第359話 もうマジ無理、リスケするのでー④

 高級車の後部座席にいる天沢あまさわ咲莉菜さりなは、隣の室永むろなが紫乃しのへ、命令する。


「警察官であることに価値を見出す者は、当流に不要です。小隊長までの脱退には、目をつぶりましょう。ただし、ウチの事情を知っている人間であれば、その裏切りを絶対に許してはなりません! 現時点で警察官と結婚しているなど、警察と深い関係がある者もリストアップして、監視や必要な対処を行うように。完全な遮断は無理だから、『どこまで情報を流して、どこからは死守するのか?』が問題です。ついでに、外部と繋がっている草のチェックも! 今後は、諜報機関への梃入れも急務ですね。……次の予定は?」


 うなずいた紫乃は、すぐに返事をする。


「すでに学校長が責任者となって、各隊長のレベルで確認を進めています。刑事部についても、ほぼ賛同している状況です。我々の警察学校は、新たに設立する男子校、並びに研修用の教育機関として再利用します。文科省への手続きがあるので、新設には数年かかる予定です。場合によっては、別の学校名で学歴を作りつつの教育になります。次は、退魔師の互助会の総代との会見です」


 咲莉菜は、局長警護係の第一席の紫乃に告げる。


「警察に流していた金は、神社としての儀式と政治工作、演舞巫女えんぶみこなどの教育、退魔師の支援へ切り替えます。今後は、日本にいる退魔師を統率することで、実効的に裏を支配しましょう。わたくしで時間が足りなければ、次代の筆頭巫女に引き継がせます」


 そこで言葉を切り、改めて告げる。


「今後は、我々の価値を認めさせましょう。いかに犠牲を厭わないのか……。そして、『どれだけ、日本の治安維持に貢献してきたのか?』も、現場の方々に化け物と戦ってもらうことで、証明します。同じ警察官であるのに、私共わたくしどもだけが矢面に立つのも、おかしいでしょう? 退魔師は他にもいるのですから、警察で雇うか、今の私共と同じ、警察官にすればいいだけの話です。将来的には、男の刀使いも育て上げ、根本的に解決したいものですね。今後は警察に頼らず、自前で男を用意しなければなりませんから……」


「ハッ!」



 この世で最も強いのは、覚悟を決めた人間だ。

 天沢咲莉菜には、立場と組織力もある。


 彼女はただ、システマティックに進める。

 不正を一掃するために、ほぼ死にたいになったのだ。

 今更、息の根を止められても、大した違いはない。

 桜技おうぎ流を本来の姿に戻せず、警察に吸収されるぐらいなら、その前に滅びたほうがいい。まである。



 警察には、警察の事情がある。

 ゆえに、そのシステムへ文句を言うことに意味はなく、相容あいいれなければ、去るのみ。

 警察の側になったメンバーがいたら、そちらは切り捨てるだけ。


 自分たちが警察官でなくなれば、再編成にかこつけた吸収や、今までのような資金の融通は申し込めない。

 別でリソースを使い切る仕組みを作れば、断るための口実もできる。


 感情を排した咲莉菜は、とても一介の女子高生に耐えられぬ重圧の中で、新たな桜技おうぎ流を作っていく。

 原作とは違い、人の身としての誓約せいやくだ。

 魂まで消滅するわけではない。


 中興の祖になるのか、それとも、破壊者か。

 彼女の行く先には、このどちらかだけ。



 長い歴史がある、大きな組織ほど、その善悪に関係なく、伝統と格式を守ることが大事。

 だからこそ、警察の上層部は、小娘では内部の意見を統一することも難しい、と楽観している。

 さっきの宣言でも、子供のワガママだ、と捉えているキャリアが多い。


 いずれにせよ、天沢咲莉菜はこれで、宣戦布告をした。

 今回は、挨拶代わり。

 はい、そうですか。という返事は期待していない。



 後部座席の咲莉菜は、窓の外を見ながら、ぽつりとつぶやく。


「ナメられるよりは、恐怖されたほうがマシなのでー」


 改革の具体的な結果が出るのは、早くて数年後だ。



 今後の演舞巫女の部隊は、派遣された先で何かある度に、「警察庁の長官または、そちらの管区の警察局長にお願いします」と言う、史上かつてないほど面倒な存在になるのだが、それはまた別の話だ。


 困ったら、我々から話す。と咲莉菜に言っていたから、嘘ではない。

 ごねた県警には、彼女を通して、実際に電話をしていただいた。


 到着が遅れたせいで、被害が出た。と嫌がらせを受けた場合は、即座に帰る。

 そして、二度と行かない。



 我々の経費で、適当に遊んでいるのだろう? と言っている警察官の幹部もいたが、その怪異退治で失われた演舞巫女の手足、上半身、下半身をそいつのデスクにぶちまけた。

 中の臓物で装飾された幹部に対して、今は亡き彼女の身分証明書を突きつけ、まだ健在だった頃の顔写真を見せつつ、「ほら、瑞紀みずきちゃん。あなたは、こいつのために死んだのよ? ぜひ、お礼を言ってもらいなさい?」とほざく。

 途中で止めようとした警官たちは、血塗れで手に手にバラバラ死体を持ち、寄らば斬り捨てる勢いの演舞巫女たちに、誰もが二の足を踏んだ。


 監察官による調査が行われ、彼女たちは懲戒処分。

 巡査への降格(巡査長ではなく、平の巡査のため、実質的に二階級の降格)と、1年間の減給10分の1だ。

 懲戒免職にしなかったのは、怪異退治をさせる必要があったから。

 その事件の後で、桜技流も対外的に1年間の休止に入ったが、特に関連性はない。


 

