第356話 もうマジ無理、リスケするのでー①

 中央省庁が集中しているエリアは、不夜城でもある。


 白く、四角い建物には、方眼紙のように、規則的な窓。

 外から見る限り、そこまでの圧迫感はない。


 都心部に巨大な建物を造るのは、一大事業。

 そのため、様々な顔を見せている。


 省・庁によっては、合同庁舎だ。

 海外の技術者を招いての建築という、歴史的な文化財となった建物も。

 歴史と学術の観点で、非常に興味深い。


 古い庁舎では、雨漏りがするため、その位置を避けているとか……。



 日本の治安を守るために、不夜城の1つになっている建物。

 周囲と比べても一際目立つ場所が、警察庁だ。


 キャリア、準キャリアが忙しく働いている空間には、独特の空気がつきまとう。


 ムダを省いた内廊下を行き交う制服は、地方で目にしない階級ばかり。

 スーツ姿でも、やはり貫禄が違う。



 会議室の1つには、細長い円卓が置かれている。

 奥と手前があるため、どの席でも同じ、とはいかない。


 室内に窓はなく、天井の照明も控え目だ。

 そして、奥の壁の上には、著名な人物が、筆で書いた標語。

 シェルターを彷彿とする空間には、警察官の制服、スーツの男たちが、着席している。


 脇の下、腰の側面が膨らんでいる、スーツ姿の男たち。

 彼らは会議室の四隅で、壁を背にしたまま、後ろ手に立つ。

 配置と雰囲気から、警備部の護衛だろう。

 会議室の外にも、2名の男が立哨中。


 奥の上座に、この場で責任者となるキャリアが2人ほど。

 そのうちの1人は、長官だ。


 残りは、円卓の端から、同じ間隔で椅子に座っている。

 どの顔も眉間にシワが寄っており、難題に直面していることを強調。


 役員用の椅子であることからも、この会議は重要なものだ、と読み取れる。

 

 お歴々がいる理由は――



「君……。これは、本気で言っているのか?」


 自分に与えられた書類を見ていた1人が、思わず聞き返した。


 下座にいる天沢あまさわ咲莉菜さりなは、肯定する。


「はい。やしろの本庁による会合で、決議しました。恥ずかしながら、我ら桜技おうぎ流は大規模な不正の摘発により、1管区としての機能を失っております。したがって、警察からの脱退を行い、咲耶さくやさまを掲げる宗教法人、並びに学校法人などの関連団体による再出発をいたします」


 普通なら、年単位で行う話だ。

 いきなり提示されたキャリアの面々は、難しい顔のまま。



 咲莉菜は、警察官の制服を着ている。

 刀剣類保管局として、警察局長。

 階級は『警視正』だが、この会議の中では低い。


 本来なら、警察局長を務める階級は『』だ。

 この一事いちじで、刀剣類保管局の扱いがよく分かる。



 今の説明に対して、それをどうにかするのが、君の仕事だろう! 我々の指示に、従いたまえ! と一喝しても良い。

 何しろ、咲莉菜より上の階級なのだから……。


 しかし、会議室にいる男たちは、口を閉ざしたまま。

 


 キャリアの1人が、問い質す。


「言いたいことは、理解したが……。途中で投げ出すのは、あまりに無責任ではないかね? 我々と共に歩んできた、長い歴史もある。君の代でそれを終わらせれば、色々と批判もされよう? そもそも、桜技流は管区といっても施設ぐらいしか持っていないのだし、そこを地元とする、他の管区へ応援を要請する方法もあるのだぞ? 事情を考慮して、しばらくは優遇しても良い」


 いったん受け入れたが最後、その県警が敷地内に押し寄せて、新たな分署を作るだろう。

 弱り切った状態で、大義名分もあれば、叩き出すことは難しい。


 なまじ階級を持っているため、常に上の警察官から命令され続け、そのまま県警の一部になるだけだ。

 飲み会などのイベントに参加を強いられるばかりか、上官を通しての縁組という話も出てくる。


 県警の視点では、自分たちの縄張りにいる外局だから、職務執行をできないのなら吸収する。というだけ。

 同じ警察ゆえ、そこに遠慮はない。



 咲莉菜は、穏やかに言い返す。


「ご配慮くださり、ありがとうございます。しかし、当流は男子禁制のエリアが多く、余人の目に触れてはならない秘密もあります。また、忙しい県警の皆さまの仕事を増やすのは、心苦しく存じます。私共わたくしどもはこの機会に、警察庁を通していた資金の流れ、さらに演舞巫女えんぶみこの出張を見直す予定です」


