第361話 俺は寝ている時にも休めない人生になった(後編)

 ――3人で仲良くした翌々日の午前中


 室矢むろや家の新メンバーである、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおに、尋ねる。


「そちらの予定は?」


咲莉菜さりなさまは、局長警護係の第四席、相良さがら万緒まおさんに任せていて、直接の指示はなし。重遠くんの好きにしていいのだと思う。私たちが動く場合は、とりあえず警察手帳を出せるよ! ただし、数年で返納するから、いつまでも期待するのは止めてね?」


「今のところ、咲莉菜さまが筆頭巫女から降りられる気配はないわ。桜技おうぎ流がバタバタしているから、一段落するまで様子を見ているのかしら?」



 局長警護係は『警部』の待遇だから、余計に反発が強そうだ。

 凪と澪の使いどころは、よく考えなければ……。


 俺は、彼女たちに指示を出す。


「転校して早々だが、紫苑しおん学園の通信制のため、基本的に登校するな。訓練や装備については、止水しすい学館がっかんを頼ってくれ」


 首肯した澪が、答える。


「ええ。それは、問題ないわ。咲莉菜さまのご承認をいただいているから、万全の態勢よ。桜技流のネットワークでも、必要な支援をもらえる手筈だから……」


 事務的な話が終わった後で、せっかくだから、とランチパーティーの開始。



 ちなみに、初夜の立会人を務めた相良万緒は、ゲスト用の部屋で翌日の昼まで寝てから、そのまま帰った。

 彼女も自分の仕事があるから、ウチにかかりっきり、とはいかない。



 全員が集まっての夕飯が終わり、キッチンの片づけを終えた南乃みなみの詩央里しおりも自分の家に帰った。


 引越しは大変だけど、それが済めば、ようやく安泰か……。


 そう思った俺は、久々に1人で就寝。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 俺が目を開けたら、見覚えのある少女が上から覗き込んでいた。


 くすんだ灰色の長い髪に、明るい茶色の目。

 童顔で、人気アイドルのような美貌。


「申し訳ないのでー」


 そう言った美少女は、俺の頭を左右で挟むように突いた両手で自身の体を支えながら、ジト目で続ける。


「北垣さんのように名器でなくて、申し訳ないのでー」



 天沢あまさわ咲莉菜だ。



 俺は彼女を下から支えるように、上体を起こす。

 素直に退いたものの、ぺたりと俺の身体の上に腰を下ろした。


 畳の上に敷かれた布団で寝ていて、俺の元実家に匹敵する日本家屋。

 閉められた障子は暗く、虫の音から夜だと分かった。


 お互いに向き合ったままで、喋る。


「ここは、幽世かくりよか?」


 うなずいた咲莉菜は、1つずつ説明する。


「まず、詩央里さまの承認があることをお伝えしますー。わたくしは桜技流の筆頭巫女であり、降下しても立場が変わりませぬ。ゆえに、現世うつしよでそなたと愛し合うのを諦める代わりに、幽世での逢瀬を認めてもらった次第でー」


