第347話 新しい室矢家 vs 何も知らない原作の主人公ー②

 今回は、鍛治川かじかわ航基こうきに、本人の空回りを少しでも、自覚させたい。


 奴のほうを見て、確認する。


「俺が女を侍らしているのは、れっきとした事実だが……。要するに、『女の人権や思いを無視している』と言いたいのだろ、お前は?」


 視線を送ったら、如月きさらぎ弥生やよいが、糸を緩めた。


 精神的にショックを受けている航基だが、気丈に、俺を睨んでいる。


「そうだ……。お前を倒して、道具にされている詩央里しおりたちを救ってやる!」


 こいつの頭の中は、数分前のことも、覚えていられないようだ。

 鶏ですら、三歩歩くまでは、覚えているぞ?


 南乃みなみの詩央里がチラリと見てきたが、まだ待て、と視線で返しておく。


「なら、チャンスをやろう! 今から1人ずつ、お前と会話をさせてやる。……『それでどうする?』という話ではないが、一対一で会えない女子だからな」


 わざとらしく、テーブルに両肘をつけ、組んだ手で顎を支える。


 さて、原作ならば、主人公に逆転の目が出てくる場面だが……。



 苦渋に満ちた顔の航基は、すぐに、キリッとした表情へ。


「分かった。今の俺に力はないが、必ずお前の支配から自由にしてやる!」


 さて、合コンのアピールタイムが、はーじまーるよー!

 いええええい!!



 エントリーNo.1 南乃詩央里


「詩央里! 今の俺でも、お前の悩みぐらいは聞いてやれ――」

「名字で呼ぶように、言った直後ですよね? まず、人の話をきちんと聞いてください。私は、重遠しげとおさんと幸せに暮らしています。そして、私とあなたは、立場が違うのです。以後は決して邪魔せず、分をわきまえなさい」


 秒で終わった。



 エントリーNo.2 室矢むろやカレナ


 え?

 こいつも、攻略対象なの?


 ……隠しヒロインで、いたかなあ?


「俺は、お前のことも――」

「私は重遠から相手にされず、イライラしているのでな? 『俺がお前の兄になってやる!』とほざいたら、おとめ座の恒星、スピカの表面にでも、ワープさせるぞ?」


 テーブルの上に出したスマホを一瞬で別の場所へ飛ばし、また手元に戻したら、航基は黙り込んだ。



 エントリーNo.3 咲良さくらマルグリット


「お前は、愛人の扱いでいいのか?」

「別に、いいわよ? むしろ、『婚約者がいる』と聞かされたうえで、ガンガン迫って、ようやく手を出してもらったのだし……」


 あっけらかんとした返事を聞いた航基は、いきり立った。


「後悔するぞ!? 結婚できないままで、ズルズルと関係を持ったら、最終的に捨てられて、泣くだけだ!」

「いや。もう捨てられて、散々に泣いたし……」


 沖縄の一件をポツリと言ったマルグリットに対して、航基はさらに盛り上がった。


「くそっ……。やっぱり……。重遠、お前は最低だ!」

「重遠のところへ戻るのに、苦労した! あんなことは、もう二度と御免だわ……」


「マルグリット! 俺が、重遠から守ってやる!」

神子戸みこと先輩も、上手く落ち着いて欲しいのだけど……」

「あ、うん……。僕のことを心配してくれるのは嬉しいけど、今はそういう話じゃないから……」


 会話にならないので、強制的に終了。



 エントリーNo.4 悠月ゆづき明夜音あやね


「お前は――」

「初対面で人を『お前』呼ばわりする三下とは、お話する気になりません。どうぞ、お引き取りください」


 にっこりと返してきた明夜音に、航基は言葉を失った。


 支配者のオーラが、凄い。

 さすが、現当主である五夜いつよの長女だ。



 エントリーNo.5 錬大路れんおおじみお


「私たちは、桜技おうぎ流の筆頭巫女、咲莉菜さりなさまの名代として、室矢さまの預かりになっています。当流は警察の1管区となっておりますので、逮捕する場合もございます。また、室矢さまは、男性で初の『刀侍とじ』です。あなたが貶した場合は、当流を敵に回すことをご留意くださいませ」


 航基の返事はなし。


 変なところでビビるのだな、こいつ……。


 どうせイキるのなら、国家権力と秘密結社の桜技流にも、イキってくれ!

