第368話 山科家でも兄より優れた弟はいないー②

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館で行われた、歓迎パーティー。

 新しく入居する室矢むろや家と、その身元引受人の山科やましな家による懇親会だ。


 父親が気を遣っての合コンと勘違いした山科家だが、兄と弟はその性格の違いから、全く違う行動に。


 弟の山科隆元りゅうげんは、同年代の美少女と2人になれた。


 槇島まきしま如月きさらぎと名乗った少女は、まだ中学生であるにもかかわらず、息子のお相手に相応ふさわしいか? の探りを入れてきた母親のいずみと、対等に渡り合ったのだ。


 ともあれ、これで邪魔が入る心配はない。


 窓際のテーブルで如月と向き合った隆元は、色々なことを話せた。

 学校、家族、部活のことも……。



 途中で、弥生やよいと名乗った少女が、近寄ってきた。


「如月?」

「分かっています……」


 如月の返事に、弥生はそれ以上の催促をせず、引き返した。


 隆元に向き直った如月は、言いにくそうに告げる。


「この機会に、他の女性とも話してみますか? ご希望があれば、私が呼んで参りますけど……」


 自分と話すのが嫌なのか? と思った隆元に、如月は付け加える。


「今、連絡がありました。『もう山科家とのパーティーはしない』と……。私たちが会うのは、これが最初で最後です」


 夕花梨ゆかりシリーズの通信で、室矢重遠しげとおが兄弟による寝取りを警戒したことでのお達しが回ってきたのだ。


 焦った隆元が思わず身を乗り出し、対面で座っている如月にまくし立てようとしたら、ピトッと人差し指を当てられた。


 彼女は、静かに諭す。


「連絡先は、決して教えません。私は千陣せんじん流の御宗家ごそうけ、千陣家の夕花梨さまにお仕えするですから……」


 人差し指を外されたことで、隆元が問い質す。


「し、式神って……」


「私は、人間ではありません。姿形はそっくりでも、本質的に妖怪です。こう見えて、江戸時代から100歳を超えている、日本人形の九十九神つくもがみ。先ほど、槇島まきしま藩のゆかりと申し上げたことも、嘘ではありません。その大名のお姫様の持ち物でした」


 答えた如月が、何もない右手に小刀を具現化させて、また消す。

 その光景を見た隆元は、息を呑んだ。


 如月は、淡々と説明する。


「千陣流の退魔師は、日本に古来から存在する妖怪と契約して、それを使役します。その中心にいる1人が、千陣夕花梨さまです」


 女子中学生にしか見えない。

 だが、嘘を言っているようにも思えない。


 混乱した隆元は、おっかなびっくりで訊ねる。


「じゃあ……。僕も千陣流の退魔師になったら、君のような――」

「式神は持てると思います。しかし、私のような美少女を侍らせられるとは、考えないでください。妖怪は見ただけで動けなくなるほどの異形が多く、私は例外中の例外です。自分の式神に食い殺される恐れもあります。退魔師は命懸けの仕事で、上下関係が厳しく、あなたには向いていないでしょう。それから、私があなたの式神になる気は、一切ございません」


 特に、人形の怪異は扱い辛く、下手にこだわれば不幸になるだけと、如月は締め括った。


 自分を美少女と言い切る彼女は、たいした度胸だ。

 でも、隆元に、そう考えるだけの余裕はない。


 しょんぼりとした彼に対して、如月が慰める。


「あなたが魔法師マギクスでないのは、ご両親の『戦場で命を散らさないように』という配慮だと思います。敵と戦うだけが、全てではありませんよ? それに――」




 弟の隆元が如月と話し合っている一方で、兄の山科玲司れいじ咲良さくらマルグリットの次の相手をしていた。


 応接セットの1つで、男女の高校生が向き合う。


 茶髪でショートヘアの北垣きたがきなぎは、隣に錬大路れんおおじみおを座らせたままで、対面の玲司に応じた。


「そうだねー。演舞巫女えんぶみこというのも大変で。私は澪ちゃんと一緒の学校だから、辛くても頑張れたけどね」

「ええ。私も、凪のおかげで、やってこられたわ」


 気を良くした玲司は、さっそく提案する。


「そっか! 女子校だと、男子との出会いがなくて大変だろ? 俺も男子校だから、全然でさ! せっかくの機会だし、連絡先を交換しないか? お互いに愚痴を言い合えば、気が晴れるだろうし。俺の大和やまと学園高等学校でも、女子との出会いに飢えているんだ! ラグビー部の連中は、皆いい奴なんだぜ? 今度、お互いに面子を揃えて、合コンをしよう。同じ体育会系で、絶対に気が合うだろ!」


 横目でチラリと見た凪は、ようやく逃げられたマルグリットが、疲れ切った様子で詩央里に介抱されている光景を目撃。


 ふと、視線を感じた。


 そちらを見ると、玲司の母親である泉だ。

 少し離れた位置に、ポツンと1人でいるものの、どうやら息子の様子を見ているらしい。


 凪と目が合った泉は、座ったまま会釈した。


 変な女に引っ掛からないように、という監視?

