第369話 山科家でも兄より優れた弟はいないー③

 婚約の申込みという、大事な話の途中で、割り込んできた男子が1人。


 寺峰てらみね勝悟しょうごは、自分の女に手を出されたことで、怒り心頭に発する。

 いっぽう、彼に腕をつかまれた神子戸みことたまきは、全く抵抗せず。


 眉をひそめた山科やましないずみに対して、せっかく手中に収めた獲物が逃げることで、長男の山科玲司れいじが騒ぐ。


「待てよ!? お前には、関係ないだろう? 神子戸さんは、俺と話して――」

 バシャッ


 興奮したせいか、玲司は、右手に持っていた紙コップの中身を派手にぶちまける。

 その先には、ちょうど環の腕を引っ張る勝悟がいた。


 顔を歪めた泉が、すぐに叫ぶ。


「玲司! ……こちらの不手際で大変ご迷惑をおかけしましたこと、心より深くお詫び申し上げます。今の御話は、いったん白紙に戻させて頂きたく存じます。そちらのお召し物のクリーニング代ですが……」


 被害者の勝悟は、即座に否定する。


「いえ。そこまでのお気遣いは、ご遠慮申し上げます。今の出来事は単なる事故ですから、どうかお気になさらず……。失礼します」


 ドリンクをかけられた勝悟は、駆け寄ってきた多羅尾たらお早姫さきに付き添われ、別室で着替えへ。


「パーティーの手伝いがあるので、僕も失礼します。お誘いいただき、ありがとうございました」


 ソファから立ち上がった環は、ペコリとお辞儀をした後で、山科家の親子から離れた。

 ふと、咲良さくらマルグリットのほうを見たら、小さく手を振っている。


 どうやら、咲良くんに借りができたようだね……。


 マルグリットが、位置を移動させる加速系の魔法で、玲司のちょっとした動きを増幅してくれた。

 その結果が、さっきのドリンクかけだ。

 遠方からのサポートで、あの親子にも不審がられず。




 激高した山科泉が、息子の玲司を問い詰める。


「どうして、あんなことをしたの!?」


「い、いや……。そんなつもりは、なかったんだよ。ただ、紙コップが滑って……」


 ハアッと溜息を吐いた泉は、山科家の長男の妻として、ピッタリの娘だったのに。と内心でつぶやいた。


 男を立てる気性で、魔法師マギクスとしても優秀。

 人望があって、指揮官になれる逸材。

 男受けする可愛さではなく、ユニセックスとしての美しさ。

 玲司と同じ年齢。

 ベルス女学校にいるから、貞操の面でも問題なし。

 処女でなかろうが、それに目をつぶっても良い。


 ぜひとも婚約までこぎつけ、既成事実として、室矢むろや家や夫に報告したかったが……。


 自分が神子戸環を勧誘したことは、何とでも誤魔化せる。

 上手くいったら、彼女から山科家との婚約を言わせて、自然に進められた。

 しかし、今のような過失は、ダメだ。

 たとえ事故でも、話の前後を考慮して、完全に敵対行為と見なされる。


 寺峰くんは社交辞令で許してくれたが、実際にはどう言われるやら。

 そろそろ、潮時だろう。

 あの男に引っ張られて、満更でもなかったし、神子戸さんは諦めるか……。


 自分の中で結論を出した泉は、息子に告げる。


「玲司。そろそろ、帰りますよ? 弟の隆元りゅうげんに、教えてあげなさい」


「あ、あのさ! 咲良さんの連絡先だけでも、知りたいんだけど……」


 懇願されたものの、泉にとっては、咲良マルグリットが一番嫌いなタイプだ。


 いかにも男ウケする容姿で、あけっぴろげに話す。

 目立ちすぎる金髪きんぱつ碧眼へきがん

 おまけに、真牙しんが流の全賢者集会(サピエン・キュリア)で議題に上がった、戦略級のマギクスだ。

 火中の栗を拾う気はない。


「ご自分で、聞きなさい。……あなた! そろそろディナーの準備もありますし、自宅へ帰りましょう」


 母親に見捨てられた玲司は、慌ててマルグリットを探した。

 ところが、目立つはずの彼女は、どこにも見当たらない。




 自宅に戻った山科家は、帰りがけに購入したディナーで食卓を囲んだ。


「室矢家とは、今後会わない。彼らの身元引受人として、私が必要な役割を果たす。もし彼女や婚約者が欲しければ、別で探すように」


 家長の宣言で、食卓についている兄の玲司は驚いた。

 しかし、母親の泉と、弟の隆元は、落ち着いたままだ。


 玲司は大慌てで、父親に頼む。


「父さん! 俺、まだ室矢家で話していない人がいるんだよ。もう1回だけ、会わせてくれないかな? あいつらにも、同年代の友人が必要だろうしさ」


 首を振った山科やましな加寿貴かずきは、きっぱりと宣言する。


「これは、悠月ゆづき家の次期当主、明夜音あやねさんの決定だ! お前がドリンクをかけた粗相は、『悠月家の当主には報告しない』とおっしゃってくれた。室矢家のご当主も、寛大に見てくださるそうだ。しかし、だからといって、その好意に甘えすぎるわけにもいかない」


 言葉を切った後で、息子2人に釘を刺す。


「先に言っておくが、『個人的に室矢家の人間と会って、仲良くなろう』とは思うなよ? お前たちが『同年代で、せっかく知り合ったのだから』と考えても、先方はそう受け取らない。すでに明夜音さんから、最後通告が出ている。『また室矢家に迷惑をかけたら、悠月家としてをする』だそうだ。寺峰くんたちも、室矢家の寄子よりこで、同じ扱いになる。あのレジデンスはもちろん、紫苑しおん学園などで彼らに接触を図ることは、絶対にやめろ! お前たちが勝手に動いて、室矢家と接触をした場合には、山科家から除籍することで御家を守るからな? 彼らは、私たちと違う立場だ。たとえ同年代でも、室矢さまは千陣せんじん流の上位家の当主であることを忘れないように! 次はお前たちが殺されるし、私たちは何も言えない。悠月家が、その報復を『正当な行為』と認めるからだ。それに異を唱えれば、山科家がこの世から消滅する」


