第365話 新たなる刺客、その名はNTRフラグ!(前編)
けれども、敵は、こちらの都合に合わせてくれない。
先に自分たちが移り住み、荷物は後で業者に運ばせる。
貴重品と手荷物だけで、千代田区の新居にやってきた。
最寄駅から、徒歩5分。
“WUMレジデンス
頭文字は、“
平河は、ここの町名だ。
目の前にあるレジデンスを外から見上げて、思わず
「すごいな……」
高層タワーではなく、ビルでもない。
立派な美術館といった外観で、低層であるものの、3階地下2階という、贅沢な造り。
40戸ぐらい、あるようだ。
スマホで検索したら、3LDKで3.5億円……。
二重天井、二重床。
外周の複数センサー。
エントランス周辺は、有人の監視。
全て内廊下。
パッと見だと、マンションには思えないし。
千代田区とあって、周囲の雰囲気も違う。
何よりも、今まで周囲にいた出待ちが皆無だ。
笑顔の悠月明夜音が、話しかけてくる。
「気に入っていただけたようで、何よりです。さ、中へどうぞ」
風防を兼ねた最初の空間へ入る前に、いきなりオートロック。
左右に開く自動ドアの横に、無機質な呼び出し用の端末がある。
ルーフがあっても、雨風が吹き付ける場所のため、壁の金属プレートにカメラ、マイク、数字のテンキー。
明夜音が言うには、出前などの場合は、ここで各部屋の許可をもらうそうだ。
彼女がポチポチと叩いたら、正面ドアが左右に開く。
遅れないように、くっついて通る。
外に面している自動ドアは、すぐに閉まった。
前方には、また同じ形の自動ドア。
雨風を完全にシャットアウトするための措置か……。
そう思っていたら、明夜音が振り向いた。
「実は、ここでも生体認証を行っています。異能のパターンによる識別です。
内部も、まさに美術館だ。
広いエントランスには、前のマンションよりも豪華なラウンジと、ホテルのような制服を着た女がいる。
立ったまま、ニッコリと微笑んだ彼女は、スッとお辞儀をした。
「皆様方のお越しを心よりお待ちしておりました! 室矢さま、明夜音さま。ようこそ、WUMレジデンス
俺と明夜音が返事をしたら、彼女は簡単な説明の後で、奥へ引っ込んだ。
専属のコンシェルジュで、乾電池のような消耗品の提供、宅配の受取などを行ってくれる。
無意味に立たせる意味はないため、普段は隣接している部屋で待機。
全員がラウンジのソファに座った後で、明夜音が話す。
「先ほどの方は、悠月家の配下です。室矢家が若い女ばかりであることから、男は入れておりません。身辺調査を定期的に行っており、男に籠絡される心配も無用です。しかし、万が一を考えて、室矢様たちの物件の合鍵は持たせていません。その点は、ご注意ください」
「了解した。俺たち以外の入居者は?」
首を横に振った明夜音は、説明する。
「いません。ただし、武装した兵士たちが、近くに住み込みで控えています。外出時の車の運転と護衛を行う予定です」
その時、オートロックが開く。
先ほどの女と挨拶を交わす声がして、俺たちと同じぐらいの子供もいる家族が入ってきた。
ラフな私服であるものの、全体的に上品だ。
父親らしき男が、明夜音に話しかける。
「久しぶりだね。……彼らが、室矢家の皆様かい?」
ソファから立ち上がった明夜音は、ペコリと頭を下げた。
「はい、そうです。お久しぶりです、
俺たちも、立ち上がる。
事情が分からないので、自己紹介だけ行う。
「はじめまして。私が
叔父様と呼ばれていた中年男が、会釈した。
「ああ、どうもご丁寧に……。私は、
「こちらこそ、何卒よろしくお願い申し上げます。……明夜音?」
俺の問いかけに、彼女は頷いた。
全員の着席を
「叔父様は、室矢家の親代わりになっていただきます。母から話を通していますので、遠慮なさらないでください。具体的には――」
要約すると、室矢家に大人がいないことを解消するため。
このレジデンスは、戦闘を前提としている。
したがって、この山科家は別の住宅に住む。
彼らはこの物件の管理人、つまり寮長だ。
親元を離れて、頼る大人がいない学生たちの面倒を見ている……という設定。
加寿貴さんは、俺の顔を見ながら、説明する。
