第349話 新しい室矢家 vs 何も知らない原作の主人公ー④

 主人公の視点だった原作では、決して語られなかった場面。

 まだ疑わしいが、とても想像には思えない。


 その余韻に浸っている俺に対して、呆気に取られていた鍛治川かじかわ航基こうきが、再び騒ぎ出す。


重遠しげとお! お前は、なぎまで――」

「黙れ」


 俺自身に、まだ千陣せんじん重遠の気性が残っているのか、思わず口に出た。



 こいつは……。


 こいつは、何も知らずに……。



 その激情のまま、ただ霊力を発揮する。


 ゴオオッ


 立ち上がった航基が、テーブルに押さえつけられた。

 まるで、重力を増やされたように。


「若さま……」

「すごい……」

「くぅ!」

「重遠くんを感じるぅ……」

「まあっ!?」



「落ち着け、重遠! お主、ここにいる者を皆殺しにする気か!?」



 鬼気迫った室矢むろやカレナの声で、正気に戻った。

 周囲を見渡したら、自分の椅子に座ったままで、全員がへたばっている。


 大きなテーブルは、もはや使い物にならないほどの亀裂だらけ。

 周りの壁も、廃墟のような有様だ。

 他のオフィス家具に至っては、もはや瓦礫がれきと化している。



 テーブルに押し付けられていた南乃みなみの詩央里しおりが上体を起こし、隣の俺を見た。


「お、お気持ちは分かりますが、どうかご寛容を……」


 他の面々も、息を荒げながら、姿勢を戻している。


 状況を理解できない俺に、カレナが説明する。


小坂部おさかべけいを式神にしたことで、お主の霊力はもうじゃ! その力を制限なしに垂れ流せば、周りにいる者が霊圧で死ぬぞ!?」


 ハッとした俺は、思わず手を開いてから、閉じた。


 千陣流の隊長は、特別な意味を持つ。

 その強さは、まさに想像を絶しているからだ。


 その霊力は圧倒的で、『式神使い』でありながらも、素手で大抵の怪異をほふれる。

 ウチを支える決戦兵器として、大戦中もその力を見せつけた。


 とある隊長は、本土に上陸した大隊をくびり殺した。

 戦車を一瞬で平らにして、空を飛ぶ航空機の両翼がもぎ取られ、飛んできた砲弾はことごとく、その進行方向を変える。


 USFAユーエスエフエーESPイーエスピー能力者と戦っていた時には、お互いに相手がいない場所を探る、潜水艦ゲームの状態になったそうだ。


 隊長格が式神を用いれば、旅団に匹敵するとも。

 俺の義理の父親である南乃あきらさんも、その妖刀で高層ビルを両断できるとか……。



 原作の北垣きたがき凪を見たことで、感情的になっていたようだ。

 それにしても、鍛治川航基の視点のはずが、それ以外のシーンも増えてきた気がする。


 深呼吸をした俺は、畏怖いふするメンバーの中で、航基を見据えた。


「室矢家の当主として、命じる。鍛治川航基は、俺の寄子よりことして、その立場をわきまえること。違えれば、お前の命を奪う。以上だ」


 悪いな、航基。

 もう、許す許さないのレベルじゃない。

 俺の立場と実力が合わされば、この発言だけで済む。

 仮に、お前しか倒せない敵が出たら、その時には命令して戦わせるだけの話だ。


 説明は、全て終わった。


 対話はしない。

 俺から詩央里を奪い、他の女も奪うから。

 室矢家を自由にさせる隙は、絶対に与えない。


 沙雪さゆきが、こちらを見た。


「他に下知がなければ、あたし達は帰っていいかな?」

「許す。任務ができたら、また連絡する」


 うなずいた沙雪は、立ったまま、隣に声をかける。


「さ、行こう?」


 航基は、呆然自失のままで、フラフラと退室した。

 沙雪が付き添ったから、途中でうっかり交通事故に遭うこともないだろう。



 バタンと、貸し会議室の扉が閉められた後で、ようやく静かになった。


 貸し会議室は、カレナの権能で元に戻した。

 椅子に座り直したことで、人心地ひとごこちがつく。


 鍛治川航基への説明に、どれだけ時間をかけたのやら……。


 俺は、テーブルを囲んでいる面々に謝る。


「まず、謝罪しよう! さっきの男は、室矢家として相手にする価値がない人間だった。しかし、元クラスメイトでな……。退魔師の繋がりで関係を持っていたから、俺との立場の違いを分からせた次第だ」


