第370話 山科家でも兄より優れた弟はいないー④
ここの
さんざんに両親から脅されたことで、もう勝手に動く気はない。
しかし、形だけでも強がって、気持ちの整理をつけておきたいのだ。
「ハーッ。あれだけ美少女がいて、成果ゼロかよ。せめて、1人でも連絡先があれば……。
「うん。彼女の連絡先は、教えてもらえなかったよ……」
自分を出し抜かなかったことに満足したのか、玲司は今日の人気ぶりを自慢する。
「そうか。まー、そうだろうな! 俺のほうは、大人気だったぞ? 本命の
「僕は、遠慮しておく……」
隆元は、素っ気ない。
だが、兄の玲司は、その返事を予想していたらしく、気を悪くしなかった。
自分を肯定する兄に対して、隆元は槇島
最初に言っていた定期的なパーティーが、いきなり中止された。
ならば、理由があるはずだ。
考えてみれば、あの両親がサプライズで、女子を選び放題の合コンに連れていくとは思えない。
それに、さっきの剣幕は、尋常ではなかった。
室矢家はよく知らないが、ウチにとって頭が上がらない
初対面からパーティーの間で、ウチの評価が変わったのは――
たぶん、目の前にいる兄と、それに張り付いていた母親のせいだろうなあ。
僕は、あの槇島さんと普通に話していただけで、ガッつかなかったし……。
真実に辿り着いた隆元だが、わざわざ兄のプライドを
玲司の気が済むまで喋った後で、お開きに。
自室に戻った山科隆元は、バタンと扉を閉めて、内鍵も閉めた。
ようやく邪魔されない時間になったことで、息を吐く。
すぐに勉強をする気になれず、さりとて娯楽を楽しむ気にもなれない。
ベッドに倒れ込んだ隆元は、寝ころんだまま、自分のスマホを触った。
撮影した画像を呼び出し、ジッと見る。
そこには、昼に会っていた少女の姿があった。
盗撮にしては、正面から堂々としている。
「……もう、会えないのか」
胸の痛みを感じながら、寂しそうに
返事をしてくれない。
「100年以上も、変わらない姿……。どんな気分なのだろう?」
事前に如月から、もう会うことはない、と知らされていた隆元は、自宅で告げられても冷静だった。
最後の記念として、この撮影を許されたのだ。
あなたに彼女か婚約者ができたら、消しておいてください。と言われたものの――
「消せるかなあ……」
彼女や婚約者ができるかどうか? ではなく、如月への未練を断ち切れるのか? と悩んでいる。
その母性は凄まじく、ゆったりと包み込んでくれる感じだ。
少なくとも、騒がしい女子中学生には、珍しいタイプ。
しかも、お別れの前には、2人きりで励ましてくれた。
・
・・・
・・・・・
・・・・・・・
如月は山科隆元の耳に口を近づけて、
「こういう言い方は、あまり良くありませんが……。私は、あなたのお兄様よりも、あなたのほうが好きです。この姿のままですから、気持ちも変わりません」
驚いた隆元は、近くで自分の顔を見ている如月を見た。
「私は、あなたよりも弱かった人を知っています。常に命を狙われていて、
隆元が知り得ない、過去の
それを懐かしむように言った如月は、立ったまま、隆元と向き合う。
「あなたを見ていると、昔のその御方を思い出します。別に、『あなたも立派になれ』と言うつもりはありませんが……」
そこで、隆元は柔らかい感触と、花のような香りを味わった。
正面から抱きしめられている、と理解した時には、
いつの間にか、身だしなみを整えていたらしく、清涼感のある
「頑張ってください。続きは、あなたの彼女か婚約者としてくださいね?」
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
回想を終えた山科隆元は、ベッドで寝転がったまま、赤くなった頬を撫でた。
ちょうど、如月にキスされた部分を。
「女の子の体って、どこも柔らかいんだな……」
正面から抱きしめられた時は、お互いに服越しだったが、胸だけではなく、手足を含めて、どこも良い感触だった。
その香りも、男子とは全然違う。
初めて女子と抱き合ったことで、どうにも落ち着かない。
手慣れていた様子から、『その御方』と愛し合っているのだろうか?
