第344話 原作の主人公との邂逅(前編)【凪side】

 ――ディリース長鵜おさう


 カチャッ


「どうぞ……」

「ありがとう」


 俺の自宅で、いつものように、話し合い。

 南乃みなみの詩央里しおりが紅茶とお菓子を用意して、各自の前へ置いていく。


 相良さがら万緒まおは、動きやすそうな私服で、ソファに座っている。

 非公式の場では、敬語を使わなくてもいい。と伝えたから、さっきよりもくつろいでいる様子だ。


 女子大生ぐらいの彼女は、俺に声をかける。


「さて、室矢むろや家のご当主さま? 後付けになってしまい恐縮ですが、当流はいずれ警察から離脱します。以後は、民間の退魔師を率いる立場で、活動いたします。ご承知おきくださいませ……。北垣きたがき錬大路れんおおじの扱いだけど、聞かせてもらってもいいかな? 私は彼女たちの面倒を見ている立場だから、一応、知っておきたいの」


 うなずいた俺は、詩央里の顔色をうかがいながら、自分の考えを述べる。


「その件は、カレナから聞いている。こちらは、桜技おうぎ流の実力を評価しているのであって、警察の権力を求めているわけではない。……2人とも、妻として扱う。室矢家の正妻は詩央里だが、事実婚でも扱いは平等だ。このフロアを押さえているから、それぞれに1つの物件を与える。どのような仕事を与えるのかは未定だが、桜技流との窓口や、その立場で活躍をしてもらいたい」


「思っていたより、まともな待遇ね。了解……。ところで、あなたが御神刀を持っていることは、本当なの? 私、任務に就いていて、大騒ぎになった御前演舞を見ていないのよ」


 万緒の催促に、俺はその場で立ち上がり、第二の式神を纏った。

 一瞬で、男用の和装と、左腰の日本刀が現れる。


 その変わりように、対面でソファに座っている万緒は、真剣な目つきへ。


「……抜刀してもらって、良いかしら?」


 左手で鯉口こいくちを切り、右手でゆっくりと、刀を抜いた。

 その刃を色々な角度から見ていた万緒は、やがて、納得した顔つきに。


「ありがとう。もう、いいわ……」


 元の服装へ戻り、ソファに座り直した俺に対して、万緒は必要事項を伝えた後で、すぐに帰った。


 北垣なぎと錬大路みおは、もう女にされた。と判断しているから、初夜の立ち合いは必要ないそうだ。

 実際には、まだ手を出していないが……。


 御刀おかたななどの装備は、これから手配する。と言っていた。



「凪はこちら、澪はこちらの部屋です。情報交換を兼ねて、晩御飯は一緒に食べましょう。あなた達の初夜と、歓迎会の予定は――」


 詩央里の話を聞く2人を横目に見ながら、俺は天沢あまさわ咲莉菜さりなのことを考えていた。


「当面は、あなた達が仲良くしていても――」

「室矢くんが望んだ時にするよ! じゃないと、ケジメがつかないし……。澪ちゃんも、それでいい?」


「そ、そうね……」


 凪と澪の返事を聞いた詩央里は、ならいいですけど、と肩をすくめた。



 ◇ ◇ ◇



 武家の初夜には、立ち合いの作法がある。

 そのため、北垣凪と錬大路澪はディリース長鵜の部屋を宛がわれて、長い休暇に入った。

 警察学校の短期講習で無理をさせたから、その回復でもある。


 彼女たちは、咲良さくらマルグリットのように、紫苑しおん学園へ転校した。

 訓練は、止水学館しすいがっかんで行う。


 いずれにせよ、御刀などの保管、整備、交換が必要だ。

 状況によっては一度戻り、しばらく待機することもあり得る。


 凪と澪は、室矢重遠しげとおの自宅に招かれ、全員で夕飯を食べている。

 仲間意識を持たせるためにも、これは重要。



 最近の澪は、東京のお店巡りをしている。


 適度な距離を保つという、新しい関係を元カノの凪と築き、自分のために行動する方向へ。

 上京者ばかりで、他人に無関心な風潮にも、慣れてきた。

 

 澪も重遠のことを好きで、凪と一緒に人生を過ごせるから、幸せだ。


 心身ともに、充実。

 街中でのナンパ、スカウトをあしらいつつも、毎日のように開催されているイベントを楽しむ。




 紫苑学園の生徒になった凪は、一足先に訪ねてみた。

 珍しく、澪とは別行動。


 ブレザーの制服に袖を通し、学校指定のカバンを持った。

 目立たないために、放課後の時間帯を選ぶ。

 せっかくだから、少しぐらいは、学生気分を味わってみるつもりだ。



 校門の外へ急ぐ生徒たちと逆行するも、特に見咎める人間はいない。

 何だか悪いことをしている気分になった凪は、ドキドキしながら、重遠が通っていた教室、高等部1年Aクラスへ向かう。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】を知らずとも、夢を見ることで、この世界の凪に引き継がれている。


 もう1人の自分は、こんな風景を見ていた……。


 どれだけ。


 どれだけ、辛かったのか?



