第378話 一般公開される2日目の文化祭がスタート

 紫苑しおん学園の文化祭は、いよいよ、2日目。

 今日は一般公開で、中高生や関係者だけではなく、社会人も対象だ。


 俺は引っ越したばかりの低層レジデンス、WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の中で、悠月ゆづき明夜音あやねと合流。

 屋内駐車場で防弾仕様の車に乗り、魔法師マギクスの私兵も同乗した。

 紫苑学園の正門に横付けで停まったから、すぐに降車する。


 ここで別れても意味がないから、明夜音と一緒に『1-A』へ。


「おはよー」

「おはよう」


 昨日の興奮が残っている、非日常の空間となった教室で、誰もが浮ついた雰囲気だ。


「おはよう、悠月さん」

「アーちゃん。双子の妹がいるって、本当か?」


 俺と一緒に来た悠月明夜音には、さっそく陽キャたちのグループがお出迎え。


 このクラスでは、室矢むろや家の寄子よりこである寺峰てらみね勝悟しょうご多羅尾たらお早姫さきしか、気軽に話せる相手がいない。

 彼らは同じレジデンスに住んでいるものの、別の車で送迎され、通学している。


 俺が教室の窓の近くで、登校している生徒たちを見ていたら、陽キャの男子が数人、近づいてきた。


「あ、あのさ……。今日、どこを回るつもりだ?」

「一緒に行っても、いいか?」


 眉をひそめて、問いただす。


「悪いが、もう連れは決まっているから……。というか、いきなりどうした?」


 通信制に移るまで、ろくに話したこともない。

 高等部で編入して同じ教室にいたが、他人と同じ連中。

 そもそも、お前ら、誰?


 疑問に思っていたら、目の前の連中が、その答えを言う。


「いや……。お前、顔が広いじゃん? 誰か、紹介してもらえたらって……」

「俺たちも、自慢できる彼女が欲しいんだよ!」


 ああ、そういうことか。

 メグ――俺の第二夫人の咲良さくらマルグリット――も、通学していた時には、ベルス女学校と合コンをしたい、と言われていたようだし。


 俺と向き合っている男子2人は、拝むように懇願してくる。


「頼む! 今日だけでも、一緒にいさせてくれ! 食事でも奢るから!」

「お前の傍にいれば、女子が寄ってくるんだよ。せっかくのチャンスだ……」


 俺のメリットが、1つもないぞ?

 男子高校生が奢るのは、せいぜい、ファーストフードだろうし……。


 そう思っていたら、コツコツと歩いてきた悠月明夜音が、話しかけてくる。


「何の御話ですか?」


 見るからに狼狽ろうばいした男子2人は、慌てて離れる。


「何でもない! は、早く準備しないと……」

「室矢! 今の話、ちゃんと考えてくれよ?」


 彼らが開店の手伝いに取り掛かったのを見た明夜音は、手早く今日の合流場所を告げて、同じく立ち去った。



 今日は、1日目と逆のシフト。

 俺については、午前中がフリーになる。

 平等に文化祭を楽しむ、という名目だ。


 『1-A』を動かしている上加世かみかせ幸伸よしのぶは、クラスメイトの注目を集めながら、檄を飛ばす。


「じゃ、今日は大変だろうけど、頑張ろうな!」


 男女がバラバラに返事をした後で、執事服やメイド服に着替えていく。

 まだ眠そうな顔もあって、彼らのエンジンがかかるのは、せいぜい数時間後か……。


 悠月家による会計チームも、準備している。

 こちらは陽キャの話を聞き流したまま、今日の手順や書類をチェック中。



 上加世幸伸の話を聞く前に、こっそりと教室の外へ出た。

 さっきの男子2人を振り切るためだ。

 重要なことは、どうせSNSのグループに届く。


 冬の準備を始める、晩秋。

 朝の肌寒い空気を感じながら、堂々と廊下を歩く。


 どの教室も準備に追われていて、俺に目を留める奴はいない。

 あと、30分もてば、昨日と同じ戦場へ。


「今日は、一般公開だったな……」


 ぼそっとつぶやきながら、改めて正門のほうを見る。

 校内の声や物音があっても、外のざわめきを感じるほどだ。


 どこかの人気テーマパーク並みで、もう行列ができている……。


 俺は、生徒会室へと急いだ。




 ノック後に大部屋の扉を開けたら、生徒会や実行委員会が、動き回っている。


「見回り、どうだった?」

「今日のチケット販売は、徹底的に警備を固めろよ!」

「協力してくれる部活のリストに、変更はない?」


 その中で、生徒会長の澤近さわちか葵菜あいなと、ベルス女学校からのゲストである木幡こはた希々ののは、応接用のソファに座っている。


 ニコニコ顔の希々は、俺の顔を見るなり、昨日から預かっているリストバンドを指差しながら、宣言する。


「室矢くん、変身よ!」


 イラついた俺は、希々を問い詰める。


「木幡先輩! 少し顔を変えてくれれば、それで良かったのですが?」


 わざとらしく両腕を組んだ希々は、ソファに座ったままで言い返す。


「ウチは、男子のデータが少ないの。だから、あなたにピッタリで、別人と被らないキャラを選んだわけ! 姿を隠すとかは、安全上の問題があるし。そもそも、女子で埋め尽くされる状況なら、同じ女子にしたほうがいいわ……」


