第334話 デブリーフィングと新たな事件の発生

 俺は、自宅のリビングで報告を受けていた。


 多羅尾たらお早姫さきは、流しているニュースを指差しながら、叔父貴おじきと側近を始末した、と端的に告げた。


 テレビを消音にした後で、話を続けさせる。


「こちらへ向かってきた高級車に、ご当主と奥方を狙っていた叔父貴が乗っていました。たまきが遠距離からスナイパーライフルのバレで狙撃して、ドライバーを殺害。コントロールを失った車は、左の商業ビルへ突入しました。中の壁に激突したから、カレナの権能で環を呼び寄せ、車内の空気に含まれる窒素を増やす魔法で、まとめて無力化。ドライバーに銃を持たせたままで、叔父貴を殺害しました。助手席から逃げた男は、ハンドガンのバレで射殺した後に、同じくドライバーの拳銃による偽装工作です。不自然ではありますが、これだけの大混乱で多少の齟齬そごがあっても、気にしないでしょう。その筋の内部抗争ですから……」


 神子戸みことたまきは、室矢むろやカレナの権能で、空間を渡って離脱。

 彼女の仕事は、そこまで。


 この時点で、環は汚れ仕事に手を染めて、室矢家の寄子よりことして過ごす覚悟を示した。


 紅茶を飲んだ早姫は、説明を続ける。


「後部座席で倒れていた幹部には、環が立ち去る直前に、魔法で気つけを実行。それによって、警察が現場へ到着する前に、彼は逃走。セーフハウスと思しきマンションまで、辿り着きました。女を配達する店のスタッフに成りすました私が室内に入って、そいつを始末。カレナの助けを借りた偽装工作の後で、同じく空間を渡って、帰還しました。逃がした理由は、時間と場所を広げて警察の捜査を攪乱かくらんすると同時に、私の手で始末する場を作るためです」


 うなずいた俺は、早姫をねぎらう。


「ご苦労だった。この働きをもって、前のベル女との会談での無礼を許す。忠誠を尽くす限り、室矢家として守ることを約束しよう」


「ありがとうございます、ご当主さま」

「感謝申し上げます」


 ソファに座っている早姫と環は、深々と頭を下げた。


 対面に座っている俺は、カレナに尋ねる。


「現場の痕跡や、目撃者の有無は?」

「問題ないのじゃ」


 物理的に痕跡を消せる義妹。

 カレナの言葉を聞いた俺は、完全な行動であることを確信した。


 次に、如月きさらぎを見る。


「私たちは、1人で1台を担当。こちらも、ディリース長鵜おさうの周辺にいたやからを全て片付けました。勝悟しょうごさまも1台を担当して、数人の戦果です。これで、『初陣を済ませた』と言えるでしょう」


「ほとんど、動けない相手の始末だったけどな……」


 その言葉で、寺峰てらみね勝悟を見る。

 陰のある顔だが、思っていたよりは元気そうだ。


「最初はけっこう引きずるから、しばらく休め」

「すまん……」


 軽く手を上げた勝悟は、自分の前にあるティーカップを空にした。

 その横に座っている早姫が、すぐに世話を焼く。


 周りで聞いている南乃みなみの詩央里しおり咲良さくらマルグリットも、真面目な顔だ。


 報告が終わったことで、勝悟たちは自宅に帰った。




 未遂とはいえ、大規模な襲撃だった。

 前の廃ラブホの調査でナメられていて、数人の高校生であることも大きいが――


「このマンションは、もうダメだ。大至急、悠月ゆづき家に連絡して、安全な住居を用意してもらえ! できれば、その周辺に俺たちの警備も! 首相との話し合いでも要求するが、彼は非能力者だから……。関係各所への連絡は、お前の判断で行ってくれ」