 聞けば、室矢むろやカレナと咲耶さくやを交えた話し合いで、それを宣言したらしい。


 ここで嘘をつけば、幽世でも相手にされなくなる。

 だから、本当のことだ。


 納得した俺は、せっかくの機会とばかりに、質問する。


「お前をヤリ捨てにする形で、本当にすまなかった。それで、桜技流はどうするつもりなんだ?」


 対面で座ったまま、俺に抱き着いた咲莉菜は、両手を下に持っていき、ゴソゴソとしながら話す。


「今から数年で、警察組織から抜けます。やしろの本庁はかなり頭にきていたようで、仲が悪い幹部たちも全会一致で賛成しました……。んっ! そ、そういうわけでぇっ!」


 なぜか息が乱れ始めて、途切れ途切れになった、咲莉菜の話を要約すると――



 桜技流が慣例的に行っていた、警察への資金提供とあやかし退治は、いったん見直し。

 クラスの中で弄られていた陰キャが、もうボッチでいるよ! とキレた感じだ。


 いくら古い歴史があろうとも、不正の一斉摘発で、ガタガタだからな。

 綺麗になった今こそ、新しい方向を見るチャンスか……。


 治安維持のために警察が必要であることから、できるだけ全面対決は避ける。

 警察官を辞めるまでは、行動に対する処罰も受ける。

 だが、明らかに信仰を否定した場合は、その限りではない。という方針。



 フリーの退魔師は、鍛治川かじかわ航基こうきみたいな組織の上下関係に従えない奴か、ほとんど反社と変わらん連中か、その末端になっている奴らのようで。

 少なくとも、警察が嫌いであることは、間違いない。


 他の四大流派は、警察に協力せず。

 千陣せんじん流は公権力に関わらず、東北地方のオウジェリシスのような、緊急時だけ。

 真牙しんが流は、もう機動隊の一部で、それ以上の肩入れはしない。


 操備そうび流は、そもそも、研究開発が主体だ。

 ヤバい研究もしているから、むしろ警察に逮捕されそう。


 加えて、民間人になった演舞巫女えんぶみこの活動を否定すれば、過去に警察官として辞令を出し、御刀おかたなを正式な装備にしていたことも間違っていた。と自分で認めることに……。


 結局のところ、豊富な実績があり、婚姻などで関係を持っている桜技流と上手くやっていくしか選択肢がないそうだ。



 存分に体を動かして、ようやく落ち着いた天沢咲莉菜は、俺の横で寝ながら、説明を続ける。


「現世でそなたと会えなければ、今生こんじょうに意味はありません。なので、わたくしは咲耶さまに誓約せいやくを立てて、桜技流を本来あるべき姿に戻すことを選びました」


 原作と違う形での、咲莉菜の献身。

 咲耶に誓約を立てた以上、それをたがえることはできない。

 桜技流の復興のために、全てを捧げたのか……。


 俺が言葉を失っていると、横で寝ている彼女は微笑んだ。


「警察は、重遠しげとおに付け入ることも狙います。そちらは、大丈夫ですか?」


 咲莉菜の顔を見た俺は、すぐに答える。


「ああ……。今は、千陣流と真牙流の協力を得ている。財閥の悠月ゆづき家もいるため、すぐに安全なレジデンスへ移った上で、警備をつける予定だ。今後は、要人にふさわしい行動と体制にする。姉弟子あねでしも色々とうわさを聞いているだろうが、俺たちはもう敵に対して自重しない」


 女にも、困らないしな。


 その部分は、口に出さなかった。


 ともあれ、俺の回答を聞いた咲莉菜は、満足そうな表情に。


「幽世とはいえ、そなたと逢瀬を重ねられるのだから、これもまた人生でしょう」

「分かった。どちらかが死ぬまで、ゆっくりしようか」


 返事をした俺は、とりとめもない会話の後で、眠りについた。


 よく考えたら、これで寝ている時にも、女と一緒にいるわけか。

 たとえば、現世で目覚めたら、前夜に仲良くしていた女が隣にいる状態だ。

 頭、おかしくなりそう……Zzz。




 幽世で、自分と夫婦のように寝ている室矢重遠。

 その寝顔を見ている天沢咲莉菜は、ニンマリと微笑んだ。

 寄り添いながら、小声でつぶやく。


「そなたは1つ、勘違いをしていますー。わたくしが使命を果たすのは、桜技流の復興のためではありません。全ては、ため……。次はわたくしが最初の女となり、そなたの欲情を一滴残らず、受け止めましょう」