 妻の泉も、それに同意する。


「そうね。元はと言えば、玲司の失態よ? 『今回は、良い勉強になった』と思いなさい。これが別の御家だったら、招いてくれた相手の服に飲み物をかけた行為で、末代までの対立になっていた可能性もあったのだから! 『相手は同年代だから』『年下だから』と、学校にいる時の感覚にならないでちょうだいね? ……あなた、やっぱり室矢家に宛てて、何かお贈りしたほうが?」


 うなずいた加寿貴は、手配済みであることを告げる。


「その件は、もう完了している。『歓迎パーティーへの御礼』という名目で、相場よりも高額の品物とお礼状を贈っておいた。文面から、『クリーニング代を兼ねている』と察してくれるだろう。断られた以上、そのまま現金を送れないからね。次に私が会う時に、改めて謝罪する予定だ」


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 帰宅した山科加寿貴は、室矢重遠しげとおに怒られた悠月明夜音から、秘匿回線の呼び出しを受けた。


『ご無理を申し上げて、室矢家の身元引受人になってくださった上に、先ほどの歓迎パーティーも突然の話とは存じております。で・す・が! 紹介をした母と私の顔が潰れたことも、事実でございます。二度目はありませんので、ご承知おきください。今後は、叔父様おじさまが事務的に対応してくださいますよう、お願いいたします!』


 怒った時の言い方は、五夜いつよさんに、そっくりだ。

 やはり、親子か。


 そう思った加寿貴だが、すぐに謝り倒す。

 悠月家の当主である五夜の耳に届けば、全て終わるのだから……。


 山科家を潰す判決が出ていて、今はだ。


 聞けば、妻の泉、長男の玲司は、結婚相手を探す場と勘違い。

 それによって、室矢家の当主である重遠は、悠月家の当主と次期当主の紹介でコレか? とまで言ったのだ。


 息子のことは妻に任せていたので、この状況へ……。



 長男が室矢重遠の第二夫人である咲良マルグリットに固執したこと、他の女たちを口説いたことは、室矢家の発案による歓迎パーティーのため、二度と接触しない条件で許す。


 妻が神子戸環に長男との婚約を持ちかけた件については、本当の婚約者である寺峰勝悟たちが話し合い、寄親よりおやの室矢家の顔を立てて、同じ条件にする。となった。


 すっかり酔いがめた加寿貴は、二度と妻や息子を近づけさせない、と確約した。


 先に妻へ相談すると、神子戸環だけがお眼鏡にかなったようで、彼女と長男をくっつけられないことから、すぐに了承。

 息子2人にはディナーの時に話して、その反応でどうするか決める。と打ち合わせた。



 これでも、山科加寿貴は、明夜音が言ったように、人間。


 たとえ真牙流の中核にいる悠月家でも、絶対に裏切らず、他流の上位家、それも女子中高生のハーレムを築いている男子高校生に隔意なく接することができて、ちゃんと面倒を見てくれる人材は少ないのだ。


 一番ヤバいのは、外面そとづらは完璧だが、室矢家に浸透した後で、自分の思い通りに操ろうとする人間。

 こっそりと情報を流すか、スリーパーとして潜み、いざという時に裏切るか、室矢家の子供を洗脳や、特定の思想に誘導するパターンも考えられる。


 分かりやすい失態を見せたのは、逆に安心できる話だ。

 山科加寿貴も信用できないのなら、室矢カレナが黙っていないだろう。


 とはいえ、ここまでの大騒ぎになったら、次はない。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 両親から叱責された玲司と隆元は、その半分も理解できず。

 だが、山科家のトップから、室矢家との接触禁止を破れば、家から追い出す。とまで言われれば、従わざるを得ない。


 ラグビー部で先輩後輩の序列を叩き込まれた玲司は、大人がいない室矢家をそこまで恐れることに納得できない様子だ。

 当主といっても、室矢重遠は年下だから、上級生の自分に従うべきだ。という考えが、ありありと見える。

 好みの女子を目の前にぶら下げられ、諦めきれない雰囲気のまま。


 それに対して、弟の隆元は、すぐ父親の厳命に従う。


「分かったよ、父さん。彼らとは、二度と会わない」


 2人の息子を観察した山科加寿貴は、長男に改めて告げる。


「玲司も、今ここで誓え。『歓迎パーティーで会った人物とは、いかなる理由があろうとも、今後一切の接触をしない』と! できなければ、明日にでも、お前を別の家に移す。破滅したいのなら、お前1人でやってくれ」


 いつになく真剣な声の父親に、玲司は驚いた。


 母親の泉も、懇願するようにうながす。


「お願いだから、ちゃんと言ってちょうだい? お父さんは、本気よ!」


 異様な雰囲気の食卓で、玲司は普段の勢いをなくしたまま、呟く。


「きょ、今日会った奴らとは、もう会わないよ……」


 それを聞いた加寿貴は、椅子から立ち上がって、玲司の席に歩み寄った。

 

 父親にいきなり両肩を掴まれた玲司は、びっくりして、その顔を見る。


「よく言った! 私は、お前を信じるからな!!」


 そう叫んだ加寿貴は、リビングダイニングから退室した。


 父親の思い詰めた表情を近くで見た玲司は、言葉も出ない。

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