第346話 新しい室矢家 vs 何も知らない原作の主人公ー①

 この貸し会議室は、テーブルを囲み、全員の視線が中央を向く配置だ。

 南乃みなみの詩央里しおりの発言で、誰もが咲良さくらマルグリットに、注目している。


 マルグリットは椅子に座ったままで、鍛治川かじかわ航基こうきのほうを見ながら、説明する。


「あなたが勘違いするのも、無理はなかったわ……。最初から説明すると、私はベル女の高等部1年にいたの。それで、紫苑しおん学園との交流会があって、ウチで発生していた事件を解決するために校長が呼んだの――」

「何の事件だったんだ? 月乃つきのは、教えてくれなかったけど……」


 航基に水を差されて、マルグリットは少し怒った。


「言えない! とにかく、必要があったから、重遠しげとおはウチに来たの! 交流会は1週間の泊りがけで、初日の夕方に『実は婚約者がいる』と教えられた。その後で、何やかんやで重遠の女になったわけ! 私は今、最高に幸せよ! ……邪魔しないでね?」


 最後だけドスの効いた声になったマルグリットは、航基から視線を逸らした。


 詩央里が、すぐに口を挟む。


「これは、重遠さんの正妻として、私も承認している話ですから……」

「ちょっと、待てよ!? お前は、それでいいのか? 完全に、浮気だろ!?」


 思わず席から立ち上がって、大声で叫んだ航基。

 いっぽう、詩央里はチラッと見たが、何も答えない。


 そのままでは話がこじれるため、代わりに説明する。


「ウチ……。室矢むろや家では、他流の女を受け入れる方針だ。正妻の詩央里が、その可否を決める権限を持っている」


 彼女の無視がこたえたのか、俺のほうを睨みながら、航基が噛みついてくる。


「そんなこと、許されるわけないだろ!? 日本では重婚を認めていないし、愛人の扱いなんて、可哀想だ! 浮気による裏切りは、詩央里に心の傷を残す……。お前には、詩央里とマルグリットも相応しくない。どうせ、千陣せんじん流の立場を利用して、言うことを聞かせているんだろ? 男として、恥ずかしくないのか!」


 やっぱり、話にならんか。

 まあ、期待していなかったけど……。


 航基の後ろを見た俺は、命令を下す。


如月きさらぎ弥生やよい。黙らせろ」


「承知いたしました」

「了解」


 自分の後ろから声が響いたことで、航基が驚いて振り向くも、急に前を向いて、椅子に座った。

 その動きは、糸で操られているかのように不自然だ。


 虚空から、如月と弥生が現れた。

 それぞれに両手を構えていて、よく見れば糸が伸びている。


「室矢家のご当主に対して、無礼にも程がありますよ?」

「姫様がいたら、この時点で『首を落とせ』と命令された……」



 2人が航基を操ったことで、ようやく静かになった。


 俺は、まだ睨んでいる奴のほうを向く。


「航基! お前は詩央里の世話で、ウチの仕事をしている身の上だ。つまり、室矢家の寄子よりこで、俺は寄親よりおや……。千陣流の十家よりも上にいる、室矢家の当主は、フリーの退魔師と口を利かず、顔も見ないのだぞ? 丁寧に説明していることに、感謝しろ」


 如月と弥生が、操り糸を緩めた。


 航基は、すぐに口を開く。


「その立場を利用して、詩央里の自由を奪ったんだろ!?」


 間髪を入れずに、当人がそれを否定する。


「いいえ。私は望んで、重遠さんの傍にいます。……あなたは消耗品に過ぎず、ここにいる方々とは違いますよ? この場で、寄親・寄子の縁を切りましょうか? ただし、今のバイトは私の紹介ですから、辞めてもらいます。福利厚生のマンションも、数日以内で退去するように!」


 いきなり決断を迫られた航基は、絶句する。

 まくし立てた詩央里も、それ以上の詰問をせずに、口を閉じた。


 彼の隣に座っている沙雪さゆきが、説明する。


「寄子の立場を失ったら、航基は自分で退魔師の道を見つけるしかないよ? 室矢家のメンツを一方的に潰せば、千陣流から敵視されることも忘れないで! ……重遠は、真牙しんが流と桜技おうぎ流にも、独自の関係を持っているよね?」


