第351話 雪から生まれし女たちの隠れ里へようこそ!ー①

 対向車と衝突しそうな場所を走り続けた車は、昔ながらの民家がポツポツと建っている寒村に、辿り着いた。

 山奥で心細くなっていた鍛治川かじかわ航基こうきたちは、ホッとする。


 平地になっている空間に、複数の古民家がある。

 車が通れるぐらいの砂利じゃり道が伸びていて、物流と移動に役立つ。


 木々がある斜面に囲まれた立地で、上から見下ろさなければ、まず分からない。


 民俗学、農業の知識があれば、田んぼ、畑が少ない。と分かる。

 簡単に降りられない山奥は、僅かな土地でも、食糧を確保するものだ。


 車の後部座席で外を見ていた沙雪さゆきは、説明する。


「元々は、平家の落ち武者が住んでいたけど、今はあたし達だけ」


 いかにも亡霊が出そうな台詞に、小森田こもりだ衿香えりかは涙目。


 それを見た沙雪は、慌てて付け加える。


「あー。大丈夫、大丈夫! 何か出ても、ここの住人が退治するから……」



 車は短い斜面を進んでいき、低い石垣の上へ。

 昔なら庄屋が住んでいそうな、日本家屋がある。


 長い歴史を感じさせる外観だが、茅葺かやぶきではなく、現代の屋根だ。

 白い外壁と茶色の板張りも、しっかり塗装されている。


 素人が見ても、プロが丁寧に仕事をしたのだな、と読み取れる。



 停車したドライバーが振り向き、目的地であることを告げた。

 うなずいた沙雪は、労をねぎらい、スマホで任務の達成を承認する。


「じゃ、帰りもよろしく」

「はい」


 返事をしたドライバーは、後部のトランクを開けた。


 沙雪たちがスーツケースを降ろして、トランクを閉めたら、その場で切り返し、来た道を戻っていく。



 表札がある玄関へ、沙雪は走っていく。

 すると、引き戸が横に開き、中から1人の女が、出てきた。


 銀髪のロングで、青みがかった紫の瞳。

 白い肌と、よく似合っている。


 青の着物で、両脇にタスキをかけている。

 女子高生ぐらいの身長だが、その年齢にしては、大人の雰囲気だ。

 その容姿は美しく、東京でも雑誌に載りそうなほど。


 沙雪が飛びついたら、少女は両手を広げて、受け止めた。


「お帰りなさい。久しぶりね……」

「ただいまー!」


 微笑ましく見ていた衿香と航基は、お姉さんかな? と思う。


 女子高生は沙雪を抱きしめたまま、お辞儀をした。


「初めまして。六花りっかです。娘がいつも、お世話になっております」


「お母さん!?」

「えっ?」


 衿香は素っ頓狂な声を上げて、航基は、ただ驚くばかり。


 ニコニコしている六花は、沙雪を抱いたままで、2人を招く。


「何もありませんが、どうぞ中へ……。御二人は、一緒の寝室で?」


「いえっ! お、お構いなく……」

「……」


 衿香と航基は返事に困ったものの、六花は気にせず、家の中に入りながら、話を続ける。


「そうですか……。沙雪、いつまで滞在するの?」

「1週間ぐらい」


 その返事に、六花は娘の背中をさすりながら、衿香と航基に、靴を脱いで上がるよう、うながす。


「どうぞ、お上がりください! あとで、空いている部屋を2つ、見繕います。荷物は、そこへ」


 広い玄関は、段差のある板張りだ。

 気後れしたものの、家主から許されたことで、スーツケースを載せる。


 衿香と航基は、お邪魔します、と言った後で、靴を脱ぎ、奥へ歩いていく。

 全ての部屋を繋げている、昔ながらの間取りに、驚いた。


「広い……」

「障子や仕切りはあるが、基本的に開放しているのか……」


 プライバシーの概念はなく、必要な時に目隠し。

 奥に畳が敷かれた部屋が見えるものの、大部分はフローリングだ。


 2人は、外と一体化している、洋風の建築とは違う様子に、きょろきょろと見回す。



 六花は、外に面してる土間どまで、かまどに火をつけながら、手際よく炊飯や、煮物を始める。

 沙雪が手伝い、それを見た衿香も、続く。


 手持ち無沙汰になった航基は、家の中を探検しようと、立ち上がり――


 ブーンという、蜂の羽音が、聞こえる。


 目の前に、スマホが浮いていた。

 いや、4つのプロペラで飛ぶから、ドローンだ。

 中央の画面に、大きな顔文字が、表示されている。


 悪質なストーカーか?