「承知しました。すぐにでも……」


 詩央里も、思い詰めた声音で応じた。


 しょせんは賃貸マンション、と思われたから、これだけの事件になりかけた。

 そして、将来的にカレナの予知をすり抜けない保証は、どこにもないのだ。


 オーナーや管理会社が鍵を管理していて、合法的に入れる環境では、もう暮らせない。

 今回も、用意周到に入り込まれての強襲や、小森田こもりだ衿香えりかなどを人質に取られての脅迫だったら、どう転んだやら……。


 カレナに頼りすぎると、彼女が無力化された時に、足をすくわれる。

 あまり権能を使いすぎたら、オウジェリシスのような存在が、この世界に大挙して押し寄せてくる恐れもあるようだし。


 さて、どうせ引越しをするのなら、その前に原作の主人公との話し合いだ。



『なぜ、街中で銃撃戦をしたのか? は、未だ分かっておらず――』


 ボリュームを戻した番組が不思議がる中で、俺はポツリとつぶやく。


「そりゃ、『室矢家の女子高生たちをヤク漬けの奴隷にして、俺の人脈で手つかずの美少女や美女を好きにしたうえで、四大流派の武力も欲しかった』とは、口が裂けても言えんわな……。プロがここまで人を動かした挙句に、この結果だし。元々、仲が良い連中とは思えん。内部抗争とされたほうが、まだ面目が立つか」



 カレナの予知では、しばらくはその筋から距離を取られるらしいが。

 油断は禁物だ。


 俺は、詩央里のほうを見て、話しかける。


「こういった団体も、大変だな? 内部の権力争いが多いようで……」


 肩をすくめた詩央里は、首肯した。


「そうですね、若さま」



 室矢家は、この件に何も関係ない。

 あとは、警察が詰めてくれる。


 千陣せんじん流の強みは、いつ、どこで襲われるのか不明。という恐怖だ。

 ゆえに、表に出ることはない。



 ◇ ◇ ◇



「くそっ! 納得できないっすよ、兄貴!!」


 手下から叫ばれた兄貴分、火景ひけいは、苦い顔になった。


「分かってる! このまんまじゃ、俺たちはお仕舞いだ……」


 警察が大々的に動いており、今の組織には先がない。

 しかも、室矢家は、千陣流の上位家。

 団体同士の力関係もあるので、一概には言えないが、直参じきさんの親父へ喧嘩を売ったに等しい。


「ウチの叔父貴と補佐は、本当に何やってんだよ……」


 火景のチームは、今回の襲撃を知らなかった。

 気がついたら、この有様だ。


 表向きは内部抗争による銃撃戦だが、実態は上の組織にも伝わっている。

 安易に泣きつけば、自分の尻ぐらい自分で拭け、と半殺しの後で自首させられるか、焦げ付いた不良債権の回収や鉄砲玉で使い捨て。


 大きな事件として、警察も荒事に慣れている構成員を追跡中。

 自宅や拠点に行けず、ATMで大金を引き出すことも、命取りだ。

 金をせびっている取引先にも、顔を出せない。


 表と裏のどちらも、ケジメをつけるために大騒ぎだ。

 一刻も早く、日本から脱出しなければならない。

 幸いにも、逃がし屋を知っているため、どうやって支払いをするのか? が問題だ。


 どうせ海外に逃亡するのなら、既存の枠に縛られる必要もない。

 料金と同じ価値があるを渡せば、それで済むのだ。


「しかし、都合よく――」

「兄貴、兄貴! 良さそうな女がいますぜ!」


 車内にいた1人が騒いだので、火景はそちらを見た。


 ハイレベルの女子高生2人が、大勢の女子中学生に囲まれている。

 どうやら、彼女たちは親しいようで、楽しげに会話。


「ほー! なかなか、いいじゃねえか!?」


 火景の絶賛に、子分たちが沸き立つ。


「あれ、紫苑しおん学園の制服っすよね?」

「俺、左の女で!」

「右の女はお高く留まっていて、ぶっ壊したくなるねえ!」

「兄貴、やりますか?」


 最後の問いかけに、火景は考え込んだ。


「1人になった奴がいたら、すぐに掻っ攫え! そうすりゃ、他の奴らの連絡先も手に入る。ヤバそうなら、そいつだけで交渉してみるさ」


 バン1台では、どうせ数人も誘拐できない。

 それに、いきなり大勢が行方不明になったら、すぐに警察が動く。


 火景の指示に、子分たちがうなずいた。



 その後、1人の女子高生が、別の道を歩き出した。


 とあるバンの横を通り過ぎる時に、ガラッと側面のドアが開き、中から多くの手が伸びてきて、抵抗する間もなく吸い込まれる。


 側面ドアが閉じられるのと並行して、バンは路肩から車道に戻り、急いで自分たちのアジトへ向かう。

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