第366話 新たなる刺客、その名はNTRフラグ!(後編)

 新居となる、WUMレジデンス平河ひらかわ1番館のパーティールーム。

 ギュウギュウ詰めにすれば、100人ぐらい入りそうな空間だ。


『では、室矢むろや家の新たな門出と、山科やましな家との交流を祝して! 乾杯!』


「「「かんぱーい!」」」


 俺は室矢家の当主として、乾杯の音頭をとった。


 立食パーティーのため、各自で飲み物と料理を選ぶ。

 給仕は、夕花梨ゆかりシリーズの睦月むつき如月きさらぎ弥生やよいだ。


 山科やましな加寿貴かずきが、ホストの俺に挨拶。

 その家族とも、言葉を交わす。



 ここまでは、良かったんだけどねえ……。



 山科家の長男である玲司れいじと話し合う、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおのコンビを眺めていたら、悠月ゆづき明夜音あやねがソッと近づいてきた。


「ご心配なく。叔父様おじさまは、信用できる御方です。もし嫌ならば、いつでも私におっしゃってください」


「承知した。……考えてみれば、年頃の娘がいたら、そもそも俺に近づきたくないか」


 ぼやいた台詞に、明夜音は沈黙をもって、答えた。


 ああ、そんなことだろうと思ったよ。



 室矢家の女たちは、同年代だ。

 意識するな、というのも、難しい。


 咲良さくらマルグリットを口説いている玲司を見て、眉をひそめる。

 1学年でも俺たちより上ということで、遠慮がない。

 ガタイが良いし、体育会系の運動部かな?


 ここからは聞こえにくいが、自分の学校や、部活などの自慢話をしているようだ。

 巨乳をガン見していて、彼女のほうは顔が引きっている。


 山科家の次男で中等部1年、隆元りゅうげんのほうは……。

 あー、如月がお目当てか。


 兄弟の母親であるいずみに、止める気はなし。

 子供同士の交流ぐらいの認識ってところか?

 可愛い彼女ができたら、良いね。


 …………


 つくづく、ナメられているものだ。


 メグは戦略級の魔法師マギクスとして、有名になった。

 このチャンスに口説けば、真牙しんが流の内部で一気に立場を上げられるか……。


 過度な期待はするな、ってことだな。

 少なくとも、あいつらを友人に分類したくない。



 俺の名前は、室矢重遠しげとお

 幼馴染で同級生の南乃みなみの詩央里しおりと暮らしている時に、千陣せんじん流などの大手の流派の抗争に巻き込まれた。

 生き延びるのに夢中になっていた俺は、背後から迫ってきた、もう1つのフラグに気づかなかったのだ。

 そして、目が覚めたら……女を寝取られていた!

 室矢くんが生きていると奴らにバレたら、また女を狙われ~以下略。


 NTRとは、寝取られ。

 間違っても、メキシコのデル・ノルテ国際空港の国際コードや、ユニオンのノーザラートン駅の駅コードではない。



 バカな妄想をしていたら、詩央里の声が耳に入ってくる。


「事務的に別れるよりは、良かったと思いますよ? 家長の山科さんは、喜んでいるようですし……」


 詩央里のほうを向いた俺は、同意しながらも、嫌悪感を示す。


「そうだな……。ただし、勘違いする前に、あの兄弟には丁重にお引き取り願おうか? ここで会えば会うほど、好みの相手に思いを寄せそうだ。個人的にSNSの連絡先を交換して、外で会われたら、冗談じゃない」


 くすりと笑った詩央里は、悪戯っぽく言う。


「若さまは、いかにも寝取られそうな性格ですからね? 確かに、気をつけたほうが良いでしょう」


「誰が、寝取られの世界ランキング上位だ! NTRの世界チャンピオンには、なりたくないぞ? ……冗談はさておき、俺が抱えている女たちは傍から見れば、それだけ魅力的か。改めて、実感したよ。以後は、山科家と会わないほうがいいな」


 うなずいた詩央里は、ソフトドリンクを飲んでから、応じる。


「はい。私たちの身元を証言してもらうことでの挨拶は、しっかりと行いました。これで、山科家に悪く思われないでしょう。……こちらも、相応のリスクを背負った上での体制です。ようやく育った果物をもぎ取られて、美味しいところだけ横取りされたら、やっていられません!」