「いくら東京でも、不自然すぎる家庭環境だと、色々な勢力が目をつけるからね? 私のように妻子がある年配者を表に出すことで、体裁を整えておいたほうがいい。お役所は、だいたい書類の不備や、関係者の密告で追ってくる。逆に言えば、書類さえ整えておけば、よっぽど大丈夫だ」
すでに書類を揃えていて、ここは
寄付金たっぷりで、名義だけ貸してもらったとか……。
これで、ディリース
学生寮に学生だけで住んでいるのは、当たり前。
実績作りで、SNSのグループを作った。
定期的にメッセージの履歴を残して、警察などが介入した際の言い訳にする。
加寿貴さんから、名刺を受け取った。
名義は、不動産会社の社長だ。
そこまで述べた加寿貴さんは、ラウンジで座っている面々を見渡す。
「警察の取調べを想定したら、お互いを全く知らないのはマズい。自己紹介で、簡単なプロフィールを知っておくべきだと思うが……。どうかな、明夜音さん?」
彼女は、俺の顔を見た。
……判断してくれ、か。
「そうですね。せっかくのご縁ですし、定期的にパーティーでもやりますか? 山科さんのような大人に頼りたい時もありますから……」
笑顔の明夜音も、すぐに追随する。
「良い考えだと思います! 叔父様。ご迷惑でなければ、今から歓迎パーティーをやりませんか?」
「あ、ああ……。私は、別に構わないが……」
返答した加寿貴さんは、家族の様子を
「私も、構いませんよ?」
妻らしき女が応じたことで、加寿貴さんは首肯した。
他の住人がいないことから、共用施設のパーティールームを遠慮なく使う。
高級ケータリングだと、スタッフ付きも選べるが、できるだけ内輪で済ませたい。
パリピではなく、会社の重役が利用しそうな雰囲気の広い空間で、俺は長く息を吐いた。
近づいてきた
「若さま。山科さん達とは、どのように?」
「明夜音を信用するが、俺たちでも見極めていく。これからは、社会の成功者と接する機会が増えるだろう。室矢家として、少しは社交にも慣れておかないと……」
そのために、財閥の関係者。
どこかの企業の重役か、それに類する立場の山科家は、ちょうどいい練習台だ。
社交と言えば、妹の千陣
これからは、毎日の授業を受けて、予習・復習と課題を済ませたら、最低限の家事をするだけで、後は自由に過ごせるんだね? ヤッター! と。
……わりと、すまん。
ともあれ、俺たちも有名になってきたので、社交によって室矢家の味方を作らなければならない。
立食パーティーの形で、適当につまみ、ソフトドリンクを飲みながら、山科家と交流する。
ワイングラスを持った山科加寿貴が、近づいてきた。
顔色から、アルコールのようだ。
「室矢くん。今日は誘ってくれて、どうもありがとう」
「いえ、こちらこそ……。室矢家は色々と動いているので、ご迷惑をおかけします。まだ高校生ですが、何かと巻き込まれやすくて……。よろしくお願いいたします」
笑った加寿貴さんは、すぐに応じる。
「まあ、子供は大人に迷惑をかけるものさ……。ウチも、普段は自由に飲めるわけじゃないから、こういう機会はありがたいよ。社交パーティーになれば、お金を惜しまずに名酒を並べるし、楽団も呼ぶが……」
加寿貴さんは、先祖代々の土地家屋や、運用中の資産がメインだから、日々の現金としては、そこまで多くない。と説明した。
「君の事情は、悠月家の
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
加寿貴さんの妻、子供2人とも、挨拶を交わした。
こちらは、社交辞令の範囲だ。
まあ、俺は他流の上位家だし、女を侍らせていて、裏の評判もお察し。
距離を置きたい、というのが本音か。
2人の子供は、中等部1年の男子と、高等部2年の男子。
しかし、同年代の男子がいる家庭は嫌だ、とはいかんよな。
そこまで条件をつけたら、流石に厳しい。
山科家の兄弟は
悠月五夜の親戚だけあって、金持ちのようだ。
そういう意味では、年が近い俺の友人に、という気配りもあったのか?
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