第376話 私、咲良ティリス! どこにでもいる非実在少女よ!

 紫苑しおん学園の文化祭。


 俺のクラスの出し物、高等部『1-A』によるミニゲーム喫茶は、大盛況だ。

 他校の女子の群れに呑み込まれかけた俺は、命からがら、生徒会の大部屋へ逃げ込んだ。


 応接セットのソファに座ったら、向かいには紫苑学園の生徒会長である澤近さわちか葵菜あいなと、ベルス女学校で高等部3年の木幡こはた希々ののの、2人がいる。


 どちらも人を揶揄からかうタイプだから、かなりウザい。



 手を叩いた木幡希々が、ポイッと、1つのリストバンドを投げてきた。

 受け取ると、バレのようだ。


「それでができるから、悠月ゆづきさんと楽しんできたら?」


 希々の提案に、俺は首を横に振った。


「彼女とは、シフトが違って――」

 コンコンコン ガチャッ


 あれ?

 悠月明夜音あやねだ……。


「失礼します。悠月ですが、こちらに室矢むろやさまは……。ああ! お待たせいたしました。では、回りましょうか?」


 困惑した俺は、すぐに質問する。


「クラスの出し物は?」


「私は『悠月明夜音の双子の妹』で、姉と同じ読み方の名前です」


 そういう設定で、を用意したわけか。

 もはや、何でもアリだな。


 納得した俺は、右手にリストバンドをつけた後で、希々に言われた通り、ボタンを操作した。

 自分ではよく分からないが、これでOKのようだ。


 すると、生徒会の大部屋にいる全員が、顔を背けた。


「希々ちゃん。私……」

「が、我慢して……」


 悠月明夜音ですら、若干だけ、顔が引きっている。


「む、室矢さま。それでは、参りましょうか?」



 おい、ちょっと待て?

 木幡希々は、何をやったんだ?


 そう思いつつも、明夜音に片腕を抱きかかえられて、そのまま廊下へ。




 生徒会の大部屋に面している廊下は、演舞巫女えんぶみこ魔法師マギクスの女子たちが、群れをなしていた。

 けれど、俺たちをチラッと見た後で、すぐに興味をなくす。


「あれ?」


 思わずつぶやくも、悠月明夜音に引っ張られて、場所を移る。




 その後は、お化け屋敷、展示物、謎解き、脱出、健全なカジノと、色々な教室を巡った。


 自主制作の映画の上映、小さなボールが走って、装置が動いていくカラクリ。

 変わったところでは、バーチャル配信者になれる体験コーナーも。


 今年度の文化祭は、過去に類を見ないほど活況で、どこも大賑わいだ。

 在庫が尽きて、早々に店仕舞いの屋台も、増えてきた。


 相変わらず、演舞巫女とマギクスの女子がうろつくも、全く引っかからず。

 木幡希々の性格から、何か仕掛けてくると思ったが、杞憂だったな!



 さっきまで接客していた『1-A』に立ち寄ってみたら、相変わらず盛況。

 クラスの男子は接客がてら口説くも、お目当ての人物がいないのか、すぐに会計を済ませ、立ち去っている。


 男子の1人が、不思議そうに、悠月明夜音を見た。


「あれ? 悠月さん?」


「私は、このクラスにいる明夜音の妹、『あやね』です。双子のため、同じ読み方になっています。姉がいつも、お世話になっております」


 へー、そうなんだ。と返した男子は、すぐに引き下がった。


 離れた位置では、明夜音のそっくりさんが、給湯室のスペースから、料理などを運んでいる。




 連れの悠月明夜音が少し離れたので、俺も用を足す。

 ちょうど個室から出てきた時、他の男子が入ってきた。


 目が合う。


「え? ……ご、ごめん!」


 慌てたように、走り去った。


 理解できないまま、洗面台で手を洗おうと――


 鏡には、ベルス女学校との交流会で見たことがある、ベル女の制服を着た女子の姿。


 ストレートの長い金髪に、青い瞳。

 女子高生として、背は少し高め……。


 木幡希々が俺を女装させた時に成りすました、咲良さくらティリスだ。

 その設定は、咲良マルグリットの姉。


 俺自身の視界と触った感触は男のままだから、外見だけ何らかの方法で、変えているらしい。

 光学迷彩の一種だろう。


 つまり、咲良ティリスとは、非実在少女なのである!



「あ、あれ? 私(俺)、どうなって……」


 思わず口にしたら、可愛い女子の声だ。

 しかも、俺と言っているのに、自動変換で、私になっている。


 今まで「俺」と喋らなかったうえに、大勢の女子に狙われすぎて、自分の声も意識しなかった。


 あの女、やりやがったな……。




 木幡希々のイタズラに憤慨しながら、廊下へ戻った。

 トイレから少し離れた位置で、悠月明夜音を待つ。


 ぜんぜん、帰ってこない。


 その時、『1-A』で陽キャの頭である上加世かみかせ幸伸よしのぶが、近寄ってきた。


 うげっ!?

 よりによって、このタイミングで……。


「ウチの文化祭に、ようこそ! お勧めがあるんだけど、案内しようか? それとも、場所が分からない?」


 こいつは女子が相手だと、こんな感じか……。


 俺は平静を装いながら、あしらう。


「お気遣いなく。人を待っているだけですから……」


 とたんに、幸伸は、勢いを失った。

 営業トークを止めたようで、雰囲気が変わる。


「お前も、室矢に会いに来たくちか? ハアッ……。本当に、今日は何なんだ……」


 俺も、今日は何なんだ!? と叫びたい気分だけどな?


