第367話 山科家でも兄より優れた弟はいないー①
不穏な空気の中で終了した、WUMレジデンス
ここで、
山科家の兄弟は、せっかくの祝日を潰されて、不機嫌だった。
しかし、中高生で親に逆らうことは難しく、しぶしぶ千代田区のレジデンスを訪れる。
駐車場を使いにくい理由から、自宅の前でタクシーに乗車。
じきに、目的地まで到着した。
「ご連絡いただければ、お迎えに上がりますので」
「頼むよ」
父親の山科
すぐに、待機できる場所へと走り去る。
『WUMレジデンス平河1番館』は豪華だが、山科家もこれぐらいの物件に住める身分だ。
正面玄関にあるオートロックに話しかけて、すぐに解錠される。
風防からエントランスへ。
マンションの格は、エントランスで分かる。
海外ブランドの高級ソファに、雰囲気を壊さない卓上ライトも。
しかし、山科家の兄弟が驚いたのは、そこに座っている面々だ。
自分たちと同じ年代の男子が2人、女子は5人以上もいる。
気取らない私服だが、どの少女もレベルが違う。
平たく言えば、芸能人ぐらいだ。
名門の男子校では、同じランクの女子校との交流もある。
だが、卒業まで女子との接点は少ない。
それゆえ、大学デビューで原形をとどめないパターンも多々あるのだが……。
兄の
その間にも、父親の加寿貴が話を進めていく。
悠月家のお嬢さまは、前から知っている。
けれど、彼女と対等に話している男子高校生は誰だ?
しかし、箱入りの育ちである母親の
ラウンジのソファに座り、お互いの自己紹介が行われた。
ここで、情報の行き違いが発生した。
山科加寿貴は、
なぜなら、自分の家族の理解を得られるとは思えないからだ。
結局、情報を全て伏せ、“千陣流の室矢家の身元引受人になる” とだけ告げた。
自己紹介をしようと提案したが、そのまま歓迎パーティーになることは想定外。
付け加えれば、いくら室矢家の女たちが合意の仲でも、初対面で、私セカンドです、とは言わない。
相手は自分たちの事情を知っている、という前提だ。
歓迎パーティーになると聞いた、山科家の面々は、父親が息子のために出会いの場をセッティングしてくれた、と勘違い。
男女比は、まさに、その通りだ。
レジデンスの共用施設で立食パーティーの準備が進められる中で、兄弟は離れた場所で作戦会議。
兄の玲司が、弟の隆元に話しかける。
「俺は、やっぱり
「う、うーん。急に言われても……」
高等部2年の玲司は、もう大人と変わらない体格だ。
しかし、中等部1年の隆元は、正反対の性格のようで、言い淀む。
ガッと両肩を掴んだ玲司は、隆元を問い詰める。
「お前なあ! ハッキリしろよ? 狙いが
「え、えっと……。咲良さんではないよ……」
正面から勢いよく迫った玲司に対して、隆元は目を逸らしながら、答えた。
兄の狙いを知って、気を遣ったのか?
あるいは、最初から好みじゃなかったのか?
だが、降って湧いたような合コンで、兄にも余裕はない。
「そうか! よし。それなら、いいんだ……。女子は多いのだし、お前も頑張れよ?」
言うが早いか、始まりの合図を待つパーティー会場を見渡し、並べられた料理を物色している咲良マルグリットのところへ歩み去った。
犬猿の仲ではないものの、体育会系のノリで動く兄と接するのは疲れる。
「ふうっ……」
思わず溜息を吐いたら、横から声をかけられた。
「大丈夫ですか? はい、どうぞ……」
思わず、差し出された紙コップを受け取る。
自分と同じぐらいの少女は、改めて自己紹介をする。
「
「あ……。や、山科隆元です……。
急いで返すも、それ以上の話を続けられない。
こんな時、兄だったら、面白い話題を提供できるのだろうか?
そう思う隆元の顔を見た如月は、静かに微笑んだ。
「お兄様なら、と考えていますか?」
バカにしている風ではなく、ごく自然な問いかけ。
同年代の女子と思えない、落ち着いた雰囲気だ。
強がることなく、困った顔を見せた隆元に対して、如月は結論だけ述べる。
「あなたは、あなたですよ……」
大名の娘が持っていた日本人形。
その
だが、隆元は知らない。
離れた場所で、兄の玲司が室矢家の女たちと話して、アピール中。
いっぽう、如月と隆元は各々でドリンクと料理を手に取り、窓際のテーブル席に座る。
すると、さり気なく近づいてきた女性が1人。
気配を感じていた如月は、座ったままで振り返る。
「隆元と仲良くしてくれて、ありがとう。失礼だけど、もう一度だけ、お名前を聞かせてくれる?」
山科家の正妻である、泉だ。
次男のお相手をチェックしたいのか……。
如月は、その場で立ち上がり、お辞儀をした。
「槇島如月と申します。
所作から、教養のある女だと見なしたようで、泉の表情が和らいだ。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。槇島と言えば、槇島藩の縁者でしょうか?」
「はい。ご指摘の通り、私は槇島藩の大名の系譜です。……それが、いかがなさいましたか?」
ジロジロと如月を見た泉は、納得したように
「いえ、たいしたことではないわ。
「はい」
如月の返事に、泉はスッとお辞儀をした後で、くるりと向きを変えた。
そのまま、長男の玲司のところへ、戻っていく。
泉の後ろ姿を眺めた如月は、隆元と向き合って、座り直す。
「ごめん。母さんが、不快な思いをさせて……」
隆元の謝罪に、如月は微笑んだ。
「名家なら、避けて通れない話です。お母様も、必死なのだと思いますよ?」
女子中学生にそぐわぬ、達観した意見だ。
驚いた隆元だが、すぐに暗い顔になる。
「僕は、どうせ山科家を継げないんだ。御家が大事な母さんは、次期後継者の兄さんの面倒ばかり見ている。今だって、そうさ……。山科家の正妻にふさわしい女かどうか、ああやって確認しているんだよ」
隆元が
少し離れているが、2人の会話を聞き、必要なら歩み寄れる位置だ。
如月は黙ったまま、隆元の愚痴を聞いている。
上っ面だけの慰めを言わず、面倒そうな顔もせず、静かに寄り添ってくれる彼女を見て、隆元は無理に笑顔を作った。
「悪い。せっかく、僕に付き合ってくれているのに……。違う話をしようか?」
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