第373話 陽キャ、ただ天下泰平を憂うー③

 文化祭1日目の、紫苑しおん学園。


 高等部『1-A』の教室は、室矢むろや重遠しげとおに会うために殺到した演舞巫女えんぶみこの学生で、あふれ返っている。

 廊下の行列が外まで続けば、文化祭の実行委員会や教職員に呼び出されるか、出し物の中止だ。



 1-Aを動かしている陽キャたちのリーダー、上加世かみかせ幸伸よしのぶは復帰したが、まだ本調子ではない。

 そのため、八木下やぎした美伊子みいこが出した、さっきのような客に関しては室矢むろや重遠しげとおを専任とする案に、強く反対せず。


 美伊子としては、さっきのようにチップで稼ぎたい。

 だが、何回も繰り返せば、他の生徒に知られるし、トラブルにもなる。

 このまま、重遠を『客寄せパンダ』にしよう。と考えた。


 先ほどのチップは、自分の学校の生徒が暴れたことでの、口止め料。

 女子高生には魅力的な数字のお札だったことも、冷静な判断につながった。

 欲張って全部失うよりも、今ある金額を守りたい、と考えたのだ。


 割り切った美伊子は、クラスメイトに指示を出す。


小川おがわたちは、室矢が目当ての客をさばくために、専用のコースを用意! 一通りのお菓子をバスケットで出して、紅茶もつける! 金額は、1人500円。手書きでいいから、“この室矢コースを選んだ場合は、彼と1テーブルにつき10分の会話ができます” と大きい画用紙に告知して、待っている行列の前から最後尾まで流して。早く! ……いらない。相手に選ばせたら、混乱するだけ! あと、告知のついでに、室矢コースじゃない客を確認して、そちらは先に入れちゃって! その時には、『室矢コースのお客様は、もうしばらくお待ちください』と言ってね?」


中村なかむら鈴木すずきは、『室矢コースを希望されない方は、店員にお声がけください』という看板を作って! 目立つように、でっかく! それと、『最後尾は、こちらです。1-Aの室矢と話す必要がない方は、教室へ直接どうぞ』と書いた札を一番最後の人に渡して」


「みんな、空き時間で室矢コースをどんどん用意して! お湯は早めに沸かして、紅茶パックの残りにも注意してね? 本人がまだでも、ポットに茶葉を入れたら、砂時計と一緒に出しちゃって! あいつと話すタイミングで出していたら、ぜんぜん回らない」


 美伊子は近くに置かれたキッチンタイマーを掴み、ホールで接客している室矢重遠に手渡した。


「あんたの専用コースを作ったから、このふだがあるテーブルのところへ行って、1テーブル10分で会話して! 順番は、数字の小さいほうから。アラームが鳴った時に、『ご利用、ありがとうございました』で次のところへ行ってね? その時に札を回収して、私たちの誰かに渡して。……オーダー、料理運びと会計は、こっちでやるから! 手が空いたら、またホールに入って」