 天沢咲莉菜にとって、今生は何の意味も成さない。

 それでも、幽世で重遠と好きなだけ過ごせることで、かろうじて生きている。


 重遠に、北垣凪と錬大路澪の2人を戻せなければ、お前とは二度と会わない。と言われた咲莉菜は、わりとヤバい精神状態に陥った。


 自分はこれだけ夢中で、少し会えないだけで辛いのに。

 この男は、二度と会わなくても平気なのか……。


 一時は、もう死のうか? とまで思い詰めたのだが、見かねた咲耶が説得して、今の形に落ち着いたのだ。


 表向きは、ニコニコしている。

 しかし、全てを許した男からの痛烈な拒絶は、骨身にこたえた。


 高天原たかあまはらで半狂乱になった咲莉菜は、室矢重遠を殺して、自分も死ぬ! と暴れた末に、室矢カレナの手で止められた。


 咲耶は、穏やかな性格。

 後々の関係も考慮して、カレナが出張ったのだ。

 

 普段なら、重遠を害する者は、即座に消す。

 けれど、カレナはただ悲しそうな表情で、泣き喚く咲莉菜を抱きしめ続けた。

 


 今の咲莉菜の横で寝ているバカに足りないのは、危機感だ。

 咲耶と直接会えて、認められる男が、そう簡単に見つかるわけがない。

 実際にまぐわう咲莉菜も気に入るとなれば、確率は1%にも満たず。

 であるのに、彼女の恋愛感情が真っ盛りの時、いきなりの絶縁宣言。


 先ほども、すまなかった、の一言だけ……。



 咲莉菜が筆頭巫女を降りても、桜技流の重鎮のまま。

 千陣流の妖刀使いである南乃みなみの家の下につけば、戦争だ。

 室矢重遠の正妻である詩央里しおりを排除することも、論外。


 桜技流を立て直す。

 警察とも、上手く距離を取る。

 自分が選んだ男と、愛し合う。


 全てを行うには、そもそも時間が足りない。


 カレナを加えた3人で、悩みに悩んだ結果、この形に落ち着いた。

 南乃詩央里も、現世では男女の関係にならない条件で、幽世の夫婦生活を認めた。



 天沢咲莉菜が筆頭巫女として存在感を示すほど、彼女を掌握することが一番手っ取り早い。

 数年後の桜技流の離脱を防ぐためには、咲莉菜を警察の人間か、または表向きに分かりにくい縁者と結婚させることをたくらむだろう。

 あるいは、彼女が結婚した後に、その男と親族を取り込むか、弱みを突いて従わせればいい。


 桜技流の関係者、特に怪異退治を行う演舞巫女えんぶみこと県警はどう考えてもトラブルになるので、そこからも槍玉に上げる。

 だから、警察庁の会議で先手を打ち、自分の政略結婚を防ぐために、咲耶との誓約を利用したのだ。


 書類上は同格である警察局長――実際に話を進めるのは、咲莉菜と階級が同じ本部の参事官、大きな警察署の署長など――によって、縁談が申し込まれた後では、断れば角が立つ。

 個人的な提案、という体裁で、警察のトップである長官が直々にお見合いを勧めてくることも、ありそうな話だ。


 咲莉菜が先にトップ会議で宣言して、私的に男と会わなければ、文句のつけようがない。

 常に行動をチェックしている彼ら自身が、その潔白を証明してくれる。


 これで、純潔を保ちながら、幽世で遠慮なく楽しめる。

 いずれは、念願の2人だけの人生が待つ。



「来世になれば、詩央里さまの許可など不要ですー」



 寝ている男に寄り添いながら、咲莉菜はさっきまでの感覚を反芻はんすうしながら、ウフフと小さく笑い続けた。


「重遠が悪いのでー。他の女の名前を出して、わたくしに会わないと……」


 彼に両手両足で絡みつき、抱き枕にしながら、咲莉菜も眠りにつく。


 有名な悲恋は、結ばれないことで、2人は自ら命を絶った。


 すぐに自決するのではなく、生きられるだけ生きる。

 その違いはあれど、奇しくも似たような形へ……。



 ちなみに、咲耶は弟子にして娘の咲莉菜が怖いから、幽世で重遠と会える時間を邪魔する気はない。

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