第332話 巣から10m以内に近づこうとした結果ー③

 幹部の備旗びはたが個人的に用意していたセーフハウスは、パッとしないマンションだ。


 渋谷区の高台にある住宅街で、学校のような門扉を備えている敷地。

 雁行がんこうの形状になっており、レトロモダンの外観。

 

 広い屋上もある、6階建て。

 戸数10。

 3LDKで、別のスペースも備えている。


 どこかの企業ビルを思わせる風格だが、実際には居住用。

 事務所の利用は、認められていない。


 駐輪場、駐車場は屋内になっているが、かなり狭苦しい。

 エレベーターも古臭く、内階段も学校のようなカラーリングと造りだ。


 れっきとした億ションであるものの、全体的に団地を思わせる雰囲気。


 設計が古いことから、オートロックはなし。

 だが、それがいい。

 監視カメラなどのセキュリティーが少なく、自分が出入りしても目立たないのだ。


 備旗が過去に扱った、借金の取り立て。

 その時にオーナーから奪い、ちゃんとした経歴のホームレス名義で所有している。

 自分一人で片付けたのは、こういった事態のためだ。


「書類からは、バレない。逃走に使ったバイクも途中で捨てて、その時に服装も変えた……」


 疑心暗鬼になっている備旗は、これが罠であるのか? を検証していく。



 彼が右手で握っているセミオートマチックは、真正銃。

 船や国際郵便による密輸だが、正規メーカーの部品で組み上げられている。


 この業界は劣悪な部品でやり繰りするため、確実に発砲できるリボルバーが好まれているのだが、彼らはセミオートが主流のようだ。

 