 暗に、そちらへ回していた金は、今後、自分たちで使う。という宣言だ。

 演舞巫女についても、電話一本でデリバリーすることを止める。


 社の本庁があっさりと認めた理由は、警察の予算の一部にされていたことが大きい。

 これまでは、咲莉菜ほど強引に動く人間がいなかっただけの話。

 いざとなれば、彼女が詰め腹を切る。



 咲莉菜の発言を聞いた誰かが、怒りの声を上げる。


「化け物退治も、やめると言うのか?」


 その質問に、咲莉菜は首を横に振った。


「違います。ない袖は振れぬだけ。今後は、宗教法人などの形にして、そちらの依頼に対し、相応の寄付をいただくだけの御話でございます。退魔師の互助会を参考にした、民間団体のていで……」


「急すぎる! せめて、数年の猶予ぐらいは、設けてくれ!」


 その声にも、咲莉菜は、大変申し訳ございません、と返すのみ。



 ここで、警察庁のトップは、攻め方を変える。


「だとしても、そんな強引な進め方では、それこそ内部分裂になるぞ? 警察官であることに、誇りを持つ者もいよう!」


「警察官の立場を選ぶ者には、桜技流からの脱退を認める方針です。それ以上は、本人の問題となるので……。貸与されている被服、装備の返却につきましては、後ほどご指示くださいますよう、お願い申し上げます。なければ、警察庁にまとめて送ります」


 咲莉菜は、現時点で必要な書類については、責任を持って対応します。と言ってのけた。



 集まった警察庁のキャリアは、護衛でついてきた局長警護係2人の意見を聞くも、筆頭巫女の決定が全てです、と繰り返すだけ。

 彼女たちは咲莉菜の後ろで、壁を背にしたまま、立つ。

 素手だが、異能者の力は立派な凶器だ。


 同じ壁際に立っているSPエスピー(セキュリティ・ポリス)たちは、その動きを警戒している。

 こちらも、一触即発だ。



 キャリアの1人は、警察にノウハウが少ない、怪異への捜査を危ぶむ。


「天沢くん。我々としても、現場にいる警察官の安全を確保しなければならんのだ。せめて、刑事部と一部の演舞巫女だけでも、合同か、各県警への滞在にしてくれないか? 今の状態では、『何が危険か?』の判断もつかん。怪異に備えるため、部隊の設立と編成で、数世代かけて、準備をしたい」


 笑顔を向けた咲莉菜は、きっぱりと言い切る。


「恐れ入りますが、先ほど述べた通り、当流に全く余裕がございません。現時点でも、『要請を受けての演舞巫女の派遣で、初期対応は各県警に任せている』と、記憶しております。また、当流も歴史がありまして、それを全て引き継がせるのは難しいと存じます。年間の演舞巫女の殉職者数は、決して少なくありません。合同での怪異の討伐、あるいは研修やマニュアルの作成に関わって、その体制で警察官の犠牲者が出た場合に、責任はどうなるのですか? わたくしは、社の本庁の意向で動いている小娘。お手数ですが、そちらの説得をしていただければ、幸甚でございます」


 咲莉菜は、『現役の女子高生』という立場を逆手に取り、丸投げした。

 そして、警察から離脱することだけは、もう社の本庁で決定済みだ。


 ここで、君も警察のキャリアの1人で、その説得が仕事だろう? と言えば、恐らく彼女は、この場で辞職願を出す。

 桜技流の管区についても、大部分が、それにならう。


 自分たちで『社の本庁』に話をすれば、かなりの譲歩を余儀なくされる。

 過去の金の流れを指摘されるだけで、藪蛇だ。

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