第355話 雪から生まれし女たちの隠れ里へようこそ!ー⑤
雪女の里で行った、
鍛治川流の、客観的な評価。
そして、自分自身の実力を思い知らされた。
まだ幼い雪女にすら、全く勝てない。
慰めてくれた
二度と口を利かない、ではないが、初めての反応だ。
これまで当たり前のようにいた、小森田衿香。
しかし、考えてみれば、血を分けた家族ではなく、どちらかが告白をして受け入れたわけでもない。
いつ縁が切れてもおかしくない、クラスメイトの1人だ。
ポンッと肩を叩かれて、そちらを見ると、
「自分にとって何が大事か、ゆっくり考えなよ? ただし、今みたいにベッタリ依存しても衿香がずっと傍にいてくれるとは、思わないで。衿香が欲しいのなら、相手も喜ぶように付き合うのが筋だ。愛想を尽かされるか、他に好きな男子ができてから後悔しても、遅いからね? あたしは、衿香についている身だ。別れた場合には、航基の世話を焼かない」
衿香には、あたしがフォローしておく。と締めくくった沙雪は、すぐに立ち去った。
遊びのつもりか、氷雨は、鍛治川航基と組手を続けた。
「ハハハッ! ろくに対戦もしていないのに、強いも弱いもないぞ?」
そう言われて、本当の意味で戦ったことがない自分に、気づく。
慣れてくれば、相手の動きにも、対応できる。
しかし、バカ正直に突っ込むだけで、結局は氷雨に勝てず。
翌日からは普段通りに、小森田衿香と話せた。
けれども、航基は、自分がどうするべきか? について、結論を出せずにいた。
村の雪女たちが見送る中で、彼らを乗せた車が、出発。
何だかんだで纏わりついていた氷雨は、泣きながら、手を振っている。
感動の別れが済んだ後で、後部座席にいる衿香が、隣の航基に話しかける。
「義務感で、私に付き合ってくれる必要はないから……」
それに対して、航基は、生返事をするだけ。
微妙な空気は、男の低い声によって、壊される。
『元気を出せ! 私は、ムダに人生経験があるからな。相談に乗ってやるぞ?』
後部座席のホルダーに固定されているスマホ――沙雪の父であるヴォルの端末――が、航基を励ました。
航基は、突っ込む。
「何で、お前がいるんだよ?」
『妻の
驚いた航基は、叫ぶ。
「お前、勝手に決めるなよ!? 泊まるなら、沙雪の家にしろ!」
航基から離れたシートに座っている沙雪は、すぐに抗議する。
「え、嫌だよ? 私は、衿香の家で居候だし。お父さんを泊められない」
『まあ、そういうことだ! いやー、楽しみだな。久々だぞ、街へ行くのは』
明るい声音のヴォルとは裏腹に、航基は、げんなりした。
ともあれ、謎の物体を加えた一行は、東京へ戻る。
航基は、貸し会議室で
自分は、一体どうしたいのだろうか?
女子小学生のような氷雨と組手を続ける中で、航基は、手応えを感じていた。
しかし、まだ答えを出せない。
原作の鍛治川航基は、最終的に隊長格まで、強くなる。
その頃には、強力な装備、バックアップ体制も。
むろん、プレイヤーが選んだヒロインは仲間で、その勢力から派遣された味方まで。
ライバルの
さらに、本人も強い。
そこまで進めて、ようやく互角以上。
選んだルートによって、最後のボスが変わる。
マルチエンディングを矛盾させないために、選ばれなかったヒロインは自分の身を犠牲にすることで、発生するはずの被害を防ぐ。
この世界には、強ければ、許される側面がある。
金、女、権力で御して、とんでもない化け物や、他国からの侵略にぶつけるのだ。
原作の鍛治川航基は、その意味で、理想的だ。
自分で考えず、プレイヤーの言うことに従う。
各ルートの後は、画面外で選んだヒロインの勢力に、利用されたのだろうか?
