第372話 陽キャ、ただ天下泰平を憂うー②
2日間の予定で、最終日の夕方から後夜祭に入る。
1日目は、校内の生徒や教職員。
または、生徒の家族などの関係者――予め配った招待チケットを持っている者――だけ。
もちろん、本人の顔写真が分かる身分証明書を提示する必要がある。
2日目で一般公開――こちらも身分証明書と受付カードへの記入が必須――となる。
本来、生徒手帳などは非公式の身分証明書だが、見た目や服装で分かるため、この文化祭で有効だ。
紫苑学園は大手の警備会社と契約しているため、臨時で警備員を派遣してもらう。
英気を養うために、高等部の『1-A』は早めに上がった。
転校生の実家である
実は、嫌がらせによる破壊や、爆弾などを仕掛けられないために、彼らが24時間の警備をしているのだが、生徒たちは知らぬこと。
段取りが悪かったクラスや、こだわっているクラス、展示などを行う部活動は、遅くまで残っている。
日が暮れた後に、
――通学路にあるカフェ
『1-A』の陽キャ男子たちは、クラスメイトの悠月
リーダーの
「いいな? 誰が彼氏になっても、後からグダグダと言うなよ?」
一斉に
幸伸は、改めて現状を告げる。
「他のクラスの連中も、『文化祭で悠月を彼女にする』と、張り切ってやがる。俺らの誰かが付き合って、横取りされることだけは避けるぞ!」
男子の1人が、情報を提供する。
「聞いた話じゃ、他校の男子どころか、大学生の連中まで、色々と来るらしいぜ? 初日にも、マスコミが取材で来るみたいだし」
それを受けて、口々に話し出す。
「ああ、そうみたいだな……。うちのシーちゃん、マーちゃん、カレナちゃんは、三大女神で有名だし。アーちゃんも、
「聞いた話じゃ、芸能事務所のスカウトも来るらしいぜ?」
「ウカウカしていられねーな……」
「なあ? また、あの
その発言で、盛り上がっていた場は静まり返った。
悠月明夜音は、
しかも、彼はもう通信制で、久々に会ったら貫禄が増していた。
急に活躍していた時期とはまた別種の、自分たちとは違う重み。
たった数ヶ月で、大学生どころか、年配の社会人と接しているかのようだ。
重遠と接点がないことから、元クラスメイトでも、話す機会は少ない。
同じクラスメイトだった
もし明夜音が重遠と一線を越えれば、後からチャンスを
奴には、『女誑し』と言われるだけの実績があるのだから……。
普通なら、いつも教室で顔を合わせるクラスメイトのほうに、親近感を抱く。
でも、明夜音は距離を置くタイプで、よっぽどの出来事がなければ、口説き落とすことは無理だ。
放課後にも、すぐ迎えの車で帰ってしまう。
上加世幸伸は、周囲を励ますように、否定する。
「だ、大丈夫だって! あのクズは全く違うシフトへ放り込んだし、悠月は俺らのグループにいるんだぜ? まだ転校した直後で、緊張しているだけ! 打ち解けたら、もっと親しくなれるさ!」
その言葉で、他の男子たちは、肩の力を抜いた。
「だよな!」
「脅かすなって……」
「ごめん」
弛緩した空気の中で、幸伸は提案する。
「それより、全員での打ち上げは、どこにする? そちらは、悠月も参加するだろうし……」
幸伸の本命は、こちら。
悠月明夜音の性格を考えたら、後夜祭の前に帰宅するだろう。
後日のクラスによる打ち上げこそ、彼女を口説くチャンスだ。
スマホで明夜音とメッセージを交換しながら、幸伸は静かに機を待つ。
その様子は、まるで大軍を打ち破るタイミングを見計らう、軍師のようだ。
――文化祭 1日目
車も通れる正門の前に置かれた、ゲート。
掲げられた看板には、今年の年度と “しおん祭” の文字。
いよいよ、紫苑学園の文化祭がスタート!
