第357話 もうマジ無理、リスケするのでー②

 なだめすかして説得するも、天沢あまさわ咲莉菜さりなは動じない。


 日本で、たった40人前後。

 その階級の警察官がやるべきことではない。

 ゆえに、キャリアの1人は、ついに踏み込む。


「聞けば、室矢むろやくんと会えないそうじゃないか? 我々の筋で、そちらに協力しても良いのだが? なあ、早瀬はやせくん?」


「ハ、ハイッ! その、天沢さんが悩んでいるようなら、話ぐらいは聞けるかなって……」


 完全に場違いである、若い女警官。

 早瀬と呼ばれた彼女は、周囲の雰囲気に呑まれながらも、裏返った声で返事をした。


 警察庁に入ったばかりのキャリア……にしては若すぎるし、貫禄がない。

 たとえ新人でも、そういった人間には、成功者として独特のオーラがあるものだ。


 どうやら、咲莉菜の相手をさせるために、高卒で警察学校にいる警察官を引っ張ってきたらしい。


 『巡査』の階級章で、本来なら雲の上の方々――日本警察を動かしているトップ――に囲まれている早瀬は、顔面蒼白だ。


 教え子を心配したのか、警察学校で彼女の担任教官と思しき『警部補』も、同席している。

 苦い顔だが、彼の発言は許可されていない。



 早瀬巡査は、いきなり主張する。


「で、でも! その室矢くんは女誑おんなたらしで、むしろ振られて良かったと思います!」


 咲莉菜は、チラッと早瀬を見たが、すぐに視線を外した。


 早瀬は予め、命令されていたのだろう。

 しかし、巡査の見習いのような立場で、まだ女子高生とはいえ、警察局長として『警視正』の咲莉菜にこの口の利きようは、緊張して当たり前。



 相手から反応がないのに構わず、早瀬は発言を続ける。


「天沢さんは警察の桜技おうぎ流のため、他の流派の退魔師は相応しくないです! 室矢くんには婚約者もいる、と聞きましたし……」



 怒りでも何でも、わたくしに本音を出させることが、目的だな。


 ダメ元で同年代の女と会わせて、わたくしを手懐けられれば、儲けもの。

 あるいは、感情的にさせることで、暴力や失言を引き出せば、言うことを聞かせるための弱みを握れる。


 新米の巡査1人の安否は、どうだっていい。

 そんなところか……。


 自分の階級と立場で、この巡査に答えてやる必要はない。

 しかし、黙っていれば、わたくしが怒るまで、言い続ける。


 か。

 そんなに知りたければ、詳しく教えてやろう。



 咲莉菜は微笑みを絶やさないまま、早瀬ではなく、水を向けたキャリアのほうを見ながら、あっさりと否定する。


「ご心配いただき、恐縮です。わたくしは咲耶さくやさまに対して、『桜技流の復興に生涯を捧げる』と誓約せいやくを立てました。この身はすでに、咲耶さまの物でございます。……たとえば、今わたくしに何かありましたら、桜技流のみならず、咲耶さまも降臨される予定です。今の女性との会話で気に病みましたが、自殺する場合でも遺書に残しません。どうか、ご安心ください」


 これ以上、ふざけたことを続けるのなら、捨て身で、そなたらを道連れにする。

 わたくしが、桜技流の筆頭巫女であることを忘れたのか?



