第333話 巣から10m以内に近づこうとした結果ー④

 フローリングに倒れ伏した備旗びはたは、驚愕した。


「くそっ! 防弾チョッキが、全く役に立ってねえ……」


 妖銃になった二十八年式拳銃は、建物の壁を抜けるほどの力を手に入れた。

 必要に応じて弾の威力が変わるため、個人用とはいえ、最新の防弾チョッキも御覧の通りだ。


 もう、貧弱な坊やとは、呼ばせない!



「右腕の袖の中に、スリーブガンを仕込んでいたのか!?」


 備旗から多羅尾たらお早姫さきの正面は見えなかったが、間違いなく両手を上げたままだった。

 それなのに、一瞬で右手にリボルバーが現れたのだ。


 スリーブガンとは、腕の内側にバネ付きのレールをつけて、腕や手首の動きで小型の拳銃を出させる仕組みだ。


 有名なスパイ組織が考案して、実際に作られた。

 映像作品では、より強調するため、本来なら袖の中に収まらないサイズの拳銃が出てくるパターンも多い。


 だが、早姫の二十八年式拳銃は、手の平に隠し持てるサイズの2倍はある。



 コォンッ ゴンゴンゴン


 早姫は、リボルバーを前に折った。

 空薬莢からやっきょうがまとめて飛び出し、フローリングに傷をつける。

 その間に、左手で新しい銃弾をつまみ、あっという間に装填して、銃身を戻した。


 真剣な顔つきの早姫は、慣れた様子でリボルバーを両手持ち。

 倒れたままの備旗へ近づきながらも、その頭に狙いを定めたまま。


 急いで銃口を向けようとした備旗は、排莢の失敗で次弾が装填されないジャムに気づき、必死に直す。


 スライドの後退が不足していることでの現象だが、発生する確率は0.5%。

 銃の状態が悪かったのか、弾丸に原因があったのか……。


 粗悪品の弾には、火薬の量が少ない、といった問題も。

 銃のクリーニングを怠っていたか、部品が摩耗していたのだったら、自業自得だ。


 床に這いつくばっている備旗は、役立たずの拳銃を弄りながら、必死に強がる。


「て……。てめえ、こんなことしやが――」

「次からは、リボルバーにしなさい」


 パンパンパンッ


 無表情の早姫は、霊力を込めた足で備旗の片腕を踏みつけて、万が一の反撃を防ぎながらも、あっさりと撃った。


 頭蓋骨が砕ける音に、中身が飛び散り、垂れていく音。


 早姫は油断なく銃口を向けたまま、靴下の足で、備旗の緩んだ手から拳銃を遠ざけた。

 指で脈をとり、死亡を確認。


 パンパンッ


 念のために、胴体へ二発。



「よくやったのじゃ……。ほら、こやつと銃で、仕上げをしておけ」


 いきなり現れた室矢むろやカレナは、その近くに出現した死体と拳銃を指差した。


 うなずいた早姫は白い手袋を嵌めて、靴を履いた。

 死体に拳銃を握らせた後で、上から手を被せて、倒れている備旗の頭部から胴体までに全弾を撃ち尽す。

 同様に、備旗の死体でも、同じように倒れた男を撃つ。




 室内で20発は撃ち続けたことから、5分後には通報を受けた機動捜査隊が駆けつけた。

 しかし、玄関ドアは施錠されたまま。


 ドアをこじ開ける時には、海外と日本で大きく違う。

 なぜなら、海外は内開きで、日本は外開きになっているからだ。

 専用ハンマーによる殴打は、内開きの扉にだけ有効。


 紛争が多いシベリア共同体では豪快に蹴り破って、USFAユーエスエフエーは爆破したがる。


 道具に凝るUSユーエスは、専用のドアブリーチングを開発しては一喜一憂。

 小銃に取りつけて発射する、細長いグレネードまで。

 その時には、部屋の内部まで吹っ飛び、めでたくお蔵入り。


 シベきょうがドアを蹴破った数だけ、USもまた爆破しているのだ。


 いっぽう、日本は――

 


