第340話 勇者コンビは演舞巫女の警察学校へ行くー②

 着席している北垣きたがきなぎが、挙手した。

 教官の相良さがら万緒まおの許可をもらい、発言する。


「第三席とは、誰でしょうか?」


 目をキラキラさせた万緒は、よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりにうなずいた。


「同じ局長警護係の花山西かざのにし瑠璃るりで、私の先輩よ。入ったばかりの時にバディだったけど、五月蠅いから訓練で叩きのめしちゃって! それ以降、ずっと睨まれているの。酷いと思わない?」


 この人の教育係についた花山西さんに、深くご同情申し上げます。と共感する錬大路れんおおじみお


 だが、凪は、正反対の感想を持った。


「私なら、『わざわざ訓練をしてもらった』と感謝します!」

「良い子ね! うんうん……。これなら、私も教官になった甲斐があるわ!」


 どうしよう。

 凪が、2人に増えた。


 部室で話す先輩と後輩みたいな雰囲気に、澪は遠い目になった。


 いっぽう、上機嫌な万緒は、衝撃的な一言を口にする。



「生まれた時は違うけど、死ぬ時は3人一緒よ?」



 え?

 何を言っているの、この人?


 澪が驚くと、その表情から読み取った万緒が説明する。


「局長警護係は、咲莉菜さまの直属! 言い換えれば、幽世かくりよ咲耶さくやさまから直々に修行を受ける筆頭巫女の代理人。その私たちが負けることは、咲莉菜さま、いては咲耶さまの否定につながってしまう……」


 それまで明るく、キャンパスライフを楽しむ女子大生の雰囲気だった万緒が、話していくほどに重々しい口調に。


 澪が冷や汗をかく中で、隣の席にいる凪は平常運転。


 万緒は、再び口を開く。


「錬大路! 先に言っておくけど、北垣が粗相をしたら、私とあなたがからね?」


 そんな話、聞いていません。


 震える澪に対して、万緒が説明する。


「ここは警察学校だけど、私たちは桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこ。咲耶さまに身を捧げていて、そのために動くの! 政治的な理由で警察官の身分だけど、警察庁も『外注先』と見ているし……。錬大路、北垣! これから局長警護係になる以上、あなた達もその区別はしっかりとつけなさい」