 怒気を含んだ表情のキャリアは、すぐに言い返す。


「我々を脅すような言い方は、つつしんでくれ! ……だが、先ほどの早瀬くんの発言は、確かに上官への態度ではなかったな。謝罪するように」


 命令を受けた早瀬巡査は、その場で起立。

 キャリアに敬礼で応じてから、同じく咲莉菜にバッと頭を下げる。


「ハッ! も、申し訳ありませんでした、天沢警視正!!」


 咲莉菜の返答はなく、返礼もない。

 見かねた周囲の命令で、オロオロしていた早瀬は着席する。


 その時、1人のキャリアが立ち上がりつつ、絶叫する。



「待て! 撃つな!! 絶対に、撃つんじゃない!」



 今度は、座っている咲莉菜が右手をふところに突っ込んだことで、警備のSPエスピー(セキュリティ・ポリス)がクイックドロウの姿勢に入ったことへの命令だ。


 要人警護は、はっきりと見てからでは遅いため、反射的に動く。

 相手が異能者であれば、拳銃のマガジンを空にする勢いで撃つ。


 彼らは、警備部の中で選び抜かれた精鋭だ。

 国際基準でも優秀といえる、拳銃の射撃スキルを持つ。

 たとえば、25m先の小さな的に、10秒で全弾を当てるほど。


 開けていた上着の裾を払い、ホルスターの銃把じゅうはに手をかけているSPたちは、キャリアの命令に固まった。


 それに対して、ゆっくりと右手を出した咲莉菜は、手の平を見せる。


「下着の位置を直しただけです。ご迷惑をおかけしました……」


 不動の姿勢に戻るSPたち。


 手提げカバンに見せかけた、折り畳み式の防弾盾。

 それを広げつつ、キャリアたちの前に出ていたSPも、それぞれ所定のポジションへ後ずさり。

 むろん、咲莉菜たちを見た状態で……。



 咲莉菜は、中途半端な位置で立っているSPを眺めた。

 しばし、2人で見つめ合う。


かじ!」

 

