第335話 螺旋式の縄張を描く白鷺の戦い(前編)

 この集団のリーダーである火景ひけいは、前の運転席にいる男に怒鳴る。


「いつもの場所だ! この車は、すぐに処分しておけよ?」

「ういっす!」


 成果があったことで高揚したドライバーは、元気よく答えた。


 バンの中は、先ほどよりも明るい雰囲気だ。

 1人は、後ろの貨物スペースに移動しての直座りに。


 中央の奥に座らせた女子高生は、隣の男から首筋にナイフを突きつけられている。


「はい、大人しくしろよ~? 手が滑って、その綺麗な肌に傷がついちまうからな……」

「兄貴、こいつはどうします? 俺らも味見して、いいんすか?」


「いつもなら、速攻で殴って黙らせ、ハメる時にキメるけどなあ……。今回は、逃げ賃の支払い用だ。近くで見ても上玉だと分かるレベルだし、お前らにはもったいない。俺も我慢するから、贅沢言うな! 無事に逃げられたら、奢ってやるからよ?」


 火景の言葉に、再び歓声が上がった。

 しかし、攫われた女子高生は、不気味なまでに落ち着いている。


 それを見た火景は、いきなり車に押し込められ、こんな会話を聞かされれば、言葉を失うのも当然か。と自己完結するも――


「おい! ここ、どこだ?」


 運転席から、素っ頓狂な声が上がった。


 東京の市街地、それも中央に近い場所を走っていたはずだ。

 だが、左右には、森が続く。


 回転しているタイヤからは、凸凹した地面の感触が伝わってくる。

 不十分な整地で、今にもパンクしそうなほどの揺れだ。


 ガタガタと揺れる車内の男たちは、不安げに外を見た。


「東京、だよな?」

「知らねえぞ、こんな場所……」

「何だ? たまに、時代劇みたいな建物があるばかりで……。邦画か、歴史ドラマの撮影所か?」

「遠くのほうに……。あれは、城か?」


 前方の遠くに、大小の天守閣を持つ城。

 見覚えがあることで、日本のどこかだ、と分かった。


 砂利じゃりすら敷かれていない道の左右に広がる森林は、昼間でも薄暗い。

 枝打ちもなく、ほぼ原生林のようだ。

 車が何とか走れる荒地はまっすぐ伸びており、城が見える方向へ続く。


 走行中にズルズルと滑っていて、バンの下に撥ねた石が当たり続けている。

 盛られた土の障害物を乗り越えた後で、車体のサスペンションは悲鳴を上げた。


 ドライバーは、ぼそりとつぶやく。

 

「オフロードラリーじゃ、ねえんだぞ……」


 森林から平野部へ抜けられる寸前で、車のタイヤが嵌まり込んだ。

 必死にエンジンを吹かすも、土や小石を上に飛ばすのみ。


 すぐに下っ端が外へ出たものの、車はスタックしたまま。


「兄貴、すいやせん!」


 色々と工夫していた下っ端が、泥だらけで頭を下げた。


 そこで、火景たちも外に出て、日差しの下へ。

 女子高生は、両方の手首をそれぞれ2人に押さえられたままだ。


「変なことを考えるんじゃねえぞ?」

「もし逃げたら、先に俺たちで味見するからなあ……」


 そう言われた女子高生は、ブツブツと呟くのみ。


播磨はりまなる白鷺しらさぎ――」


 女子高生の両側にいる男たちは、気味が悪くなった。


「こいつ、大丈夫か?」

「気にすんな! もうすぐ、俺らのアジトに放り込める」


 動けなくなった車は、相変わらず、タイヤが地面を削っていた。


 その光景を眺めていた男たちは、真ん中の女子高生がいきなり両足を上げて、ぶら下がったことで、体勢を崩す。

 反射的に両足を踏ん張って、全力で上に引っ張るも、くだんの少女が右側の男の足を思いきり踏んづけた。


 少女は、握力が弱まった隙を見逃さず、パーの形にしながら、その手を振り払う。

 もう1人の男に対しては、まず自分の左手を上げた。

 次に、踏み込みながら、右手の掌底しょうていをガラ空きの脇腹に叩き込む。

 