何となくNTRされた気分の隆元は、再び溜息を吐いた。
むっくりと起き上がった隆元は、スマホの画面にいる如月を見た。
たった半日の出会いと別れで、自分の好みがしっかり固定された気がする。
これからの自分は、他の女子を見る度に、彼女と比べるのだろう。
目が似ているから。
声が似ているから。
雰囲気が似ているから。
「これから出会う女の子には、口が裂けても言えないや……」
他の女と似ているから、君を好きになった。
突き詰めれば、あの日に出会った如月の代わりに、君を抱きたい。
そんなことを言えば、誰だって激怒するだろう。
まだ顔も知らぬ、自分の恋人や婚約者になる女からすれば、常時NTRられているのと同じだ。
「でも……」
それほど魅力的な女子が、兄よりも自分のことが好きだ、と言ってくれた。
密かに劣等感を持っている時に、どれだけ嬉しかったことか……。
両親は、長男が最優先。
自分を愛していないわけではないが、例えば兄が大学受験で失敗したら、浪人や私立に通う分だけ、自分のリソースが減る。
まだ中学生だが、今から将来の選択で頭が痛い。
如月からは、長男のくせに次男へ家督を譲って、また別の家の長男になって苦労している事例を聞かされた。
誰かは教えてくれなかったが、その男はずいぶんと愉快な性格をしているようだ。
……今から思えば、たぶん『その御方』なのだろう。
その見知らぬ男に嫉妬しながら、自分の兄も苦労しているのかな? と違う視点を持つ。
如月は、言っていた。
昔の長男は、今では信じられないほどの重圧でした。
一家、あるいは、一族まで養い、常に優秀とされる結果を求められます。
泣き言は決して言えず、投げ出すことも許されず。
自分で自分を鼓舞しつつ、ひたすらに前へ進むことだけ。
その立場は一番上でありながら、誰よりも孤独でした。
「それができなければ、一家の、一族の恥として、存在そのものを消される……」
この山科家も、似たようなものだ。
だけど、僕は次男。
家督を継ぐ必要はない。
両親もそういう扱いなのだし、後でグダグダと抜かしても、相手にしなければいいだけ。
そう考えたら、一気に肩の力が抜ける。
今から勉強をしっかり行い、家族とは別の人間関係を築いていけば、自分が食っていく程度は何とかなるだろう。
実際に、日本の歴史を見てきた。
槇島如月の、自分は式神、という告白については半信半疑だが、その
実の母親より母さんらしい包容力って、どういうことだよ?
「尻軽にならない、ギリギリの線で慰めてきた。と考えたら、まさに小悪魔」
本気で誘惑されていたら、何もかも忘れて、彼女に溺れていたのだろうな。
『魔性の女』というには外見が若すぎるし、小悪魔というべきだ。
彼女とは、これで別れて、良かったのかもしれない。
もし傍にいたら、際限なく甘えていただろうから……。
そう思いつつ、ベッドの上に置いたスマホの中に収まっている如月を見た。
何となく、彼女はこう言っているように思える。
――だから、『人形の怪異は扱い辛い』と言ったでしょう?
隆元は学習机に向かい、『小悪魔系の美少女』如月ちゃんの画像のまま、卓上のホルダーに立てかけた。
見つめられているようで、実に落ち着く。
「どうせ、男子校だ。僕が大学生になるまでは、支えになってもらおうかな?」
彼が如月を忘れられるかどうかは別として、学校の成績は上がりそうだ。
思わぬ刺激で、将来のことも真剣に考えられた。
「あれ?」
何となく、画面の中の如月が動いた気がして、隆元は思わず目を疑った。
しかし、やっぱり同じ姿だ。
「気のせいか……」
本人も怪異だと言っていたし、そんなこともあるかな?
すぐに勉強に集中した隆元は、けっこう感覚がズレている。
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