 桜技流が警察になっているのは、あくまで駆け引きの一環。

 必要があれば、また別の形で存続する。


 そういう話だ。



 その母体は、神社のネットワーク。

 全国規模のため、資金力、伝手として、日本でも有数。


 八百万やおよろずの神々であるものの、御刀おかたなを扱ってきた歴史を持ち、女だけの流派であることのイメージの良さで、咲耶を信仰している集団が、警察官をしている。


 警察の側としては、完全に自分たちの一部に取り込んだことで満足。

 日本に根付いているため、信用もしている。


 ……というのが、表向きの理由。


 身もふたもない話を言ってしまえば、彼女たちは刀を振り回しているだけで、怖くない。


 警察官の立場で、拳銃の携帯ぐらいはできる。

 けれど、たいした数ではない上に、おかしな動きをすれば、すぐ警戒網に引っかかるだろう。


 通常の予算とは違うとしても、重宝している。

 警備の弁当の予算に対して、支給される弁当が妙に安っぽくなる。といった工夫をせずとも、気軽にお願いできる相手。

 また、警察官がお嫁さんを探す場でもある。


 それに対して、真牙しんが流の魔法師マギクスは厄介だ。


 現代兵器を再現する、多彩な魔法。


 陸海空の防衛軍にも食い込んでいて、警察だけの好きにできない。

 政財界への浸透のせいで、強行捜査をやりにくく、予算や許認可での締め上げも難しい。

 むろん、お金を融通してもらうことは、不可能。



 警察の上層部が思っているほど、桜技流の忠誠心は高くない。


 あやかしを退治する専門家だが、便利屋に過ぎず。

 警察は男社会であるため、出張した演舞巫女が嫌な思いをするケースは、決して珍しくない。


 現状は、黙認できる範囲のデメリットで、なおかつ、メリットが大きい。と見なしている。

 もし警察がそのラインを越えてきたら、桜技流も本気で動くだろう。


 といっても、クーデターを行う気はなく、その点では真牙流よりも安全だが……。



 【花月怪奇譚かげつかいきたん】の桜技流は、室矢むろや重遠しげとおたちが解決したオウジェリシスの件で、散々だった。

 不正による事件、それに続く大災害によって、完全に立場を失ったのだ。


 偽物の装備を持たされて狂った凪は、警官、市民を大量に虐殺。

 異能者の熱寒地ねっかんじ村へ送られ、性欲のはけ口にされたことでの、オウジェリシスの中枢になっての大暴れと、言い訳のしようがない惨状に。


 全ての原因になった桜技流は、筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなが身体を張っての償いをしつつも、最前線での消耗を続けるだけ。

 

 この顛末てんまつを知っているのは、転生した重遠と、全知のカレナ、夢で原作の自分を追体験した凪の3人だけ。

 凪の考えはまだ明かされておらず、原作の主人公と会った時の反応が、不安要素だろう。



 原作を外れた桜技流と警察は、かなり緊迫した状況になっている。



 重遠と咲莉菜の活躍で一斉摘発に乗り出し、警察の切り札を奪ったからだ。

 そちらの不正を暴かれたくなければ、という脅しは、もうできない。


 桜技流が、自分の体を切り裂き、失血死の寸前になってでも自浄したのは、紛れもない事実だ。

 いざとなれば、咲耶が降臨する。という前例もできた以上、これまでのようにたかることは危険。


 さらに、桜技流は一部の支援者を失って、装備の更新で余裕がない現状も合わさり、警察と距離ができている。

 組織の再編に伴い、やしろの本庁と相談のうえで民間団体を作ることも、1つの選択。


 美しい剣術娘の集まり、という認識だった警察の上層部、各県警は、その認識を改めつつある。

 どこでも、叩けばほこりの1つや2つは出るため、うかつに関われば、告発されかねない。

 けれど、これまで頼ってきた財源を失うのは嫌だし、怪異の退治を任せたい。



 予算と人手を欲しがっている警察が、彼女たちを完全に支配するか? あるいは、桜技流が独立するか? の二択になった。



 ここでキーポイントになるのは、天沢咲莉菜の動向だ。


 桜技流が混乱している現状で、咲耶の代理人である彼女が消えたら、そのまま空中分解する。

 何しろ、桜技流は最低限の施設だけが領土で、ほぼ実体がないのだから……。


 それは、警察に介入されて、神聖な部分も構わずに、全て管理される未来を示す。

 階級と命令に絶対服従で、先んじて上官のために動く系統へ組み込まれたら、その県警の狩場に成り果てるのみ。


 演舞巫女たちは、本当の警察学校へ放り込まれて、人格が壊れるほど追い込まれた後で、改めて警察へ忠誠を誓うことに。

 その後には、二度と逆らえないように配置するか、余計な思考をさせない待遇。



 警察の上層部としては、咲莉菜が重遠の女になるため、桜技流の筆頭巫女を降りてくれることが理想だ。


 新しく任命される筆頭巫女は、咲耶を降臨させた咲莉菜とは異なり、事態を収拾できない。

 おまけに、御家と人材がごっそりと失われて、装備も不十分になった、今の桜技流は、中身がスカスカだ。


 咲莉菜がいなければ、桜技流の拠点を各個撃破するだけで、終わる。

 すぐに全体を支配できずとも、各県警が地元のアドバンテージを活かして、少しずつ削り取っていくだろう。

 書類上では同じ警察のため、理由はいくらでも作れる。



 状況を把握している咲莉菜は、重遠への想いを抱えながらも、苦悩している。

 自分の組織を壊した彼女は、それに見合った責任を持つからだ。


 咲莉菜が愛する男を選べば、女としての幸せを得る代わりに、桜技流が原作とは別の意味でバッドエンドを迎える。

 重遠の正妻である南乃みなみの詩央里しおりに、認められるか? の問題も。


 遠からず、天沢咲莉菜も、何らかの決断を下すだろう。

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