 警察官にあるまじき行動で喧々囂々けんけんごうごうになったものの、やがて、どの県警も恐れるようになった。

 関われば、自分たちも道連れで、社会的と心身のどちらも、終わるからだ。

 次の職場が精神病院の一室になるのは、誰だって、御免被る。

 怪異退治に付き合わされ、手足を数本なくしても、仕事がやりにくくなるだろう。


 全ての演舞巫女が覚悟完了をしているわけではないが、のおかげで結束力が増して、技量も向上。

 ついていけない人間が転校して去っていく一方で、その方針に馴染む者が入ってくる。


 猫を被るのを止めた桜技流は、その狂気によって、畏怖された。

 これまで、警察に尻を振っている女、と見下していた退魔師たちも、「へえ、やるじゃない……」と演舞巫女に敬意を払うように。


 桜技流が独立する未来になるまで、天沢咲莉菜を筆頭として、突き進む。

 強さが求められる状況では、人型決戦兵器の北垣きたがきなぎも、その真価を大いに発揮するだろう。



 彼女たちは、警察を侮っていない。

 社会秩序の維持に必要不可欠であると、理解している。

 今後は、これまで体裁を整えていた部分も、隠さずに見せるだけ。


 証明したいことは、ただ1つ。


 信仰のために殉教を厭わない自分たちは、警察官として、不適格である。

 ゆえに、階級を与えてはならない。


 名付けて、桜技流の『北垣凪』化計画。

 これからは、彼女が理想像だ。

 咲莉菜と局長警護係を排しても、傀儡かいらいになる人間は、見つからない。



 数年後、咲莉菜と警察庁のキャリア達は、再び対峙する。

 その時に、どのような決断が下されるのか……。




 ――警察庁 警備局警備企画課 情報第0担当理事官の執務室


 警察庁で行われた、桜技流とキャリアの会議。

 その内容をまとめた古浜こはま立樹たつきは、直属の上官である冨底ふそこ道治みちはるに報告していた。


「……以上のように、桜技流は警察から離れる方向です」


 ギシッと椅子を鳴らした道治は、自分の感想を口にする。


「ふむ……。かなり思い切った手段に出たな……」


 しばらく考えていた道治は、目の前に立つ立樹を見ながら、告げる。


「民間団体として、フリーの退魔師を統率するのなら、望ましい行動だ。『女だから』とは言わぬが、あの年齢で上の階級というのは、そもそも無理がありすぎた。巡査部長への昇任試験とて、一定の勤務経験が求められるのだから……」


「はい、おっしゃる通りです」


 立樹も、上官に同意した。


 公安警察として、別に不満はない。

 あるべき姿に戻っただけ。

 あやかし退治を続けるのなら、それでいい。


 そもそも、ダメージを肩代わりする衣装があるとはいえ、痛みをともなう斬り合いで鍛えて、実際に怪異を倒している連中だ。


 相手に体当たりするぐらいの踏み込みで、ようやく切っ先が届く。

 そこらの女子高生、大学生とは違うのだ。

 彼女たちは、手足が千切れて、はらわたが飛び出しても、戦い続ける。



 天沢咲莉菜が自分の男を諦め、筆頭巫女の務めに殉ずるのは、想定外。

 しかし、そこは桜技流の問題だ。


 公安警察は桜技流の内部にも協力者を潜ませているが、別に本庁や県警のために動くわけではない。



 道治は、思い出したように言う。


「ところで、古浜くん。君はもうすぐ昇任して、になる。おめでとう」


 驚いた立樹は、思わず確認する。


「自分が、でありますか?」


 首肯した道治は、改めて説明する。


「そうだ。室矢むろやくんの重要度が上がったからな。……警察は、階級による上下関係だ。余禄ぐらい、素直に受け取っておきたまえ」


「お気遣いいただき、ありがとうございます!」


 バッとお辞儀した立樹を見た道治は、うなずいた。


 責任を取らせるのに、警部補では不足。

 そのため、警部に昇任したのだ。


 道治が本人に伝えた通り、どちらにせよ、室矢家が何かすれば、立樹の首は飛ぶ。

 上の階級で俸給や権限をもらったほうが、マシだ。


 昇任試験ではなく、本人の実績と経験によるもの。

 すでに、決定事項。


 道治は、改めて指示を出す。


「君の役割は、室矢家との接点であることだ。むしろ、下手に気を利かせないように」

「ハッ! 承知しております」


 今の室矢家は、以前のように、小金を与えて飼えるレベルではない。

 傍にいて、口を出せるポジションを維持することが重要だ。


 道治は、まだ結論を出さないが、と前置きして、語り出す。


「四大流派の大半に顔が利く立場は、得がたいものだ。室矢家の彼らが高校を卒業した後のタイミングで、内調に近い――」




 古浜立樹が退室した後で、冨底道治は改めて書類を見た。


 警察庁のキャリアに啖呵を切る一方で、退魔師の互助会との会合や、各施設がある都道府県の県警への懐柔も進めている。


 政治的な活動も、活発になった。

 男子校の設立といった、桜技流のタブーにも。


 これまでの潔癖症とは打って変わった、清濁併せ呑む、現実的な方策だ。

 彼女たちを生娘として扱うことは、ほぼ不可能になった。



「あの室矢くんをキッカケにして、こうも変わるか……」


 仕事が増える意味では、迷惑千万であるものの――


「少なくとも、退屈とは無縁だな……」


 自分の裁量で動かせる、と考えたら、悪い気はしない。

 少なくとも、遣り甲斐はあるだろう。


 他に変えられない、唯一の立場が権力であるのならば、冨底道治の判断で新たな日本の社会秩序が作られていく。と言える。


 深夜まで仕事をする日々だが、道治の顔には笑みが浮かんでいた。

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