 私も、かなりの我慢と苦労をしているのですから……。


 グシャリと紙コップを握り潰しながら、そう続けた詩央里の顔は、怖かった。



 俺は、悠月明夜音を見て、手を上げた。


 ぐるりと見回して、近くに山科家の人間がいないことを確認した後で、近づいてきた彼女に告げる。


「山科家の兄弟2人が、室矢家の女に色目を使っている。その母親の泉にも、止める気配がない。以後は、山科家と会わない方針で動くぞ? 加寿貴さんは、信用する」


 体の前で両手を重ねて、浅いお辞儀をした明夜音は、すぐに謝罪する。


「大変失礼いたしました。では、先ほどの定期的なパーティーを取りやめて、山科家の兄弟2人との接点をなくします。泉についても、室矢家へ直接の連絡をしないよう、取り計らいます。『山科家はこの学生寮の管理人で、室矢家の身元引受人』というカバーストーリーは継続で、よろしいでしょうか?」


「ああ、それで頼む。ただし、加寿貴さんだけだ。それ以外は、いかなる理由があっても、このレジデンスに入れるな!」


かしこまりました」


 俺の返事を聞いた明夜音は、すぐに加寿貴さんのところへ歩いて行った。


 詩央里に向き直って、指示を出す。


「今回の歓迎パーティーでの、『あの兄弟からの影響をなくすこと』を任せていいか? まだ連絡先を交換したか、学校名や部活を聞いたぐらいだろう。今後は、奴らの母親の泉から直接言われても、全て明夜音に振れ! あの女も、まさか悠月家の次期当主に逆らわないだろう」


「はい、承知いたしました。……若さまは、NTR世界ランキングの上位ですからね。統一王座のタイトルマッチに挑戦しないよう、私がしっかりとフォローしておきますよ」


 クスクスと笑っている詩央里の口に、お菓子を突っ込んでおいた。



 明夜音が加寿貴さんに話をした後にも、歓迎パーティーは続いた。

 もっとも、詩央里が密かに伝達したことで、さり気なく交代するように。


 いきなり中断すると興ざめだから、今回は最後まで行うってことだな。


 今後もお世話になる加寿貴さんには、けっこう高い名酒をいくつか持たせた。

 奥さんと子供たちにも、お菓子などの贈答品をご用意。


 ま、二度と顔を合わせないから、多少はね?




 ゲストルームとして、1フロアがある。

 悠月家の裁量で整えているから、引越しの荷物が到着するまでは、そちらで暮らす。


 南乃詩央里の報告では、咲良マルグリットは長男の玲司から、如月は次男の隆元から、連絡先を要求されていた。

 交代したメンバーも、それぞれに連絡先を聞かれていたと。


 その場に両親がいることで、強引に口説く真似はしなかったようだ。

 していたら、後で行方不明になったが……。


 幸いにも、連絡先は全く教えずに済み、次に会った時にまた話そう、で乗り切れた。

 あの時点では、定期的にパーティーを開く、という話だったからな。

 多少の個人情報は漏れたが、世間話の範囲内。


 悠月明夜音は、改めて謝罪。

 叔父様も、息子たちの件でお詫びを言っていた。と告げてくる。

 次のパーティーを催促されることは、なさそうだ。


 俺とあの兄弟は社交辞令の挨拶だけで、それ以上の接点はなし。

 さすがに、俺の立場と危険性は、事前に言い含められていたらしい。

 体育会系の兄はマウントを取らず、気弱な弟も素っ気なく対応していた。


 別に、男友達が欲しいわけじゃない。

 俺と釣り合う相手なんて、それこそ、四大流派の上位家レベル。

 むしろ、今回は俺の女に手を出したことで、あの兄弟を処分するぐらいの話だ。


 それにしても、あの家族がココに住んでいなくて、本当に良かった。



 懇親会は無事に終わったから、次は新居に馴染むことか。

 少なくとも、ここはリラックスできる空間にしておかないと……。



「慣れないことは、するものじゃないな。この調子じゃ、進学するにしても、よくよく考えないと……」


 育ちが良い男子高校生ですら、この有様だ。

 対策なしで、自由になった陽キャが騒ぎまくる大学へ通った日には、詩央里たちが男どもに食い散らかされてしまう。


 必要ならば、千陣流からも、誰か大人を引っ張ってくるかな?

 明夜音の紹介ですら、俺の目の前で喧嘩を売ってくれたのだし……。



 ホテルのような自室で、ベッドに寝転んだ俺は、つらつらと考えているうちに、眠った。

 次は、幽世かくりよへ行き、天沢あまさわ咲莉菜さりなの相手だ。

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