 ピンポーン


「警察です! 近隣で、銃撃事件が発生しました。ご協力をお願いします!」


 私服の刑事がインターホンで話すも、やはり反応はない。


 もう1人は、銃口を上にして、腕を折り畳んだ状態での両手持ち。

 どちらも、防弾ベストを着用。


 マンションの壁際には、かろうじて上半身の胴体が隠れるか? という四角い形状のバリスティック・シールドが2つ、置いてある。

 これは、後ろに把持はじのためのキャリングハンドル付き。

 軽くて取り回しに優れており、拳銃弾ぐらいなら有効だ。


 先頭のポイントマンは、このシールドで上半身を守りつつ、もう片方の手にある拳銃で撃つ。

 結果的に、古代の戦士と同じスタイルへ戻っている。


 異能者が普通にいる世界では、貫通力の高い拳銃が人気だ。

 ゆえに気休めであるが、これぐらいの装備がなければ、警官もやっていられない。


 ライフル弾も止められるシールドは重く、携帯するには不向きだ。

 また、予算の関係上、全ての捜査員に支給できない。


 常に持ち運び、とっさに使える点で、そこそこのバリスティック・シールドが愛用されている。



 室内からの返事はない。


 インターホンに向かっていた刑事は、無線でエンジンカッターを要請。

 同時に、ベランダからの逃走を警戒して、相棒を向かわせる。



 ――10分後


 応援のパトカーが到着して、他の部屋の確認が行われると同時に、敷地外への誘導を始めた。

 

 エンジンカッターが唸りを上げ、玄関ドアを切り裂く。


 その横では、特殊事件を担当している警官隊が緊張しながら、拳銃を構える。

 人質、テロ事件の可能性あり。と見なし、応援でやってきた。


 濃紺のアサルトスーツに、顔を隠すバラクラバ、防弾バイザーがついているヘルメット。

 その上から “POLICE” の白文字がある、防弾ベストを着用。 


 主な武装はセミオートマチックだが、海外メーカーの高級品。

 暗闇でも素早く照準をつけるために、射手が見る方向に光る点が3つある、自然発光のトリチウムサイトを採用。


 緑などの目立つ色だが、反対側の敵からは視認しにくい。

 標準のアイアンサイトからの交換で、ほぼ同じ形状。

 そのため、ホルスターへの出し入れや、取り回しに影響しない長所もある。


 トリガーガードの前、銃身の下には、灯りと相手の視界を潰すのを兼ねたフラッシュライトを取り付けている。


 信頼性の高いサブマシンガンも見られるが、これは連射機能のない単発式。

 催涙ガス、ゴム、閃光弾を発射できる、多目的ランチャーまで。


 屋上には、すでにラぺリング降下の準備を終えた突入班が待機中。

 同じアサルトスーツを着ている、特殊部隊だ。


 こちらは、身体に取りつけた金具を通して、ロープ1本で静かに降りていき、この物件のベランダの窓を蹴り割るか、撃ち壊して突入する段取りだ。




 チュイイイン


「終わりました!」


 顔を保護するフェイスシールド付きのヘルメットを被った警官が叫び、停止させたエンジンカッターごと、脇へ避けた。


 これだけ騒音を立てているのだから、中に聞かれる心配は無用だ。

 今は、時間との勝負。


 別の警官が手をかけて、玄関ドアを一気に外へ開く。

 安全ピンを抜かれたフラッシュバンが投げ込まれ、ボンッと音や光がした直後に、完全武装の警官隊が突入した。

 ほぼ同時に、ベランダ側でも、ガラスが割れる音。


 玄関からエントリーした、突入班。

 その先頭の警官は、全身を覆うほどの分厚い盾を持っている。

 両手で支えており、2人目がシールドの外側から銃口を突き出す。

 

