第338話 タマちゃんと総理大臣とストロベリーブロンド(後編)

 首相の桔梗ききょう巌夫いわおは、俺の返事を待つ。

 隠し子ということで、天ヶ瀬あまがせうららの扱いを心配しているのだろう。

 

 モニター越しに巌夫の顔を見ながら、結論を述べる。


「天ヶ瀬さんは、ベル女の高等部を卒業した時点で、妻の1人にします。現時点では、事実婚になってしまいますが、正室や先に迎え入れた女性と平等に扱うことをお約束します。先にお送りした要綱のによっては、また別の扱いです」


『この補足が上手くいった場合には、麗も対象になる。……そう考えて、良いのだね?』


「はい。書類上の序列は、また検討します」


 首肯した巌夫は、追加で質問する。


『日本では、理解されにくい話だが……。時限立法の線で、何とかしてみよう。だが、これを実行したら、君は普通の生活と無縁になるぞ? 公文書で、記録が残ってしまう』


「ご存じの通り、俺はもう命を狙われている身の上です。桜技おうぎ流で初めての、男の刀使いである『刀侍とじ』としても、いずれ名前が明かされます。複数の妻も、世間に隠しきれません。だったら――」

『どうせ目立つのなら、コソコソせずに、堂々としたほうがいいか……。分かった。そちらは、関係各所と調整する。あとは……拠点として手頃な不動産か。室矢むろやくんは、どのようなイメージで探している?』


「他の退魔師、またはスパイ、兵士の襲撃にも対応できるレベルです。大人数で、プライバシーを守りながら暮らせるビルとか……」


 それを聞いた巌夫は、腕を組んだ。


『一般の不動産なら、業者を紹介できるが……。すでに打診しているのなら、悠月ゆづきくんに相談してくれ。彼女のほうが、頼りになる。私も、声をかけておこう』


 予想通りか。

 まあ、無責任に引き受けられてもな……。


「分かりました」


 すまないね、と返した巌夫は、次の項目へ移った。


『麗を受け入れる理由として、「政治的なトラブルを最小限にしたい」とあるが?』


「はい。現状の室矢家は、政治的に空白です。そのため、分かりにくい形で巻き込まれるか、浸透されたら、いつの間にか反マギクス派や、反社とつながっている政治家の後援会に入れられる恐れがあります。天ヶ瀬さんを受け入れて、政治的な色をつけると同時に、深入りしないポジションを維持するつもりです」


 大きくうなずいた巌夫は、それに同意する。


『そうだな。千陣せんじん流の上位家にして、桜技流や真牙しんが流と深く関わっている君が、押さえておくべきポイントだ。知らない間に名前を使われたり、一緒にいる画像を掲載されたり、家族ぐるみで親しくなった相手に誘われたりで、「気がついたら」というのは、ありがち……。私は、麗をベルス女学校に入れたことでも分かるように、親マギクス派だ。どこかの後援会に入らず、それでいて後ろ盾の政治家が欲しいのであれば、ちょうど良いだろう。ちなみに、選挙活動に加わると、いつも次の選挙を意識して動くから、首を突っ込むのはお勧めできない。その点は、りょうくんに聞くといい……。ハッハッハッ、やっぱり大変か! 詳しく言えないが、私も辟易することは多いよ』


 巌夫から話を振られた梁愛澄あすみは、大変です、と実感のこもった返答。

 どうやら、魔法師マギクスに有利な法案を通すため、彼女が票の取りまとめや、政治家との付き合いをしているようだ。


 話がズレたので、修正する。


「付け入る隙がない、とできれば、十分です。もしも助けが必要になったら、相談してもいいですか?」


『むろんだ。義理の息子になるのだから、遠慮はいらんよ……。ところで、麗。お前は、どう思っている? そろそろ、自分の考えを言ってみなさい』


 ここで、ちんまりと座っている麗が、口を開いた。


『はい。私は、室矢さんと一緒になりたいです。高校卒業までに、私がやっておくべきことは、何がありますか?』


 そこで、俺の隣にいる詩央里が説明する。


「室矢家の正室である、南乃みなみの詩央里しおりです。初めまして……。どちらかといえば、禁止事項を守ってください。1つ、他の男と肉体関係を持たず、相手に誤解される言動もせず、重遠しげとおさんとの初夜まで貞操を守ること。また、交流会で他の男子を見初めたか、他に縁談があった場合は、事前に室矢家まで教えるように。ベル女の校長を通して、また話し合いましょう」