 その言葉で、他のメンバーが頷いた。


 寺峰てらみね勝悟しょうごが、挙手。

 俺の許可を得た後で、質問してくる。


「あいつには、どう接すればいい? 俺と早姫さきはクラスメイトだから、嫌でも顔を合わせるのだが……」


紫苑しおん学園では、最低限の面倒を見てやれ! さっきの態度のままなら、見捨てても構わん」


 俺の返事に、勝悟は了承した。


 負担をかけるが、航基を放っておくと、また悪いうわさを流すだろうし。

 せっかく寄子がいるのだから、任せておこう。



 気を取り直して、最後の確認だ。


「さて、今日はご苦労だった……。明夜音あやね、俺たちの物件の用意は?」


 ルビーのように目を輝かせた彼女は、嬉しそうに報告する。


「はい。東京の千代田区で、5次セキュリティと武装した警備もいる、低層レジデンスを確保しております。どの部屋も3LDKで、室矢家をお迎えするに当たって、賃貸の住人は全て退去させました。盗聴器などのお土産が残されていないか、あらゆる方法で調査済み。ネットも専用回線で、お抱えの通信業者が管理しています。魔術、異能による組織的な襲撃に備えるべく、信頼できる傭兵部隊や、近隣の住人、受付のコンシェルジュによる、徹底した防備を整えている物件です。護衛と運転手がいる車両を待機させていますので、不便はないかと存じます。必要であれば、全面的な戦闘も可能です。遠慮なく、使い潰してください。また、室矢家に大人がいない件についても、身元引受人になってくれる家族を用意しております」


 さすが、金持ち。

 本当に自重しないな……。


 でも、今の俺たちには、それぐらいのセキュリティが必要だ。


「ご苦労だった。すぐに、引越しする。お前との初夜も、遠からず行おう」

「はい」


 それから、勝悟たちを見る。


「お前たちも、そのレジデンスに住めばいい。室矢家の寄子として、直参じきさんの扱いだ。より一層の忠勤に励め」


「えっと――」

「ありがたき幸せ! 室矢家のご恩に報いるべく、身命を賭した忠誠を捧げます」

「深謝申し上げます」


 勝悟をさえぎって、多羅尾たらお早姫と神子戸みことたまきが返事をした。


 今後は、彼らに仕事を任せる。

 子飼いとして、それなりの待遇が必要だ。


 詩央里のほうを見たら、彼女はすぐに返事をする。


「はい! ただちに、引越しの準備をいたしますので……」


 広域団体の一勢力にナメられた教訓は、ちゃんと活かす。



 原作で、重遠を愛していた北垣凪は、どうしよう?


 今思い出したけど、“お前ら2人で、最初から別の場所で暮らせ” “アルティメット重遠の嫁” “千陣重遠の忠犬” と評されていたんだよな、このヒロインは……。


 このキャラ、むちで叩かれた跡を自分でなぞって、絶頂する奴だぞ。

 千陣重遠の性癖に合わせたことで、媚び媚びのプレイだったはず。


 どうして、勝手にアップデートしたんだよ?

 お前は、自動でOSを更新し始めるパソコンか?


 少なくとも、原作の自分の記憶はあるんだよなあ……。



 俺の自宅へ挨拶に来た、警察学校で教官をした相良さがら万緒まおに尋ねたんだよ。


「凪は1ヶ月で、立派に成長したのですよね? それだけ朝から晩までしごいたのなら……」


「もちろん! 私が一生懸命に教えて……。教えて……」


 反射的に肯定しながらも、万緒は覇気を失っていく。


 ソファに座って、うつむいた彼女は、震えながら続ける。


「いえ、今回の短期講習では……。北垣の意識を変えることは……」


 俺は、改めて確認する。


「でも、警察学校だから、訓練は役に立ったんですよね? 正規の警察官とまではいかなくても、この訓練で『ああ、凪が室矢家の一員になってくれて良かったなあ』と思えるぐらいには……」


 顔を上げた万緒は、ドバーッと涙を流しつつ、口を動かす。


「き、北垣の、組織への従属と、命令を守ることに関しては……」


 驚く俺たちに対して、彼女はプルプルと震えながら、こう叫ぶ。



「何の成長も! 見られませんでしたあああ!!」



 北垣。どうして戦闘スキルばかり、すくすく育つの?

 職務執行法で完璧な答えを書いた後に、“でも、私はこうします!” と付け加えるのは止めて……。


 顔を伏せた万緒は、精神的にヤバそうな状態で、ブツブツとつぶやいていた。




 初めて会う男子をいきなり始末するのが、完成品か。

 そりゃ、相方の錬大路れんおおじみおも、尻にドライヤーを当てられた猫になるわ。


 …………


 あとで、万緒に何か贈っておこう。



 凪の運用は、澪を外付けの制御装置にするしかない。



 ――凪と澪を2人とも助けるのか、あるいは、見捨てるのか


 以前にカレナが言っていた理由が、よく分かったよ。

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