第341話 勇者コンビは演舞巫女の警察学校へ行くー③

 天沢あまさわ咲莉菜さりなは、自分の気持ちと桜技おうぎ流の存亡の間で、板挟みだ。

 しかし、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおが入校したじん警察学校の教場きょうじょうに、いったん場面を戻す。


 今は、入校式が終わり、教場で話し合っているところだ。



 仮にも警察学校であるのに、他の警察官の目がなくなった途端に局長警護係などの制服に戻して、喋り合っていることからも、桜技流の本音がよく分かる。


 教官の相良さがら万緒まおから、桜技流を最優先にしろ、と言われた澪は、たまらずに質問する。


「私たちは室矢むろや君のところへ行く予定ですが、その件については?」


 肩をすくめた万緒は、あっさりと認める。


咲莉菜さりなさまがお認めになられたから、心配無用! 詳しくは、この短期講習が修了してからね。……室矢家は、千陣せんじん流の上位家よ。次から、『室矢さま』と呼びなさい! プライベートでどう呼んでいるのかは、あえて聞かないけど」


 はい、と答えた澪は、この機会に尋ねる。


「あの……。例えばの話ですけど、もし『局長警護係を辞めたい』と言ったら、どうなりますか?」


 首をかしげた万緒は、明るい調子で返事をする。


咲耶さくやさまが、お間違えになる……。そのようなことがあって、良いと思う?」


 冷水を浴びたような感覚に陥った澪は、万緒が言いたいことを理解した。


 筆頭巫女である咲莉菜さまの発言は、咲耶さまの発言。

 つまり、桜技流の局長警護係に任命したことは、


 もしも、それを否定するのならば――


 万緒は、考えている澪のほうを見ながら、首肯した。


「第三席の瑠璃るりではなく、私で良かったわね? 彼女よりも上手だから……」


 完全に固まった澪を見た万緒は、笑顔で告げる。


「私の仕事は、あなた達の首を切ることよ! 覚えておきなさい」


 警察学校を辞めたくなったら、私がいつでも辞めさせてあげる。どころではない。

 辞められるのは、この世で生きることだけ。


 真顔になった澪は、ここが桜技流であることを実感した。




 流派として思うところはあれど、ここは警察学校だ。

 略式になっているものの、指紋の採取、代表的な法律の授業を進めていく。

 桜技流が扱っている御刀おかたな、装具も、改めて学ぶ。


「北垣! あなたは、車のシートベルト装着の義務違反を見つけました。どうしますか?」


 いきなり質問された凪は、自信満々に答える。


「逮捕します!」

「違反点数を加算しなさい! あとで、状況による違いをまとめて、提出するように!」


 即座に突っ込まれた凪は、教官の万緒から、宿題を与えられた。  

 各種の検定は、絶対に合格してもらう!