 幹部が古びた銃では格好がつかないためか、USFAユーエスエフエーの大手メーカーのもの。

 大陸やシベリア共同体から入手する経路とは別で、明らかに金と手間がかかっている。



 備旗は左手で、防刃にも役立つ防弾チョッキを掴んだ。

 大急ぎで、壁のインターホンに向かう。


 インターホンの画面には、少女が1人。

 全体的に青が入っている黒髪のロングで、宝石のようだ。


 明るめの青い瞳が、モニター越しに自分を見ている。


 私立の女子校の制服だ。

 目立たないように、その上からアウターを羽織っている。

 パッと見ただけで分かるほどの美少女。

 日本人離れした容姿から、外国人か、ハーフだと思われる。

 タオルが入るバッグを肩掛けで、一見すると部活帰りだ。


 見える範囲には、誰も隠れていない。

 ワイドレンズだから、通常よりも視界は広い。

 警察の捜査にしても、この若さと美貌はないだろう。

 とはいえ、居留守を使うべきか……。


 そう思った備旗に対して、玄関の前に立っている少女は、自分のスマホを取り出した。


『おかしいな? ここだと、思ったんだけど……。に確認しよう――』

「すぐに出る。少し、待て!」


 その手の人間だ、と察した備旗は、思わずインターホンに話しかけていた。


 小さな画面の荒い画像ですら分かる、モデル並みの美貌。

 どう見ても中高の学生、と考えた備旗は、追い詰められていたこともあって、その少女が欲しくなったのだ。

 ほとぼりが冷めるまで、この部屋に引き籠もるのだったら、暇潰しが欲しいところ。


 念のために防弾チョッキを身に着けて、後ろ手に拳銃を持ちながら、玄関ドアを開けた。


 外の光と風が入ってきて、同時に少女の甘い体臭も鼻孔をくすぐる。

 本物だと判断した備旗は、あごをしゃくって、家に招いた。

 まだ拳銃を見られたくないので、壁を背にする。


 不愛想だが、この手の利用客は近所に知られたくないことが多く、不自然な態度ではない。

 現に、この少女もニコニコしたままで、玄関ドアを閉められたら、すぐに挨拶を行う。


「ミカです。よろしくお願いします! こちら、メニュー表です。60分で良かったでしょうか?」


 明るい美少女は、靴を脱ぎ、パタパタと靴下で歩いていく。



「あ、到着です! えっと、60分でいただきました」


 ガチャッと2つの鍵を閉めた備旗は、少女がスマホに話している声を聞きながら、早いところ素直にさせるか、と思った。


 この近辺なら、ウチの管轄のはずだ。

 できれば、こいつの送迎役が異常に気づく前に、服従させたい。


 マンションの奥へ向かう少女の背中に、隠していた銃口を向けつつ、ガラリと雰囲気を変えた備旗が迫っていく。


 何も知らない少女は、ゴソゴソと、部活にも使えそうなバッグの中を漁っている。

 その作業をしながら、備旗に告げる。


「じゃ、先に支払いをお願いします。確認できたら、スタートする――」

「動くな! そのバッグを下に落とせ!」


 いきなり怒鳴られたことで、ビクッとした少女は、肩掛けのバッグを落とした。

 恐る恐る、上半身だけ振り向き、自分に銃口が向けられていることに驚く。


「あの、お客さん? そういうプレイは、困るんですけど……」


 何とか最後まで言い切った少女だが、最後は聞こえないぐらいの声量。


 備旗は脅しのためにトリガーを引こうとしたが、発砲音で通報されるリスクに気づき、人差し指を戻した。

 その代わりに、言葉で追い詰めていく。


「モデルガンじゃねえぞ? エアガンでもない。お前一人ぐらい、簡単に弾けるからな?」


 右手にある拳銃の上に左手を添え、スライドを後退させる。

 その動作で薬室やくしつにある実弾が撥ねて、フローリングに落ちた。


 ゴンッという音に、ゴロゴロと転がる音。


 室内の灯りでも、冷たい金属による反射で、本物に特有のプレッシャーを与える。


 シャキッと戻された、拳銃のスライド。

 次の弾を装填したセミオートマチックの銃口は、再び少女に向けられた。



 少女は、これは本物だ、と気づいたのか、捻っていた上半身を戻した。

 そのまま、沈黙する。


 主導権を握った備旗は、次の命令を下す。


「両手を上げろ!」


 制服の少女は、ゆっくりと両手を上げた。

 両肘を動かさずに、手の平だけ相手に見せるポーズだ。


 備旗からは、少女の背中と両手の甲が見える。


「さっきのスマホは、どこにやった? ポケットの中か?」

「う、上着のポケットです……」


 その返答を聞いた備旗は、外部へ連絡させないために、命令する。


「そのアウターを脱いで、床に捨てろ! 絶対に、スマホを取り出すんじゃねえぞ? ……ゆっくりとだ!!」


 急いで脱ごうとした少女に対して、備旗は怒鳴った。


 言われた通りにアウターを床に落としたら、すぐ届かないように足で蹴らせる。

 嘘をついていた場合に備えて、バッグも同様に。


「おい! さっきから、その右手に持っているのは何だ?」

「タ、タイマーです」


 上げたままの右手でキッチンタイマーを見せた少女に対して、備旗が命令する。


「それも捨てろ! 終わったら――」

 パンッ


 乾いた破裂音と共に、備旗の脇腹が熱くなった。

 カンッと、軽い物体がフローリングに落ちる音も響く。


 まだ背中を向けている少女の左脇に、銃口があった。

 で握っているリボルバーを後ろへ突き出し、相手を見ずに撃ったのだ。


 銃口から煙が立ち上り、火薬の臭いが急激に広がっていく。


「な!? さっきは、確かに……。くっ!」


 先ほどは、キッチンタイマーだった。

 いくら何でも、リボルバーとは見間違えない。


 反撃しなければ、と思い至り、激痛に耐えながら、備旗がセミオートマチックの銃口を向け――


 その場でくるりと振り向いた少女は、今度は両手持ちにして、四発を胴体に集弾させた。


 備旗は、為す術もなく、銃弾を食らう。

 その衝撃でトリガーにかかっていた指が動き、そちらの銃弾は無関係な壁をえぐった。


「どこから……」


 銃を出しやがった? と続けられないままで、備旗はひざまずき、前へ倒れた。


 視線が低くなったことで、投げ捨てられたキッチンタイマーを見つける。



 少女は、それまでの怯えていた演技をなくして、本来の冷ややかな態度に戻った。

 室矢むろや家の寄子よりこになった、多羅尾たらお早姫さきだ。


 彼女は、二十八年式拳銃のを式神にしている。

 妖刀と同じく、霊体化で自由に出し入れ可能。


 口径は9mmで、装弾数6発。

 火薬を抑えていることから、低反動。

 トリガーを引くことでハンマーが起き上がる、ダブルアクションのみ。

 その関係で、ハンマーは指を当てる部分がない形状だ。


 旧日本帝国軍では、弾丸の威力よりも、片手で撃ちやすく、一瞬で排莢はいきょうと装填をできる、中折なかおれ式のリボルバーを求めていた。


 軍の工廠こうしょうは、海外の銃器メーカーの人気モデルをコピーしながら、日本初の国産リボルバーを完成。

 最初は自分たちで考えていたが、約5年も試行錯誤する羽目になってしまい、泣く泣く妥協したそうな……。


 馬上で戦う騎兵のために作られ、リボルバーの確実な動作が好まれた。

 陸軍だけではなく、海軍にも流通。


 シリンダーストップがついておらず、ホルスターやポケットの中でズレる恐れもある。

 ちなみに、工廠は、“頑張った結果がそれだから、もう勘弁してね?” と記録に残しているとか、いないとか。


 日本帝国軍では、将校の装備は自分で調達する必要があった。

 支度金をもらった士官は、どの拳銃にしようか? と思いを巡らせたのだ。

 そして、海外からの輸入品に頼っている現状を危惧した上層部が、急ピッチで開発。


 国産のセミオートマチックが次々に登場する一方で、二十八年式拳銃も変わらずに存在した。


 だが、低威力、低威力と言われ続けた挙句に、他のリボルバーにも虚仮こけにされた結果、残った一部が妖銃に。

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