 筋が通っているだけに、腹が立つ。


「分かりました。ご配慮いただき、ありがとうございます。どこか別の――」

「生徒会のメンバーは、心配いらないわ。すぐに変身して!」


 はいはい。

 変身すれば、いいのだろう?


 右腕のリストバンドに指を添えて、ピッピッと操作。

 すると、魔法少女の変身シーンのように、金髪碧眼へきがんの咲良ティリスの姿へ。


 物理的ではなく、俺の身体の上に、新しいガワを被せているだけだ。

 俺からは見えないが、シスター服のような、ベル女の制服になっているはず。


 周りの生徒会メンバーは、驚きのあまり、書類や筆記用具を落とした。


「ええっ!?」

「室矢なのか?」

「嘘でしょ?」


 変身のリストバンドを用意した木幡希々が、周囲に説明する。


「そういうわけで、今日は室矢くんが、咲良ティリスになるから! よろしくね?」


 続いて、生徒会長の澤近葵菜も、俺に説明する。


「室矢くん。先に言っておくけど、次の文化祭で、この出し物は許可できないからね? 昨日の『室矢コース』の一件がネットに流れていて、所轄の生活安全課から職員室に問い合わせがきたんだ。それは、ウチで対応するけど……。幸いにも、悠月家が全面的に予算を出すため、学園内の警備はサミット並みだよ! 正門から外は、事情を聞いた警察による、雑踏警備。たぶん、ウチに突入する要員も兼ねていると思う」


 うなずいた俺は、真面目に返答する。


「お騒がせして、大変申し訳ございません。以後、気をつけます」


「別に、室矢くんを責めているわけじゃないよ? 同じ生徒に対して、『文化祭に出るな』とは、言いたくないしさ……」


 ひらひらと手の平を動かした葵菜によれば、ネット上で、演舞巫女えんぶみこ魔法師マギクスの美少女たちが押し寄せていて、絶好のチャンス! とあるようだ。

 文化祭の2日目は一般公開だから、まさに、厳戒態勢が必要。


 キリッとした表情の木幡希々が、追加で説明する。


「悠月家のご令嬢の希望で、室矢くんを出すことは、決定済み。解決策の1つとして、その『咲良ティリス』を用意したの。今日は、悠月さんと、後夜祭にも出るんでしょ? リストバンドは、あとで悠月さんに渡してくれればいいわ」


 動揺しつつも、高等部3年で副会長を務めている、北原きたはら晃介こうすけが続ける。


「室矢は、訪問者に絡まれやすい立場だ。ウチで女装していることを把握しつつも、他には知られないように! 問題が起きたら、勝手に判断せず、俺か澤近まで知らせてくれ!」


 ソファから立ち上がった、生徒会長の葵菜も、大声で叫ぶ。


「長い伝統を持つ『しおん祭』は、私たちで守るよ! 外で張っている警察には、絶対に介入させない!! その理由を与えるな! いいね?」


「ウィーっす」

「はい」

「分かってます」


 周囲の返事を聞きながら、俺はやってきた悠月明夜音と、2日目の文化祭へ。


 『1-A』には、双子の姉として、明夜音のそっくりさんが働いている。

 もちろん、悠月家の配下だ。




 魔法で『咲良ティリス』になっている間は、平和そのもの。

 午前中は、どの出し物もスロースタート気味。


 夕方の店仕舞いによって、後夜祭が始まれば、キャンプファイヤーに火が灯る。

 そこからは、男女ペアの踊りへ。

 本番は、そこからだ。


 長い準備期間で培われた共感と、2日間のお祭りが終わった開放感。

 さらに、普段は見られない炎、音楽に合わせての踊りで、告白へとつながる。



 一緒にいる悠月明夜音が、俺の耳元でささやく。


「室矢さま。今日の後夜祭ですが、クラスメイトの上加世さんに、しつこく誘われています。今は、トラブルを避けるため、保留にしていますけど……」


 賢明な判断だ。

 さて、どうしたものか?


 せっかく、明夜音が手間暇をかけて、共学の文化祭を楽しんでいるんだ。

 気持ちが最高潮になる後夜祭は、邪魔を入れずに楽しみたい。


「明夜音……。俺のを用意できるか? 今日の午後は、俺もシフトをさぼりたい。後夜祭になったら、自分の姿でお前と過ごそう」

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