第342話 勇者コンビは演舞巫女の警察学校へ行くー④

 教官の相良さがら万緒まおは、じん警察学校にある、自分の部屋にいた。

 1ヶ月で訓練を終えるため、休む暇はない。


 新人にずっと付き合う教官も、かなり大変。

 情けない姿は決して見せず、自分の健康管理を行いつつ、キャラを作ってでも、訓練生を追い込む。


 万緒の場合は素で、その代わりに直接的なプレッシャーを与えている。



 防衛軍と警察では、新人への教育の方針が違う。

 だが、今にして思えば、あのタイムスケジュールに合わせていた教官も、大変だったのか。と実感するのは、共通している。


 注意深く観察しながら、人を怒鳴ることは、非常に疲れるのだ。

 受けている間に、そこまで考える余裕は、全くないが……。



 最低限の家具がある空間で、万緒は机とセットの椅子に座ったまま、ユラユラと揺れた。


 その視線の先には、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおの成績表がある。


 受け持った2人のうち、澪は、全ての項目で平均か、平均より上だ。

 こちらは、合格ラインを越えている。


 仲間と上官への気遣いを欠かさず、困難に際してくじけず、言われなくても率先して行動できる点は、普通の警察学校なら、高評価だろう。


 高いストレス耐性もあって、どちらかと言えば、警察官に向いている。


 ところが――



 『北垣凪』


 法律順守 ×(要注意!)

 思想 ×(要注意!)