 自分を棚に上げた航基が、思わず構えるも、目と同じ高さでホバリングしたままのドローン。


 いきなり、男の渋い声が響く。


『初めまして。私は、沙雪の父だ。ヴォルと呼んでくれ』


 驚いた航基は、思わず尋ねる。


「え? 本当に?」


 器用にうなずいたヴォルは、ブーンと、土間へ飛ぶ。


『六花! 客人に、お茶と菓子を出すぞ?』

「はい。もうすぐ夕餉ゆうげだから、程々にしてくださいね?」



 ドローンから、2本のアームが伸びた。

 棚から取り出した後で、器用に、お茶を淹れる。


『どうぞ』


「あ、ありがとう」


 お盆で差し出された緑茶と煎餅せんべいをいただきながら、航基は自己紹介。


「俺は、鍛治川航基だ。しかし、その姿で、沙雪の父親……」

『これは、事情があってな……。本体は、別さ』


 それが本体と言われても、困るけどな?


 心の中で突っ込んだ航基は、スマホの画面に吸い込まれていく、緑茶と煎餅を見た。


 いったい、どこに吸収されているのだろう?


 ドローンの中心にあるスマホは、まるで人間のように、ゴクゴク、モグモグと、飲食をしている。



 航基は、板張りの床にある座布団に座りながら、着陸しているヴォルと、話し込む。


「えっと……。沙雪は、ここで育ったのか?」

『ああ。街では、どうだ?』


 聞き返されて、航基は、返事に困った。


「うーん。俺が見ている限りでは、元気のようだぜ? 衿香の家で暮らしているから、あいつに聞いたほうが……。というか、沙雪に、直接聞けばいいだろ?」


 そのツッコミに、ヴォルは、悲しそうな顔文字に。


『実は、沙雪に避けられている。直接聞いても、返事をしてくれないだろう』


 不憫に思った航基は、土間にいる沙雪を連れてきた。


 彼女は嫌がりながらも、父親――空飛ぶドローンのヴォル――と向き合う。


「久しぶり、お父さん」

『うむ。沙雪も元気そうで、何よりだ』


 彼女は、土間で料理している六花を気にしながら、フローリングの上に座った。


「お母さんに、許してもらったの?」

『いや、まだだ……。色々と、試しているのだが……。そういえば、沙雪のところには――』

 ダンッ!


 いきなり包丁の音が大きく響き、スマホの画面は、『驚き』の顔文字に。

 沙雪もビクッとなり、2人は恐る恐る、土間のほうを見る。


 トントントン


 まな板の上で、包丁の音が、リズミカルに響いている。


 ヴォルと沙雪は、どうやら、六花に怯えているようだ。と理解したが、いくら航基でも、家族全員で仲良くしよう、と叫ばないぐらいの自制心はある。




 外と繋がっている土間には、竈が並び、水場もある。


 『板の間』の囲炉裏いろりは、床ではなく、テーブル仕立てだ。

 天井から自在鉤じざいかぎが吊り下がっていて、六花はそこに、鍋を引っかけた。


 全員で囲炉裏を囲み、木炭による火でグツグツと煮立っている鍋を見る。

 六花が木蓋きぶたを持ち上げて、中身をそれぞれの小鉢に、よそっていく。


「はい、どうぞ。今日は、街の料理にしましたから……」


 航基はお礼を言いながら、肉と野菜がたっぷりの小鉢を受け取る。


 ぶつ切りの鶏肉がメインで、白く濁ったスープの水炊きだ。

 自家製の漬物と、山菜の料理もある。


 竈で炊いたご飯も準備したら、いただきます。


 航基と衿香は、思わず感嘆する。


「美味しい」

「すごい! 後で、レシピを教えてもらえますか?」


「ええ、いいですよ。さ、どんどん食べてください」


 青の着物で座っている六花は、ニコニコしている。


 沙雪は無言で、小鉢と茶碗を交互に、口へ運ぶ。



 ヴォルにも食事が用意されていて、徳利とっくりと、お猪口ちょこもあった。

 ドローンにある2本のアームで、晩酌を楽しむ。


 中央にあるスマホの画面の中に、料理やお酒が吸い込まれる。

 それを見て、目を丸くする衿香。

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