第350話 成長イベントがない主人公は「ざまぁ」の夢を見るか?【航基side】

 自宅に戻った鍛治川かじかわ航基こうきは、バッグを置き、ベッドの端に座り込んだ。

 そのまま、横になる。


 彼の認識では、古渡ふるわたり孔貴こうきとの体術の稽古で、自分に勝てない程度だ。


 けれど、今の室矢むろや重遠しげとおは、全く違った。

 霊圧だけで自分を殺しかけるほどの、圧倒的な力。

 それは、丁寧な説明や、個別の女子との話し合いよりも、明快だった。


 異常な空間と化していた洋館で会った時とは、段違い。


 自分は、滅んだとはいえ宗家。

 それに対して、重遠は宗家から追い出された、出来損ない。

 ずっと、そう思っていたのに……。



 重遠が引き連れていた女子たちは、どれも器量よし。


 北垣きたがきなぎに攻撃された時は、心底驚いた。

 しかし、今になって考えれば、その才能を鍛治川流に取り入れたいほどだ。


 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこ、それも筆頭巫女の直属。

 それに、時翼ときつばさ月乃つきのの1つ上で、学年主席である魔法師マギクス

 真牙しんが流の幹部にして、財閥の娘。

 明るく、強いマギクスである、咲良さくらマルグリット。

 何よりも、『宗家の妻』として教育を受けてきた、南乃みなみの詩央里しおり


 どの女も、鍛治川流の宗家の妻として相応しい。

 多羅尾たらお早姫さきも退魔師であることに驚いたが、やはり魅力的だ。


 早姫と神子戸みことたまきはともかく、重遠があれだけの女を独占しているのは異常だ。

 それに、本人が心から納得しているとは、考えにくい。


 やっぱり、弱みを握られているのか? 

 なら、俺がそこから救ってやることで、彼女たちを……。


 流派を復興させるのなら、後ろ盾が欲しい。

 十分な支援を受けられれば、室矢家の寄子よりこという、屈辱的なポジションから脱出できる。


 だいたい、高等部に編入してから、たった半年であの強さはおかしい。

 霊力は生まれつきで、技量も高校生なら未熟で当然。

 俺だって、まずは高校を卒業した後で、本格的に修行をするつもりだった。


 そう思うが、第二オカルト同好会や体術の稽古で一緒だったのに、重遠の考えが分からない。



 取り留めもなく考える航基だが、その内容は妬み。

 重遠の頑張りを全く知らず、いきなり貸し会議室で告げられたことで、嘘じゃないか? と疑っている。

 与えられた情報量が多すぎるうえに、衝撃的すぎた。


 しかし、最後の霊圧による圧迫は、航基の、直接戦って勝利すれば、詩央里たちに認めてもらえるのでは? という最後の希望を吹き消したのだ。



 いきなり囲まれ、棒で殴られた。

 そんな方法は、男らしくない。

 やっぱり、あいつは卑怯だ。


 結局は、現状を認められない航基。



 その危険な思考について、雰囲気で読み取った沙雪さゆきが、警告をする。


「いきなりで驚いただろうけど、今後は慎重に接しなよ? 航基も、これで事情を知った。室矢家の女たちと、個別に話をさせてもらった上でだ。次に無礼をしたら、室矢家の敵として、確実に殺されるから……」


 返事はない。


 施錠はちゃんとしてね、と言い残して、帰りかけたら、ベッドで横になっている航基が、顔だけ向けた。


「なあ……。お前は、最初から知っていたのか? 衿香えりかも……」


 友人として、先に事情を教えてくれれば、ここまで一方的にならなかった。


 そう思えば、お前たちもグルなのか? と疑ってしまう。


 振り向いた沙雪は、首を横に振る。


「詩央里が重遠の婚約者であることは、知っていた。けど、全てじゃないよ? 衿香も、詩央里と重遠の関係、メグとの関係を知っていたと思う」


「どうして、教えてくれなかったんだ? 皆で、俺を騙していたのか……」


 嘆く航基に対して、女子中学生の沙雪は溜息を吐いた。


「重遠たちに、噛みつくからだよ! 衿香には、あたしから伝えておく。とりあえず、航基は今後の立場を考えて! 室矢家を寄親よりおやとするのか? フリーになって、退魔師の互助会で再出発をするのか……」


