第339話 勇者コンビは演舞巫女の警察学校へ行くー①

 時系列は、夏休みの半ばまでさかのぼる。

 室矢むろや重遠しげとおたちが、沖縄のバカンスに出かけた頃だ。


 とある学校の敷地では、まだ若い女2人が、に参加していた。


「気をつけ! 敬礼!」


 その号令で起立した女2人は、バッと浅いお辞儀をした。

 再び、着席。


 紺色のジャケットの左胸には、金色の識別章を兼ねた階級章。

 右腕には、花の紋章が描かれたワッペン。

 2つの肩章と、片方から前に吊るされた飾緒しょくちょが、煌めく。

 その下には、白いワイシャツと、藍鼠あいねず色のネクタイ。


 正面に目立つマークがある、ハイバック帽も。


 白手袋をつけている彼女たちは、名前を呼ばれた時に起立して、壇上にいる人物から辞令を受け取った。


「誇りと使命感を忘れずに~」


 広い講堂の中で、過疎地域のような、ポツンとした椅子の数だが、壇上の人物はハキハキと喋る。




 正門の横にあるプレートには、“じん警察学校” とある。

 校舎、体育館、グラウンド、その他にも実用性を優先した建物が並ぶ。


 その教室の1つ、もとい教場きょうじょうでは、教官のマークをつけた女が、前に立っていた。

 先ほどの入校式で、壇上にいた人物と同じだ。


 長い黒髪に、元気そうな紫の瞳。

 高めの身長。

 清楚で、桜技おうぎ流にふさわしい、みやびな雰囲気だ。


 大和撫子の美女は、軍服のような衣装を身に着けて、教場の前に立つ。


「局長警護係の第四席、相良さがら万緒まおよ! 今回は、咲莉菜さりなさまの命により、私があなた達の教官を務める! 本来は助教をつけて、教科ごとで別々の教官に教えてもらうけど、2人は短期講習だから、それはなし。制服のアイロンがけも、今回は止水しすい学館の制服だから省略するわ! 貸与した警察手帳、手錠、警棒といった備品を紛失したら、普通に懲戒免職だから、注意せよ! では、基礎知識の座学を兼ねて、さっそく説明する!」


 桜技流は、刀剣類保管局として、1管区警察局。


「だから、他所の管区とは事情が違うのよ。同じ管区でも、県をまたげば、違う警察みたいなものだけど……。たとえば、同じ機動捜査隊でも、本部の一括管理もあれば、全域に分散配置もあるわけ」


 日本の警察は、警察庁の監督下で、それぞれの県警が運営している。

 刀剣類保管局にも、本庁のキャリアが在籍。


 万緒は、教壇に立ったままで、付け加える。


「さっきの入校式でも、偉そうな警察官がいたでしょ? ウチの管区を担当しているキャリアよ。基本的に山奥のため、彼らが退屈しないように気を遣っているわ。担当しているのは、演舞巫女えんぶみこではないけど……」


 バカ正直にやっているだけでは、すぐ追い込まれるから。と言いながら、左手で丸を作って、そこに右手の指を出し入れする万緒。


 そっちの意味でも、ズブズブなのか。


 心の中で突っ込んだ錬大路れんおおじみおに対して、北垣きたがきなぎは気にせず。



 怪しい動作をやめた万緒は、続きを説明する。


「私たちの担当は、日本全国のあやかし。警察という国家権力が治安維持をするために、警察官という立場を与えているの。桜技流は剣術の繋がりで、警察と深く関わっていたからね。怪異を退治するのに、いちいち民間の異能者に頼むと、面子が丸潰れだから……」


 教育機関である止水学館などの敷地、その上物。

 御刀おかたなの鍛冶場、装具の工房、事務所と、桜技流の重要施設が、刀剣類保管局の管轄下にある。


「ウチの上位家の当主は、『警視』のように上の階級で、その住居も警察署に準ずる扱いよ! 書面上の話だけど、彼らの敷地内で暴れたら、即逮捕になるから! ……あなた達も、この短期講習が終われば、『警部』の待遇になる。その自覚を持ち、他の警察官からはよく思われないことを肝に銘じなさい。また、警察学校にいる時点で『巡査』だけど、面倒だから名字の呼び捨てにするわ。あなた達も、お互いを自由に呼びなさい。教官の私を呼び捨てにしたら、倒れるまでしごくけど」


