第352話 雪から生まれし女たちの隠れ里へようこそ!ー②

 山奥とは思えない、豪華な夕食。

 風情のある囲炉裏いろりで、鍋を囲む。


 鍛治川かじかわ航基こうきは、六花りっかのほうを見た。


「あのさ……。ヴォルとの関係なんだけど、聞いてもいいかな?」


 固まった沙雪さゆきが、そーっと、母親の様子をうかがう。

 だが、当の本人は、普通に答える。


「一言でいえば、です。沙雪は私たちの娘でして、この山奥に閉じ込めるのは可哀想だったから、千陣せんじん流を頼りました。小森田こもりださんのお宅で、いつも娘がお世話になっております。この1週間は、精一杯のおもてなしを致す所存です」


 スッとお辞儀をした六花に、小森田衿香えりかは慌てる。


「い、いえっ! 私のほうこそ、色々とお世話になっています。退魔師になって、ずっと頼りっぱなしで……。本日もお招きいただき、ありがとうございます!」


 慌てて、隣の航基の手に触りながら、挨拶を行った。

 気付いたように、彼も同じ言葉を述べる。


 そこで、酔っているヴォルが、会話に加わる。

 ドローンの中央に設置されているスマホは、『嬉しい』の顔文字だ。


『なるほど。しかし、あまり退魔師という感じを受けないな? その業界は危険も多いから、あなたのようなレディには、向かないのでは……』


 その言葉に、六花が、じろりと見た。

 ヴォルの顔文字は、『怯える』に変化。


 衿香は、急いで説明する。


「え、えーと……。実は、ちょっと事情がありまして……。生き延びるためと言うか、何と言うか……。それで、航基くん、ユキちゃんの2人に、助けてもらっています」


 訳ありか。


 六花とヴォルは、顔を見合わせた。



 航基は、暗い雰囲気になる。


「どうせ、重遠しげとおに比べたら、俺なんか……」


 その発言を聞いた六花は、娘の沙雪を見た。


 すると、懇願するような視線を受ける。

 


 久々に実家へ戻ってきたと思ったら、これが狙いだったのか……。


 意図を察した六花は、内心で溜息を吐いた。


 しかし、可愛い娘が、自分を頼ってくれたのだ。

 やるだけは、やってみよう。


 気持ちを切り替えて、航基に話しかける。


「鍛治川さんの話を聞かせてもらえますか? 嫌ならば、無理強いしませんけど……」

『私も、よく落ち込むぞ! とにかく、話してみろ』


 空気を読まずに喋ったヴォルは、一瞬で、カキーンと凍りつく。


 その様子に、航基と衿香は、驚いた。



 六花は笑顔のままで、説明する。


「私は、雪女です。御覧の通り、氷結の能力を持っています」


 手の平で控え目に氷を作り出した六花は、それを消した後で、ポンッと氷塊を叩く。

 ドローンが解凍されて、ヴォルは再び動き出す。


『秋の終わりで凍ると、寒いな!』


 そういう問題?


 航基と衿香はツッコミを入れたかったが、何とかこらえた。



 雪女は、山奥にいる、白い着物を着た女。

 吹雪の夜に見つけた家を訪ねて、また旅立つことが多い。


 人間の男と子供を作るエピソードも……。


 妖怪に括られているが、『雪の精』と言える。

 一説によれば、帰れなくなった月世界の姫。



 衿香が質問する。


「あなたが雪女なら、ユキちゃんも?」


 うなずいた六花は、笑顔で肯定する。


「はい。沙雪にも、同じ能力がありますよ。……知らなかったので?」


「だって、ユキちゃんは銃を使うばかりで、そんなことは全然……」


 言いかけた衿香は、周囲の雰囲気に口を閉じた。


 その美しい顔を歪ませ、まなじりを吊り上げた六花が、叫ぶ。


「沙雪。あなたには、雪女の誇りがないの!? 銃に頼るなんて、嘆かわしい。明日から、みっちりと鍛えてあげます! 1週間もあれば、実戦で使えるぐらいに!」

『強制するな! 私の娘だから、別の戦い方をするのは当然――』

 カキーン


 反論していたヴォルは、また凍った。


 ふんっと顔を背けた六花は、黙々と食べる。


 首を引っ込めた沙雪も、無言。

 自分で鍋から盛り付けて、どんどん食べる。


 知らない間に地雷を踏んで炸裂した衿香は、1人で狼狽えている。

 航基も、口を挟めない。



 ひょっとして、娘の教育方針で折り合いがつかず、離婚したのだろうか?