 組織への適応力 ×

 精神的なタフネス ◎

 体力 ◎

 教練 ○

 警備実施 ○

 鑑識などの実務 △

 逮捕術 ◎

 剣道・柔道 ◎

 実弾射撃 ◎

 剣術 ◎

 応急手当 △

 捜査 △



 わりと、頭を抱える内容だ。


「適性検査で、『法律順守』と『思想』が、マイナス方向に振りきれている。組織の上下関係は、後でも間に合うけど……」


 はっきり言えば、警察官にしてはならないタイプだ。

 あやかしを専門とする桜技おうぎ流ですら、演舞巫女えんぶみことして任官させるのを躊躇ためらう。


 普通の警察学校には、こういった不適格者を弾く役割もある。

 教官がそいつの同期をあおり、徹底的に圧力をかけて自主退学させるのが、セオリーであるものの――


咲莉菜さりなさまは、『矯正きょうせいせずに、局長警護係のレベルで鍛えろ』と、おっしゃられた」


 直属の上官が命じた以上、それに従うのみ。

 加えて、怪異を退治する演舞巫女として、強さは重要だ。


 一般の警察とは違うので、命令通りに立ち回りつつ、言われずとも食事の用意などで上に気が利く体育会系よりも、ひたすらに強さを求められる場面が、多々ある。


 前に万緒が言った、『弱ければ死ぬ』は、真理の1つ。


 その意味で、北垣凪は恐ろしいほど、強い。

 人として大事なものを失くした代わり、と言いたくなるほど……。


 実弾の射撃訓練では、抜き撃ちのダブルアクションによって、五発をほぼワンホールショットに集弾させた。

 それも、異能を使わず。


 容疑者に、いきなり全弾を叩き込むな! と殴り飛ばしたものの、戦闘に関するセンスと身体能力は、驚異的だ。

 移動目標への射撃も、片手で、ほぼ当てていた。


 負傷した場合の訓練として、片手に重りをつけ、ヘッドホンで大音量の音楽を聞かせた状態でも、異能なしの精密射撃をやってのけた。

 利き手ではないほうで……。


 柔道、剣道、逮捕術でも、強かった。


 御刀おかたなを使っての立ち合いは、水を得た魚のように動く。


「まさか、私が本気で動かされるとは……」


 高校2年生から、御前演舞で2連覇。

 後進を潰す、と見なされて、高等部を卒業した時点で、以後の出場を辞退させられた自分がだ。


 キャリアを考えたら、凪に負けた、と言ってもいい内容。

 出すつもりがなかった技も、いくつか披露する羽目に。



 教官の万緒は、ダメージを肩代わりする衣装なしで、真剣による立ち合いも行った。


 軍で新兵にやらせる訓練に近く、生身の人間を傷つけるのは、だいたいおくするものだ。


 案の定と言うべきか、澪は、ガタガタに崩れた。

 その一方で、凪はお構いなしに、本気で打ち込んできた。


「受けなければ、私は確実に、死んでいたわ……」


 いつもなら、万緒は丸腰で臨み、訓練生たちを翻弄ほんろうするが――


 凪については、自分も御刀を持たなければ、対峙できず。

 予想通りに、ギリギリで受ける結果へ。


 ほぼ同時にフェイントを複数入れて、相手に予想させない動きだった。


 未来予知ができるカレナですら、凪の攻撃で、混乱したのだ。

 戦国時代の武士を思わせる、相手を殺すための剣術は、現代において、異質の極み。


 相手は教官で、ここは警察学校である。という配慮は、全くなかった。


「生まれる時代を間違えた、と言うか……。あの子、数人は斬っているんじゃないの?」


 そう思えるぐらいの気迫と、思い切りの良さ。

 特に、踏み込みと腰の据わりが、尋常ではなかった。


 この世界の凪には、原作の凪の経験が、インストールされている。

 したがって、万緒の指摘は、あながち間違いではない。



 もっと成長したら、私でも、手に負えなくなる。

 今のうちに、始末しておくか?


 万緒は、すぐに首を振った。


「ふーっ! それは、流石にね……」


 組織に対する従属をしない以上、いずれ、桜技流に刃を向けるかもしれない。

 身辺調査が、必須だ。


「勘弁してよォ……。私が、そっちもやるの? だけど、深刻な事態になったら、困るし……。って、あれ?」


 自分が目を通していない資料が出てきたことで、万緒は目を丸くした。


“北垣凪と錬大路澪の2名は、桜技流の演舞巫女のまま、室矢むろや家に派遣する。現当主の室矢重遠しげとおの女として、千陣せんじん流との連絡役にさせる予定”


「千陣流の上位家? いつから、うちはデリバリーするお店になったの? あの娘たち、爺にベロベロと舐め回されるのね。可哀想に……」


 問題がある女を出して、それ以上の見返りを得る。

 その取引は、別に珍しいことではない。



「えーと……。あ、室矢重遠の資料もある!」


 飛びついた万緒は、上から目を通していく。


「御前演舞で言っていた『刀侍とじ』って、こいつか……。え? 高等部1年って、マジ!? 千陣流の上位家の当主なのに? うわ、顔はいい!」


 別の任務があって、夏の御前演舞に立ち会っていない万緒は、思わず声を上げた。


 千陣流の上位家は、年功序列だ。

 まさか、年端も行かぬ高校生が当主だとは、思わない。



 簡単な経歴を読み進めていくうちに、万緒の顔色が悪くなった。


真牙しんが流のベル女では、婚約者がいるのに女漁りをして、巨乳の金髪少女をお持ち帰り。ウチでも、咲莉菜さまと北垣を口説いたのか。錬大路は、北垣に引っ張られたようだけど……。真牙流の悠月ゆづき家と、同盟を結んだの? 他にも、熱を上げている生徒が、少なからずいる……」


 そして、1つの結論に、辿り着く。


「こいつ、インキュバスのような、女に特効の怪異かな? そうでなくても、義妹からズラリと女を侍らせているのは、主人公に倒される悪役よね。どれだけ、性欲が強いんだか……」


 普通に考えたら、疑われて当たり前である。


「よしっ! 気が進まないけど、この室矢くんに1回会っておくか!」



 “ほのお” の剣術として、火の神の加護を受け、あらゆる怪異を斬り飛ばすことでの防火札。

 『愛宕姫あたごひめ』と称される万緒が、動き出した。



 ◇ ◇ ◇



 再び、講堂。


 警察官の礼服に身を包んだ、北垣凪と錬大路澪が、広い空間のパイプ椅子に座っている。


「これをもって、略式ではあるが、局長警護係として任命する。以後は、日本警察の一員であることだけではなく、桜技流の演舞巫女として、局長をお守りする盾として、日々精進するように! 北垣巡査は、前へ!」