 あるいは、将来の息子の妻として、相応ふさわしいかどうかの見極め。

 こいつは跡継ぎの長男だし、名家なら不思議ではないか……。


 泉の視線と表情によれば、私たちは好ましくないようだ。


 その拒絶を感じた凪は、気分を害した。

 しかし、すぐに笑顔を作り、返事を待っている玲司に話す。


「んー。ウチは、外部への通信が禁じられていてね……。次のパーティーで会った時に、また話そうよ?」




 弟の山科隆元の相手は、如月で十分。

 そのため、兄の玲司に対して、次々と入れ替わる。


 室矢家の正妻である、南乃みなみの詩央里しおり

 彼女の指示で、マルグリットだけに集中させないよう、順番に交代する形にしたのだ。

 

 本命のマルグリットを口説き落とそうと、ガッつく玲司だが、彼女と話している時に、どんどん声をかけられる。

 それだけ、多くの女子から好意を寄せられている。と思えば、悪い気はしない。



 自分の眷属けんぞくのマルグリットが困っていることで、室矢カレナも動いた。


 再びマルグリットと話した後で小休憩をとる、玲司。

 その向かいのソファに無断で座り、ぞんざいに話しかける。


「私は、室矢カレナ。ここのトップである、室矢重遠しげとおの義妹じゃ……。言っておくが、今回のパーティーは、お主らの彼女や婚約者探しのためではない。あくまで、面倒を引き受けてくれた山科家への御礼だ。そこは、勘違いするな」


 水を差された玲司は、尊大なカレナの態度にムッとした。

 その勢いで、思わず威圧する。


「お前、まだ中等部だろ? 先輩に対して、口の利き方がなっていないぞ! 兄貴が室矢家の当主だろうが、関係ない! まず、敬語を使え!」


 笑顔のカレナは、右手を握って開いた。


「ほう? なら、どちらが――」

「あ、後は、僕が対応するから!」


 慌ててさえぎった神子戸みことたまきに対して、向かいの玲司にも、母親の泉が駆け寄ってなだめる。


「では、環。あとは任せたのじゃ……」


 その場の雰囲気を気にせず、カレナは最後まで偉そうな態度で、歩き去った。


 ドスンッと腰掛けた玲司は、苛立たしげな様子だ。

 入れ替わりで対面に座った環は、すぐにご機嫌を取る。


「僕は、ベル女の高等部2年にいる神子戸環だよ。さっきは、カレナがすまなかったね? はい、コレ取ってきたから……」


 代わりの飲み物と料理を受け取って、玲司は機嫌を直した。


「ああ、すまん……。全く、あいつは何なんだ……」


「カレナは誰に対しても、あの調子さ! 別に、君をバカにしたわけじゃないから……」


 環の説明に、玲司は不承不承ふしょうぶしょうだが、うなずく。

 同学年の女子の言葉で、納得したようだ。


「そうか。後で、あいつに言っておけよ? ちょっと可愛いからって、調子に乗りやがって……。ウチの後輩だったら、すぐにシメているところだぜ……」


 それに対して、環は黙って聞く。


 弟の隆元と同じ大和やまと学園の、高等学校に通っている。

 ラグビー部のレギュラーらしく、引き締まったボディだ。


 しばらく玲司の自慢話を聞いていると、別の声が混ざった。



「失礼ですが、あなたはベルス女学校の方ですか?」



 環が、そちらを見ると、玲司の母親の泉がいた。

 質問されているので、すぐに答える。


「はい。今は、紫苑しおん学園に転校するかどうかで、迷っていますが……」


「ご謙遜なさって……。ベルス女学校の学年主席だと、おうわさはかねがねうかがっております。陸上防衛軍、警視庁の現場研修でも、『極めて優秀だ』と高い評価を受けているようで……」


 泉の説明に、環は内心で舌打ちした。


 どのルートか不明だが、自分のことを知られている。

 真牙しんが流の上層部にいれば、将来有望な人材をチェックぐらいはしているか……。


 ここで勝悟しょうごの名前を出すのは、悪手だ。


 環が悩んでいたら、泉は話を続ける。


「突然のお願いで失礼かと存じますが、山科家の一員になってくださいませんか? その代わり、真牙流の上級幹部(プロヴェータ)までの支援をさせていただきます。他にも、あなたの希望を叶えるべく、努力いたしましょう。真牙流の中核にいる悠月ゆづき家と親しい当家であれば、魔法師マギクスとして明るい未来です。あなたは、陪臣ばいしんくすぶるよりも、表舞台に立つべきうつわだと存じます」


 ストレートすぎる提案だが、一般人と違えば、こういう話にもなる。

 付き合って、やっぱり別れる。という世界ではない。


 言い換えれば、お前は息子の嫁として合格だ。

 

 厳格な母親が認めたことで、玲司の顔は喜びに輝く。

 いっぽう、環は、さてどうしたものか? と悩む。



「その話は、お断りします!」



 別の声だ。

 しかし、環の顔はパアアッと明るくなった。


「行こう! 挨拶は、もう終わっただろ?」


 そう言い切ったのは、寺峰てらみね勝悟だ。

 座っている環の片腕をつかみ、強引に引っ張る。

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