 でも、まだ同居しているし……。


 複雑な家庭と知って、航基と衿香は憂鬱になった。




 最悪の雰囲気になった食事だが、料理は美味しかった。


 沙雪は慣れているようで、臆せずに食べ続けた。

 風呂に入った後にゆっくりすれば、長距離の移動の疲れも出てくる。


 男子と女子で別の客室が用意され、それぞれに休む。


 ふすまや障子による、最低限の仕切り。

 周囲の音や気配を感じる、昔ならではの温かみとも言える。



 1人になった航基は眠れず、月明かりの窓際へ。


 冬の直前で、寒くないように締め切った状態だ。

 ドタンッと仰向けになり、道場のような板張りの上で手足を伸ばす。


詩央里しおり……」


 思い出すのは、貸し会議室での室矢むろや家との対峙。


 半年前には、霊力ゼロ。

 体術の稽古でも自分に勝てなかった、室矢重遠しげとお


 だが、今の彼は、東京でも有数の美少女たちを従えている。

 退魔師の四大流派に所属している、実力者ばかり。


 室矢家とも付き合いがある沙雪によれば、今の重遠はちょっとした有名人。

 1つの特異点になっているとか……。



 その対決で、航基は完封された。

 原作を知っている重遠が、主人公による逆転を防ぐため、徹底的に情報を伏せたからだ。


「俺だって、詩央里の近くにいたのに……。マルグリットも、どうして分かってくれないんだ……」


 航基の価値観では、愛人は不幸になるだけ。

 それを未然に救おうと、必死に呼びかけたのに、馬耳東風。

 南乃みなみの詩央里しおりは、重遠を少しでも非難すれば、自分を殺す勢いだった。



「自分の流派を再興したければ、優先順位を間違えないことが大事ですよ?」



 上半身を起こした航基は、暗闇に立つ女を見た。


 青紫の瞳と、長い銀髪。

 六花だ。


 彼女は、航基の近くで正座。


「沙雪から、話を聞きました。あなたは、自分の流派を第一に考えているのですね?」


 こくりと頷いた航基は、不意を突かれたことで、素直に答える。


「そうだ。宗家として自分の子供を儲けて、後を継がせなくてはいけない。強い子供でなければ、結局は無意味。他の退魔師と交渉できることも、必要だ」


「理想的な相手が、南乃さんですか? でも、千陣流の宗家の正妻として、幼い頃から教育を受けてきた女性とは、釣り合いません。あなたは千陣流の下請けのため、誰もが認める武勲を立てても、中堅の御家の次女から下が限界でしょう。多羅尾たらおさんでも、あなたにとっては高嶺の花」


 寝巻の六花は、多羅尾家は代々、京都の要人の護衛を務めて、しのびの心得もある、由緒正しい武家ですよ? と続けた。


 ムッとした航基は、言い返す。


「俺は、千陣流に入りたいわけじゃない! 鍛治川流の宗家だ! なら、重遠よりも上だろ!? あいつは、宗家から廃嫡された人間に過ぎない!」


 サファイアのように瞳を輝かせた六花は、言葉をあららげる。


「口を慎みなさい! 鍛治川家のことは、存じません。しかし、今の時点で古くからの家系図や、歴史的な価値のある家宝、それらを裏付ける土地家屋を持たなければ、一般人です」


 いきなり叱られたことで、航基は怯んだ。


「鍛治川流の秘伝の書なら……」


「少し時間がてば、『歴史のある流派』と言い張れます。昔ながらの古武術に、よくある手……。はくづけで、『神に授かった』『鬼を倒した』の話をどれだけ聞いたやら……」


 六花の悲しそうな声に、航基はどう返していいのか、迷う。


 彼女は、体育座りになった。

 折り畳んだ両膝を自分で抱きしめる。


「無抵抗の私たちを虐殺して、その成果で、『古今無双の武術』と売り込んでいた連中も、いました。藩の指南役になれば、浪人から数百ごくの武家ですし、弟子の数だけ、月謝をもらえますから……」


 体育座りのままで、顔を上げた六花は、静かに問う。


「仮に、その鍛治川流が古い流派だとして、私たち……。雪女のかたきではないと、自信をもって言えますか? 我が子と離された上で、八つ裂きにされた同胞に対しても?」

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