第十一章 しおん祭でクラスの英傑は策を巡らす

第371話 陽キャ、ただ天下泰平を憂うー①

 同盟を結び、共通の敵を叩く。

 時には計略を用いて、あるいは裏切り、他の勢力を奪う。

 友好状態でも疑わなければ、相手に利用される。

 そこにあるのは、人間の全て。


 終わりなき戦いに疲れ果てた、万夫不当の武将にして、たぐいまれなる軍師が1人。

 姓は上加世かみかせ、名は幸伸よしのぶあざなは陽キャ。

 1-Aのクラスを率いている、と自称する、傑物である。

 乱世ならば、チュートリアルで主人公に倒されるモブだろう。



 陽キャ、自室で学習机に向かいつつ、思いを巡らす。

 面倒な予習・復習は遅々として進まず、スマホを弄りながら、ただ天下泰平を憂う。


 陰陽はどちらも必要なものであり、バランスを整えなければならない。

 過ぎたれば、当人を滅ぼす。

 だが、欠けたる部分を補い、その円環を目指すことこそ、我が使命。

 天は地と共にあり、火は水、明暗によって、世界は成り立つ。


 それは、男女とて、同じこと……。



 平たく言うと、他人に自慢できる彼女が欲しいのだ。



 もうすぐ、紫苑しおん学園の文化祭!


 しおん祭の準備が、急ピッチで進められていた。

 全ての部活動もなくなり、午後の時間帯を全て使える。

 ただし、『1-A』は、鍛治川かじかわ航基こうきが長期の休み。


 距離を詰めるチャンスとばかりに、転校生の悠月ゆづき明夜音あやねを囲った陽キャたちが仕掛けるも、紫苑学園に潜んでいる側近たちのせいで、ことごとく台無し。


「悠月さん! 悪いけど、一緒に――」

「承知しました」


 シュバッと現れた、いつもの男子生徒のコスプレをしているオッサンが、手伝ってくれた。

 他の陽キャが同じことを繰り返すも、無限増殖のように手伝いが増えていく。


 やがて、『1-A』の出し物は、高校生の余興とは思えないレベルで、しかも大幅な余裕を持たせた完成へ。

 簡単なミニゲームで、クリアすれば、安い賞品をもらえる内容だ。


 喫茶コーナーでは、お茶を出す。

 その衣装として、パーティー用に販売されている安物のメイド服、執事服か、学生服につける装飾品を買うはずだったが――


 こちらも明夜音の配下か、よく知らない女子生徒がアッという間に仕上げた。

 その手のプロがわざと、高校生が作ったのだろうな、と思わせる感じの仕上がりだ。


 パパッと採寸を済ませた後で、マークを付けた型紙を作る。

 本職が使っていそうな布を地直し。

 裁断して、出来上がり線をつける。

 しつけ縫いから、専用の機械でダダダと縫い付けていく。


 まるで、オーダーメイドの作業工程を見学しているような気分。



 苦楽を共にする作業での団結や盛り上がりは、どこかにいった。



 それでも、陽キャの指導者である上加世幸伸は、重要なことを言う。


「じゃ、じゃあ! 当日のローテーションを決めようぜ!」


 ここで同じシフトになれば、自然な会話で距離を縮められる。

 一緒に文化祭を回る口実にも……。


 男子は裏で壮絶な牽制けんせいをしていたが、むろん表に出さない。


 悠月明夜音と同じ時間帯になれた男子は、思わずガッツポーズをする。

 いっぽう、クラスの女子も、その組み合わせに一喜一憂。



 1-Aを仕切っている上加世幸伸は、久々に登校してきた室矢むろや重遠しげとおの様子をうかがった。

 新しい女の気配を感じたのか、こういう時に限って、何食わぬ顔で登校してきたのだ。


 今頃になって、何をしに来やがった? と胸ぐらを掴みたいが、今の重遠は怖い。

 戦争映画でスクリーンに出ている帰還兵のような雰囲気を感じるのだ。

 密林でゲリラと戦っていた兵士にも見える。



 1学期の終業式から、重遠は様々な経験をした。


 第二の式神を手に入れつつの、千陣せんじん流の本拠地での駆け引き。

 この世界を滅ぼす邪神、オウジェリシスとの対決。


 桜技おうぎ流の御前演舞への参加。


 沖縄のリゾート施設での様々な出会いと、室矢家の当主としての自覚。

 陸海空の防衛軍、USFAユーエスエフエー軍による防衛戦で、大蜘蛛おおぐもたちとの戦闘。

 さらに、並行世界への突入だ。


 咲良さくらマルグリットを取り戻すための、魔法師マギクスとしての防衛任務への参加。

 その野戦基地では、1ヶ月も過ごした。



 元陰キャの室矢重遠が、実戦に参加していた。とは、夢にも思わない幸伸。

 他のクラスメイトも、重遠の雰囲気が違うことで、戸惑っている。


 寺峰てらみね勝悟しょうごの浮気の一件では、その手で敵をあやめているのだ。


 ハッキリ言って、高校1年生の数ヶ月ではない。


 原作では、主人公の鍛治川航基が、どこまでも紫苑学園の学校生活だった。

 男子高校生の視点で動き続けて、得られたのはプレイヤーが選んだヒロインだけ。

 彼に日本や世界を救う義務はなかったし、その立場もなかった。


 けれども、室矢重遠は違う。

 日本を裏で支えてきた千陣流の上位家で、それを活かした行動を選べる。


 