「ハッ!」


 壇上に進んだ凪が、修了証書を渡されて、両手で受け取――


「あの、教官?」


 相良万緒は、どうしても、手を離したくなかった。




 ともあれ、警察官にしてはならない北垣凪は、局長警護係の辞令によって、『警部』待遇の警察官になった。


 万緒の仕事は、終わったのだ。




 ああ、これで面倒なことから、解放される。


 そう思いつつ、局長警護係の拠点へ戻る万緒。

 まだ着慣れていない制服で、凪と澪も続く。



 最初に、上官である天沢あまさわ咲莉菜さりなに、報告。


「北垣、錬大路の2名は、短期講習を修了しました。詳しくは、報告書に」


「ご苦労様なのでー」

 ダンッ


 備考欄に、“北垣の適職は、独裁者、神様だと思います” と書いたのに、あっさりと、承認印を押されてしまった。



 すぐに全員が集められ、新人の2名について、咲莉菜から説明が行われる。


「現場研修ではなく、このまま、千陣流の室矢家へ出します。桜技流の演舞巫女のままで他流に預けることは、前例がない話です。しかし、当流で『刀侍とじ』と認めた室矢重遠に全く関わらないことは、大いに問題があります。北垣、錬大路は東北地方の土蜘蛛つちぐもの件で浅からぬ縁があるため、重遠の女として、また当流の連絡役として、頑張ってもらう所存ですー」


 相良万緒は、提案する。


「どっちみち、教官を務めた私は、他人事じゃないでしょう。一度、その室矢さまに会わせてくれませんか?」


「許可するのでー。局長警護係の担当者は、暫定的にそなたです。北垣、錬大路と、連絡を密にするようにー」

「ハッ!」



 凪と澪の2人は、自己紹介。

 その一方で、万緒は、同僚と話し合う。


「ねえ……。室矢さまと会ったのは、誰?」


「僕だね」

「私も」


 第一席の室永むろなが紫乃しの、第三席の花山西かざのにし瑠璃るりが、応じた。


 万緒は、すぐに尋ねる。


「夏の御前演舞って、混乱したの?」


「あれは、本当にまいったよ……。咲莉菜さまが室矢様を利用して、ウチの不正を炙り出したから、しまいには咲耶さくやさまが降臨されてね」


 紫乃の次に、瑠璃も、自分の意見を述べる。


「普通の男子高校生だった。色目を使うことも、なかったし……。ただ、咲莉菜さまは、幽世かくりよで散々に、女の喜びを味わっていたようで」


 驚いた万緒は、思わず叫ぶ。


「は!? 高天原たかあまはらのほうで? その室矢さまも呼ばれたの?」


 珍しく、真面目な第二席、園城おんじょう奈々子ななこも、話に加わる。


「はい、これが写真です。……私は室矢様のマンションに行きましたけど、やっぱり女を侍らせていましたわ。北垣さんと錬大路さんを預けていたから、もうお手付きになっているのでは?」


 写真を受け取った万緒は、大岩に残された、咲耶からのご神託を見た。


「よく分からないけど、咲耶様のお気に入りなのか……」


 そのつぶやきに対して、第五席の高屋たかや芽衣めい、第六席の小鳥遊たかなし奈都子なつこも、話す。

 芽衣はロリっぽい感じで、逆に奈都子は、優しいお姉さんという感じだ。


「その写真が届けられた時は、完全に、恋人同士の別れ話だった」

「うん。あれは、ただの痴話喧嘩……」


 万緒は、そこまで外堀が埋まっているのなら、桜技流へ連れてきて、咲莉菜さまと結婚させればいいのに。と思ったが――


 彼が千陣流の十家、それも妖刀使いの南乃みなみの家の娘を正室にしているため、言葉を呑み込んだ。


「ずいぶんと、面倒ね。室矢重遠という男子は……」

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