 今の自分なら、全て説明できる。

 けれど、もう1人の自分は狂わされ、市民と警官を殺した。

 その数は、20を超えることに……。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 夢の中で自分は、短機関銃を持ち、アサルトスーツを着込んだ隊員の後ろに回り込んで、首を切り裂いた。

 覇力はりょくがあるとはいえ、その動きは尋常ではない。

 飛んでいる蚊を見失うが如く、死角へ、死角へと回り込む。


 フルオートの弾幕と狙撃を感覚的に避けて、当たりそうな軌道だけ、刀で弾く。

 いったん肉薄すれば、白兵戦のほうが有利だ。


 混乱する警官隊とは別に、ある少女が人間離れしたスピードで、突っ込んできた。

 もう1人の自分は本能だけで動き、相手の攻撃を逸らす。


 アサルトスーツとは違う制服を着た少女も、警察官のようだ。

 警察を示すバッジがある。


「~~~~」


 声が小さすぎて、聞こえないよ?


 ぼんやりと考えていた、もう1人の自分に対して、その少女は双眸そうぼうから涙を流したままで、叫ぶ。


「殺してやるぅっ!」


 言うが早いか、もう1人の自分に、突撃。

 身体強化をしているらしく、一瞬で自分のふところへ。


 だが、あまりに直線的すぎた。


 殴りかかってきた攻撃を避けながら、相手の腹部の右上を狙い、短時間で用意していた、削り出しのナイフで突き刺す。

 粗削りだが、金属の細長い物体は、肋骨の下から滑り込んだ。


 致命傷を食らった少女が倒れ、のたうち回っている中で、ホルスターに収まったままの拳銃を見る。

 

 どうして、銃を使わなかったのだろう?


 そう思った、もう1人の自分は、ふと見覚えのあるリストバンドを見つけた。


 ああ……。


 そういえば、さっきのアサルトスーツを着ていた1人も、同じものを……。

 


 現着した『特殊ケース対応専門部隊』の小隊は、独断で先行した魔法師マギクスの死亡を確認。

 さらに、数名の犠牲者が出た。

 応援のマギクスと共に、周辺のビルまで破壊する魔法を使い、ようやく対象を無力化。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 もう1人の自分を追体験した、北垣凪。

 彼女は白昼夢から覚めて、紫苑学園の校舎にいることを再確認。

 

 周りの生徒が注目していたので、すぐに移動する。

 “1-A” のプレートをつけている教室へと。



「フフ。やっぱり、夢と同じだね……」


 中に入り、思わずつぶやいた。


 教室にはまだ生徒が残っていて、思い思いに過ごしている。

 見慣れぬ女子に目を留めた者もいたが、放課後なので、すぐに目を外した。


 1-Aの教室をテクテクと歩いていたら、夢の中で聞き覚えのある声が。


「このクラスに、用があるのか?」


 凪が振り返ったら、そこには、1人の男子がいた。

 原作の主人公である、鍛治川かじかわ航基こうきだ。




 北垣凪は、鍛治川航基を誘い、通学路から少し外れたカフェにいた。


 個人経営で、高校生のデートに選ばれにくい。

 オーナーを兼ねた店主も興味深げに見ていたが、今は厨房のほうへ引っ込んでいる。


 お互いに紫苑学園の制服で、奥のボックス席に、座っている。

 向かい合う航基は、はにかみながら、口を開く。


「重遠のことで、話があるって?」


 首肯した凪は、自分のパフェを口に入れた。

 その甘さを感じながら、説明する。


「うん。私、紫苑学園に転校して、重遠くんのところで厄介になるんだ。それで――」

「ダメだ!」


 いきなり大声を出されたが、凪はジッと見ている。

 その冷静さに、航基は、我を取り戻した。


 厨房から様子を見にきた店主を気にしながら、すぐに謝る。


「悪い……。だけど、あいつだけは、止めておいたほうがいい」

「どうして?」


 質問をした凪は、パフェを食べ続ける。

 それを見た航基は、店主が再び奥へ戻ったのを確認してから、小声で説明する。


「あいつは、若い女を監禁しているんだ! 俺と同じクラスにいた南乃詩央里と咲良マルグリットも、あいつと同じマンションに閉じ込められている。1回、マルグリットの様子を見に行ったけど、あいつの手下に邪魔されて、ろくに話せなかった。警察に相談しようと思ったが、迂闊に動けば、2人がもっと酷い目に遭う恐れがある。それに、これまでの仕打ちを公表される恐れも……」


 その真剣な様子を見ていた凪は、夢の中と同じ、正義感に燃える人なのか。と思った。

 いっぽう、千陣せんじん重遠は、もう1人の自分を道具のように扱った。

 初体験だって、酷いもの。


 この世界の凪は、それらを経験していないが、思うところはある。


 あのむちで打たれる痛みは、夢の中とは思えなかった。と、心の中で呟く。



 東北地方のリゾート施設 “山間さんかんの夢” の事件で遭遇した、石の迷宮のオウジェリシス。

 絶体絶命で人生を振り返った時にも、この世界の鍛治川航基はどこにいて、何をしているのか? と気になっていた。


 感慨深くなっている凪に対して、航基は提案する。


「俺のところに来るか? 狭いけど、お前1人ぐらい、何とか食わしていけるし」

「どうして……」


 どうして、それを夢の中で、もう1人に言ってくれなかったの?

 もっと早くに……。


 そう言いかけた凪は、あふれてくる激情を抑えるように、立ち上がった。


 まだパフェが半分ぐらい残っていたが、立ったままで紅茶を一気に飲み干し、テーブルの上に、釣りが出るだけのお札を置いた。


「お釣りは、いらないから……」

「待ってくれ! 俺は、お前を助けてやりたくて――」


 凪は、横の椅子に置いていた学校指定のカバンを肩にかけ、ご馳走様でしたと、店の外へ出て行った。


 カランカランと、店のドアについた鈴が鳴る。

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