 携帯しているアタッシュケースの左側面を向けていたSPは、上官にたしなめられて、しぶしぶ壁際へ戻った。

 だが、右手にアタッシュケースを持ったままで、その左側面は咲莉菜のほうを向く。


 アタッシュケースの中には、銃身を短縮したサブマシンガンが固定されている。

 上の取っ手の左側にトリガーがあって、左側面に銃口穴。

 初弾が飛び出すまでは、閉塞されている状態だ。


 普通にアタッシュケースを持っている格好で、そのまま取っ手を握りしめれば、内部のギミックで短機関銃のトリガーが引かれる仕組みだ。

 光り輝く曳光弾えいこうだんによって、照準器を覗かなくても、狙い撃ちが可能。


 通常のマガジンであれば、約30発を連射できる。

 この会議室の最大火力にして、最も速く撃てるSP。


 咲莉菜は、その殺意を向けられたが、平然と椅子に座ったまま。



 会議室の空気は、張り詰めている。



 自棄になった咲莉菜が、この場でSPの発砲を誘い、わざと殺された日には、桜技流とそのシンパが最後の1人まで危険分子になるだろう。

 キャリアの視点では、咲耶が降臨した、という話は眉唾物だが、異能がある世界では、否定しきれない。


 桜技流も、社会を構成する一部だ。

 そして、筆頭巫女は、咲耶の弟子。


 手段を選ばなくなった彼らが、いつどこで、どのように報復してくるか、全く不明になる。



 局長警護係の2人も殺して、適当な話をでっちあげれば、それは決定的なスキャンダルだ。

 SPの発砲ですら、裁判で追及される。


 仮に、天沢咲莉菜が要人の暗殺を企んだ、と擬装しても、真実は必ず漏れるだろう。

 もちろん、警察庁のキャリアに、咲莉菜たちを殺す意図はない。



 放置されている早瀬が、指示を仰ごうとするも、キャリアの1人が慌てて止める。


「あの……」

「君は、黙っていろ!」


 これ以上、咲莉菜たちを刺激したら、誰かが攻撃を始めるだろう。


 今にも殺し合いが始まる状況で、早瀬はガタガタと震えている。

 指示を待つも、彼らは難しい顔のまま、腕を組む。


 女子高生の恋愛話から信仰の話に移った以上、この手段はもう通じないからだ。

 それどころか、いきなり自殺しかけた。


 ここで、局長警護係の第一席である室永むろなが紫乃しのが口を開き、第二席の園城おんじょう奈々子ななこも応じる。


「ご安心ください、咲莉菜さま! 必要であれば、この場で御身の介錯をつかまつります。僕も、お供させていただきます」

「私も、覚悟はできておりますわ」


「手刀ですが、瞬間的に首を飛ばせます」

「いつでも、お命じください。私たちは、自力で参りますから……」


 背後を取っている2人が、覇力はりょくで身体強化をすれば、まさに一瞬で咲莉菜の首が飛ぶ。


 通常なら、では、やってみたまえ! と挑発するのだが、キャリアたちは何も言わない。

 咲莉菜たちが脅しで言っているようには思えず、蜂の巣にされたがった直後である。


 その発言をすれば、次の瞬間、彼女の首は宙を舞う。

 局長警護係の2人が、お互いに首をねて、終わり。



 身を盾にしつつも、最後まで犯人と対峙して、要人を守る。

 その警護でありながら、担当の要人を殺す。という、真逆の発言だ。


 周りのSPは、おぞましいものを見た表情や、怒り、侮蔑の色。

 あるいは、無表情のままで、彼女たちの挙動を観察している。



 警戒する対象が、3人に増えた。

 しかも、発砲を禁じられている。


 異能者を相手に、非能力者が組み付きをすれば、命はないだろう。


 彼女たちは、白兵戦のプロだ。

 指やナイフで目を貫通させるか、一瞬で首の骨を折るぐらいしか、方法はない。

 催涙スプレーなどの低殺傷武器もあるが、果たして使う余裕があるのか……。


 この3人が、それぞれに別の相手を襲うのか?

 それとも、今の発言のように、局長警護係の2人が咲莉菜を殺すのか?

 ただのブラフで、咲莉菜が誰かを狙っているのか?


 いや、彼女たちは、ここで死ぬことが目的だ。

 押さえ込むのなら、3人を同時にしなければいけない。


 対異能者の網を発射する、ネットガンを持つ応援を呼びたいが、その許可もない。

 もし呼べても、彼らが突入した瞬間に、咲莉菜の首は飛ぶ。

 今のうちに先手を打ち、警護対象を避難させるか、彼女たちを無力化するべきか?


 ひたすらに悩むSPたち。



 キャリアは、黙り込んだ。

 咲莉菜たちが理屈で動いておらず、どこで反応するのか、全く判断できない。


 同じ警察であるものの、桜技流の階級はお飾りに過ぎず、本庁と各県警は、お高く留まっていて可愛げがない、とバカにしてきた。

 その弊害が、一気に噴出した形だ。

 

 中央にいるキャリアは、桜技流の実態を知らない。

 地元の県警としても、現場で刀を振り回している、という認識だ。

 酷い場合には、賑やかしのコンパニオンの扱い。


 結局のところ、咲良さくらマルグリットが出向いた山奥の警官たちのように、自分が化け物と戦わなければ、その本質は分からず。

 対局を傍から見ているだけで強くなれば、誰も苦労はしない。

 まあ、化け物を見れば、正気を削られるのだが……。


 ことここに至り、警察庁のキャリアは、彼女たちの異常性に気づいた。 

 咲耶が降臨して、桜技流を断罪した事実と併せれば、下手に発言するのは危険。


 死にたがっている人間の相手なぞ、やっていられない。

 相手にした時点で、負けだ。



 けれども、巫女とは、そういった存在だ。

 ある意味で、天沢咲莉菜は模範的な行動をしている。


 そして、桜技流は、主に接近戦だ。


 日本の四大流派で、最も死を恐れない。

 筆頭巫女と、その御側仕えである局長警護係は、笑顔で身を捧げる。

 くしに変えられた姫のように……。


 

 原作の主人公は、剣術を使う女たちと見ていた。

 しかし、これが桜技流の真の姿だ。

 信奉する神を和めるために、巫女として舞い、戦い、あるいは死ぬ。



 要求されたので、咲莉菜は自分の本音を教えてあげた。

 ところが、警察庁の会議室には、沈黙が訪れる。

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