異世界からの転生者である室矢重遠は、本来の千陣重遠のルートを全て、追体験した。
であれば、原作の主人公である、鍛治川航基を最も警戒しているはず。
問題は、航基を始末することでの影響。
無礼としてもいいが、即座に処断するには、まだ弱い。
原作の知識が虫食いで、どう繋がるか、全くの不明。
室矢家や他の勢力との関係が、悪い方向へ流れる可能性も……。
いざとなれば、この人はそうする。と認識されれば、複数の流派が絡んでいる室矢家は、終わるかもしれない。
航基は、そのバロメーター。
だが、理由さえあれば、始末するラインにも乗った。
原作で未登場の海外勢力がいて、違うキャラまでいる。
しかも、航基の隊長格まで育つポテンシャルは、変わらない。
鍛治川航基はバイト漬けが終わって、ようやく退魔師として、デビューしたばかり。
師匠もなく、実戦形式の修行もない。
氷雨が言ったように、今の時点で才能を問うことは、愚かだ。
現時点で、原作との大きな違いは、航基に余裕があることでの情操教育。
【
当然、彼女たちに男を育てる余裕はなく、共依存、あるいは航基を利用する形。
ゆえに、鍛治川流という概念を軸にして、
千陣重遠を倒すことで、認められたのだ。
次の敵も、誰かに与えられたに、違いない。
いっぽう、雪女の里で過ごした航基は、鍛治川流を振り返った。
小森田家の団欒と併せて、彼は少しずつ、変わっている。
1人で、強迫観念のように、ただ進もうとする状況から。
けれど、航基は、鍛治川流にこだわる。
彼が根本的に自分を思い知るためには、よっぽどの衝撃が必要だ。
――
ネットに接続したスマホが震えて、様々なメッセージ、通知の山を築いていく。
文明がある場所へ戻ったら、すぐにコレだ。
鍛治川航基は、東京の自宅にいる。
ベランダの窓を開けて、淀んだ空気を入れ替えながら、次々にチェックした。
文化祭を当日まですっぽかし、陽キャの集団から、爪弾き。
SNSのほうは、適当な理由で1人ずつ抜け、新しいグループへ移っていた。
そのうち、閉鎖か、放置されるだろう。
まだグループが潰されていないのは、戻ってきた航基の態度で、最終的に決める。という意思表示。
「……しょうがない、か」
ポスッと、安物のソファに身を投げた。
溜まっていた疲労を実感して、眠くなる。
良い気分転換になったが、他人の家での滞在は、やはり疲れたようだ。
とはいえ、沙雪が強引に連れ出してくれなかったら、閉め切った自宅でずっと、引き籠もり。
結局は、文化祭をサボったし、全ての意味で終わった。
それと比べたら、遥かにマシだ。
唯我独尊の航基でも、クラス全員で臨む文化祭にいなければ、恨まれて当然だ。と分かる。
けれど、スッキリした気分だ。
これからは、他人のために購買へ走ることも、意味ありげな視線で催促されることも、ない。
彼女とは、クラスメイトで、室矢家の
“クラスの陽キャ女子に、話をつけたわ。あなたも、登校したら謝罪と決別をしなさい。場合によっては、通信制へ移っても構わないから”
了解した旨だけ、返信した。
文化祭が終わった後の、通常日。
鍛治川航基は、1-Aの教室に入った。
小森田衿香と挨拶を交わしたが、気まずい雰囲気。
陽キャの連中がチラチラと見るも、それ以上の反応はなし。
昼休みに、動きがあった。
多羅尾早姫が近づいてきて、視線で行動を
航基は、気が重いまま、席から立ちあがった。
非難がましい視線を向ける、クラスの支配者を気取る男子たちと、向き合う。
陽キャの集団は椅子に座ったままで、航基は立ったまま。
意を決して、頭を下げた。
「悪かった。文化祭でクラスが一番忙しい時に、休んでしまって……」
男子たちが、ポツポツと応じる。
「ああ……」
「そうだな」
陽キャの男子で中心的な役割を果たしている、
彼は憮然とした顔で、問いかける。
「で、どういう風に、ケジメをつけてくれんの?」
このグループに残りたければ、その分だけ埋め合わせをしろ、という意味だ。
どこかで奢るにせよ、便利屋をするにせよ、かなりの痛手を受ける。
その上に、文化祭をサボった奴と、何かにつけて、責められるのだ。
今後は弄られ役として、イジメのような扱いも、あり得る。
唾を呑んだ航基は、顔を上げた。
「退魔師の仕事を続ければ、同じことになると思う。これ以上の迷惑をかけられないから、俺はもう抜ける」
脱退を宣言した航基に対して、リーダー格の幸伸は、ポカーンとした。
てっきり、残るために
その時、つまらなさそうに話を聞いていた女子の1人、
「ま、いいんじゃない? こうやって、詫びを入れたんだし……」
他の女子も、それに続く。
「いちいち休む奴なら、勝手にさせれば?」
「そーだね」
どうやら、陽キャの女子では、美伊子の発言権が強いようだ。
そこまで聞いた幸伸は、ふうっと、息を吐いた。
リーダーの威厳を示すため、航基に、多少の制裁を与えるつもりだった。
けれど、女子のボスが認めた以上、ここで執着したら、ダサすぎる。
航基を見ながら、許しを与える。
「わーった! んじゃ、そーいうことで……」
それっきり、幸伸は、立ったままの航基を無視した。
内輪で、話し出す。
鍛治川航基は、離れた位置で島を作っている多羅尾早姫、
心配していた衿香が、航基を気遣う。
「だ、大丈夫?」
食欲が湧かないものの、口に入れなければ、午後で力尽きる。
「ああ……。世話になったな、早姫――」
「私のことは、『多羅尾さん』と呼びなさい。室矢家の寄子をしている間は、私と勝悟が、あなたの上司よ? その代わり、今のように、最低限の面倒は見てあげる」
その剣幕に、航基は、無言で頷く。
勝悟は、俺は別に名前でも構わない、と続けた。
多羅尾早姫は、鍛治川航基に関しての根回しを行ったのだ。
人気のスイーツを奢ることで。
陽キャの女子たちは、航基がグループから抜けても、気にしない。
援護するぐらい、スイーツ代として安いものだ。
次のパシリになるのは、男子のうちの誰かで、他人事。
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