 ともあれ、室矢重遠は、『室矢コース』を注文したテーブルへの接客係に……。



「遊びに来ましたー! 夏の御前演舞の時、近くの観客席にいましたが、覚えていますかー?」


 ブラウンの長髪が特徴的な女子は、炎理えんり女学院の制服を着たままで、重遠と握手した。


 止水学館の演舞場2Fにある観客席で、重遠の近くに座っていた、外国人と思しき女子だ。


「俺のほうに手を振ったら、周囲の連中が、お前の顔を背けていたな……」

「はい。私は、武結城むゆうきシャーロット! シャロでーす!」


 ご丁寧に、名刺まで渡してきた。


 重遠はそれを読み、目の前に立つシャーロットを眺める。

 彼女のグレージュの瞳と、視線が絡み合った。


 慌てて視線を下げたら、今度は咲良さくらマルグリットに勝るとも劣らぬ、立派な巨乳が目に飛び込んでくる。

 全体の雰囲気も、そっくりだ。


「メグみたいだな……」


 そのつぶやきで、シャーロットが反応する。


「咲良マルグリット? 私も、山奥の異人館で、彼女に会いましたー! ひょっとして、関係者ですか?」


「婚約者だよ……」


 紫苑学園では、そういう認識だ。

 正確には少し違うのだが、重遠に説明する気はない。


 だが、友人の婚約者と聞いたシャーロットは、笑顔に。


「オー! それは、おめでたい話デース! 私も、何かレアアイテムを贈ったほうが?」

「ネトゲの結婚じゃないから!」


「メグと私は、姉妹のような関係! 今度、あなた達も、ウチに入りませんか? ちょうど、クラメンが抜けちゃって……」

「ソシャゲをやっている暇はない」


 ピピピピ!


 キッチンタイマーが、10分の経過を知らせてきた。


 重遠は、手にしている布きれを差し出した。


「こちらは、お返しするよ」

「残念でーす! 良ければ、ぜひ連絡してくださーい!」


 シフォン素材で淡いピンク色、小さなリボンがついた、ハンカチのような物体を返されたシャーロットは、自分のポケットに仕舞う。



 元気を取り戻した上加世幸伸は、丸テーブルで武結城シャーロットたちの会計をしながら、誘う。


「あのさ! 俺も、ソシャゲをしているんだよ! どの――」

「んー。申し訳ないけど、たった今、新しいクラメンが見つかりました。ごめんなさい」


 さっきまでの勢いが失せたシャーロットの返事に、幸伸は愛想笑いのままで、絶句した。




 演舞巫女の集団が去ったら、今度はシスター服のような制服の女子たち。

 大雀蜂オオスズメバチ、もとい、ベルス女学校だ。


 機密漏えいを防止するためか、左胸の識別章は外している。

 外から見える範囲には、武器を持っていない。



 クラスの陽キャとして、もう失敗は許されない。

 別の学校の女子で、今度こそナンパを成功させる。


 気合いを入れ直した上加世幸伸だが、現実は残酷だった。


「ヤッホー、室矢くん! お姉さん達が来てあげたぞ! タマちゃんの面倒を見てくれて、どうもありがとう♪」

「いえ。羽切はぎり先輩もお元気そうで……」


 ベル女の高等部2年で、黒髪ショートボブの羽切あかり――紫苑学園との交流会で知り合った――が、室矢重遠の首に手を回したままで、自分の身体を押しつけている。


 姉が弟にするじゃれ合いに、幸伸は呆然とした。


 重遠が粉をかけたのなら、クラスメイトの立場でとがめられた。

 けれども、これは一体どうしたことだ?


 クラスの天辺にしがみつく幸伸は、交流会に行った重遠が、アニメ1クール分、あるいは劇場版の活躍をした。とは想像もできない。



 今は室矢家の寄子よりこである寺峰てらみね勝悟しょうごと、多羅尾たらお早姫さき

 その勝悟と恋仲になっていたタマちゃん――ベル女の高等部2年の主席である神子戸みことたまき――は、重遠の仲介によって、勝悟の第二夫人になれたのだ。


 日本の四大流派の2つが、戦争になりかけたって?

 重遠には、もう日常のことだ。


 その浮気を清算する会談で無言の圧力をかけていたポニーテールの合法ロリ先輩こと雪野ゆきの紗織さおり、大人しそうなオレンジ髪でボブの常泉じょうせんはるかも、それに加わる。


 ベル女の高等部2年の主席補佐と、3年主席だ。


「よくやった! ご褒美に、私たちで前後から挟んであげるよ! ほら、常泉先輩は後ろから!」

「こ、こんな感じ?」


「やめろ!」


 そこには、制服越しで女体に包まれ、ワッシャワッシャと、上下左右に動かれる重遠の姿が。

 お店で頼んだら、かなりの料金になりそうだ。


 前を担当している紗織は小柄で、絵面的にヤバい。

 重遠の大事な部分を含めて、ギュッと抱きしめている。


 10分アラームの電子音によって、女子高生の擦り洗いが終わった。

 お客さん、もう時間ですから……。



 いくら先輩とはいえ、これはやり過ぎだ。

 

