第十章 百花繚乱を侍らせる悪役の日常

第330話 巣から10m以内に近づこうとした結果ー①

 室矢むろや家の新たな寄子よりこを歓迎するパーティーの、数日後。


 昔ながらの門構えの前に停まっている、黒塗りの高級車。

 その傍には、スーツ姿の男たちが立っている。


 彼らは、立派な和装の中年男を見た瞬間に、膝まで曲げるお辞儀をしながら、大声を出した。


「「「お疲れ様です!」」」


 中年男が近づいたところで、若手が後部座席のドアを開ける。


「どうぞ……」


 無言で後部座席に乗り込んだ中年男は、バムッと扉を閉められたのを気にせず、スッと煙草たばこを取り出した。

 反対側から隣に座った男が、すかさず火を差し出す。


 運転席と助手席にも、それぞれ若い男が乗り込み、ドアを閉めた。

 車は、すぐに発進。


 紫煙によって曇る車内で、中年男が訊ねる。


「フーッ……。備旗びはた! それで、手筈はどうなっている?」


 中年男の隣に座っている備旗が、間髪を入れずに返答する。


「ディリース長鵜おさうの周辺に、ハジキを持たせた兵隊を配置しています。叔父貴おじきがオートロックを抜けた後に、そいつらも中に入れる段取りです。しょせんは高校生の小集団だから、自宅にまで入ってしまえば、何とでもなります」


 首肯した中年男は、渡された書類に目を通す。


「ずいぶんと、美しい娘が多いのだな? 千陣せんじん家の元嫡男だけあって、よっぽどの伝手があるようだ……。ほー。真牙しんが流と、桜技おうぎ流にも?」


「はい。その重遠しげとおという小僧こぞうは、かなり手広く営業しているようで……。上手く押さえれば、日本を代表する四大流派の大半に手を伸ばせますよ。真牙流の魔法師マギクスと桜技流の演舞巫女えんぶみこはどちらも美人揃いだから、下の連中も楽しみにしています。小僧を言いなりにさせたら、どんどん呼ばせる予定です!」


 低く笑った中年男は、懐かしそうに話す。


「昔のように女子中高生の手配をしていれば、大儲けだな? まあ、VIP相手の高級娼婦でも、十分に役立つだろう。ウチが学生の切り盛りをしていた頃は、私もまだ新人だったな……。それをやっていたラブホ跡で、その小僧がバタバタしていたのか?」


「はい、叔父貴。その時には、田附たつき安藤あんどう蜥蜴とかげの尻尾切りで室矢家に差し出したところ、たったの200万円で許したそうで……。まあ、奴らは千陣家へ行かせた後で、行方不明になりましたが」


 それを聞いた中年男は、愉快そうに笑った。


「ハッハッハッ! 室矢家の看板は、安いな? 1本にすら、届かんとは! ウチだと、せいぜい名刺代だぞ? 今日の訪問でも、財布の中にある現金で買えそうだ! この女たちも、さながら1回100円か?」


「でしょうね。ハハハ」


 お愛想で、備旗も一緒に笑う。


 ひとしきり笑った後で、中年男が真剣な表情になった。


「何としてでも、今日で決めるぞ? 千陣流の上がどうこう言ってくる前に、この室矢重遠と、取り巻きの女たちを屈服させる。……分かってんだろうなァ!?」


 最後に、ドスの効いた声。

 それを受けて、隣の備旗も、気合いを入れた声で応じる。


「うっす! 分かってます、叔父貴!! あいつらが絶対に逆らえないよう、今日だけで全員の弱みを握った上で、徹底的にしつけます! そのための竿役、ヤク、道具もたっぷり用意してありやす。『まさか、来たばかりの自分の家で?』と油断している間に、全部終わらせる予定です!!」


 今回は、中年男が貫録を見せるために、殴られ役も用意した。

 1人がボコボコにされる様子を見せて、恐怖を誘うのだ。

 その一方で、笑顔の幹部が取り成し、会話の主導権を握る。

 裏では、若衆たちも密かに侵入させた後で、待機。


 自宅に入る口実は、以前の廃ラブホの件で迷惑をかけたことの詫び。

 幹部が自ら足を運んだことで萎縮させつつも、ここでは下手に出て油断させる。

 応じなければ、他の住人や業者が出入りするタイミングで勝手に入り、室矢家のフロアまで行って、出てきた時に押し入る。


 さらに、ガラクタを超高級品と偽り、さも室矢家に来たせいで壊れた、と因縁をつける。

 八つ当たりされる殴られ役は、もっと酷い目に遭うが、見ているほうの恐怖も頂点になるだろう。

 上手くすれば、この脅しだけで、室矢家を掌握できる。


 意気消沈するだけなら、少女を個別で誘い出すか、隙を見せた奴から軽くキメて、手早く廻す。

 それを撮影しつつ、黙っていて欲しければ協力しろ、の常套句で、どんどん墜としていく。


 完全に屈服した少女たちは、適当な名目で同じフロアの違う物件に移動させて、大勢の男を群がらせる。

 今度は遠慮なく打ち込み、命令を復唱させながらイカせ続けることで、誰が主人なのかを教え込む。

 脳に刻み込まれる圧倒的な快楽に押し流され、思考回路と身体があっさりと書き換わっていく。


 室矢家の当主を必ず服従させる必要があるため、男を好む責め役も揃えている。

 最終的には、重遠の目の前で、自分の女が全て寝取られたことを確認させたうえに、本人も処女を失い、別の意味で寝取られる寸法だ。

 美しい少女たちは、少しでも冷静さを取り戻すか、外部へ助けを求めないように、全員をバラバラで監禁。

 1人にすることで、他の少女を人質にする形になり、異能があろうとも全く動けなくなる。

 調教が完了したら、情婦として連れ出せばいい。


 室矢重遠の自宅には、追い込み役の男たちを残して、絶対に逆らえないという恐怖を骨の髄までり込む。

 いっぽうで、慰め役の女たちを自然な出会いを装って接触させ、どこまでも肯定して甘やかし、堕落させていく。

 暴力を振るった直後に優しくして女を堕とすことの、逆バージョン。

 その女たちの言葉で思い通りに動かしつつも、その中に無関係な素人を交ぜることで、また弱みを作っていく。

 型に嵌めた後には、自宅から男たちを撤収させて、代わりに新しい女たちを侍らせることで監視しつつも、長く飼う。



 この計画の成否は、自宅から外部に連絡させず、全員をスピーディーに屈服させること。

 万が一、誰かを逃がすか、仲間に連絡された場合……。


 警察に知られたら、言うまでもなく、逮捕される所業だ。


 今回は退魔師の大手が3つも絡んでいるため、千陣流、真牙流、桜技流を敵に回す。

 どこにも逃げ場はなく、手足の先から一寸刻みにされる。と思うべきだ。


 今回の襲撃は、彼らにとっても大博打。

 成功すれば、室矢重遠たちを裏から操ることで、絶対的な力を持てる。

 だが、失敗したら、考えるだけで身の毛もよだつ末路のみ。


 それでも、これまで手付かずだった方面の美少女たちや、妖怪を従えるなどの異能は、とても魅力的だった。



 後部座席に体を預けた中年男は、ボソッとつぶやく。


「五次の末端じゃ、ただの集金係で、いざとなれば抗争に使われるだけ。どうせ、使い捨てのヒットマンか、上の不始末で泥を被るんだったら、一発逆転に賭けてみるのも悪くねえだろ……」


 隣に座っている備旗も、神妙な顔で同意する。


「ご心労、お察しします。上の連中に気づかれないよう、舎弟たちにも徹底したので……」



 室矢家には、男女の高校生だけ。

 しかも、賃貸マンションの1フロアを借り切っている。

 監禁しやすい環境だ。


 彼らは、異能があっても、世間知らず。

 本当の悪意や暴力を知らない若造たちで、周囲には手下もいない。

 住んでいるのは、頼りなさそうな男子高校生を当主に据えた、都心部ですら珍しい美少女たち。

 日本を裏で牛耳っている流派の秘密もある。


 ふたが開いている宝箱の中に、財宝がギッシリと詰まっている状態に等しい。

 他の連中に先んじれば、それらを独占できるのだ。


 入念に下調べをした彼らは、知れば知るほど欲しくなった。

 騙して桜技流の演舞巫女と戦わせたのに、ろくな報復や追込みもできない素人と分かっていれば、尚更だ。



 満足そうにうなずいた中年男は、改めて段取りを確認する。


「よしよし……。最初は私が話して、頃合いを見計らって若衆を――」

 ピシッ ドシュッ


 ガラスが割れるような、小さな音。

 さらに、硬いものに穴が開いた音も続く。


 キュウァアアアア ブオオオオッ!


 タイヤが地面を削る音に、唸りを上げるエンジン。


 急ハンドルを切られたことで、黒塗りの高級車はいきなり左側に進路を変えた。

 歩道を突き抜け、加速しながら、洒落たビルの1階へ突っ込む。


 周辺にいた通行人は、悲鳴を上げて、ただ逃げ惑う。

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