第345話 原作の主人公との邂逅(後編)【凪side】

 その日の夕食は、いつもより暗い北垣きたがきなぎに、皆が心配した。

 特に、錬大路れんおおじみおはしきりに話しかけるも、反応が薄い。


 食後の団らんで、凪は南乃みなみの詩央里しおりを呼び止めた。


「あのさ、詩央里ちゃん」

「何ですか?」


 少し躊躇ためらった凪は、思い切って訊ねる。


航基こうき君について、どう思っている?」

「どうと言われても……。元クラスメイトとしか……」


 質問の意味を理解できない、詩央里。

 いっぽう、真剣な表情の凪は、1人で納得した。


 そっか。

 詩央里ちゃんは、航基くんと、付き合っていない……。


 夢の中の2人は、お互いに欠かせない、比翼連理だった。

 そのかせが、外されたのだ。



 北垣凪は、夢の中で『原作の自分』を追体験した。


 その世界では、鍛治川かじかわ航基という主人公が、メインヒロインの南乃詩央里など、多くのきずなに支えられていたのだ。


 もう1人の凪は、澪ルートのラスボスで、最終的に国家の敵となった。


 ボロボロにされた彼女は、千陣せんじん重遠しげとおという悪役に飼われていて、紫苑しおん学園で航基とも出会う。

 しかし、最後に倒されるサブキャラが、主人公に助けてもらえるはずもなかった。


 化物になった凪は、ヒロインに選ばれた錬大路澪と、その恋人である航基に討ち果たされるのみ。



 室矢むろやカレナは、ひたすらに悩んでいる凪を見かねて、自分の家へ呼び出した。

 海外ブランドの美しい家具が並ぶリビングで、向き合う。


 カレナは、釘を刺す。


「重遠を裏切るようなら、私が処分するぞ?」


 自分の前に出された紅茶を飲んだ凪は、対面のソファに座ったままで、つぶやく。


「私、航基くんのことが気になるんだよ。本当に、この選択で正しかったのかなって……」


 溜息を吐いたカレナは、呆れたように返す。


「お主なあ……。今更……」


 だが、カレナは気を取り直し、その鍛治川航基を呼んで、室矢家として話をする。と告げた。




 ――週末


 2学期も、いよいよ中盤に差し掛かる。

 今のうちに済ませておこうと、室矢家の会合が行われた。


 会場をどこにするのか? で悩んだが、悠月ゆづき家のグループ企業にある、貸し会議室を選んだ。

 ビジネス向けのハイエンドで、収容人数は20人ぐらい。

 関係者を集めても、余裕がある。


 いくら身内だけの集まりとはいえ、千陣流の施設を使うのは、危険だ。

 今回は鍛治川航基という、爆弾を抱えるから……。


 神子戸みことたまきは指名しなかったが、本人の意志で、参加。

 迷惑をかけた分は、行動で返していくようだ。

 とはいえ、基本的にクラスメイトの寺峰てらみね勝悟しょうごと、正妻の多羅尾たらお早姫さきが対応する予定。


 参加者は、下記の通り。


【室矢家】


 室矢重遠

 南乃詩央里

 室矢カレナ

 咲良さくらマルグリット

 北垣凪

 錬大路澪


【室矢家の寄子よりこ


 寺峰勝悟

 多羅尾早姫

 神子戸環


【悠月家】


 悠月明夜音あやね 


【千陣流の雇われ退魔師】


 鍛治川航基

 沙雪さゆき


 今回の内容を考えたら、小森田こもりだ衿香えりかに見せるのは、酷だ。

 そのため、沙雪を通すことで、出席を遠慮してもらった。




 東京の中心地にある主要駅から徒歩5分以内の、オフィスビル。

 大企業や官公庁が、配信スタジオとしても利用する、一流どころだ。


 社会の成功者、あるいは日本を支えている人々が行き来する。

 スーツがよく似合う、大人の空間。

 その一室に、学生の集団がいた。


 壁の棚にインテリアとしての陶器、書籍、小物が並ぶ。

 デザイナーが考案したモデルルームを思わせる、オシャレな貸し会議室。

 TVの討論番組で、よく見かける場所だ。


 中央には、長方形のテーブルが置かれている。

 背景も、画になる構図。

 

