第337話 タマちゃんと総理大臣とストロベリーブロンド(前編)

 襲撃してきたグループは、未然に始末した。

 これで、同じ系統からは狙われない、と思いたい。


 俺たちは、息つく暇もなく、東京にある真牙しんが流の拠点へ。

 片付けておきたい案件は、2つ。


 メンバーは、俺と南乃みなみの詩央里しおり室矢むろやカレナ。

 それから、寺峰てらみね勝悟しょうご多羅尾たらお早姫さき神子戸みことたまきの3人もいる。


 室矢家の当主である俺と、正妻の詩央里の2人は、上座のシートに座っている。

 残りのメンバーは、空いているシートへ。


 咲良さくらマルグリットは、私つ゛かれ゛た、と自宅に引き籠もっている。

 鍛治川かじかわ航基こうきの押しかけで、よっぽど参ったらしい。

 しばらくは、溜めていたアニメの一気見で、ダラダラと過ごすそうな……。


 まあ、事務的な確認だから、メグが来ても退屈するだけだ。



 案内された通信室でギュウギュウ詰めになりながら、大型モニターに映し出されたりょう愛澄あすみを見る。


『神子戸さんが真牙流の魔法師マギクスのままで、寺峰くんの愛人になることは、一向に構いません。というのも、咲良さんとは違い、常識的な魔力で、戦略級の魔法を持っていないからです。むろん、2年主席に見合った実力の持ち主ですけどね……』


 要するに、最優秀と呼ばれるだけの力はあるが、所詮は指揮が上手く、管理業務に長けているだけ。

 いくらでも、代わりはいる。


 そして、まだ高校生のため、校長の愛澄が認めるだけで完了。


 もし環が防衛官や警官だったら、すげー面倒臭い話になった。

 防諜の関係があるので、退職しなければいけないし、その時の任務によっては認められない可能性も……。



 映像でチラッと環の様子を見た愛澄は、話を続ける。


『ぶっちゃけ、全賢者集会(サピエン・キュリア)で室矢くんと咲良さんの関係が保留にされた直後のため、これぐらいでは問題になりません。どうせ、室矢くんと同じ話ですし……。千陣せんじん流のほうでは、承認されたのですね?』


「はい。勝悟と早姫は、室矢家の寄子よりこという形になりましたけど……」


 俺が答えたら、愛澄は微笑んだ。


『室矢くんも、だんだんと忙しくなってきましたね? では、申し上げておきます。ウチのバレなどの秘密を漏らした場合は、室矢家に責任を取ってもらいますので……。咲良さんを預かっている室矢くんには、今更な話ですけど』


「分かりました。くどい話になりますが、逆も同じですよ? 室矢家の秘密を探るようなら、相応の報復をします」


 その台詞に、愛澄は首の後ろをさすった。


「承知しています。……室矢さんが怖いのに、室矢君まで怖くなられたら、困るのですけどねえ?」


「褒め言葉と、受け取っておきます」


 俺の返事を聞いた愛澄は、環に視線を移した。


『神子戸さん。ひとまずは、咲良さんと同じ扱いです。紫苑しおん学園に転校した場合でも、ウチへ来ることは可能ですが……』


 少し考えた環は、愛澄に返事をする。


「2年主席のままで、勝悟のところにも顔を出す。という話で、お願いします。理由は、いきなり学年主席の仕事を投げ出すわけにはいかず、主席補佐に譲る場合でも引継ぎになるからです。僕に期待されているのは、多方面からの情報収集と伝手のため、高等部の卒業まで、ベル女にいさせてください」


 うなずいた愛澄は、すらすらと答える。


『そうですか。私は、別に構いませんよ……。多羅尾さん? なし崩しで認めさせる形になったこと、重ねてお詫び申し上げます。何かありましたら、室矢家とは別に、私を頼ってくださいね? 神子戸さんが使うバレの整備や入手、その他にも情報収集などで、相談に乗ります』


 いきなり話しかけられた早姫は、溜息を吐いてから、投げやりに返す。


「そうですか……。では、せいぜい利用させていただきますので」


 前例のおかげで、とてもスムーズ。

 逆に言えば、これが最初だったら、勝悟と環のどちらかが移るのみだった。

 