 だが、航基はその説明を聞いていない。

 泣いたままで、沙雪の声が耳に入っているとは思えない状態だ。


「ハアッ……。航基、明日から1週間、休めない?」


「……どういうことだ?」


 いきなり話題を変えた沙雪に、少しだけ落ち着いた航基が応じる。


「あたし、そろそろ実家に帰るつもりでね。本当は夏休みに行く予定だったけど、色々な用事で潰れちゃってさ……。その調子じゃ、どうせ紫苑しおん学園に登校せず、引き籠もるだけでしょ? だったら、あたしと一緒に行こう! 衿香も連れていくから」


「待て! もうすぐ、文化祭の準備が佳境に入る……」


 慌てて反論しかけた航基は、尻すぼみになった。


 詩央里とマルグリットは、もういない。

 おまけに、あれだけの力の差と、組織力も見せつけられたのだ。

 遠く離された、という次元ですらない。


 取り巻きの女たちも、日本で一角ひとかどの御家や、大手の退魔師だ。

 原作の主人公である鍛治川航基は、千陣せんじん重遠を打倒するべく、詩央里に支えられて関係を築いたが、今はただのモブ。


 詩央里を妻に迎えて、鍛治川流を復興する。という使命感に支えられていた航基は、全てがどうでも良くなった。

 小森田こもりだ衿香に、どう思われるのか? は気になるが、彼女は一般人だ。

 宗家の妻になれる女たちが、どいつも重遠の側室という事実に、打ちのめされた。


 その葛藤を見透かしたように、沙雪が問いかけてくる。


「詩央里や衿香から、聞いたけど……。航基はいつまで、クラスの陽キャの顔色をうかがっているの? 詩央里について、『何も知らない連中より、同じ退魔師の自分のほうが有利だ』と優越感を持っていた……。けど、そのパシリをする意味もなくなったよね?」


 また、返事はない。


 沙雪は、淡々と喋る。


「あたしは、航基が下に甘んじることが良いとは思えないね。航基を好きな衿香のためにもならないし……。だからさ、1週間ぐらい休んで、紫苑学園の人間関係も再構築しなよ? 文化祭の追い込みから実行日までパシリがいない陽キャたちは激怒するだろうけど、『千陣流の退魔師だ』と明かして、公休を取ればいい。あと、これからは、勝悟しょうご早姫さきが同じグループになってくれるってさ! 衿香もいる。陽キャの集団から追放されても、ボッチにはならないよ。最悪、通信制へ移ればいい」


「……俺に、『重遠の手下たちと一緒にいろ』と言うのか?」


 肩をすくめた沙雪は、ゆっくりと諭す。


「航基も、室矢家の寄子だよね? さっきの会合でも言ったけど、これまで室矢家の庇護を受けていて、それを一方的に反故ほごにしたら、航基はもう誰にも信用されない。別に、勝悟と早姫は重遠の太鼓持ちじゃないし、やってみて『どうしても嫌だ』というのなら、好きにすれば? その場合、あたしと衿香は、航基と縁を切るかもしれないけど」


「紫苑学園に通うことも、あいつの命令か?」


 指で首筋を掻いた沙雪は、目を逸らしながら言う。


「違う。でも、勝悟と早姫はそのまま通って、紫苑学園の情報を集めるようだし……。せっかくだから、同じクラスで通学したら?」


 言葉に詰まった航基を見て、沙雪はハッキリと指摘する。


「正直言って、航基は精神的に未熟すぎる。『自分は宗家だから』『異能者だから』と考えているくせに、高校では卑屈なパシリで、退魔師の繋がりはない。いびつすぎるんだよ! 忙しい重遠たちとは違い、紫苑学園に通学するべきだ。……あたしの実家に滞在する1週間で、ゆっくり考えて? こういう時は、1人にならないほうがいい。時間がつほど、今度はそこから動けなくなるから」




 ――翌日


 沙雪が手配した千陣流の車で、ヘリポートへ向かい、民間ヘリで東北地方に飛んだ。

 そこから、山奥までの移動。


「ウチは、隠れ里だからね。遠い、遠い……」


 車の後部座席に座っている小森田衿香が、沙雪のぼやきに応じる。


「ユキちゃんの実家って、ずいぶんと、秘境にあるんだね? 知っていても、自分では辿り着けそうにないよ……」


 両手を頭の後ろで組んだ沙雪は、車の天井を見ながら、つぶやく。


「まあ、一般人が訪れる場所じゃないし……」

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