 男女の中高生たちは、テーブルの周囲にある椅子に、座っている。

 これだけを見ても、1脚10万円は下らない。


 事前に指定されたことで、全員が制服姿せいふくすがただ。

 紫苑学園の制服に、違う制服が部分的に混ざっているため、修学旅行にも見える。



 貸し会議室の扉が、開いた。


 紫苑学園の制服を着た室矢重遠が、コツコツと革靴の音を響かせて、入室。

 その後ろには、南乃詩央里、室矢カレナ、咲良マルグリットの3人。

 室矢家に新しく参加した、北垣凪と錬大路澪もいる。


 着席していた全員が立ち上がり、軽く頭を下げた。

 鍛治川航基は嫌だったが、1人だけ座ったままでは悪目立ちするため、仕方なく真似をする。


 それを気にせず、重遠は一番奥の上座に座り、皆に告げる。


「待たせて、すまない……。着席してくれ」


 ガタガタと、椅子を動かす音が、響いた。


「この度は室矢家の会合に集まってもらい、感謝する。俺が室矢家の当主である、室矢重遠だ。この場にいない者もいるが、ひとまず自己紹介から始めよう」


 重遠の宣言で、順番に、名前と所属を述べていく。

 だが、航基は従わず、ただ糾弾する。


「重遠! お前、いい加減にしろよ!? 詩央里とマルグリットを解放しろ! ……皆、聞いてくれ! こいつは、女子高生2人を自宅のマンションで監禁しているんだ! ベル女の交流会でマルグリットを婚約者にしていながら、他の女子と浮気! さらに、千陣流の立場を利用して、詩央里まで毒牙にかけている! 俺は、それを絶対に許さない!!」



 やっぱり、こうなったか。


 重遠は、椅子に座ったままで、軽く片手を上げた。


 航基の近くにいる多羅尾早姫がうなずき、その場で立ち上がって、スッと右手を向ける。


 パァンッ


 航基の前にあるテーブルに、小さな穴が開いた。

 周囲に飛んだ破片が、パラパラと落ちる。


 驚いた航基は、目の前の小さな穴から早姫のほうに、視線を移す。


 右手に古いリボルバーを持っている彼女が、冷酷な目つきで見ていた。

 その銃口から、煙と火薬の臭いが漂っている。


 早姫は、結論だけ言う。


「次に室矢さまを貶した場合は、ご指示を待たず、私が撃ち抜くわ」

「な、何を……」


 急に威嚇射撃をされた航基は、初めての銃撃と、それが自分に向けられた恐怖で、言葉を失った。

 しかも、ろくに話していなかったとはいえ、クラスメイトの女子からだ。


 完全にフリーズした航基を見た重遠は、指示を出す。


「ご苦労だった、早姫! ここからは、航基に自分の立場を教えるためのだ」


「はい」


 返事をした早姫は、式神のリボルバーを霊体化させた後で、着席した。


「聞いての通りだ、航基……。今まで俺の立場と事情を説明しなくて、申し訳ない。今日は、その説明も兼ねて、皆に集まってもらった。最初に言っておくが、ここにいるのは室矢家の人間と、その支援者だ。さっきの発言で殺さなかったのは、知らないで主張したからに過ぎない」


 重遠の説明に、航基はかろうじて反応する。


「話し合いと言ったな? じゃあ、お前を言い負かしたら、俺の言う通りにするのか?」


「できるものなら……」


 呆れたように返したが、航基の目の色が変わった。

 ガタッと、椅子から立ち上がる。


「よし……。なら、論破してやる! お前は、婚約者のマルグリットがいるにもかかわらず、自分の立場を利用して詩央里を――」

「俺の婚約者は、詩央里だ」


「はぁ?」


 信じられない、という顔で、航基は詩央里の顔を見た。


「はい。私が、若さま……。重遠さんの婚約者ですよ?」


「だって……。今まで、同じクラスに……。そんな素振りは、一度も……。俺のほうが、同じグループで一緒にいて……」


 与えられた情報を受け止めきれず、航基は椅子に座り込み、そのままうつむいた。


 詩央里は、淡々と説明する。


「重遠さんが、それを希望しなかったので……。学校ではクラスメイトの距離を保ち、家に帰った後で仲良くしていました」


「む、無理やりだろ? 本音を言ってくれよ!? そいつが自分の立場を笠に着て、お前を手籠めにしたのだろう?」


 怒った詩央里は、叫んだ航基を見ながら、引導を渡す。


「婚約は家同士で決めた政略結婚ですが、私は重遠さんを愛しています。次に同じことを言ったら、私があなたを殺しますよ? すでに初夜を行い、回数は両手の指でも足りないから、変な希望は持たないでください」


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】は、年齢制限がある内容。

 けれども、いざベッドインするのは、どのルートでも終盤だ。

 自己犠牲で途中退場をする天沢あまさわ咲莉菜さりなのようなサブキャラクターは、例外だけど。


 逆に言えば、そのご褒美がないヒロインは、主人公にとってどうか? という話。



 再び項垂うなだれた航基は、しぶとく尋ねる。


「詩央里は……。それでいいのか? こいつは、マルグリットを騙していたんだぞ? お前という婚約者がいながら、堂々と浮気するようなクズ……」


 必死に言い募る航基だが、詩央里の目つきが剣呑になってきたことで、尻すぼみに。


 これ以上、俺を悪く言ったら、詩央里はこいつの息の根を止めただろう。

 そういうところは、自制が利くのだな?


 重遠は、航基に対して、ただ呆れた。



「メグ、説明してください」

「……ハーイ」


 詩央里の命令で、その隣に座っている咲良マルグリットが、しぶしぶ答えた。

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