 幸伸は、こちらを見ながら、訊ねてくる。


「名前を聞いていいか? お前の顔、どっかで見た気がするんだけど……」


 ギクッとした俺は、思わず答える。


「さ、咲良ティリスと言います」

「咲良!? お前……咲良さんは、マルグリットって名前に聞き覚えはない? よく見れば、マーちゃんと似ているし! 姉妹か?」


 しまった。

 名乗らなければ、良かった……。


 この姿は、咲良マルグリットが原形だから、そりゃ似ているわ。

 金髪ロングで、青い瞳だし。


 質問攻めの前に、幸伸を納得させないと!


「私(俺)は、マルグリットの姉です。今日は妹の様子を見にきたのですが、ここにはいなくて……」


 うなずいた幸伸は、ようやく落ち着いた。


「お姉さんか……。どうりで、似ているわけだ。マーちゃんは、俺と同じ『1-A』にいたけど、今は通信制にいる。俺のほうが、聞きたいぐらいでさ……」


 俺と同じレジデンスに引っ越した後で、そこの共用施設を私物化して、遊んでいるよ。とは言えず、黙って微笑んだ。


 幸伸は後ろめたそうな顔で、訊ねてくる。


「なあ……。姉なのに、妹と連絡を取っていないのか? ……ごめん。今のナシで!」


 パンと合わせた両手で、拝むように、謝罪された。

 どうやら、複雑な家庭だ、と思われたようだ。


 気にしていない、と返したら、幸伸は、代わりに質問する。


「あのさ……。室矢って、そんなに魅力的か? 自分で言うのも何だけど、顔やトークなら、俺も負けていないと思うけど……。ていうか、あの熱狂的な人気は、異常だぜ?」


 同感だな。

 これだけ女子に追い回されると、絶滅寸前の動物の気持ちが、よく分かる。


 俺は、ひとまず、自分の意見を言う。


「彼女たち……。私(俺)たちは、マギクスだから……。住んでいる世界が違うんじゃないかな? 私(俺)にも、よく分からないけど……」


「そんなものかねー?」


 納得していない幸伸の愚痴に、少し腹が立った。


 こちとら、化け物を退治するか、浮気の仲裁をするか、女の相手をするかで、大変なんだぞ?

 たまに気晴らしで学校へ来てみれば、女子の群れに埋もれる始末だし……。


「例えばさ……」

「ん?」


 俺は、幸伸の顔を見据えたままで、言う。


「自分の命や学校を救われたら、感謝するでしょ?」

「あ、ああ……。そりゃ、まあ……」


「室矢くんは、ずっと登校しなかった。なら、その間に、何をしていたと思う?」

「何って……」


 幸伸は、そこで悩み始めた。


 俺は、思うままに説明する。


「高校生になった直後で、急に登校しなくなった。でも、ただ自宅に引き籠もっていたら、女子が押し寄せてくることはないと思う」

「まあ、そうだろうが……」


 自分のことを褒めちぎるのは気持ち悪いので、少し話を変える。


「上加世……くんも、普段は女子にモテるんでしょ? 『1-A』ではリーダーみたいだし、自信を持てばいいと思うけど……」

「あれ? 俺、名乗ったっけ?」


 慌てて、言い訳をする。


「午前中に『1-A』を覗いた時、ちょうど、名前を呼ばれていたから!」

「そ、そっか……」


 ここで、2人とも黙った。


 息を吐いた幸伸は、笑顔を見せた。


「うん。少し、元気が出てきたわ! サンキューな!」


 言うや否や、くるっと向きを変えて、走り去った。



 ん? 

 妙に、あっさりと引いたな?


 もっと付き纏ってくる、と思ったのに……。



 ふーっ。

 疲れた、疲れた……。


 そのまま、立ち尽す。

 気分は、自分のコーナーに戻っても、椅子が出てこないボクサーだ。



 あー。

 ホント、疲れるー。



 今度は、紫苑学園の制服を着た女子の1人が、俺の様子を窺いながら、話しかけてきた。


「どうかした? 辛いの?」

「いえ、ちょっと頭痛がするだけです。お構いなく……」


 男子に口説かれて、精神的に疲れたんだよ。とも言えず。

 あまり関わりたくないので、適当にあしらう。


 小首をかしげていた女子は、スカートのポケットをごそごそとする。


「はい、これあげる!」


 ポンと渡されたので、反射的にお礼を言いながら、両手で受け取った。


「困った時は、お互い様だから!」


 そう言った女子は、手を振ってから、立ち去る。

 後には、呆然とする俺が、取り残された。


 両手の上に載せられた物体を見る。



 フーッ


 かつて、これほどのピンチがあっただろうか?

 だが、それは、学園の中での話だ!


 一軒家、洋館、ベル女の旧校舎と、次々に戦いの軌跡が、頭に浮かぶ。

 そこで培われてきた経験と知識を総動員するも、解決策が出てこない。


 助けてー!


 助けて、明夜音ー!



「大変遅くなりました、室矢さま! ……どうか、なさいましたか?」


 入れ替わるようにやってきた、悠月明夜音の声。

 俺は、両手で受け取った姿勢のままで、顔だけ向けて、返事をする。


「た、助けてくれ……」


 口に手を当てて、フルフルと笑いをこらえている明夜音。


 彼女は、俺の手の平から物体を持ち上げて、自分のポケットに仕舞った。

 ようやく重荷を下ろせたことで、大きな溜息を吐く。


 あとで明夜音から聞いた話だと、その時の俺は涙目で、男子が見たら一発で惚れそうな、庇護欲を誘う感じの美少女だったらしい。

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