第336話 螺旋式の縄張を描く白鷺の戦い(後編)

 兄貴分の火景ひけいより先行している男たちの周囲に、矢の雨が降ってきた。

 自分たちの前と左右にどんどん刺さり、上になった矢羽は風にそよぐ。


 男たちの1人が、バカにしたように叫ぶ。


「何だ。ぜんぜん、届いていないじゃねえか!」


 どれも、かなり手前の地面に突き刺さっていた。



 姿勢を低くした弓兵たちは、数秒に1回の感覚で射ながら、じりじりと距離を詰めている。

 槍兵、刀の足軽たちも、陣形を保ちながら、包み込むように包囲。


 別の男は、ドン引きした様子でつぶやく。


「こいつらを突破しないと、あのガキまで辿り着けねえ……」


 小坂部おさかべけいを攫った若衆は、その光景に目を疑った。


 丘から平野の中程までに、戦国時代の兵たちが並んでいる。


 どいつも、キメたかのように目が爛々と輝いており、薄気味悪い。

 鎧や具足が擦れる、ガシャガシャという音も、少しずつ大きくなる。


 たった数百mの距離なのに、憎らしい女子高生まで辿り着ける気がしない。



「お、おい……。何だよ、こいつら?」

「ビビるんじゃねえよ! どうせ、虚仮威こけおどしだ!!」


 追いついた火景は、飛んできた矢を素手で振り払った。

 異能による身体強化で、当たっても刺さらない。



 『槍合わせ』に入った。


 火景は、突撃してきた槍兵が上から叩きつけてきた槍を掴む。

 グイッと引き寄せ、力任せに殴り飛ばした。


 そいつは前半分が鎧ごと潰れたままで吹っ飛び、グシャリと地面に倒れ伏す。

 他の槍兵も、血祭りに。


 仁王立ちの火景は、手下に粋がる。


「お前らも、ビビッてねえで、根性見せろや!」

「「「押忍っ!」」」


 兄貴分の勇姿を見た若衆は、ようやく元気を取り戻した。


 何だ、たいしたことはねえ。

 異能者の自分たちであれば、いくら数がいても、あの生意気な女をすぐに捕まえられる。



 拳銃を取り出して、撃つ。

 捕まえては、捻り潰す。

 敵の武器を奪い、逆に斬り飛ばす。


 まさに、一騎当千だ。


「情けねえなあ! 非能力者は、俺らの言うことを聞いていろよ!」

「こんだけ大層な格好して、そのザマかァ!」


 万能感に包まれた彼らは、アリの群れをほうきで掃くように、軍団を押し返した。

 小坂部慧がいる本陣まで、一直線に突き進む。


 今度は、騎馬に乗った鎧武者が長槍、弓矢を構えて、その進軍を阻まんとする。

 しかし、その武器は通用せず、逆に馬上から落とされた。


 その様子を嗤った男たちは、意気揚々と進軍する。

 後ろには死屍累々で、武士たちが側面や背後から攻撃しても、返り討ちに。



 本陣まで辿り着いた男たちは、さすがに疲れ切った様子だが、やり遂げた表情。

 慧の周囲には、側仕えの死体が折り重なっている。


 兄貴分の火景は、悠々と歩いてきた。


 片手でセミオートマチックの銃口を向けつつ、まだ床几しょうぎに座っている慧に話しかける。


「さんざん、手こずらせてくれたな? 覚悟は――」

「よくできました。では、に」




 一瞬の眩暈めまいの後で、火景は周囲を見回した。


 先ほどの森林と平野の境目に、戻っている。

 遠くを見たら、まだ無傷の軍団が立ち塞がったまま。


 さっきのは、白昼夢か?


