第353話 雪から生まれし女たちの隠れ里へようこそ!ー③
いきなりの問いかけに、
答えたくても、鍛治川流の歴史を知らない。
相手が
けれども、ここは山奥で、
見目麗しい女からの質問とあって、考え込む。
その様子を見た
「まあ、そういうことです……。いざ聞かれても、流派の説明ができない。それに対して、
航基は、ぐうの音も出ない。
秘伝の書にある型や、簡単な説明だけでは、不十分。
身に覚えのない恨みで、敵を増やすことも……。
その時、いつの間にか傍にいた、ドローン。
沙雪の父親であるヴォルが、空中でホバリングしたまま、突っ込む。
『目標を高く持つのは、良いことだ。しかし、宗家の妻に相応しい女から、相手にされているのか? それに、千陣流と敵対するのなら、最低でも他の大手と組まなければ、あっさりと踏み潰されるだけだ』
その他流の手掛かりで、彼が『宗家の妻』として認めた
彼女は、あろうことか、不意打ちで攻撃してきた。
四大流派の2つ、
残りの
原作は、各流派のヒロインを助けることで、航基が、室矢重遠のポジションだった。
不幸のどん底にいる女を助けて、そのまま、従属させていく。
しかし、それは男子高校生が、ヒロインたちの力を借りての話。
無理があるため、その
たとえば、
主人公の鍛治川航基が知らないままで、ベルス女学校を卒業後に、人質としての政略結婚か、謀殺されたに違いない。
麗は、その生い立ちから、いつも無表情だった。
実の父親にも拒絶され、隔離施設のベル女に、放り込まれたからだ。
ところが、室矢重遠も参加した交流会で、自分の殻を壊すような体験をして、喜怒哀楽を示すように。
あの夜にいた
能面で無口だった娘がいきなり、野郎ぶっ殺してやる! と叫び続ければ、誰でも心配するだろうが……。
原作ヒロインの大半が、登場した。
しかし、時翼月乃を除いて、お世辞にも、男女の関係になれる、とは言えない状態だ。
まだ操備流のヒロインが残っているものの、現状の航基では接点すらない。
そもそも、原作では南乃詩央里と手を組むことで、様々な伝手を得ていく。
闇墜ちする状況とはいえ、沙雪、
それに、関係者も加わることで、航基には、絶望すら許されない。
沙雪は、別に可哀想だから、手厚く面倒を見ているわけではないのだ。
自棄になった航基が、衿香を巻き込み、破滅させる。
あるいは、自決すれば、彼女の生涯の傷になるだろう。
ただし、それ以外で消える分には、一向に構わない。
室矢重遠は、室矢家の当主。
彼に同じ調子で接したら、間違いなく、殺される。
――俺の寄子として、その立場を
その命令があった以上、航基の態度が変わらなければ、こっそりと消すだけ。
紫苑学園では任せる、と言われているから……。
いっぽう、鍛治川航基は、自分の処刑が決まって、今は執行猶予中とは、認識していない。
正座に戻した六花は、静かに諭す。
「その鍛治川流はともかく、一緒に来た小森田さんは、どうされますか? あなたが『宗家の妻』を求めているのなら、彼女は振ってあげるべきです。南乃さんと結ばれる可能性が失われた以上、そちらで気を遣う必要もありませんよね?」
正論だ。
かつては、詩央里と結ばれる未来を残すために、彼女の親友の衿香を中途半端にしてきた。
けれど、今となっては、その考慮もムダに。
航基は、返事をしない。
六花は、その理由を指摘する。
「あれだけ胸が大きくて、抱き心地が良さそうな美人は、惜しいでしょう。まず抱いた後で考えるのも、1つの選択ですよ? ここは音がダダ漏れですが、聞こえない振りをしますので、どうぞ遠慮なく――」
「そんな、不誠実な真似ができるか!? 俺は別に、そういうつもりじゃ……」
思わず叫んだ航基だが、六花は動じない。
首を
「女を抱きたくないと? あいにく、この里には、男がいないので――」
「違う! どうして、そっちの話になるんだ!?」
怯えたドローンが六花の後ろに隠れたので、航基は慌てて、否定した。
六花は、笑顔で言う。
「小森田さんに彼氏ができたら、ちゃんと祝福してくださいね? 宗家のあなたには、暇潰しの女性――」
「だから、それは関係ないだろ!」
溜息を吐いた六花は、航基を
「私には、『小森田さんが魅力的な女子で、それを手放すのが惜しい』としか思えません。あなたは、自分の気持ちに鈍感すぎます。大事なものを失ってから嘆いても、手遅れですよ? 他の男子高校生が彼女に好意を寄せられたら、大喜びで付き合うでしょう……」
――退魔師の宗家は、子供の
少し、頭を冷やしなさい。と締めくくった六花は、スッと立ち上がり、広い空間から出て行った。
ドローンも宙に浮かび、どこかへと去る。
衿香がいなくなったら、自分はどう思うのか?
