第377話 陽キャ、文化祭1日目の終了で状況を把握する

 魔法によって外見と声だけ、非実在少女の咲良さくらティリスになった俺は、合流した悠月ゆづき明夜音あやねと2人で、紫苑しおん学園の文化祭を見て回る。


 女子に囲まれないと思えば、今日、明日ぐらいは、この姿に甘んじよう。


「それにしても、生徒会の大部屋で、言ってくれれば……」

「ま、まあ。意識しないで済むのなら、と思いまして」


 謝罪されたが、悪いのは、木幡こはた希々ののだ。

 どうしてくれようか……。



 階段の踊り場で集まっている、演舞巫女えんぶみこの小グループを見つけた。


「いいわね? 咲耶さくやさまの弟子にして、御神刀を預かっている室矢むろやさまと会えるチャンスは、今日ぐらいだから。何としてでも、お情けをいただくのよ! 何回でも!!」


「うんっ!」

「頑張ろう!」

御子おこを授かると、いいね!」


 やはり、俺だけ、貞操観念逆転の世界へ迷い込んだようだ。


 俺を狙っている女子たちは、ガチ勢の演舞巫女、面白がっている魔法師マギクスと、非能力者で他校の女子、ドサクサに紛れて俺と触れ合いたい紫苑学園の女子に、分類される。


 とりあえず、女子を見たら、敵と考えればいいか。


 大海で遭難した奴が、見渡す限りの水、水、水。

 されど、一滴たりとも飲むべからず。と、ぼやく感じだ。



 通りがかかった、『ソピア魔法工学高等学校』の制服を着たマギクスの女子は、悠月明夜音に、挨拶をする。


「ごきげんよう、悠月さま。隣の御方は? ……あっ、すみません。私、誰にも話しませんから!」

「ごきげんよう、篠崎しのざきさま。どうぞ、お気になさらず」


 顔を赤くした女子は、勝手に納得して、明夜音からの返事もそこそこに、すぐ立ち去った。


 よく考えたら、今の俺は、『咲良ティリス』の姿だ。

 明夜音は、その片腕を抱きかかえ、いかにもな雰囲気で、ピッタリとくっついている。


 俺は心配して、隣の明夜音に尋ねる。


「いいのか? アレ、完全に誤解しただろ……」


「相手が男でなければ、別に構いません。これだけ歩いていたら、今更ですし。変に狼狽うろたえるほうが、よっぽど怪しいでしょう?」


 溜息を吐いた俺は、後で南乃みなみの詩央里しおりたちに、説明しておいたほうがいいな。と考えた。


 どうでもいいけど、本当のお嬢様学校だと、「さん」ではなく、「様」なのだな……。



 校舎を一通り回って、体育館へと、足を伸ばす。


 こちらでは、舞台上で演劇、コント、ライブ、演奏、ダンスのように、長時間のパフォーマンスが中心だ。

 演劇部のように、練習に時間をかける部活動にとっては、1年の総決算。


「プログラムは……。軽音だから、ライブか……」


 つぶやいた俺は、悠月明夜音を連れて、暗い体育館の中へ。


 扉を開けた瞬間に、業務用オーディオ機器による轟音が漏れだしたので、すぐに閉める。

 重低音が、腹に響く感じだ。


 規則正しく並べられたパイプ椅子を後ろから眺めた後で、空いている場所に、2人で座った。


 明夜音は、俺の耳元で、ポツリと言う。


「共学の文化祭は、ずいぶんと楽しいのですね?」

「そうだな。2日間でこれだけ大規模にやる私立は、都内でも珍しいと思うけど……」



 ステージ上では、大学生らしき女たちがマイクで歌い、後ろのバンドメンバーの演奏もあり、大いに盛り上がっていた。


 アンコールに応えた後で、MCエムシー(マスター・オブ・セレモニー)を開始。


『みんな、アリガトー! 最近は、デイイベントのクラブも増えてきたから、一度行ってみてね? 私は渋谷のキャロットにいるけど、そちらはナイトクラブだから、卒業してからで! やっぱり、夜のほうが、盛り上がるけどね。ショットを飲んでから、音楽に合わせて踊ると、本当にサイコーで――』



 しばらく楽しんだ後で、体育館から出た。

 スマホを確認していた明夜音は、すぐに仕舞う。


「そろそろ、クラスに戻りましょうか?」



 『1-A』に再集合した生徒たちは、お祭りに特有の、ハイテンションだった。

 言うまでもなく、俺は、元の姿だ。


 1日目は、これで終了。

 明日も朝から動くため、在庫の確認などを済ませた後で、陽キャのリーダーである上加世かみかせ幸伸よしのぶの宣言によって、締め。


 現金は、教師の立会いの下で専門の警備員に預かってもらい、預かり証を受け取る。

 校内で販売する金券でやり取りするべきだが、今回はチケット販売が間に合わずに、高等部の『1-A』に限り、この対応に。


 大金のため、トラブルや横領の予防として、第三者が欠かせない。

 悠月家が手配した会計の専門家は2人以上で、厳格に管理した。

 小口現金だけ、仕入れ用、釣り銭として、残す。



 スクールカーストが低い生徒に、明日の分の買い出しや、残った片付けをさせる。

 あるいは、狙っている女子を含めたグループで、それをやる。


 これも定番の光景だが、悠月家の配下が担当するため、あっさりと解散に……。



 