 教室では、女誑おんなたらしの悪評があるのに、重遠を見つめる女子も。 

 元々、顔は良く、頼り甲斐が増したことで、思わぬ再会を密かに楽しんでいるようだ。

 休み時間には、珍しい動物を観察するがごとく、廊下に他のクラス、学年の女子たちの姿が……。


 そこに、悠月明夜音の声が響く。


「室矢さま! 文理選択は、どうなさいますか?」

「もちろん、文系。お前は、理系だろう?」


 明夜音のような、プライドが高い女子に言えば、一発で嫌われそうな返事。

 だが、彼女は笑顔のまま。


「物理や数学も、面白いですよ?」

「嫌だ……。俺、ただでさえ、やることが多いのに……」


 ぷくーと膨れて、不満そうな明夜音だが、次の授業が始まることから、自分の席へ戻る。



 陽キャ筆頭の上加世幸伸が恐れていた通り、悠月明夜音は重遠に興味を持ったようだ。

 わざわざ奴の席に歩み寄り、頻繁ひんぱんに話しかけているため、気が気ではない。


 幸伸は、お前には婚約者のマーちゃんがいるだろうがよ! と内心で毒づくも、はっきりとイジメをする学園ではなく、それほどの付き合いでもない。

 もう通信制に移っているため、スクーリングで一時的に登校してきただけ。

 クラスが文化祭の直前で盛り上がっているのに、いきなり突っかかっては、今後の自分の立場がなくなる。



 次の休み時間で、明夜音はまた、重遠に話しかけている。


「室矢さま。当日は、どこを回りましょうか?」

「明夜音は、どこがいい? 一通りでいいだろ。体育館は時間帯を考えないと、人混みでヤバそうだが……」


 幸伸は、チッと舌打ちするも、明夜音と重遠は別々のシフトだ。

 一緒にいられる時間は、ゼロに等しい。

 ここで妨害をしても、ただ自分が嫌われ、周囲にも軽蔑されるだけ。


 どうにか、悠月さんを名前で呼ばないと……。


 まだ名字でしか呼べない自分がもどかしく、後夜祭を一緒に過ごしたい、と願う幸伸。

 他の男子もライバルだが、この時ばかりは重遠を引き離すために、協力し合う。




 親睦を深める、ランチタイム。

 これだけは、絶対に譲れない。


 いつも通りに、教室で一番大きな面積を占めている場所。

 そこで、上加世幸伸は忠告する。


「悠月さん。室矢には咲良という婚約者がいて、他にも大勢の女子を泣かせている奴だから……」


 あいつに近づくな、とは言わず、いかにも紳士的に心配している風だ。

 それに対して、陽キャの女子たちも追従する。


「うん。あいつは、止めておいたほうがいいよ? 1学期の終業式でも、どっかの女子が『言われた通りに、ゴムを買ってきたから!』って叫んでいたし……」

「あ! それ、私も見た! ホント、酷いよねー。聞いたけど、義妹にもゴムを買いに行かせているんだってさ!」

「うっわ、サイテー!」


 その時は止水しすい学館がっかんの学生だった錬大路れんおおじみおは、親友の北垣きたがきなぎを救ってもらうため、1学期の終業式で押しかけた。

 そのため、澪が絶叫した姿を目撃した者は多い。


 ついでに、義妹の室矢カレナが、早く自分の相手をしろ、との催促のつもりで『薄々mm』を購入したことも、ボディーブローのように効いている。

 室矢重遠がダウンしたら、二度と立ち上がれないだろう。


 陽キャたちの重遠ディスに対して、悠月明夜音は、心配してくれたことへのお礼を述べるだけ。


 彼女は、本音で話すことがない。

 放課後や休日にグループで遊びたいものの、SNSで誘っても徒労に終わる。


 普通の女子は、友人から否定される男子とは付き合いたくない。

 もしくは、自分が好きな男子を貶されたことで、怒る。


 上加世幸伸は、明夜音がその感情を見せたら、『室矢への気持ちの理解者』を装って相談に乗り、そのまま親密になろう。と目論もくろんでいたのだが……。

 

 彼女は何を言われても微笑んだままで、受け流すのみ。



「悠月さんは、前の学校で何をやっていたの? やっぱり、魔法の訓練?」

「どちらかといえば、私共わたくしどもバレの開発です。申し訳ありませんが、重要な秘密のため、一切お話できません」


「すごいじゃん! 俺、悠月さんの格好いい姿を見てみたいな! 実験室とかで、魔法を使っているんだろ?」

「室長の許可がなければ、難しいと存じます」


「そこを悠月さんの力で、何とか!」

「私は、ただのインターンシップですから……」


 上加世幸伸は、ぜんぜん広がらない会話に、内心で溜息を吐いた。


 別の男子が、意気揚々と話しかける。


「俺、マギクスの女子に興味があってさ! 良かったら、今度一緒に遊ばない? あ、もちろん、このグループでだよ?」


「そうですね。しかし、私のお友だちは、学校の敷地から出ることが難しいです。機会がありましたら……」


 ここで、女子の1人が話に加わる。


「そういえば、悠月って、魔法は使えるの?」

「はい。でも、今はバレがないから、無理ですよ」


 幸伸はチラリと、寺峰てらみね勝悟しょうごたちと食事をしている室矢重遠の背中を見たが、すぐに悠月明夜音へ向き直る。

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