 局長警護係は、警部と同じ扱い。

 なぜなら、通常の警護係とは異なり、局長の代理で他と折衝するから。

 その場合の相手は、本部長、署長クラス。

 ただでさえ、見目麗しい女のため、最低限の階級がないと、ナメられてしまう。


 一般の演舞巫女は、巡査部長からスタートする。


 正式な管区のため、警察手帳は全く同じ。

 桜技流の身分証明書にしても良いのだが、それでは民間人や警察官が混乱する。

 小娘の顔写真と警部の表示が並んだ光景は、かなりシュール。


 刑事部もあって、私服の刑事が捜査を行っている。

 他の警察署と縄張り争いで揉めやすく、気を遣う部署だ。



 万緒は、説明を続ける。


「局長警護係は、一般の警察では警備部になるわ。SPエスピー(セキュリティ・ポリス)で、自分の身体を盾にしてでも、担当した要人の命を守る仕事……。北垣! 警備部とは、何かしら?」


 先ほどの警察官の礼服から、止水学館のセーラー服に着替えた凪は、すぐに答える。


「け、警備をするところです!」


 指で首筋を掻いた万緒は、うなずいた。


「まあ、そうね。合っているわ……。警官は体力勝負だけど、その中でも特に露出が多い部門よ。『公安と並んで、優秀な警察官が配属されやすい』と言われている。テレビでよく出てくる機動隊が、有名ね。この機動隊にいる術科の特別訓練員は、剣道などの対外試合に出ているわ。古流剣術の伝承者もいるし、警察がまとめた居合の流派も。それに――」


 制服警官と違う装備は、だいたい警備部の管轄。

 潜水、放水車など、特殊な技能を必要とする場合は、警備部によくある。

 装甲車であろうとも、あくまで特別な車両の1つ。

 特車に分類される。


「重武装をするのは、基本的に銃器対策の部隊だけど……。実は、機動隊にも短機関銃があるの。機動隊で優秀な隊員が抜擢されて、特殊部隊に行くのよ。災害救助のエキスパートもいる。まあ、ズラリと並んだ機動隊がサブマシンガンで一斉に掃射する事態になったら、その時点で社会秩序は崩壊していると思うけど……。ちなみに、暴動の鎮圧は、単発式のグレネードランチャーでの催涙ガスか、高圧の放水ね。あとは、隊列を整えて、盾を重ねた機動隊による突入」


 ここで、万緒は質問する。


「錬大路! 警察は、何に基づいて動く?」

「えっと……。法律と予算です」


 首肯した万緒は、説明する。


「防衛軍もそうだけど……。国家が認めた暴力装置は、法律で決められた通りに動くの。だからこそ、銃とバッジと無線機を持ち、制圧や逮捕ができるわけで……。あ! 短期講習だけど、無線の資格は必ず取得してもらうから! で、警察もお役所の1つだから、何をするにも書類、書類……。たまに、書類を溜め込んで処分される警官もいるわ。あなた達も、注意するように! ……北垣、溜め込んだ書類を勝手に処分したら、何の罪になる?」


「銃殺ですか?」

「公用文書毀棄きき罪よ! 法治国家の否定で、かなりの重罪……。警察を辞めるだけじゃ済まない場合もあるから、本当に気をつけなさい! ベテランなら15分で書ける書類も、新人のうちは時間がかかるの。通報による出動や、飛び込みの仕事もよくあるから、優先順位と自分の処理能力を常に把握しなさい! まあ、ウチは警察官という立場よりも、桜技流であることが大事だけど……」


 教官とは思えない、フランクな感じで、万緒は凪と澪を見た。


「一般の警察学校は、入校式の直前でも、教官に怒鳴られて辞める巡査がいるわ。ただ、ウチで振るい落としを実行する意味はないから……。原則的に『強いことが正義』みたいな感じで、どれだけ挨拶ができても、食事の準備やコーヒー出しが上手くても、弱かったら現場で妖かしに食われるだけ! ウチだと、出身校による学閥があって、女に特有のグループ間の対立もあるわね」


 筆頭巫女の直属である局長警護係は、桜技流の最大戦力だから、ナメた場合は徹底的に追い込むけどね。と、万緒は続けた。


 澪は、挨拶は大事では? と思ったが、口にしない。


 万緒は、2人の顔を順番に見る。


「私が教官で、良かったわね? 第三席の瑠璃るりだったら、つまらない授業と、退屈な術科になっていたから……」


 別に、面白さは期待していませんけど? と内心で突っ込む澪。

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