第348話 新しい室矢家 vs 何も知らない原作の主人公ー③

 え?

 何これ?


 目の前の光景に、驚いた。


 未来予知を行える室矢むろやカレナと、殺人未遂の現行犯である北垣きたがきなぎを除いた全員が、口を半開きにしたまま。

 凪の元カノで、親友の錬大路れんおおじみおは、お尻にドライヤーを当てられた猫みたいな顔だ。


 多羅尾たらお早姫さき神子戸みことたまきは、戦闘態勢のままで、凪を注視。



 俺は急いで、自分の席に戻った凪を問い詰める。


「なぜ、勝手に動いた?」


 目の前のテーブルを叩いた凪は、激情に駆られるまま、叫び出す。


「私、どうしても許せなかった! いつも、いっつも、重遠しげとおくんをバカにして、ずっと『殺してやりたい』と思っていた。無理やりに奪われようが、私にとっては大事な人だった。大罪人だいざいにんで、誰からも敵視されていた中で拾ってもらい、束の間でも普通の生活をさせてくれた恩人で、最愛の人だったのに……。でも、鍛治川かじかわ航基こうき詩央里しおりちゃんと恋仲で、復讐のパートナー。私に許されたのは、先に地獄へ落ちて、重遠くんを待つことだけ。あんな思いは、もう二度と……」


 言葉を切った凪は、憎悪に満ちた目で、航基を睨んだ。


「結局、こいつは何も変わっていない! 重遠くんを苦しめる元凶を生かしておくのは、間違っているよ! だから、私はコイツを――」

「もういい! それは、俺が判断することだ。二度も言わせるな!!」


 俺の発言を聞いた凪は、ハッとしたように言い直す。


「え、えっとね! そういう夢を見たんだ! 忘れて! ……本当にごめん。弥生やよいちゃんと如月きさらぎちゃんには、後でお詫びをするよ」


 頭を下げた凪は、自分の席に座って、黙り込む。


 いきなり殺されかけて、この発言だ。

 被害者の航基は、ショック状態。


 他のメンバーも困惑した表情で、俺の様子をうかがっている。


 座ったまま、腕を組む。



 今の台詞には、ものすごく覚えがある。

 原作のみおルートに登場した、北垣凪のストーリーだ。


 どうして、この世界の凪が、その記憶を持っている?

 まさかとは思うけど、原作の澪ルートを辿った本人なのか?


 しかし、それにしては……。


 ん?


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 そこにあるのは、全てが終わった光景。


 オウジェリシスの中枢となった北垣凪は、主人公の鍛治川航基と、選ばれたヒロインである錬大路澪の前に、力尽きたのだ。


 のため、天沢あまさわ咲莉菜さりなを犠牲にせず、2人の力だけで倒せた。

 この時点では、最良の結果と言える。


 最期の別れだ。

 澪と、顔を除いて異形と化した凪は、話し合う。

 気を遣った航基は、離れた場所で待っている。


『元々さ、警官と市民をどんどん斬り殺したんだ。私には、もう居場所がなかったよ。澪ちゃんにも迷惑をかけて、本当に悪かったね……』


 もはや、どこから声を発しているのか? も分からない凪。

 それに対して、澪は泣きながら尋ねる。


千陣せんじん重遠にずっとかくまってもらうことは、無理だったの?」


 ――多くの命を奪い、国を転覆させかけた化け物


 北垣凪の名前は、後世にそう伝えられる。

 しかし、澪にとっては、止水しすい学館がっかんで付き合っていた元恋人で、剣術の腕を競い合ったライバル。


 澪の問いかけに、頭だけの凪は首を振る。


『できなかった……。澪ちゃんは、さっきの航基くんが彼氏なんでしょ? 重遠くんのマンションにいた私も、紫苑しおん学園で会っていたんだよ。クラスメイトとして……。航基くんを巻き込み、「私の罪をどうにか赦免や、減刑をしてもらいたい」と思っていたけど。結局は、熱寒地ねっかんじ村への移送を申し出たというわけ!』


 その言葉に、澪は目を見張った。


「え? こ、航基は、『千陣重遠が酷いことをした挙句に、凪を捨てた』という説明で……。私、あなたと会うために、紫苑学園へ転校して……。そ、それで、どうにか助けようと、航基たちに協力してもらって……」


 ガタガタと震えながら、状況を整理する澪に、凪は説明する。


『澪ちゃんが転校してきたのなら、私と入れ違いかな? 酷いことをされたのは事実だけど、私は重遠くんと一緒にいたかった! 彼だけが私を救い、大事にしてくれたんだもの。あれで、けっこう可愛いし、私の前なら弱気の部分も見せてくれるんだよ! ……でも、重遠くんは、詩央里ちゃんにも酷いことをした。いずれ、彼女は復讐をすると思う。だから――』


 私は、身を引いた。

 詩央里ちゃんとの殺し合いは、嫌だったから……。


 滅びる寸前とは思えない、凪の明るい声が、洞窟の中に響いた。


『でも、送られた熱寒地村が、あそこまで過酷とはね! そいつらには、ちゃんと報復をしたけどさァ……。今だから言うけど、澪ちゃんと、ついでに航基くんも、私たちの仲間にするつもりだったんだ。その2人に倒されるのなら、仕方ないか』