 たぶん、忍者に暗殺されるだろうけど。



 エントリーNo.6 北垣きたがきなぎ


 さて、問題はこいつだ。

 最初から落ち着きがなく、ずっと航基を気にしているんだよな。


 それに、俺は、重要なことを忘れている気が……。



 ◇ ◇ ◇



 北垣凪は、室矢家の会合で集まった時から、ドキドキしていた。

 心臓の鼓動が聞こえるほどの緊張。


 隣に座っている錬大路澪が、その様子を感じ取って、心配そうに横目で見てきた。

 アイコンタクトで、大丈夫、と返す。


 室矢家の面々と一緒に入室したら、予想通りに鍛治川航基がいちいち噛みつく。


 原作の『自分の記憶』を受け継いだ凪は、この世界でも変わらないのだな、と懐かしくなった。



 室矢重遠の提案で、女たちが順番に航基と話をしている。

 いよいよ、凪の番だ。


 下座の席で、如月と弥生の繰り糸に押さえ込まれている航基は、凪の顔を見た。


「お前は、それでいいのか!? 重遠の性欲のはけ口で! 紫苑しおん学園の教室で見かけた時から、お前には普通の生活が似合っていると感じていた。カフェに誘ってくれたのも、『内心で助けを求めていたから』だろ?」


 凪は、だんだん興奮してきた。

 今ならば、自分の気持ちを伝えられる、と。


 この世界は、夢の中と違う。

 詩央里ちゃんは、航基くんを何とも思っていないのだから――


「うん、そうだね。私、君に言いたいことがあるんだよ……」


 万感の思いを込めた台詞で、凪は椅子から立ち上がった。


 貸し会議室にいる全員の視線が、彼女に集まる。


 それを気にせずに、凪は一歩ずつ、航基の席へ近づいていく。

 床はクッションフロアで、足音は響かない。



 思わぬ展開に、誰もが唖然とする中、航基は笑顔になった。

 如月と弥生の糸に拘束されたままで立ち上がり、訴えかける。


「大丈夫だ。こいつらがどう言おうと、俺が守ってやるから!」


 凪も、笑顔になった。


「うん。私も、この時を待っていたの!」


 言いながらも、向かい合う航基に対して、右足を前に。

 だらりと下げた右手。


 如月と弥生は、状況を見るために、いったん航基の拘束を解いた。


 いっぽう、凪は笑顔のままで、少しだけ右足を踏み込む。

 重心が前へ移動して、腰から上へと伝わっていく。

 肘を曲げた右手が矢のように放たれて、裏拳が下からむちのように航基のあごを狙う。


 変則的なフリッカージャブだ。

 それも、サウスポースタイルの。



 途中から覇力はりょくで強化されていて、その緩急はベテランでも対応しにくい流れ。


 男なら誰もが見惚れる、無邪気な笑顔で、殺気どころか身構える素振りすらなく、自然に加速した。


 握手を求めている、と勘違いした航基は、弾丸のように飛んでくる凪の右拳によって――


 パアアァンッ


「くううぅっ……」


 両腕を交差する、クロスアームブロックで受けた弥生は、その重さに声を漏らした。


 凪のフリッカージャブは、拳を固めるのではなく、柔らかいままで相手に浸透させる、『鎧通し』の打撃だった。


 弥生の膝が抜ける。


 受けるよりも、逸らすべき。

 しかし、そこまでの余裕がなかった。



 後ろにいた如月は、前へ出る。

 苦しむ弥生を庇うように、身構えた。



 如月は、夕花梨ゆかりシリーズの感覚共有でとっさにフォローしたが、間に合わず。


 浸透する打撃のため、弥生は両腕が使い物にならない。

 床に片膝をついたままで、うめく。


 まだ戦える如月は油断せず、目の前の凪と、後ろの航基について、どちらも警戒する。



 振り切った右手を戻した凪は、航基の心臓の上から浸透させる第二撃を中止。

 予期せぬ相手を傷つけたことから、慌てて謝罪する。


「ご、ごめん! でも、どうして!?」


 痛みのあまり、床にうずくまった状態で、喋れない弥生。


 如月が、代わりに返事をする。


「重遠さまは、処刑を命じておりません! それ以上の攻撃は、室矢家への敵対行為と見なしますよ?」


 女子中学生と同じ容姿をした如月。

 彼女は、その瞳をぎらつかせて、仲間を傷つけた凪を見る。


 今にも、薙刀なぎなた小太刀こだちを具現化しそうな剣幕だ。

 素手であるものの、身体はもう型に入っている。



 座ったままのカレナも、凪に忠告する。


「私も言っただろう? 重遠を裏切るな、と……。こやつを生かしているのは、その理由があるから。殺す場合でも、精査した後じゃ!」



 完全に棒立ちの航基が、如月を背後から襲うか、邪魔になるかもしれない。


 多羅尾たらお早姫さきはすぐに立ち上がり、リボルバーの銃口を向けながら叫ぶ。


「動くな! 脅しではないわよ!!」


 航基は、蹲っている弥生に声をかけるか? 凪を捕らえるか? で迷ったものの、早姫からリボルバーの銃口を突きつけられて、再び固まる。


 近くにいる神子戸みことたまきも、リストバンド型のバレに手をかけて、いつでも魔法を使える体勢。

 早姫のフォローに徹するようだ。


 寺峰てらみね勝悟しょうごは、反応が遅れた。

 しかし、彼の式神である鎌鼬かまいたちが三匹、空中で唸り声を上げている。



 凪が背中を見せたことで、如月は航基の自由を奪った。

 弥生は、しばらく復帰できない。



「詩央里ちゃんと無関係で、ようやく始末できると思ったのに……」


 自分の席に戻りながら、凪はポツリとつぶやいた。

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