 周りの舎弟たちを見たら、自分と同じようなリアクションだ。

 ゾッとした火景は、慧が座っている方向を見やった。


 彼女の声で、衝撃的な説明が行われる。



「次は、もちっと強くして構わぬ。せいぜい、励め」



 まるで、ゲーム感覚だ。

 いや、東京の街中を車で走っていたのに、突如としてタイムスリップしたような状況……。


 これは、夢か? と疑いを持つ火景たちだが、不思議と、ここで死んだら、助からない。と思える。

 もう数発しか残っていない拳銃は、如実にさっきの出来事を示す。


 火景たちは、再び暴力を振るうも、前より手強い。

 一撃では倒せず、その分だけ疲労して、相手からの反撃を食らった。

 なまくら刀でも、叩き付けられれば、傷ができる。



「飽きた。もう遠慮せずとも良いぞ」



 三戦目では、全く違う展開になった。


 遠方から、一斉に飛んできた矢。

 当たっても怪我にならないことで、二戦目までは無視していたのだが……。


「ぐはっ!?」


 身体強化をしていたはずの男に、矢が当たった。

 そこにあった右手は、電磁投射砲レールガンや対物ライフルで撃たれたかのように、千切れ飛ぶ。


「いでええええええっ!!」


 失った右手の部分を見ながら叫んでいた男は、頭部や胴体に着弾して、各パーツに分かれた。

 ゆらりと動いた後に、ドサッと力なく倒れる。


 疲労困憊だった面々は、動揺した。

 地面にも、投擲された槍のように次々と刺さり、どこかに身を隠さなくては危ない、と悟る。


「後ろの森まで、走れえええええ!」


 叫んだ火景は、くるりと背を向けて、走り出した。

 本能的に全員が続き、ドカカカッと刺さり続ける矢の雨から逃げ出す。


 遮蔽しゃへいを取ったことで、彼らは呼吸を整える。


「くそっ! どうなって――」

 ドゴッ


 喋っていた男の胴体から、槍が生えた。

 背後にある大木ごと、貫かれたのだ。


 戦用の槍は長いものの、その重さを感じさせぬ様子で、横に振り抜かれた。

 大木と男は、上下に分かれる。


 それを見ていた男の仲間が、悲鳴を上げる。


「ひいいいいいっ!」


 間違いなく、異能だ。


「な、何で!? こ、こいつらは……」

「いいから、逃げるぞ! こんな連中、付き合ってられるか!!」


 一斉に走り出す男たちだが、ロードローラーのような轟音がしたことから、後ろを振り向く。


 そこには、木々を薙ぎ倒しながら、馬で突撃してくる鎧武者たちの騎馬隊がいた。

 時速30kmであるものの、疲れ切っている男たちは振り切れない。

 しかし、車で走っていた道に出れば、あっと言う間に追いつかれるだろう。


 馬上の鎧武者たちは、手に手に武器を持ち、獲物を仕留めるために馬を走らせ続ける。


「ひぶうううっ!」


 追いつかれた1人は、後ろから突かれて、地に伏した。


「ごええええっ!」

「おま、ちょっと待てェ、いでえええええ!」


 木々が伐採された後には、足軽隊が横一列で、幾重にも続く。

 彼らは軽装のため、時速30kmぐらいは楽に走っていた。


 倒れた人間に追いついたら、取り囲んで、ドスドスと刺しまくる。

 足軽に作法はなく、ただ敵を打ち倒すのみ。


「やめろおおおっ!」

「痛い、痛い! 助けて、兄貴ぃイイイイイ!」


 最後に残った火景は、舎弟たちの悲鳴をBGMにして、ひたすら逃げ続ける。


 いっぽう、騎馬武者たちは止まって、足軽隊に任せた。

 足元の悪い森林の中で、横一列になった彼らは、時速60kmまで速度を上げた。

 真顔の彼らは、たまげるような奇声を上げながら、残った敵に迫っていく。


 走りながら後ろを見ていた火景は、ズボンの前後を濡らしつつ、必死に走る。

 だが、異能を使っても、背後の連中を引き離せない。


 走る。

 走る。

 ただ、助かるために。


 すると、いきなり商業ビルの1フロアに変わった。


 時速70kmで走っていた火景が、状況を理解して止まろうとするも、その前に中央の吹き抜けへダイブ。


「おああぁぁァっ!?」


 5階からの自由落下の後に、頭から着地して、季節外れのスイカ割りを達成。

 遅れて、死体と肉片になった残りも、吹き抜けの上から降ってきた。


 慧を誘拐したバンは、水泳の飛び込みのように、フロントガラスから激突。

 燃料やオイルが漏れたのか、バッテリーの水素ガスに引火したのか、小規模の爆発と火災へつながる。


 戦争のような轟音が吹き抜けに響き渡り、パイプオルガンのようにレクイエムを奏でた。



 そこは、黒塗りの高級車が突入した、トリダA館ビル。


 一時的に営業を中止して、警察が現場を保全していた。

 駆けつけた警官が、あまりの惨状に吐く。


 消火の後で、再び現場検証を始めることに。




 から帰還した小坂部慧は、トリダA館ビルの反対側にある歩道で立つ。


「あ! この辺に、新発売の人気スイーツがある!」


 そうつぶやいた慧は、スマホを仕舞って、歩き出した。


 千陣せんじん流の宗家、千陣家の長女である夕花梨ゆかり

 その護衛にして、室矢むろや重遠しげとおの式神である小坂部慧。

 彼女は、軍団としての実力を持つ。


 慧が誘拐される直前には、夕花梨とその式神たちも一緒にいた。

 そして、獲物を物色しているバンに気づき、わざと1人になったのだ。



 全ては、小坂部慧の世界で行われたこと。


 通常の物理法則は通じず、それだけで1つの独立した空間。

 何かを持ち帰ることで金持ちになれる『迷い家』とは異なり、火景たちはその命を奪われた。


 結局、彼らは最後まで、その異常さに気づかず。

 タイムスリップして、戦国時代に迷い込んだ。と思う程度。

 無聊の慰めに、死ぬまで弄ばれる事実を理解すれば、発狂したが……。


 慧の空間の中では、全てが彼女の自由。

 それでも、『カレナの劣化版』と言い換えたら、急に弱く思える不思議。

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