 そう思った重遠は、抗議の声を上げる。


「2人とも、いい加減にしてください!」


 一仕事を終えた雪野紗織は、その意味を理解したことで、思わず項垂うなだれた。

 そして、悔やむように、声を出す。


「ごめん。私、室矢くんの気持ちを考えずに……」


 重遠は、息を吐いた後で、返事をする。


「分かってもらえれば――」

「今度は、の女子を2人ぐらい、連れてくるよ! 待ってて!」


 生真面目な常泉遥も、それに応じる。


「3年でも、声をかけてみる――」

「いえ。お気持ちだけで、大丈夫ですから……」


 これでも、ベル女の学年ナンバー1、2だ。

 釘を刺さないと、本当に該当者のリストを出してくるか、俺の自宅まで連れてくるぞ……。


 重遠は、密かに覚悟を決めた。


 かくなる上は、実力行使をしてでも、ベル女に着払いで送り返してやる!



 もはや、異次元空間と化した、『1-A』の教室。

 健全な文化祭をどこかの企画物きかくものにしてはならない!


『東の蒼龍、北の玄武、西の白虎、南の朱雀。天地の間における収束きたれり。四縛の巨石にて落命せし――』


 キレた重遠が、難易度の高い巫術ふじゅつの詠唱をしかけた時に、羽切灯が割って入る。


「じょ、冗談だから! ほら、戻ってきて!」


 集中していた重遠は、両側のほおを引っ張られ、正気に戻った。


 本能的に危険を察知した灯の説得で、ようやく普通の雰囲気に。

 紫苑学園が巨石で押し潰される悲劇は、回避されたのだ。



 ベル女のグループは、急いで会計を行う。

 割増しの延長料金を取られては、たまらない。


 その担当は、また上加世幸伸。

 室矢重遠が女子に暴言を吐いた直後のため、ここで優しい言葉をかければ、口説ける。と思ったのだ。


 陽キャの誇りにかけて、確実に連絡先をゲットする。


 直立不動の姿勢で、深々と頭を下げた幸伸。

 頭を上げてから、一番ノリが良さそうで、発言力がありそうな雪野紗織に、話しかける。


「ウチの室矢がご迷惑をおかけして、本当にすみません! 先輩たちは、ベル女ですよね? 後日にお詫びをしたいので、誰かの連絡先を教えていただきたいのですけど……」


 紗織は丸テーブルの椅子に座ったままで、小首をかしげた。

 他の女子たちも、応じない。


 その沈黙に耐えかねた幸伸は、話を続ける。


「えっと……。そちらは女子校と聞いていますし、室矢とは違って、俺たちならノリいいんで! あ、もちろん奢りますよ? リクエストがあったら、すぐ予約させるんで……」


 ポニーテールの紗織は、隣に声をかける。


「それ、もう全部飲んだ?」


 肯定されたことで、空のアルミ缶を手に取った紗織。

 幸伸のほうを見ながら、確認して、と言う。


 訳も分からず、片手で受け取り、アルミ缶の底や側面を触る。


「か、確認しましたけど?」


 何かの手品をする、と思った幸伸は、紗織に返す。


 受け取った彼女は、片手で普通に握ったまま、力を込めていく。

 コキュッという、アルミに特有の音が生じた。

 そこまでは、女子でも可能な芸当だが――


 アルミ缶は見る見るうちに消えていき、紗織が握ったこぶしの中でグググと、プレス機で押し潰されたような音へ変わる。


 次に彼女が手を開いた時には、アルミ缶だった物体はその中心で1円玉の形になっていた。


「はい。これ、あげるー! 大事にしてね?」


 反射的に紗織から受け取った上加世幸伸は、てのひらの上の1円玉モドキを眺めるのみ。


 笑顔の雪野紗織は、別の店員に言う。


「お会計、よろしく!」

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