 密着した間合いだが、重心移動や腰のひねりが上手いのか、レバーブローに近い効果を発揮した。

 痛みで悶絶した男は、少女から手を離して、思わずしゃがみ込む。



「てめえっ! 何してやがる!!」


 異常に気がついた火景が、反抗した女子高生に詰め寄るも、胸ぐらを掴もうとした片手が空を切った。

 左右を見回したが、どこにも見当たらない。


「おい、ガキを探せ! 絶対に、逃がすんじゃ――」

「姫に対して、何たる無礼か……」


 かつて、室矢むろや重遠しげとおに言っていた時とは、真逆。

 本物の姫のような、威厳に満ちた声が、辺りに響いた。


 紫苑しおん学園の制服を着ている、小坂部おさかべけいだ。


 誘拐犯たちが、その方向を見たら、先ほどの女子高生がポツンと立っている。

 場所は、城の方向にある小高い丘で、距離は500mほど。

 彼らがいる地点から、遮るものは皆無だ。


 火景は、チッと舌打ちした後で、慧のほうを見た。

 ズボンのポケットに突っ込んでいた両手を出す。


「おい、嬢ちゃん! そこ、動くんじゃねえぞ? さもねえと……」


 次の瞬間、ドゴッと音を立てて、近くにある木が千切れ飛んだ。

 裏拳を放った火景は、彼女を睨む。


 どうやら、特定の流派に所属していないか、除名された異能者のようだ。


 他の若衆も異能者のようで、彼らは生意気な女子高生に痛い目を見せようと、意気込んだ。


「兄貴。やっちまって、イイっすか?」

「……殺すなよ?」


 火景の許可を得た異能者たちは、剣呑な雰囲気を醸し出す。



 小高い丘に立つ慧は、ふところから扇子を取り出した。

 右手で握って、左手は下から骨に添えたままで水平。

 前に押し出すように、まっすぐ開いた。

 扇子の左右にある親骨は、彼女の中心を通っている。


 その様子に緊張の色はなく、気晴らしで訪れた観光地の一幕のようだ。


 武闘派の火景にしてみれば、これ以上ないほどの侮辱だ。

 スーツの懐から拳銃を取り出し、慧に向ける。

 距離500mで高低差もあるため、スナイパーライフルの必中距離だが、拳銃では――


 ギィンッ


 日本舞踊の要返かなめがえし、戻しで、ひらひらと空中を舞っていた扇子は、途中で空を切るような動きに変わった。


 苦もなく銃弾を弾いた慧だが、初めて驚いた表情に。

 紫の瞳は、発砲したばかりの火景の姿を映す。


「この距離で届かせた上に、当てるか……」


 間違いなく、異能だ。


 それに対して、火景は余裕を取り戻した。


「ハッ! 今のは、小手調べだ。次は、その扇子じゃ防げない威力で撃つぞ? そこから動くんじゃねえっ! ……おい、何やってる! 早く、あいつを捕まえてこい!!」


 その言葉で我に返った子分たちは、返事をした後に、慧へ向かって走り出した。

 彼女が逃げ出さないように、火景は両手でハンドガンを構えたまま。


 面白そうな表情の慧は、静かに告げる。



「良かろう。では、軍団との戦を許す。せいぜい、楽しませてたもれ……」



 慧の傍に、立派な甲冑を着た大男が立った。

 総大将のようで、次々に具現化していく、騎乗した武者たちへ指示を出す。

 その下にいる侍大将も、自分の部隊を統率する。

 足軽大将は軽装の足軽たちを整列させ、敵に対して左右に長く広げた鶴翼かくよくの陣が完成した。


 一番奥の本陣にいる慧は、差し出された床几しょうぎに腰を下ろして、優雅に観戦中。

 小姓らしき人物は和傘を持ち、日陰を作っている。

 腰元の恰好をした侍女は、和のお盆に並べた菓子を差し出し、また別の侍女はお茶を持つ。


 火景たちがいる方向には、地面に置かれた盾が並ぶ。

 横一列に並んだ弓兵や、戦用の槍を立てている槍兵たちも。


 その数、ゆうに700は越えている。

 この場にだけ、戦国時代の合戦が再現された。


 上級の武士にはお供がつき、見るからに豪華な造りの槍や弓を携えている。

 足軽たちは陣笠と脛当て、胴の簡易的な鎧ぐらいだが、手に手に数打ちの刀を持つ。


「相手は雑兵。そなたらには退屈なれど、私にとっての余興だ。狩りと思え」

「「「ハハッ!」」」


 慧の言葉で、本陣にいる武将たちがかしこまった。


「姫のおおせだ。戦を始めよ!」


 軍配を上げた総大将の宣言によって、弓兵の1人が変わった形状の矢をつがえ、力いっぱいに引き絞り、斜め上へ打ち放つ。


 ヒュウゥウウウウン


 甲高い音が、辺り一帯に響き渡った。

 戦の開始を示す、鏑矢かぶらやだ。


 その音が鳴りやむ頃に、弓隊が一斉に矢を放つ。

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