「警察だ!」

「動くな!」


 ドカドカと踏み荒らすも、室内には倒れている人間が2人のみ。

 落ちている拳銃を足で蹴り飛ばして、後続が容疑者を後ろ手に拘束した。

 同時に、ボディチェック。


 今の時点では、市民と犯人の区別がつかず、全員を無力化しなければならない。


「異常なし!」

「異常なし!」

「人が隠れられる戸棚は、全部開けろ! 天井や床、壁にも注意しろ!」



 生死をかけた数分間が終わり、ベランダの下にいる警官たちと視線を交わした突入班は、ようやく安全装置を有効にして、銃口を下ろした。


 心肺停止で倒れている2人は、到着した救急車によって搬送。


 突入班が装備を片付ける一方で、刑事たちは周辺の聞き込みと、監視カメラの映像の確保へ向かった。

 駆けつけた制服警官は、そのまま現場の保全だ。


 現場に群がってきた人々はスマホを向けるものの、マンションの敷地と道路の境目にある門扉はすでに閉じられている。

 内側に制服警官がいるため、乗り越えようとする者はいない。



 室内で倒れていた2人を除いて、何の痕跡もなく、周辺の監視カメラにも不審者が映っていない。

 警察は、広域団体の内部抗争と判断した。


 近隣住民からは、女子高生がそのマンションを訪れた、との証言もあった。

 けれども、最寄り駅、信号機などの監視カメラに映っておらず、ただの勘違い、で片付けられることに……。



 テレビ局の放送中継車も到着して、すぐにカメラマン、アナウンサーが現場の画を放送する。


「渋谷区のマンションでは、警視庁の特殊部隊が突入したようです。現在は、銃撃の音が止んでおり、どうやら解決した模様! 調布ちょうふで発生した、住宅地の銃撃戦との関連性が、気になります」


 時刻は、もう夜。


 現場の上空には、いくつかの民間ヘリが飛んでいる。

 警察によるライトも合わさって、異様な雰囲気だ。



 野次馬の中には、若者たちがいた。

 場所柄、ギャル系、オラオラ系も、集団でいる。


「へー。もう終わったんか。つまらねーな!」

「どうも、あそこの幹部がドジったらしいよ?」

「マジで? だらしねえの!」


 イベント系、クラブの常連であれば、組織の構成員ではないものの、支配人と顔見知りで、仲介人の役割になっている人間も。


 本職が手を出さない領域でも、恐れ知らずの彼らは、あっさりと動く。


蓮司れんじさん。ちょっと面白い話を聞いたんすけど……」


 1人の男が、貫禄のあるリーダー格、赤岩あかいわ蓮司に耳打ちする。


「調布のほうの銃撃戦。どうも、ディリース長鵜おさうにいる室矢むろやってとこに、カチコミかける気だったらしいんすよ。で、そこから逃げてきた幹部が、ここで始末されたらしくて……」


 一見すると人当たりの良い優男だが、凄みのある蓮司は、眉をひそめた。


「室矢? 誰だ、それ? 聞いたことねーな……」


「何か、イイ女が多いらしいっすよ? 幹部がそいつの自宅へ押し入って、そのまま子分にするつもりだったとか……。んで、調布に、あれだけ兵隊を集めたと……」


 首を振った蓮司は、言い捨てる。


「素人相手に、20人がハジキまで持ったのか? ……美人が多いって、どんな連中だ?」


 すると、蓮司に張り付いている女たちが騒ぐ。


「えー! 私たちがいるじゃん!?」

「どうせ、ブスだって!」


 それに辟易したのか、蓮司は情報を提供してきた男に言う。


「どっちみち、調布は俺たちの縄張りじゃない。手を出すなよ?」


 うすっ! と返事をした男を見て、蓮司はすぐに現場を立ち去った。

 顔役だけに、色々な調整や立ち合いで忙しいからだ。


 取り巻きの男女も、一緒に動く。



 情報を提供した男も続こうとしたが、背後から肩を掴まれる。


「おい! その話、もっと詳しく聞かせろや!」


 声がしたほうへ振り向いたら、気性が荒いことで有名な折竹おりたけ功男いさおがいた。


「えっと、蓮司さんは『手を出すな』って――」

「はあっ!? お前、俺の言うことを聞けないのか?」


 慌てた男は、すぐに功男の機嫌を取る。


「いやいや! んなこと、ねえっす! でも、話すだけですよ? 俺、蓮司さんに叱られたくないんで……」


 男が従順になったことで、功男は獰猛どうもうな笑顔を見せた。


「わーってる! あとは、俺らのチームが勝手に動くからよ! 今日は奢ってやるから、知っていることを全部吐け」


 功男は見た目に反して、飴と鞭の使い分けが上手いようで、その男が行けないランクの店へと連れて行く。


 途中で逃げないように、肩に手を回しながら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る