第363話 財閥のご令嬢が紫苑学園にやってきた!ー②

 1-Aの教室では、陽キャたちの傍に、弁当2つを抱えた男が、立っている。

 紫苑しおん学園の制服はコスプレにしか見えず、誰もが注目。


 悠月ゆづき明夜音あやねは、その彼氏を自称するばん雄馬ゆうまと、少し分けてくれとのたまった男子を示した。


 うなずいた男は、よく訓練された当番兵のように、スッと差し出す。


「どうぞ、お召し上がりください! こちら、飲み物となります。お口に合わないようでしたら、残されても構いません。空容器を含めて、後ほど回収に参ります」


 当然のように、割り箸を添えた男は、バッと浅いお辞儀をした。


「あ、ああ……」

「えーと……」


 ただのパシリの鍛治川かじかわ航基こうきとは、風格が違う。


 下手に軽んじたら、次の瞬間に、自分の顔面が陥没していそうな凄み。

 それでいて、無礼ではないのだ。


 死線を潜ったか、下士官・士官の教育を受けてきたような雰囲気である。

 あるいは、上下関係に厳しい警官だったのか……。



 椅子に座っている明夜音は、にっこりと微笑み、その労をねぎらう。


「ありがとう、丹羽にわ。大変助かりました」


 再びお辞儀をした彼は、失礼します! と述べて、教室を後にした。


 呆気に取られた雄馬と、もう1人の男子は、とりあえず、ふたを開ける。


 明夜音と同じ、重役弁当のようなラインナップだ。

 直前で温めたのか、ちょうど良い感じ。


 明夜音は、自身も食べながら、お弁当を勧める。


「さ、遠慮なく、召し上がってください! 今回は知り合ったばかりですから、ご挨拶代わりとします。次からは、流石にお金をいただきますが……」


 戸惑いつつも、重役弁当を食べる雄馬。

 自分の発言を後悔しながら、2つの弁当を抱える男子。


 雄馬は、格好をつける余裕もなく、明夜音に尋ねる。


「あ、ありがとな……。ところで、さっきのは、お前の彼氏?」


 首を振った明夜音は、すぐに返す。


「違います。丹羽は、私についている側仕そばづかえの1人です。紫苑学園での護衛と、世話役を兼ねています」


 ホッとした上加世かみかせ幸伸よしのぶは、明るく言う。


「そっか。そうだよな! でも、護衛がつくって、まるでお嬢様みたいだな? ひょっとして、良いところの出か?」


 呆れた女子の1人、八木下やぎした美伊子みいこが説明する。


「馬鹿! 『悠月』って名字は、よく出てくるでしょ? 悠月グループとして……。それで、いいんだよね?」


 念のために確認した美伊子に、明夜音は首肯した。


「はい。私は、悠月グループの悠月家ですよ?」


 重化学工業、鉱山、金融、不動産、貿易、精密機械、軍需産業、システムと、多方面にわたって企業を経営している、財閥の1つ。


 その頂点が、悠月明夜音の実家だ。


 内部の勢力争いもあるが、悠月家による秘密結社の側面で、一本化している。

 日本の財閥の中で、最も結束が強い。



 それを確認した男子グループは、色めき立つ。


 紛うことなき、日本を動かしている一角。

 大企業の役員が父親という生徒が多い紫苑学園でも、このランクは珍しい。

 これだけで、スクールカーストは一番上。


 男子の目つきが変わったことで、不思議がる明夜音。

 美伊子は、すぐにフォローする。


「そ、そこら辺にしておきなって! もうすぐ文理選択だけど、あんた達はどうするの?」




 悠月明夜音が転校してきた、初日。


 彼女は放課後まで『1-A』の教室にいたものの、迎えに来た女子――明夜音の側近――がいて、送迎の高級車も正門前に停車していたおかげで、無事に陽キャたちの魔の手から逃れた。


 まだ慣れないことで、文化祭の追込みは、免除。

 クラスの支配者が決めたことに、他の生徒は逆らえず。


 いっぽう、同じグループに引き込めた陽キャ達は、担当の準備を進めた後で、そのまま作戦会議へ。

 男子と女子に分かれて、それぞれで思惑を話し合うことに。


 文化祭の直前で疲れていようが、この情報収集と打ち合わせは大事なことだ。



 ――通学路で学生の溜まり場になっているカフェ


 テーブル席に陣取った伴雄馬は、さっそく愚痴を言う。


「ちっくしょー! 今日は惜しかったぜ。あと少しで、アーちゃんと仲良く、同じ弁当を分け合えたのによー。あの学生服を着たオッサンのせいで、台無しだァ……。でも、アーちゃんは、やっぱり俺に気があるよな?」


