第364話 財閥のご令嬢が紫苑学園にやってきた!ー③

 高級車で下校した悠月ゆづき明夜音あやねは、お付きの女子生徒と共に、学生向けではない建物へ、足を運んだ。


 会員制のカフェで、外観は赤煉瓦れんが

 洋館をモチーフにしていて、室内には、アンティークの家具が並ぶ。

 

 天井の白と、ふんだんに使われた木の温もりに、デザインを兼ねた鉄柵がついた窓からの光が合わさって、一枚絵のようだ。

 下の絨毯じゅうたんも凝った模様で、明夜音とお付きの女子は、颯爽さっそうと歩く。


「いらっしゃいませ、明夜音さま。いつものメニューで?」

「ええ。お願い」


 返事をした彼女が窓際のテーブル席に座る一方で、お付きの女子は、通路側に立つ。

 貸し切りのようで、他の客はいない。


 やがて、お店のブレンドコーヒーが、届いた。

 調理済みのリンゴをシュトゥルーデル生地で巻いた菓子も、ある。



 財閥のトップにいる悠月家、それも次期当主であれば、その安全確保に余念がない。


 “Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” の秘密結社も運営していることから、尚更だ。

 その構成員は、Magierマギアー(魔術師)と呼ばれている。



 秘密結社は偏った思想が多く、一部のマフィアも、該当する。

 大国の政治中枢に根付いているケースでは、有名大学の学生クラブを母体としている場合も。


 大きな特徴は、極めて排他的で、入会の基準が分からず、それでいて会員同士の助け合いが強固であること。

 社会的に嫌悪される要素も含んでおり、その議論や行動は、どこまでも突き進む。

 同郷者への相互扶助を目的とした組織は、比較的分かりやすい。


 共通点は、会員の紹介の後で、入会の意志を示し、何らかの儀式を行って、入会すること。

 自分の血で特定の図形を描く、初体験を告白すると、その秘密結社により、様々。


 秘密結社を示すマーク、または懐中時計などの特定のアイテム、独自の仕草によって、仲間を識別する。


 緩い秘密結社では、単なる紳士クラブもある。

 その目的から、“芸術を愛している紳士で、正会員2名の推薦がある” などの柔軟な対応だ。



 『叡智と魔術』は、悠月家がドイツから持ち出した魔術書などを研究している。

 一説では、バレなしで魔法を使うとか……。


 その影響力、危険性から、日本の公安警察が監視している組織の1つ。


 真牙しんが流は、魔力による魔法師マギクスだけ。

 しかし、別の原理で発動する魔術は、また別の話だ。

 超常のウィッチクラフトに魅せられた者が、多く参加している。


 非能力者も広く受け入れている『叡智と魔術』は、信仰よりも技術の側面が強い。

 現代に馴染みやすく、全賢者集会(サピエン・キュリア)を動かすほどの影響力を持つ。



 紫苑しおん学園の1-A。

 そこを仕切っているのは、陽キャたち。


 下校した男子と女子のグループに張り込ませた諜報員から、報告が届く。

 一般回線とアプリのため、友人同士の会話に見せかけた内容だ。


 彼らの言動をチェックした明夜音は、制服のままで、切り分けられた苺サンドを口に運ぶ。


「ま、そんなところでしょう。青春、青春……」


 傍らに置いたスマホの画面から目を離して、ブレンドコーヒーを飲む。

 事前に食べた甘味で、ちょうど良いハーモニー。


 ハアッと溜息を吐いた明夜音は、無表情になった。


「つまらない……」


 全てが思い通りになる。

 動く前に用意され、一流の人間にかしずかれる日々。


 共学に通ってみれば、少しは刺激があるかな? と思えば、この有様だ。



「ご馳走様でした」


 テーブルナプキンで口元を吹いた明夜音は、スッと立ち上がる。


 歩み寄った先には、上からスポットライトが当たっているグランドピアノ。

 制服の上着を脱ぐと、傍で控えている女子生徒が受け取る。


 椅子を引かれて、そこに座った。


 指の動きを確かめた明夜音は、覚えている楽譜を演奏し始める。

 素人にしては上手な音色が、響き渡った。



 退屈、退屈、退屈……。



 その音色は、明夜音の叫びのようでもある。

 ダンッと最後を飾った彼女は、手早く整えてから、立ち上がった。




 秋も、じきに終わる。

 外は真っ暗で、両側に並ぶ建物からの灯りが飛び込んで、すぐに通り過ぎていく。


 帰りの車内でも、お付きの少女が隣に座っている。

 ゆったりした後部座席で、帰宅までの時間を過ごす。

 高級車のため、運転席と後部座席は仕切られている状態だ。

 