 愛澄は、自分の生徒を託す相手に話しかける。


『寺峰くん。ウチの神子戸さんをよろしくお願いしますね?』


 慌てた勝悟は、緊張した様子で答える。


「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 愛澄は、勝悟のほうを見たままで、今後の方針を説明する。


「流派同士のすれ違いは、絶対に防がなければなりません。そのため、私は南乃さんを通して、あなたへ連絡する形にします。あなた方から私への連絡については……。南乃さん、どうですか?」


 首肯した詩央里は、すぐに返事をする。


「はい。環さんの装備調達などで、いちいち仲介する気はありません。必要ならば、直接の連絡をしてください。もっとも、信用しての話です。そこは、お忘れなく」




 用件が終わった、勝悟、早姫、環は、先に帰った。


 ここからは、遠隔地を繋いでの同時通信だ。

 大型モニターの愛澄は、手元のコンソールを操作して、2分割にした。

 もう片方に映った男の顔は、見覚えがある。


 司会役の愛澄が、その男性を紹介する。


『室矢くんは、もう直接会ったそうですが……。日本の総理大臣を務めていらっしゃる、桔梗ききょう巌夫いわおさんです。この度はお忙しいところ、恐縮です』


『いや、こちらこそ、助かったよ。ただでさえ、娘が色々と世話になっているからね。室矢くんも、こちらの都合で対談に応じてくれて、感謝する。早めに、今後の方針を決めておきたい。……うらら、お前のことだ。言いたくなったら、遠慮せずに主張しなさい。話の途中でも、構わん』


 巌夫の呼びかけに、愛澄の側でひょいと顔を出した天ヶ瀬あまがせ麗が返す。


『はい、お父様……』


 私はいったん画面外へ出ますので。と告げた愛澄は、見えなくなった。

 代わりに、麗がシートに座る。


 ピンク色に見えるストロベリーブロンドの、長い髪。

 青い目は、モニター越しに俺を見ている。


 フリルを多用した、チェック柄のシャツワンピース。

 色は、ブラック。

 胸元の大きなフリルと、中央のリボンが可愛らしい。

 両肩が開いているデザインで、半袖。

 

 レトロガーリー系のブランドだ。

 着る人を選ぶ服であるものの、異国のプリンセスっぽい麗では、現実のものとは思えない雰囲気。

 

 髪型は、ロングのハーフアップ。

 トップはふんわりで、わざとラフに編み込んだ感じだ。


 素材が良いだけに、中等部1年の初々しさと、大人っぽさが混じっていて、どこか背徳的な魅力を醸し出す。

 街を歩けば、50mも歩かないうちに、ナンパされるだろう。

 

 ……この対談のためだけに、早朝から美容室へ行ったのか?



 今は、麗と話している場合ではない。


 そう思い直した俺は、彼女の父親である巌夫のほうを見た。



 さて、ここからは時間との勝負だ。


 現役の首相は、忙しいどころではない。

 分刻みで、早朝から深夜まで動いている人物。


 俺たちが見ているモニターのすみには、“1時間” と表示され、どんどん減っている。

 その影響を考えたら、最低でも国家予算の一部ぐらいの価値があるだろう。

 これだけの時間をどうやって捻出したのか? は、考えたくない。


 事前に、この対談の要綱は送ってある。

 室矢家の現状と、対談における要求、さらに条件をまとめて、ベルス女学校の愛澄から渡してもらった。

 首相を相手に、今から何を話しましょうか? とはできないからな……。



 巌夫は、真剣な顔で俺を見た。

 モニター越しでも、緊張していることが分かる。


『さて、室矢くん。先日は近所で大騒ぎになったようだが、無事で何より……。時間がないため、単刀直入に聞こう。麗を室矢家の一員にする代わりに、こちらが便宜を図ることで、私は構わない。ただ、麗をどう扱うのか? を君の口から聞きたい。放り出した私が言えた筋合いではないが、それでも父親として気になるんだ……』


 俺の返事で、天ヶ瀬麗の人生が決まる。


 現役の首相と対談するという、非日常に放り込まれた中で、俺はゆっくりと話し始めた。

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