第354話 雪から生まれし女たちの隠れ里へようこそ!ー④

 翌日の午前中に、里の広場で、鍛治川かじかわ航基こうき氷雨ひさめの決闘になった。

 暇を持て余している雪女たちが集まり、美女、美少女に囲まれている状態だ。


 沙雪さゆきと、その母親の六花りっか

 ドローンである、父親のヴォル。

 それに、心配そうな小森田こもりだ衿香えりかもいる。


 女子小学生にしか見えない氷雨は、動きやすいワンピースに、青いリボンを頭につけたままで、宣言する。


「じゃ、ガジガジ流の実力を見せてもらおーかー!」

「鍛治川流だ!」


 怒った航基は、どっしりと構えた。

 重心移動を利用して、氷雨へ近づこうと――


 しかし、地面と靴底がくっついたままで、動かない。


 航基は思わず、下を見た。


 一気に距離を詰めた氷雨が手前でしゃがみ込み、その反動による両足ジャンプ。

 両手を振りながら、空中で体を捻って、航基の側面から蹴りを浴びせる。


 側頭部を蹴られた航基は、直前に足元の氷を消されたことで、そのまま吹っ飛ぶ。


「1回目は、私の勝ちー!」



 2回目は、進行方向の地面を凍らされて、転倒。

 3回目は、カウンターでKOされた。



 氷雨はケラケラと笑いながら、言う。


「よっわーい!」


 この頃には、ギャラリーもくつろいでいて、お茶を飲みながら、煎餅せんべいや餅を食べている。



 衿香に介抱されている航基は、負け惜しみで言う。


「当たれば、お前なんか一撃で……」


 小首をかしげた氷雨は、じゃあ見せてよ? と返した。


 自分が殴られる気はないようで、近くにある木の1つを指差す。



 興味深げに見つめる雪女たちの視線を感じながら、航基は両足を広げて、構えた。


 体内で霊力を循環させた後で、鍛治川流の連撃を叩き込む。

 その部分が消し飛び、木はメキメキと倒れた。



 おー! と歓声が上がって、パチパチという拍手。


 ずっと観察していた氷雨が、批評する。


「ふーん。確かに、威力はあるね……。でも、それじゃ、案山子かかしだよ。実戦でそんな暢気のんきに準備していたら、打撃を与える前に、倒される」


 現に、手も足も出なかった。


 言い返せない航基に、氷雨が質問する。


「さっきは下手くそな足捌きだったけど、動かないの?」

「……鍛治川流は、攻撃重視だ」


 航基の返事を聞いた氷雨は、納得できない顔。


「あのさ? 覚えている型でいいから、演武して!」


 顔を歪めた航基だが、少しでも見返すために、基本的な型を披露した。


 ジッと見ていた氷雨は、観客の雪女たちに問いかける。


「これ、鍛治川流って言うんだけど、誰か知ってる?」


 座ったまま、顔を見合わせる雪女たちに、考え込む雪女。


 その時、1人が発言する。


「直接は知らないけど……。打撃系の古流柔術の一派だと思う。それも、どっかの武闘派のお殿様がやっていた……」


 思わぬ情報、それも由緒正しいと知った航基は、笑顔になった。

 しかし――


「あー。取り巻きにダメージを負担させる、例の……」

「陣形を組んで、戦と同じだっけ? 庶民がやる流派じゃないわ」

「大物食いでは、あるけどね。一撃必殺だし……」

「動きが鈍い攻撃機に、大口径のキャノンを載せた感じか。現代の主流である、フットワークと手数で翻弄ほんろうしつつも、的確なカウンターを重視する戦い方とは、真逆ね」

「お殿様の戦い方だもの……」

「正々堂々と、卑怯な手段を使わず」

「まさに、良いご身分」


 散々な評価だ。


 驚いた航基は、慌てて反論する。


「ま、待ってくれよ!? 鍛治川流は、強いんだぜ? 俺……」


 そこまで言った航基は、さっき氷雨に完敗したことを思い出して、言葉を失う。


 見かねた氷雨が、フォローする。


「当たれば、私も倒せると思う。でも、その『当てる』ことができない……。どうしてだと思う?」


「1人で戦う思想じゃないからか?」


 氷雨は、こくりとうなずいた。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】では、南乃みなみの詩央里しおりを始めとするヒロイン達が、その盾役、タゲ取り、支援を行っていた。


 総員! 俺を守りつつ、敵を弱らせろ!

 トドメは、俺が刺す!!