 それに対して、日高ひだか尚史ひさしがライバル意識を剥き出しに。


「ハッ! どうだか……。明夜音ちゃんは優しいから、困っているお前を見ていられなかっただけじゃね? つーか、お前、マジで狙う気か?」


 雄馬は、内心でカチンとしながらも、受け流す。


「そう、カリカリすんなって……。狙うに、決まっているだろ? ウチの三大女神のシーちゃん、マーちゃんが2人とも抜けちまったんだ。残りのカレナちゃんは、あの室矢むろやの義妹だし、全く違う中等部。おまけに、同じく通信制で、もう接点がねえ。新たな女神様が舞い降りたんだから、拝ませてもらうさ! そういえば、同じ魔法師マギクスのマーちゃんはどうしているんだ? お前ら、何か知ってる?」


 一斉に首を横に振る、男子たち。


 昼に弁当を2つも食べた男子は、苦しそうな顔のままで、指摘する。


「悠月さんに聞いてみたら、分かるんじゃね? まあ、同じマギクスでも、知り合いとは限らんけど……」


 得心が行った顔の上加世幸伸がスマホに打ち込むも、ピロンと電子音が鳴った瞬間に落ち込む。


「知らないってよ! まあ、違う学校だし。そりゃ、そうか……」


 固唾を呑んで見守っていた男子たちは、一斉に脱力した。


 陽キャ達のリーダーである幸伸は、周りを見ながら、発言する。


「そろそろ、文化祭だろ? 悠月さんとの共同作業で、一気に距離を縮められる反面……。あいつが、いねーんだよ」


「ああ、航基こうきか……。この時期にパシリがいねーと、俺らが苦労するんだよなあ。ったく、ホント使えねえ!」


 男子だけの集まりのため、女子がいる時とは違い、本音で話している。

 それも、クラスが一番忙しくなる時期に欠席すれば、よく思われようがない。


 腕を組んだ幸伸は、ニヤリとした。


「まあ、いいじゃん。今回の文化祭は、他のクラスメイトと一緒に動こうぜ? もし航基がいたら、あの優しい悠月さんが気にかけて、とんびに油揚げを攫われる恐れもあったし」


「ああ……」

「ま、それもそうか。初対面の俺たちに、率先して重役弁当を奢るぐらいだし」


 リーダーの立場にいる幸伸は、悠月明夜音を口説く手立てを探る。


「んで、悠月さん攻略の話し合いだけどよォ! 彼女が、どの部活に入るのかで――」



 彼らが人目を気にせず話しているボックス席から離れた位置では、とある男子生徒がスマホを見ていた。

 店内では多くの学生が騒いで、とても聞き分けられない状況だが、陽キャ達に注目する。




 ――ファーストフード店の2階


 ボックス席に座っている女子2人は、揃って溜息を吐いた。

 向かい合う形で、お互いの顔を見ながら、八木下美伊子が愚痴を言う。


「まーた、美少女だよ! 南乃みなみのも抜けて、ようやく落ち着いたと思ったのに……。男子たちの様子を見た? 私たちに対してとは、全然違う。あー、ムカつく! 完全にブリッ子じゃん、あいつ!」


 悠月明夜音は、男子にチヤホヤされて、文化祭の追込みを免除される特別待遇だ。


 男子に媚びる余裕があるのなら、女子のほうにも奢れ。

 挨拶もせずに帰るとは、ナメているのか?


 怒髪冠どはつかんむりく美伊子は、今にも嫌がらせを指示しそうだ。


 それを察知した倉知くらち絵実里えみりは、まあまあ、と手の平を向ける。


「お、落ち着きなよ、ミーちゃん……。悠月グループの頂点を敵に回すのは、流石にマズいって! 前にいたマーちゃんとは、訳が違うから! 昼や放課後も、悠月さんの部下みたいな人がいたし!」


 ストローで一気に飲んだ美伊子は、ふーっと息を吐いた。


「あいつ、誰を狙っていると思う? うちのグループを荒らされると、たまらないんだけど!? いいよね、金と権力がある家に生まれた人は……」


 余所行きの雰囲気をかなぐり捨てた美伊子は、不機嫌そうに肩肘をついた。

 置いているスマホの上で指を動かし、気を紛らわす。


 絵実里は、恐る恐る口を開く。


「男子に弁当を差し出したのは、単なる善意じゃない? でも、簡単に本音を話してくれるとは、思えないなあ……」


「転校してきた直後だし、今のところは本命なしか……。ああ、もう! すぐ文化祭だっていうのに!!」


 文化祭の準備で親しくなり、その開放感と後夜祭のキャンプファイヤーの雰囲気に当てられ恋人同士になるケースは多い。

 体育祭とは違い、お互いに膝を詰めての共同作業をするため、お祭り気分も合わさって、親しくなりやすいのだ。



 ひとしきり騒いだ美伊子は、結論を出す。


「文化祭が終わるまでは、静観するか……。そのうち、あいつに分からせないと……」


「そ、そうだね!」


 絵実里は、悠月明夜音との争いに巻き込まれたくない。

 だが、同じグループの美伊子から睨まれるのも、御免だ。 


 

 少し離れた席では、彼女たちのほうを気にする女子がいた。

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