 俺は、その説明に付け加える。


「天ヶ瀬さんには、最低限の自衛の力と、事務能力が欲しいかな? 詩央里が大変だから、信用できる事務員が必要でね」


『はい、分かりました』


 麗が納得したので、話をまとめる。


「ベル女の高等部を卒業するまでは、暫定的な話にするよ。天ヶ瀬さんが他の男子を気に入るか、色々と巻き込まれやすい室矢家を嫌になったら、いつでも降りてくれ。卒業の時にまだ気が変わっていなければ、正式に迎えよう」


『了解しました。高等部を卒業したら、すぐ母の形見を受け取りに行きますので……』


 父親の顔になった巌夫も、結論を言う。


『麗の気持ちについて、まだ何とも言えないか。とはいえ、高校を卒業した後にも大事にしてくれる相手が見つかって、ホッとしたよ。……すまない。次の予定があるから、これで失礼する。当面の連絡は、梁くんに頼む』


 言うや否や、巌夫の画面が消えた。

 それによって、麗のバストショットが大きく表示される。


『あの……。私、室矢さんの家へ遊びに行っても、いいですか? これからお世話になるので、南乃さんにも、きちんとご挨拶をしたいです』


「そうだな……。詩央里?」


 彼女は俺のほうを見た後で、麗に向き直った。


「遊びに来るのは、構いません。ただし、狙われる危険があるため、護衛をつけることが必須です。決意しているのならば、補足の件が無事に達成された場合か、あなたの高等部への進学を目途にして、初夜を行います。後者は、私たちも高等部を卒業するから、ちょうど良いタイミングでしょう。貞操と心変わりには、くれぐれも注意してください」


「はい。よろしくお願いいたします」


 こんな健気な美少女、それも中等部に上がったばかりの娘に対して、初対面でパンストごとショーツを膝まで下げて、突き飛ばしたことで丸見えの四つん這いにさせた外道がいるらしいんですよ?


 しかも、まだピッタリ閉じていて、ストロベリーブロンドだから、桃みたいだなあ。と喜んでいたとか。


 …………


「室矢さん! 私、とっても嬉しいです! 今から、会える日を楽しみにしています」

「ああ、うん……」


 生返事をしながら、俺は大型モニターに映る、人形のように美しい少女を見た。


 天ヶ瀬麗のストロベリーブロンドの長髪は、綺麗にまとめられていて、青い瞳はこちらを向く。

 嬉しそうな顔で、涙を流している。

 レトロガーリーの服装と合わさって、庇護欲をそそられる雰囲気だ。


 この娘、同年代の男子とろくに話をしていないのに、下半身を剥かれて四つん這いにされ、俺に全部見られたっけ。

 ギャーッ! と叫んだ後で、野郎ぶっ殺してやるううゥ! と言い続けていたんだよな。


 それが、俺たちの馴れ初め……。



「デートで行きたい場所が、色々あるんですよ! 手を繋いで、歩きましょう」

「ああ。こちらへ来たら、一緒に行こう」


 ごめんな。

 同年代の男子と手をつなぐ前に、丸出しでバックの姿勢にさせて……。



「お弁当を作っていきますね!」

「楽しみにしている」


 本当に、すまぬ。

 


 心が。


 心が、痛いのです。


 だけど、普通に接していたら、対面して話す機会もなかったという……。




 帰宅した後に、夕飯を一緒に食べる。

 ぼかして悩みを伝えたら、全てを知る室矢カレナにこう言われた。


「お主にも、人並みの心があったのじゃな!」


 そして、恐らくは事情を知らない詩央里から、言われる。


「反省しているのなら、少しは自重してください」


 トドメで、咲良さくらマルグリットにも。


「あー、うん。その件ね……。正直、引くわ」


 メグは、経緯を知っているようだ。

 同じベル女とあって、うわさを聞いたのか。


 襲撃されたことでの反撃だから、ギリギリで目を瞑れないこともない。

 ……とはいかないよな。

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