その疑問に答えを出せず、さりとて鍛治川流の復興も捨てられず、航基はふらふらと、外へ歩き出した。
山奥の隠れ里には、月明かり。
ポツポツと建っている古民家の光も、周囲を照らしている。
道が分かるぐらいの状態で、航基は
冬景色になる直前の山とあって、身を切るように寒い。
吐く息は、真っ白だ。
思わず、両手で、自分の体を抱く。
左右を見たら、人の気配は、家の中ばかり。
「雪女と言っていたし、妖怪の里なのか?」
常識的に考えて、人が住める環境ではない。
一番近い街までは、車で数時間。
けれど、暗闇では滑落の危険があって、走れないのだ。
時代劇のドラマでも見たことがない、歴史を感じさせる民家。
六花の家のように、リフォームか、新築した物件も。
「自給自足か……。でも、雪女なら、氷結で食材も保管できそうだな……」
東京では見られない、満天の星空。
秋から冬の星座に変わりつつある中で、虫の音を聞きながら、違う世界にいるような気分を味わう。
「散歩か?」
幼女の声がした。
そちらのほうを向いたら、水色のショートボブで、同じ水色の
航基は、思わず突っ込む。
「こんな深夜に出歩いて、いいのか? それと、敬語を使えよ?」
「お前にだけは、言われたくない!」
20歳ぐらいだが、種族としての年齢は、まだ幼女らしい。
普段とは違う雰囲気に当てられたのか、航基は夜空の下で、素直に話す。
「俺は、1人になりたいんだ。放っておいてくれ……」
「女を取られたことで、傷心中か?」
ずけずけと言った氷雨に驚いていたら、本人が説明する。
「里は娯楽がないから、来客だと、全員で群がる!」
「……さっきの話を聞いていたのか?」
航基は、首肯した氷雨を見て、溜息を吐いた。
いっぽう、彼女は構わずに、1人で喋る。
「お前では、室矢重遠に勝てんぞ? 沙雪から聞いた話によれば、その御方はもう隊長格だ。少なくとも、副隊長の強さがあることは、本拠地で証明された」
首を捻った航基のために、氷雨は補足する。
「千陣流の実動部隊は、各隊長を頂点に、副隊長などの幹部が、運営している。特に隊長は強く、大戦中は、本土に上陸した大部隊を
その話を聞いた航基は、顔を歪めた。
東京の貸し会議室で、重遠から受けた霊圧を思い出したからだ。
氷雨は、付け加える。
「私たちも、上位種は強い。その気になれば、辺り一帯を時間ごと凍結させても、おかしくないぞ?」
私は、まだ幼いが。と続けた氷雨は、しげしげと眺めた。
気まずくなった航基は、目を逸らす。
ポンと手を叩いた氷雨は、提案してくる。
「よし。お前の式神になってやる! 喜べ!」
「いや、いいよ……。俺は千陣流ではなく、鍛治川流の宗家だし……」
笑顔の氷雨は、平然と言う。
「弱い流派の宗家に、何の意味がある? 滅んだものに固執しても、良いことはない」
航基は、氷雨を見下ろしたが、その容姿に毒気を抜かれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます