第331話 巣から10m以内に近づこうとした結果ー②

 黒い高級車は1つの弾丸と化して、パリピが好みそうな商業ビルへ突っ込んでいく。

 歩道にいた人間は、誰もかれず。


 一部の若者は『いいね!』を稼ぐために、戦場カメラマンのごとく、自分のスマホに内蔵されたカメラを向けている。



 エンジンの回転数は上がる一方で、合戦のほら貝のように響き渡る。

 遠き者は轟音を聞くも、逃げるべき場所が分からず、踊っているような行動に。

 まるで、クラブだ。


 一騎駆けする鋼鉄の馬は、恐れ知らずのスピードのままで、新たな世界へ。


 そして、追いつけない。

 お前の後ろ姿。



 フリースタイルであっても、流石にやり過ぎだ。


 周囲にオーディエンスがいないので、その指摘をする者はいない。



 ガシャァンッ


 陽キャの巣窟と思しきビルの正面は、ガラス張り。

 映画のように派手な音と共に、黒塗りの高級車は突き進む。


 多くの物を巻き込んだ後で壁にぶつかって、車体の前方が大きく潰れた。


 そのブティックにいた客と店員が、逃げていく。

 日本のサービスでも、この状況で、いらっしゃいませ! は言わないようだ。



 シートベルトをしていない後部座席の2人は、無防備なままで、前の座席のシートに身体を打ち付けた。


 ブ――――――!


 鳴り続けるクラクションに、搭乗者たちは正気を取り戻した。


 助手席の男は横に身を乗り出し、間抜けなドライバーを怒鳴ろうとする。


「おい! てめえ、どこ見て……。し、死んでる?」


 前のめりに倒れているドライバーの胸ぐらを掴み、持ち上げたら、ダランと垂れたままの頭。

 こちらを向かせたら、額に小さな穴が開いている。


 クラクションから運転手の身体が離れたことで、ようやく静かに。

 しかし、まだ踏みっぱなしのアクセルペダルによって、ブオオッ! というエンジン音は続く。

 黒い高級車は、長年の想い人に会ったかのように、情熱的な壁ドンを止めない。


 ハッとしてフロントガラスを見たら、衝突でひびだらけの中で、額と同じぐらいの小さな穴を見つけた。


 狙撃された、と理解した助手席の男は、すぐにドライバーから手を離す。

 シートベルトを着用していることで、そいつは人形のように頭を下げながら、元の位置へ収まった。


「兄貴! 逃走経路の確保と、増援を呼んできやす!!」

「おう、急げ!」


 助手席の男は、後部座席にいる備旗びはたに声をかけた後で、何とかドアを開け、走っていく。


 それを見送った備旗は、自分の隣にいる中年男に視線を戻す。


叔父貴おじき、叔父貴! 立てますか?」


「う、ううっ……」


 車のナンバーから、身元は必ず割れる。

 今は街中に監視カメラがあるため、とぼけることはできないのだ。

 しかし、ここで捕まってしまったら、お抱えの弁護士を呼ぶ時間がなく、余罪まで追及されてしまう。


 どうするにせよ、早く事務所まで帰る必要がある。


 そう判断した備旗は、歪んだドアを内側から蹴りまくって、強引に後部座席からの脱出を図った。

 パリンパリンと、車のガラスや、天井からの落下物が降り注ぐ中で、中年男の片腕を自分の首に回して――


「ガッ!?」


 いきなり呼吸ができなくなったことで、備旗は気を失った。



 ◇ ◇ ◇



 ディリース長鵜おさうの周辺で待っている若衆は、予定の時間になっても高級車が到着しないことで、イラついていた。


 待機している車の中で、一番偉そうな30代の男が、愚痴を言う。


「いつになったら、来るんだよ? こっちは今日に備えて、さんざん溜めてきたっつーのに」


 コンコン


 他の人間の迷惑をかえりみずに、後部座席で足を組んでいる兄貴分は、車の傍に買い出しに行かせていた若手の姿を見た。

 あごで指し示したら、一番近い若手が側面のドアを開ける。


「おせーよ! とっとと……おい、それは何の冗談だ? ハジキで遊ぶんじゃ――」

 パンッ


 怒鳴った兄貴分に対して、買い出しに行かされていた男が発砲した。


 まさか、本当に撃つとは思っていなかった面々は、呆気に取られる。

 けれども、力なく倒れたリーダーの身体を見て、すぐに動き出す。


「てめええええ!」

「ふざけんじゃえねえぞ!」


 全員が隠していた拳銃を取り出し、急いで裏切り者を片付けようと動く。


 いっぽう、撃ったばかりの若手は、車のすぐ横に立ち、両手でセミオートマチックを構えたままで、首を横に振るのみ。


 その表情は、兄貴分へ逆襲した直後とは思えない、泣き顔だ。


「違う! か、身体が勝手に――」

 パンパンパンッ


 車内からの銃撃を受けて、その若手はあっさりと蜂の巣になった。

 着弾の度に身体が動き、しばらく踊った後で、人形のようにドサッと倒れる。


 そこで、車内に残った若衆が、騒ぎ出す。


「おい、どうすんだよ?」

「すぐに移動しないと、流石にマズいぜ……」

「とにかく、外にいるバカを回収しないと」


 兄貴分が撃ち殺された後で、周囲に響き渡る銃撃戦。

 近所の住民が通報しただろうし、下手をすれば、警ら中のパトカーに気づかれた。


 上からの命令は、『室矢むろや重遠しげとおの自宅への突入まで待機』だが、少なくとも位置を変える必要がある。


「よし。俺が、外から押し込む――」

 パンッ


 一番外側にいる若手が、地面に横たわった死体を抱きあげるべく、車外に出た。


 両手をフリーにするために、拳銃をホルスターへ戻そう。と彼の右手がスッと動き、車内の男をいきなり撃ち抜いた。

 その片腕と指には、見えないほどのが巻き付いている。


「は?」

「おん?」

「……え?」


 あまりに脈絡がない行動に、車内にいる男たちは思考停止。


 まるで同じ動画をリピートするように、不毛な銃撃戦が続く。




こうを殲滅!』


 最後に撃たれた若手から、マリオネットのような細い糸を消しつつ、ギャルの恰好をした睦月むつきが、夕花梨ゆかりシリーズの通信で報告した。


おつを殲滅』

へいを殲滅』

ていは逃走。追撃に移る』

は、車両ごと炎上中! 霊体のままで、待機する』


『丁は、走行中にタイヤを切った。敵5名は、自分の足で走っている』

『全員の首を切断しなさい。見られても、構いません』



 ◇ ◇ ◇



「うっ?」


 目覚めた備旗は、逃げ出す必要があることを思い出した。

 商業ビル1階の壁にめり込んだ車の後部座席で、すぐに自分の上司を探す。


「叔父貴! ……くっそ!」


 後部座席に倒れ込んでいる中年男は、すでに事切れていた。

 となれば、長居は無用だ。


 離れた場所の床で、助手席にいた男がうつ伏せに倒れている。

 伸ばした手からスマホが零れ落ちていて、背広のジャケットにも被弾したと思われる血だまりがあったことで、見捨てた。



 備旗はすぐに車外へ出て、路地裏を目指して走る。


 いったん監視カメラの視界を切ったうえで、ポケットの中身を空にした高級スーツの上着を脱ぎ、惜しげもなく捨てた。


 ブティックから逃げる際に拝借した数枚のうち、監視カメラに映っていなかった下のアウターを羽織る。

 値札を引きちぎり、その場に捨てた。

 髪型も崩し、伊達メガネをかけて、全体の印象を変える。


 携帯していたツールで、路駐のバイクを借りた。

 ヘルメットを被って、自分の顔を隠す。


 車道に合流して、セーフハウスへ向かう。




 セーフハウスに辿り着いた備旗は、暗証番号を打ち込み、デジタルロックを解錠。

 内側から鍵を閉めた時点で、ようやく落ち着いた。


 普段の余裕が失われた備旗は、必死に打開策を考える。


「くそっ……。とにかく、言い訳を考えねえと……。他の奴らに責任を押しつけて、何とか……」

 ピッ


 何気なくテレビをつけたら、緊急ニュースが流れている。


『ディリース長鵜の周辺で、広域団体の構成員と思われる20名ほどの銃撃戦がありました。トリダA館ビルへの車の突入も、それらに関連した事件と見て、調査中です。現在、警視庁は銃器対策課も動員したうえで、周辺に検問を敷くと同時に、銃の不法所持などの疑いで令状を取り、くだんの広域団体の事務所へ立ち入りを――』


 そこには、自分の所属している広域団体の事務所を取り囲む警官隊と、数人の刑事に対応する下っ端の姿が、映し出されていた。


 炎上する車両、車を捨てて走り出す構成員、さらに覚えのある高級車の惨状と、次々に切り替わる。


「おい……。冗談じゃねえぞ……」


 ガックリと項垂うなだれた備旗は、思わずベッドの端に座り込む。


 ピンポーン


 いきなりの来客に、備旗は鋭い目つきになった。

 セミオートマチックを握り、安全装置を外した後で、シャコッと初弾を装填する。

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