正門から校舎までの広い空間は、屋台コーナー。
祭りと同じ、通路の隅に並び、左右から訪問者へ音や香りを届ける。
その手の業者から機材をレンタルしているようで、意外に本格的だ。
しかし、調理を含めた飲食物となれば、色々な制限も多く。
文化祭に出店している伝統がある部活動などが、同じメニューを出す。
権利に触れない形で、BGMが流れている。
昨今では、外で音楽を聞かなくなったから、これだけで非日常の気分に。
校舎の窓から出し物の内容を示す垂れ幕があって、教室内に色々な趣向を凝らしていることが分かる。
「お好み焼き、いかがですかー?」
「たこ焼きも、どうぞー!」
値段やイラストが描かれた張り紙と、店員になった生徒たちの呼び込み。
制服の上からエプロンという、至高の組み合わせだ。
『1-A』のミニゲーム喫茶は、大盛況だった。
暗幕で仕切り、給湯室のスペースにした空間で、メイド服の女子が声を上げる。
「誰か、コンビニでもいいから、お菓子とドリンク類を――」
「ただちに!」
最近になって見覚えができた女子が、リストをもらって、すぐに飛び出した。
悠月家の配下も、この短期間で馴染んだものだ。
本当の年齢は、知らないけれど……。
ミニゲームだけでも、客の相手はできる。
しかし、そんな生易しい混雑ぶりではなかった。
その原因は――
その視線の先には、執事服の室矢重遠がいた。
「夏の御前演舞で、
「あなたが、聞いてみたら?」
「えー!」
「
ガタッと席を立った女子は、思い詰めた表情で歩き、重遠の前に立った。
不思議そうな顔の彼に対して、彼女は両手を自分の側面につける。
「あのっ! 私、
ガシッ
両側から2人で腕を押さえられた実卯は、スカートの中でパンツを脱ぐ前に、取り押さえられた。
「はい。失礼しましたー!」
「お会計、お願いします」
「できれば、持ち帰りで! ああ、注文したメニューのことですよ?」
ズルズルと連行されていく少女は、まだ渡してない! と叫ぶも、抵抗虚しく、『1-A』から連れ出された。
いっぽう、使用済みの下着を渡されかけた重遠は、もう帰りたい、という顔で立ち
そこで開催された御前演舞に重遠が出場した時に、使用済みの下着で喜ぶ、という話が広がった。
それは
本人の意志がないまま、妙な儀式に成り果てている。
厨房から喫茶スペースを覗いた女子たちは、驚いた様子で話し合う。
「あれ、
「嘘でしょ?」
「え? 滅多に外へ出てこない、巫女さんの?」
「コスプレじゃない?」
他にも、演舞巫女の学校で学ぶ女子たちが見える。
さすがにパンツは脱がないが、総じて室矢重遠に好意的だ。
それどころか、
「お会いいただき、拝謝申し上げます。僭越ながら、ぜひ私をお試しくださいますよう、何卒よろしくお願いいたします!
「とりあえず、メニューから注文してください」
ホールにいる上加世幸伸は、あまりの事態に、言葉もない。
陽キャの代表として、人気の男子。
中等部までは、こういったイベントで女子から逆ナンされることも、多々あった。
高等部に進学した後の文化祭では、どれぐらいの連絡先をもらえるか? と期待していたのに――
「すいませーん!」
我に返った幸伸は、笑顔で女子の集団がいるテーブルに向かう。
彼女たちは、すぐに注文する。
「紅茶セット4つと、サンドイッチ2つで! それから、室矢さまと御話はできますか? 注文したメニューを持ってくる時にでも……」
どいつもこいつも、室矢、室矢、室矢!
気に食わねえ!
そう思った幸伸は、思わず口走る。
「君らは知らないだろうけど、あいつは高等部から編入してきた外部生でさ! 女子にだらしなくて、ウチでも困っているんだよ。居辛くなったのか、今じゃ通信制で引き籠もりだし! 絶対に、関わらないほうがいいぜ! あんな弱っちい根暗じゃなくて、俺と話を――」
ガタタンッ
椅子が倒れた音で、『1-A』の教室にいる全員が注目した。
重遠を貶していた幸伸も、唖然とする。
その丸テーブルで、最も幸伸に近い椅子に座っていた女子が、いきなり立ち上がったかと思えば、そのまま後ろにひっくり返ったのだ。
隣に座っている女子が、左手一本で倒れた女子を吊り下げている。
おかげで、後ろから無防備に、丸テーブルや床にぶつからなかった。
吊り下げている女子は、空中で
「頭を冷やせた?」
ぶら下がったまま、コクコクと
先ほどは、室矢重遠を貶されたことで、演舞巫女の学校に通っている女子の1人が反射的に攻撃しかけた。
隣の女子は座ったまま、視界の端で、その動きを捉える。
そして、彼女が幸伸のほうへ足を踏み出した瞬間に上着を掴み、後ろへ引き倒した。
ちょうど体が動いているタイミングだけに、あっさりと制圧された流れ。
殺人未遂の現行犯を制圧した女子生徒は、ゆっくりと下ろしながら、同じ丸テーブルの面々に言う。
「彼は、何も知らないのよ? これ以上の騒ぎは、やめてちょうだい」
三々五々に、了解の返事。
そこに、『1-A』の女子をまとめている
「ど、どうかしたの?」
しかし、オーダーを取っていた上加世幸伸は、黙ったままだ。
何が起きたのか? も分からないが、生まれて初めて殺気をぶつけられ、思考停止。
いっぽう、さっきまで少女を吊り下げていた女子生徒は、折り畳んだ紙片を美伊子のメイド服のポケットに入れつつ、笑顔で告げる。
「ちょうど、注文したかったの。紅茶セット4つと、サンドイッチ2つをお願い! 室矢くんが持ってきてくれたら、嬉しいのだけど? 会計は、後で払うわ」
チップをもらった美伊子の差配で、その丸テーブルには重遠が運ぶことに……。
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