 けれど、この世界線では、別人が転生した室矢むろや重遠しげとおに、そのヒロイン達との出会いを潰されたのだ。

 投資で複利運用をしたいが、そのお金を持っていない状態。


 ともあれ、航基は客観的なアドバイスを得た。



 このままでは、室矢重遠に勝てない。

 自分のやるべきことも、よく分かった。

 行動しなければ……。


 決意を固めた航基は、傍に立っている少女を見た。


「氷雨、力を貸してくれ! 俺には、どうしても勝ちたい相手が――」

「え? ……ヤダ! ここまで弱いとは思っていなかったし、千陣せんじん流の退魔師でなければ、対象外だから」


 氷雨は、どっちみち、私より強くないと式神にできないし。と付け加えた。




 気を遣った雪女たちが誘って、そのまま野外パーティーになった。


 氷雨は、沙雪と意気投合したようで、一緒に氷結のスキルを訓練中。

 沙雪の母親である六花は、笑顔でそれを見守る。


 小森田衿香は、鍛治川航基の隣に座って、ひたすらに慰める。


「げ、元気を出してね?」

「ああ……」


 返事をした航基だが、かなり意気消沈。

 鍛治川流のルーツが分かったものの、今の自分では無意味だ。と分かったからだ。


 俗世から離れている雪女たちの発言には、説得力がある。

 考えるほどに、納得してしまう。


 室矢家の寄子よりことして、世話になっている身だ。

 お殿様よろしく、弟子や家臣を並べるどころではない。

 前に、如月きさらぎという少女から、足軽あしがる風情、とののしられたことが、身に染みる。


 独立すれば、すぐに鍛治川流の宗家。

 それは、沙雪から指摘されたように、千陣流との絶縁だ。

 支払いの金にすら、事欠く。


 航基は、両親の死亡後に見捨てられたのは、鍛治川流が弟子を盾にする戦法だったからか? と疑う。

 これまでは、弟子からも慕われている、と思っていたが――


「何を考えているのか、知らないけど。あまり決めつけるのも、良くないと思うよ?」


 見透かしたような衿香の諫言かんげんに、航基は息を吐いた。


「そうだな……。前にさ、鍛治川流の技を教えたことがあって……。その時に、『必要がないから滅びた流派』と言われたんだ」


 横に座っている衿香は、何も言わずに、航基の顔を見た。


 それに励まされて、話を続ける。


「お前に言うのは、どうかと思うが……。その相手には求婚して、断れたんだ。千陣流とは違う流派だったけど」


 衿香は、いつもとは違う声音になる。


「あのね、航基くん? 話してくれるのは嬉しいけど、少しは気を遣ってくれないと困るよ。その誰かに振られたから、キープしている私で妥協するの?」


 衿香の指摘に、航基は言葉を失った。


 それに対して、彼女は淡々と続ける。


時翼ときつばささんでしょ? サーちゃんに、グループ交際の話は聞いているから……。確かに、私が鍛治川流の宗家の妻になったところで、務まらない。航基くんにも、選ぶ権利はある。だけど、終わった話をわざわざ聞かされて、良い気分になると思う?」


 それまでにない反応を受けて、航基は動揺した。


「わ、悪い……」


 溜息を吐いた衿香は、隣の航基のほうを見ながら、確認する。


「前に『私が死ぬ』って聞いたから、ユキちゃんと一緒に手伝っているんだよね? それには感謝しているし、嬉しいけど……。いつまでも義務感だけで一緒にいて、今みたいな態度を取られても、辛いだけだよ! 私、航基くんの何? 今はクラスメイトだけど、来年には別のクラスになるかもしれない。第二オカルト同好会だって、シオリン達がいなくなって、もう形だけ。カレナちゃんが『安全だ』と宣言するか、長引くようなら、私は距離を置いたほうがいいかな?」


 いきなりの絶縁宣言で、航基は言葉を失った。

 だが、真剣な様子の衿香に、何とか返事をする。


「さっきの発言は、別にそういうつもりじゃ――」

「航基くんは、鍛治川流の復興が大事……。私の未来が変わったら、その後について話し合おうよ? 今はお互いに余裕がないし、傷つけ合うだけ」


 キッパリと告げた衿香は、立ち上がり、別の場所へと歩いて行った。

 座ったままの航基は、世界で自分だけが取り残された感覚に。


 周囲では、気が合った仲間との談笑や、遊んでいる雪女ばかり。

 それを見ていた航基は心細くなったが、どうしていいのか、全く分からない。




 ほとんど内壁がない一軒家で、深夜に騒げば、誰でも目を覚ます。

 前日の夜における、六花との話し合いは、起きた衿香も聞いていたのだ。


 六花は無理に2人を別れさせる気はないが、一番の問題点を指摘すれば、こうもなる。

 鍛治川流と衿香のどちらを選ぶのか? だ。


 これに対する回答は、色々と考えられる。

 学校の問題ではないから、別に、2つとも選ぶ! でも良い。

 ただし、模範解答はなく、その結果がどうなるのか? も保証されず。


 鍛治川流の代わりに衿香を選べば、重すぎる、と見られるかもしれない。

 彼女に失望した時、自分が犠牲にしたものと釣り合わない事実に、逆ギレするかもしれない。

 その意識改革を実行できない場合は、衿香と別れたほうが、お互いのため。



 航基は、鍛治川流の復興に賭けている。

 だが、悪役の千陣重遠がいない、原作とは違う世界では、昇華されない。

 誰も自分の流派を認めず、弱いまま。


 今の主人公はモブで、クラスメイト1人を口説くにも、ご都合主義が発動しない。


 普通の高校生活なら、友達以上の恋人未満でも、毎日会える。

 けれど、この世界は危険が多く、今の小森田衿香には死亡フラグがつきまとう。


 誰もが忙しく、鍛治川航基のために待つことはない。

 その結果が、どうなるのか……。

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