 澪は、必死に声を絞り出す。


「凪……。あなたは、千陣重遠の助命を望むの? 私から、その詩央里さんに――」

『止めて!? 澪ちゃんまで、詩央里ちゃんから命を狙われてしまう! それに、私はこれから地獄に行くのだから、重遠くんが来てくれないと困るよ』



 痛いほどの沈黙が、流れる。



 異形となった凪は、どんどん溶けていく。

 その様子を見た澪は、最後に何か言おうとするも、機先を制される。


『ねえ、澪ちゃん。私さ、生まれ変わったら、重遠くんに会えるかな? 今度は2人で誰にはばかることもなく、ちゃんと出会って、学生らしい恋愛をして……』

「ええ、会えるわ。きっと……」


 涙声の澪は、何とか言い切った。


『アリがとオ……』


 それを最後に、凪は全ての形を失った。

 残るのは、白く粘りついた液体だけ。


 しばし泣いていた澪だが、外で待っている航基が心配すると、気力を振り絞って歩く。



 原作の鍛治川航基は、それを知らない。

 澪は北垣凪との会話を教えず、自分の胸に秘めたからだ。


「凪も救ってやれれば……。すまない、澪」


 全てを終えた主人公は、疲れているものの、爽やかな笑顔だ。


 凪とはクラスメイトだったが、それほど親しかったわけではない。

 異能者の囚人村へ移送されたうえに、ヒロインの錬大路澪と親しくなったことで、その他大勢の1人という認識だ。


 澪にとっては、止水学館で苦楽を共にしてきた仲で、実は恋人同士だった。

 航基に言う必要がないため、後者は伝えていない。



 鍛治川航基の視点では、完全無欠のグッドエンドだ。


 日本の被害は最小限に抑えて、筆頭巫女の天沢咲莉菜も落命していない。

 元凶であるオウジェリシスの中枢も、たった今、滅ぼした。


 あとは、最後の敵を討ち滅ぼすのみ。


「千陣重遠が、諸悪の根源だ! あいつが凪を大事にしてやれば、まだ人として生きられたかもしれないのに。もてあそぶだけ弄んで、異能者の囚人村に捨てるなんて……。千陣流の次期宗家のくせに、そういう責任を果たそうともしない。これ以上の悲劇を作らないためにも、あいつだけは絶対に倒す!」


 澪は、反論しようと口を開くも、ギリギリで思い留まった。


 伝えて、何になる?

 自分が愛している男の不興を買ってまで……。

 

 もっと早く凪に会っていれば、違う未来があったかもしれない。


 その考えを黙殺した澪は、大切なパートナーのほうを向き、同意する。


「え、ええ……。本当に、酷い奴だわ……」


 私には、航基しかいない。

 

 桜技おうぎ流は、もはや怨嗟の的だ。

 彼に嫌われたら、ずっと1人で……。


 そう考えた澪は、なぜか寒気を覚えて、震えた。


 何か……。


 何か、致命的なことを見逃している気がする。


 ボスを倒したことで、晴れて主人公と結ばれるはずのヒロインは、幸せな気分になれなかった。


 元恋人を自分の手で始末したから?


 溢れ出てくる感情に身を任せて、身も世もない澪。

 それを慰める航基は、ますます千陣重遠への憎悪を募らせる。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 室矢家の会合をしている貸し会議室が、目に入ってくる。


 どうやら、フラッシュバックで、原作の一場面を思い出したようだ。

 だが、さっきのシーンには、見覚えがない。


 ふと、北垣凪と目が合った。


「凪……。お前は、千陣重遠と、室矢重遠。そのどちらを選ぶ?」


 この質問への回答で、凪の本性が分かる。

 場合によっては、ここで消すしかない。


 緊張する俺に対して、彼女はうなずいた。


「私は、室矢家の重遠くんに仕えているんだよ? 殺しかけたのに、澪ちゃんと一緒に救ってもらった恩を返すために……。もう1人の私は、千陣家の重遠くんを愛していたけどね」


 嘘をついているとは、思えない。


 義妹の室矢カレナが、俺を見ながら宣言する。


「こやつは、だけじゃ! 深く考えすぎるな……」


 この世界の彼女にも、俺と同じように原作の知識が入っているのか。

 おそらくは、凪の記憶が……。


 原作の北垣凪からの転生か、疑似体験をしたのかは、不明。

 しかし、そこは問題ではない。



 自分の席にいる凪を見た。


「ならば、室矢家の当主である俺に、きちんと従え。次はないぞ?」

「うん、分かった」


 その会話で、元の雰囲気になった。

 航基の身勝手な発言が続いた後で、凪が暴発したのも無理はない、という感じだ。


 あと、尻ドライヤー猫は、いい加減に落ち着け。

 隣の凪を見るか、上座の俺を見るかで、無限軌道になっているぞ?

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