 ――2日目


 警察学校は、全寮制。


 食堂で食べて、大浴場に入り、宛てがわれた個室で寝た凪と澪は、午前の授業をこなした後で、グラウンドに並ぶ。

 機動隊の恰好で大きな盾を持った、完全装備だ。


 ヘルメットから靴まで、プロテクターなどを合わせて、約6kg。

 盾は、約5.5kg。


 教官の万緒は、前日と同じ服装だが、背中に金属フレームの装具があって、木刀を取り付けている。


「午後は、基本であるランニングよ! 警察官は、必要があれば、どこまでも走っていくから――」

 ガランガラン


 万緒が地面を見たら、盾が落ちていた。


 視線を上げて、手を滑らせたバカを見る。


「おい、北垣……。今、何を落とした?」


「た、盾を落とし――」

 シュゴッ


 背中の装具から木刀を握った万緒は、その切っ先を凪のあごの下につけた。

 まさに一瞬で、その動きによる突風が彼女を通り過ぎていく。


 固まった凪に対して、万緒は言う。


「今、お前が落としたのは……。日本警察と警備部の威信だ」




 笑顔に戻った万緒は、午後の訓練を告げる。


「じゃあ、ランニングよ! を感じながら、私が命令するまで走り続けなさい!」


「「は゛い……」」


 ウェイトを身に着けた凪と澪は、それぞれ100kgの増加だ。

 靴底が沈み、立っているだけで辛い。



「いっちにー! いっちにー!」


「「い゛っちにー、いっち゛にー」」


 ――10分経過


 ――20分経過


 ドゴオッ


 一番後ろを走っている万緒が、木刀で2人の足元をえぐった。


「それ以上の遅れは、これで気合いを入れるわよー!」


「「は゛いい゛ィッ……」」



 ――数時間後


「「ハアハアッ……」」


 水揚げされた魚のごとく、倒れ伏した2人。


 それを見ていた万緒は、ニコニコしながら、告げる。


「次も、ランニング! 今度は装備を全て外して、10周で良いから!」


 フラフラになりながらも、その場に装備を残して、足を動かす凪と澪。


 ようやく、10周が終わろうとした時に――


「あと、20周の追加!」


 笑顔の万緒が、ゴール付近で、無慈悲に宣告した。



 早めに終わったものの、備品とグラウンドの整備で、残った時間が潰れた。




 ――3日目


 教官室では、万緒が自分のデスクに向かっている。


「書けました!」

「確認をお願いします」


 凪と澪が苦心して書き上げた書類を見た万緒は、ふむふむと読んだ後で、横にあるシュレッダーにかけた。


 笑顔の万緒は、あっさりと告げる。


「書き直しなさい!」


「あの……。何が悪かったんですか?」


 おそるおそる言った凪を見た万緒は、首を傾げた。


「教官に口答えをしたわね? その場で、腕立て伏せ200回! 錬大路も連帯責任!」




 ――4日目


 武道場で、組手。


 スパーンッと投げられた澪は、かろうじて受け身を取る。

 引き手から流れるように組み付いてくる万緒に、手も足も出ない。


「次、北垣!」

「ハイッ!」


 万緒と向き合った凪は、お互いに伸ばした腕を取り合う。


 澪の時とは違い、真剣な表情になった万緒は、フェイントをかけていく。

 しかし、凪は引っかからず、むしろ踏み込む。


 お互いに崩し合ったが、最終的に分身するほどのスピードで不意を突いた万緒が、凪の右手を自分の肩に載せる山嵐で投げ捨てて、勝った。


 自分の右手で、凪の右手の付け根を外側から巻き込みつつ、右足を後ろに上げて投げる、あまり見られない形だ。


「……柔道は、ここまでよ。次は逮捕術の防具をつけて、10分後に集合しなさい」


 わずかに顔を歪ませた万緒は、自分も防具を身に着けるために移動した。



 警察学校の半分は理不尽で、もう半分は厳しさ。

 どのような事態でも動じない、という訓練でもある。

 別に、万緒の性格が悪いわけでも、イジメているわけでもない。



 ◇ ◇ ◇



 空調がなくても過ごしやすい、秋の終わり。

 山のふもとにある学校では、早朝に肌寒い感じがするものの、生徒たちが元気に――


 1人の女子が3階の窓から放り投げられ、一直線に落下。

 ネコのように体を入れ替えた北垣凪は、揃えた両足で着地して、同じく揃えた両膝をつけ、身体を捻りながらの一回転。


 遅れて、錬大路澪も落下したが、こちらは受け身を取り損なう。

 覇力はりょくで強化した身体は、下のコンクリートに穴を作った。


 教官の相良万緒が、教場で居眠りをした凪を3階の窓から投げ捨てて、連帯責任で澪も捨てられたのだ。


 寝ぼけたままで受け身を取れた凪に対して、完全に油断していた澪は、まともに食らった。



 ここは、桜技流の管轄にある警察学校。

 刀剣類保管局として、警察の1管区にある教育機関だ。

 凪と澪の2人につき、1ヶ月という短期間で、警察官の訓練を行う。

 万緒が、警備実施で構えた盾の上から覇力で蹴り飛ばし、2人とも後ろの壁にめり込むことが、日常になっている。


 教官の万緒は心優しいから、怒鳴りつける真似はしない。

 不十分なままの受講であれば、容赦なく殺すだけ。



 たった1人の教官として、授業から実技までこなす万緒は、とても忙しい。

 そして、問題児の凪は、手間のかかる子ほど可愛い、の領域を超えている。


 憲法などの法律は、凪が理解するまで教える。

 澪を定期的に見ながらも、むしろ彼女と2人がかり。


「教官! 小テストができました。次の授業のために、準備室から移動させてきます!」

「お願い」


「教官! 凪のフォローに入ります!」

「ありがと」


 澪は助教の役割もこなして、凪と一緒にカリキュラムを消化。

 できないと斬首だから、死に物狂いだ。



 凪も責任を感じているらしく、夜中まで勉強。

 寝不足で居眠りという悪循環のため、巡回中の万緒が気絶させて、そのままベッドに寝かせている。


 教官殿は、朝にも凪と澪の自室に木刀で襲撃するという、隣に住んでいるツンデレ幼馴染と化した。

 とっさにかわせなければ、そのまま殺される点から、ヤンデレ系とも言えるが……。


 いつデレるのか? は、まだ分からない。

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