗いては、美少女がいないことにガッカリして立ち去る。


 大量の在庫を抱えたまま終われば、利益が現金ではなく、紅茶パックとお菓子に化けてしまう。

 そうなれば、俺の責任に……。


 大赤字になることを恐れた上加世幸伸だが、悠月家の助っ人から、ウチで買い取ります、と言われて、胸をなで下ろした。


 これで、昨日の利益を守れる。


「残ったぶんは悠月さんの買取だから、下手に開封するなよ? 買った時のレシートか領収書も、ちゃんと残しておけ」


 幸伸の指示に、バックヤードを兼ねた給湯室にいる面々は、それぞれに返事をした。



 上加世幸伸はスマホで悠月明夜音からのメッセージに返信をしながら、ちらりとホールで接客している室矢重遠を見た。


「……俺の考えすぎかな?」


 重遠が明夜音を誘って、後夜祭の勢いでベッドインも狙う。と思っていたが、今のところ、動きはなし。


 送り迎えをされている明夜音は、後夜祭に出ないだろう。

 しかし、念には念を入れるべきだ。


 幸伸は、重遠の動きを封じることを優先。

 ホールにいる奴に、話しかける。


「室矢! お前、今日の打ち上げに来るか? 後夜祭に出ない連中で、集まるんだよ。まあ、次の週末ぐらいに、クラス単位でやるけどさ……」


「ん……。そうだな……。ちょっと待ってくれ」


 ポケットから取り出したスマホを弄っていた重遠は、幸伸のほうを見る。


「ああ、いいぞ……。しかし、珍しいな。俺を誘うとは?」


 お前を明夜音と一緒に、後夜祭へ行かせたくないんだよ。とは言えず、幸伸は誤魔化す。


「同じクラスメイトだろ? 文化祭で一緒に苦労したわけだし、今回ぐらいは参加しろよ。あ! せっかくだし、マーちゃんと南乃みなみのの2人も呼ぼうぜ? あいつらも、『1-A』の仲間だし」


 幸伸は、重遠の婚約者である咲良さくらマルグリット、同じマンションに住んでいたらしい、南乃詩央里しおりの名前を出した。

 質問に答えると見せかけて、自分が欲しい情報も入手するとは、さすが軍師である。


 だが、重遠は、首を横に振った。


「俺からは、呼べないな。すまん」

「いいって! 言ってみただけだ」


 幸伸は、上手くすれば、その2人とも旧交を温められるか? と思ったが、そこまで期待していなかった。


 仮に会えていたら、退魔師の業界を知らない幸伸は、咲良マルグリットを口説く気だった。

 ノリが良い彼女は、隙のない詩央里と比べて、すぐに落とせると思ったのだ。


 今は重遠の婚約者でも、まだ高校生じゃないか。

 俺のほうが、マルグリットにお似合いだぜ!

 家同士で勝手に決めたことだろうし、惚れさせれば、こっちの物。

 

 むろん、その場合は、確実に死んでいた。

 重遠が自分の身代わりを立てたことで、上加世幸伸の死亡フラグが消えた。と言える。



 笑顔で取り繕った幸伸は、『1-A』の男子に声をかけて、残りメンバーの確認と、店の予約を任せた。

 急な話だから、参加者は陽キャたちのグループぐらい。


 カップルは後夜祭に出るし、疲れているからパスという生徒も。



 室矢の顔の広さは、特筆に値する。

 1日目の様子を見ていたら、普段なら絶対に会えない女子と、簡単に遊べるのだ。

 自分たちのグループで一目置きつつも、その旨味うまみをしっかりと利用しよう。


 そう思った上加世幸伸は、文化祭の打ち上げで、何とかクラスに呼び戻すか、いつでも連絡できる関係になれないか? と悩む。



 幸伸は、室矢重遠をよく知らない。

 したがって、その反応を不自然に思わなかった。

 共通の経験や話題による矛盾にも、気づけない。

 姿形すがたかたちが同じで、声も一緒。

 

 もっと冷静ならば、自分とこれだけ丁寧に喋らないだろう、微妙に違和感がある、と察しただろうが……。


 一体いつから、目の前にいる男子を『室矢重遠』と錯覚していた?

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