 沙雪がこちらを見たので、首肯した。


「そうだ……。説明しろ、明夜音あやね


 美しい人形のような彼女は、俺に微笑んでから、無表情で航基を見た。


「室矢様については、真牙流の上級幹部(プロヴェータ)の数人、並びに私たち悠月ゆづき家が認めています。仮に、室矢さまの顔に泥を塗った場合は、その関連にも敬遠されるでしょう。たとえば、真牙流は国家権力にも食い込んでいますから、警察や防衛軍といった公的機関に就職できません。悠月家は財閥のため、かなり広範囲に影響しますよ? 私共わたくしどもと敵対するのは、止めておいたほうが良いと存じます」


 それを聞いた航基は、目を見張った。

 如月と弥生が口を閉じさせているから、何も言えない。


 俺は、錬大路れんおおじみおに呼びかけた。

 うなずいた彼女は、同じく説明をスタート。


桜技おうぎ流では筆頭巫女の咲莉菜さりなさまと親しく、室矢様には『刀侍とじ』の称号もございます。それを貶すことは、当流を貶すことと同義です。私たちは警察の一部で、同じく敵対はお勧めしません」


 警察官の立場は、いずれ消失する。

 だが、そこまで説明する義理もない。


 航基は、何か言いたそうだ。

 俺が視線で合図をしたら、如月と弥生が応じる。


 プハッと口を開けた奴は、すぐに叫ぶ。


「権力で女を囲って、その上に脅してくるわけか! お前は悪役だよ。倒すべき敵だ!」


 予想通りの言葉を吐いてくれた。


 如月と弥生、多羅尾たらお早姫さきが命令を待っているが、首を横に振る。


 航基を見たまま、改めて現状を告げる。


「では、悪役らしく言ってやるが……。今、詩央里の支援を打ち切られれば、お前はもう終わりだぞ? 紫苑学園の学費を払えず、住む場所にも困るだろう。室矢家の当主への反逆に目をつぶっても、お前は信用できない人間だ。退魔師の互助会ですら、除け者にされる」


 俺の言葉に、沙雪が続ける。


「重遠が見逃しても、関係者は航基を『恩を仇で返す人物』『上下関係を守れない人間』と判断するんだよ。これに、重遠の女好きは、全く関係ないからね? 『信用できない人間とは、誰も関わり合いにならない』ってだけの話さ。紫苑学園は中退で、日本の四大流派の3つから睨まれた状態じゃ、鍛治川かじかわ流の復興どころじゃない。下手をすれば、退魔師の業界どころか、普通のバイトでも雇われないから! どの賃貸の入居審査でも拒否されることまで、覚悟する必要がある。……それに衿香えりかを巻き込むつもりなら、あたしは実力行使で引き離すよ? 野垂れ死ぬか、危険分子を閉じ込めるための村で暮らしたければ、お前1人でどうぞ」


 これまで一緒に退魔師の活動をしてきた沙雪の言葉は、の俺とは違い、航基に響いているようだ。


 奴は辛そうな表情で、彼女のほうを向く。


「お前まで、重遠の肩を持つのかよ!? 信じていたのに……」

「持っていないよ? 取り返しがつかなくなる前に、注意しているだけ」


 沙雪が諭したものの、航基は納得していない。


 奴のペースに付き合っていたら、日付が変わるな。


 そう思った俺は、口を開く。


「詩央里! 航基をそのまま使う場合でも、今後はエージェントに委託しろ。もう、直接のやり取りをするな」


かしこまりました。……なので、今後はSNSによる連絡、および電話に、一切応じません。また、私の自宅への訪問と、周囲のうろつきを禁じます。紫苑学園でも、業務連絡だけでお願いいたしますね、? 以後は、私のことを南乃さま、奥方さまと、呼びなさい! 今までは、大目に見てきました。けれど、私の夫にして、室矢家のご当主から命じられた以上、クラスメイトではなく、寄親と寄子のあるべき姿に戻します」


 ジェスチャーで拒絶する航基だが、詩央里は、全く相手にしない。


 それに対して、沙雪が尋ねる。


「詩央里への連絡は、あたしが代行するよ! 衿香も、対象外だよね?」


「はい。御二方おふたかたは、これまで通りに……」

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