 ――通学路にあるカフェ


 いつものテーブル席で、疲れ切った陽キャどもが、糖分とカフェインを補給する。


 明日は一般公開のため、もっと混雑するだろう。

 となれば、今日の情報交換と、明日の方針決めが、必要不可欠。


 高等部の『1-A』は、良くも悪くも、注目の的だ。

 買ったメニューを口に入れながら、スマホでSNSの情報や、学校の裏サイトを見ていた面々は、やがて顔を上げる。


 悠月明夜音を本気で狙っている上加世幸伸が、口火を切る。


「室矢は、どれだけ女子と仲が良いんだよ……」


 首肯した男子たちも、それぞれに、自分の意見を言う。


「まさか、あそこまで、顔が広いとはな……」

「他校の女子は、ほとんどアイツ目当てだったじゃん! ウチの女子も、交じっていたし……」

「ヤバいな、あいつ……」

「演舞巫女とマギクスの学校で、あれだけの種類の制服なんて、そうそう見ないぜ?」


 婚約者の咲良マルグリットを放置して、グループ交際で、ベルス女学校の生徒と浮気した。とは聞いていたが――


 今日の様子では、口説いたのではなく、自然に仲良くなったようだ。


 銀髪ロングに、オッドアイ。

 あれだけ目立つ容姿で、別人とは考えにくい。

 どのようにナンパしたのか? を知るだけでも、為になる。



 『1-A』の男子たちは、興奮した様子で、話し合う。


「ちくしょう! 鍛治川かじかわのやつ、適当なこと吹かしやがって……」

「話が、ぜんぜん違うじゃねえか! 知っていたら、室矢を仲間にしたのに!」

「いい加減にしろよ、あいつ……」


 自分たちが重遠の悪評を流していた事実を棚に上げ、陽キャたちは怒った。

 文化祭を欠席した鍛治川航基こうきは、また評価を下げたのだ。


 1人の陽キャが、ダンッと机を叩いてから、ぼやく。


「くそっ! 室矢に取り入っておけば、打ち上げの合コンどころか、定期的に紹介してもらえた! この文化祭だって、あいつの独壇場じゃねえか……」


 室矢重遠しげとおを仲間に引き入れれば、そのきらめく美少女たちと、自分も知り合いに。

 おこぼれにあずかれるだけで、気を遣うだけの価値がある。

 その大きなメリットを考えたら、本人が女誑おんなたらしか? はどうでもいい。

 何だったら、奢るぐらいのサービスはしただろう。


 要するに、イベントサークルの幹事みたいなポジション。

 高校生の活動範囲は狭く、常に親と教師の目があるため、本来は大学生からの話だ。

 重遠は、普通なら出会えない相手とも知り合いのため、この状況が成立した。



 上加世幸伸も、予想外の展開に、動揺を隠しきれない。


 悠月明夜音に、双子の妹がいる。

 だが、この文化祭で、室矢が接触した形跡はない。

 明夜音も、ミニゲーム喫茶のシフトの関係で、会っていない。


 陽キャ同士のネットワークで、重遠の行動は、全て分かる。


 大丈夫。

 あいつは、明夜音に手を出していない。

 双子の妹は無視して、彼女だけに集中するべきだ。


 明日のシフトでは、ウチの出し物にやってきた女子を口説くのは、やめておこう。

 どうせ、室矢が目当てだ。


 考え込む幸伸に対して、他の男子が文句を言う。


「お前、今日はずっと、美味しいところを独り占めだったよな? 明日は、俺らの番にしろよ?」


 笑顔を作った幸伸は、それに同意する。


「わりーわりー! 明日は、俺が裏方になるから……」


 それを聞いた陽キャどもは、話し合う。


「なあなあ! アーちゃんの双子の妹も、狙い目じゃね?」

「本人と瓜二つだしな! 次に来たら、連絡先を聞いてみようかな?」

「文化祭だし、イケるだろ!」


 馬鹿だな。

 そんなことをすれば、姉の明夜音に伝わるぞ?


 幸伸は内心でけなしながらも、表向きは、仲良しを装う。



 明日の後夜祭に明夜音を誘えれば、上々。

 そうでなくても、本命の打ち上げで、一気に距離を詰めよう。


 狙いを定めた上加世幸伸に対して、陽キャの1人が、別の話題を振る。


寺峰てらみねですら、ベル女を1人、引っかけていたじゃん?」

「陰キャのくせに、生意気だよな……」

「あいつにできたのなら、俺らにも……」

「まだ、明日があるって! 今日の調子なら、入れ食いだろ!」


 室矢重遠と陰キャ仲間だった寺峰勝悟しょうごですら、マギクス女子の1人と、仲良くなっていた。


 ベル女の2年主席である神子戸みことたまきが、主席補佐などを連れて、遊びに来ていたのだ。


 彼の正妻である多羅尾たらお早姫さきには、了承済み。

 しかし、浮気の話し合いで一触即発だった面々もいたことで、早姫の顔は引きることに……。


 そうとは知らず、彼らはひたすらに、鼓舞し合う。



 上加世幸伸も、自分たちを出し抜いた寺峰勝悟に、嫉妬している。

 しかし、本来の目標を見失ってはいない。


 明日も忙しいことから、リーダーの幸伸は、打ち合わせの終了を宣言した。

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