 VIP仕様のため、後部座席の話し声は運転手まで届かない。

 備え付けのインターコムで、前方の席にいる人間と会話する。


 スマホで室矢むろや重遠しげとおの画像を見た悠月明夜音は、車外を見る。


 悠月家の長女として生まれた以上は、政略結婚を避けられない。

 現に、財閥のグループ内外はもちろん、マギクスのほうからも熱烈なオファーが山ほど。

 当主の決定とはいえ、女を囲っている室矢重遠への輿入れ、それも側室の扱いには非難の声も増えている。

 とはいえ、連中はけなせるネタがなければ、箸を転がしただけでも非難してくるが……。


 表向きには、真牙流の全賢者集会サピエン・キュリアで判明した、重力制御の研究を進めるための一環だ。

 重力砲を撃った重遠と縁を結び、その秘密を解き明かしつつ、悠月家に彼の血を混ぜて、それを成し遂げる。


 千陣せんじん家から廃嫡されたとはいえ、千陣流の上位家の当主で、家格は十分に釣り合う。


 明夜音は、自分の性を気にしておらず、研究に集中したい。

 悠月家を存続させるための跡継ぎは産むが、いちいち求められたら困る。

 その意味では、常に寄り添う必要がなく、夜の営みも最小限で済む重遠は、ありがたいのだ。


 『シルバー・ブレット(銀の弾丸)』という、人気シリーズのバレに関わっており、新型の開発にも参加している。

 企業のラボに顔を出す日は、通学するよりも多いのだ。

 いずれは、自分のシリーズを立ち上げたい。



 その一方で、思春期の明夜音は、何もかもを忘れるほどの恋愛に憧れている。


 しかし、誰も彼もが、平伏するばかり。

 父親のような年齢の男ですら、自分に頭が上がらない。


 ドイツから訪れた魔法使いの末裔。

 もはや信仰の対象であって、家族以外で自分と対等になれる存在はいなかった。

 明夜音は、己惚れるわけでもなく、萎縮するわけでもなく、ただ諦観した。


 政財界に身を置いている彼女にとって、同年代の男子は幼すぎる。

 それなのに、同い年の室矢重遠との婚約だ。



 明夜音は、重遠の自宅で本人と会った時に、強い違和感を覚えた。

 他の男子とは全く違っていたからだ。


 どこが? と言われても、返答に困る。


 確かに、顔はいい。

 千陣流の宗家からの廃嫡とケチがついているが、最近の活躍を合わせれば、悪くはないだろう。


 彼は、まだ若い。

 千陣流の本拠地から離れていたことも、逆に評価できる。

 自分たち、真牙流に親近感を持たせやすいからだ。


 だが、いくら自宅でも、真牙流の上級幹部(プロヴェータ)が2人も足を運んだのに、その会談でうたた寝とは。

 普通なら、ガチガチに固まり、言葉もないだろうに……。



 悠月明夜音が、室矢重遠に興味を持ったのは、この時だ。



 彼が起きるまでに、自分の母親とりょう愛澄あすみ、そのお付きの大塚おおつか梨心りこが話し合っていた。

 どうやら、『ベルス女学校の大破壊』にも居合わせて、たった1週間でその犯人探しと、退治までしたとか……。


 その他にも、あの男を寄せ付けない桜技おうぎ流の拠点でも、大暴れした。


 沖縄では、真牙流にも所属している、陸上防衛軍の魔法技術特務隊と対立した。

 海から現れた大蜘蛛おおぐもたちとの戦闘では、すぐ海に落ちて、USFAユーエスエフエーの軍艦に救助されたらしいが――


「それにしては、不自然な点が多い……」


 隣に座っている少女が、明夜音の独り言に反応した。


「どうかされましたか?」


「いえ。室矢さまが、沖縄で参戦されたことを考えていただけです。USFAに救助されてから、何をしていたのか? と……」


 明夜音の疑問に、少女は考え込んだ。


「室矢さまを確認できたのは、その日の夜です。しばらく、安全な艦内にいたのでは? 戦闘中に移動はできませんし」


「そう考えるべきでしょうね……」


 お付きの意見を支持した明夜音だが、心中は正反対。


 一緒にいた咲良さくらマルグリットは、面白いぐらいに素直だった。

 その反応で、だいたいの想像はつく。

 どうやら、室矢重遠と彼女は、その原因の解決に深く関わっていたらしい。


 だが、梁愛澄は、室矢君のすることですから、で片付けた。

 話を聞く限り、ベル女の大破壊も、似たような状況だったとか……。



 普通の蜘蛛と似た生態なら、繁殖した場所があるはずだ。

 しかし、大蜘蛛が出現したポイントは、深海。


 ある時刻をさかいにして、ぱったりと姿が消えた。

 交戦中の大蜘蛛たちも、揺らぐように薄れていったのだ。


 ずっと深海の裂け目に隠れていたのか、それとも……。



 マギクスの魔法と酷似していたことから、泡を食った上層部が解析を急ぐ。

 死骸も残らなかったので、かなり難航している。


 専門家である明夜音の意見は、シンプルだ。


 あれはマギクスの魔法で、何らかの理由で大蜘蛛たちが使っていた。

 けれども、別の次元なりの生物であれば、それを特定することは不可能に近い。


 ぼんやりと考え込む明夜音の意識は、過去へとさかのぼる。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 戦略級の魔法を使った、咲良マルグリット。

 同じく、惑星すら破壊できそうな魔法を行使した、室矢重遠。

 この2人は非常に興味深く、明夜音と引き換えにするだけの価値がある。


 重遠の自宅で、母親の一言によって嫁入り、いや側室入りが決まった。

 彼らの決断に任せる風だったが、せっかく取り戻した咲良マルグリットを奪われないために、選択の余地はないだろう。


 室矢さまの寝顔は、けっこう可愛かった。


 そう思いながら、帰ろうとした時に、ディリース長鵜おさうのエレベーターホールで、長い黒髪の少女に呼び止められた。


 彼女は、青紫の瞳でこちらを見ながら、笑顔で告げてくる。


「喜べ、明夜音! お主の願いは、もうすぐかなうのじゃ!」


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 室矢家への訪問を思い出していた悠月明夜音は、自分が物欲しそうな顔になっていたことに気づく。

 夜の暗闇で鏡になっている、後部座席の窓に映り、慌てて取り繕う。


 敵が多いため、昔の王侯貴族のように、感情を表に出さないのがマナーだ。

 REUアールイーユーの令嬢であれば、フィニッシングスクールなどで、かなりの時間を所作の教育に費やす。

 明夜音は技術者だが、将来の当主として最低限は受けている。


 それでも、彼女は考え続ける。


 あの頼りなさそうな男に、できるのだろうか?

 何でも手に入るのに、これほど退屈している自分を満足させることが……。

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