第326話 千陣流の本拠地で後援会への挨拶回りー②

 さっきの千陣せんじん夕花梨ゆかりが着ていた上下は、本当に素晴らしかった。


 清楚な雰囲気を残したままで、どうすれば色気を出せるのか? 男の劣情を駆り立てられるのか? を極限まで追求したデザイン。


 見えつつも、見えない。

 秘部が丸見えの下着とは、全くの別物だ。


 レースの透け感に強弱を持たせていて、端のドレープまで計算され尽くした造形。

 男の俺ですら、凝った作りだと分かった。

 おそらく、フィッティングと胸の形を整える点でも、最高級だろう。


 ミリ単位で修正を繰り返し、試作品を着させてはチェックする。

 まさに、気の遠くなる試行錯誤の末か。

 下着のデザイナーも、大変だな?


 それにしても、妹のバストが、あれほど大きいとは……。


 咲良さくらマルグリットほどではないが、その分だけ扱いやすそうだ。

 いずれは、どこかの男が揉みしだいて、吸い付くのか。


 まあ、それは置いておくとして、次はいよいよ浮気の調停だ。


 義妹の室矢むろやカレナは、南乃みなみの家の別邸でお留守番。

 ただでさえ神経質な話し合いのため、余計な火種は抱えたくない。

 必要があれば、呼び出す手筈だ。




 ――氷雅莉ひがり


「君が、真牙しんが流の魔法師マギクスねえ……。早姫さきは、それでいいのか?」


 十家の1つ、氷雅莉家の当主である小十郎こじゅうろうは、神子戸みことたまきをジロジロと見た後で、軽く尋ねた。


 彼の傍には、渡したばかりの沖縄土産の箱。

 どうやら、後でゆっくり食べるつもりのようだ。


 いっぽう、多羅尾たらお早姫さきも平然と答える。


「正直に申し上げると、納得できません! だけど、室矢さまと親しい勝悟しょうごが狙われている以上、私1人ではキツいですから……」


 立派な床の間を背景にした爺さんは、上座で座りながら、あっさりと承認する。


「室矢家のご当主の関係か……。婚約の破棄でなく、早姫が了解しているのなら、別にいいよ。勝悟は、もう早姫のご両親と話したようだし……。言っておくけど、真牙流への口利きはやらないから、神子戸くんが自分で交渉してくれ」


「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 環がお礼を言ったら、小十郎はうなずいた。


 同じく上座にいる俺がちらりと寺峰てらみね勝悟しょうごを見たら、殴られた跡があった。

 昨日の夜は、早姫の両親が激怒したようだ。

 ……娘を婚約者にしながら浮気する、と公言して、怒らない親もいないだろうけどさ。


 あ、ブーメランが刺さった気がする!




 ――杜ノ瀬もりのせ


御姫様おひいさまから、話は聞いておる……。ウウッ……。我が杜ノ瀬家も、室矢殿どのに力を貸すゆえ、安心して良いぞ……」


 いきなり、ご当主の泉雲いずもが泣いている。


 爺、どうした?

 沖縄土産が、口に合わなかったか?


 そう思っていたら、隅で控えている式神らしき鬼が、おごそかに告げる。


「泉雲さまは、ちょうど最終回を迎えたアニメ、『抜かば斬る! ~さやの内からの神速の抜刀術~』のロスによる傷心中でございますゆえ……。あまり、お気になさらぬよう」


 そのアニメ、日本刀を携えた少年が鬼を斬りまくる内容だろ?

 鬼を式神にしているのに、それを見て喜んでいたのか。


 夕花梨のアニメ好きで、十家の1つがオタクになっているとは……。


「時に、室矢殿。今度の冬コミなる行事だが、どのように行けば良いだろうか?」


「失礼ながら、泉雲さまの年齢では、あの混雑は少々厳しいと存じます。誰か、人をやってはいかがかと……」


 俺が真顔で返したら、オタク趣味になった爺さんは、そうか、とまた遠い目になった。


 床の前にある刀掛け。

 その大業物おおわざものらしき刀が、とても気になる。


 ちなみに、小坂部おさかべけいは、この杜ノ瀬家の食客だ。

 普段は自分の城に籠っているが、夕花梨の護衛で呼び出されたとか。



 千陣夕花梨の派閥は、どれも我が道を行く御家ばかり。


 氷雅莉家は、広報。

 いっぽう、杜ノ瀬家は妖怪を含めた、文化保護の担当だ。


 新しいことに向き合う機会が多く、十家の中では柔らかい頭を持つ。


 夕花梨が異端ゆえ、固定の支援者である御家も同じカラーだ。

 どうやら、また派閥が動いたらしく、最近まで彼女を支持していたひいらぎ家は泰生たいせい派に移った。


 俺の弓岐ゆぎ家、南乃家。

 それに夕花梨の氷雅莉家と、杜ノ瀬家を足しても、泰生の六家に負ける計算だ。


 柊家は、夕花梨が次期宗家になる可能性が低く、泰生派の一番下のほうがマシだ。と判断したのだろう。

 変に勘繰られるか、妨害をされたくないから、ちょうど良いけど……。




 ――斯波しば


 翌日の午前中には、いよいよ本番だ。


 泰生派の斯波家へ出向くと、前の二家とは比べ物にならない、ピリピリした空気が漂っている。

 でも、俺が力を見せつけたうえに、今日はただの仲裁だから、敵意は感じられない。


 案内された表座敷には、上座で覇気のある男が座っていた。

 使用人が俺たちの到着を告げたら、うむ! と一声だけ発する。


 胡坐あぐらだが、こちらを馬鹿にした雰囲気はない。

 この状態は攻撃や回避をしやすく、どちらかと言えば、俺たちを警戒しているのだろう。


 彼は座ったままで、俺の目を見てきた。


「先日は、電話で失礼した! 室矢殿の席はそこだから、どうぞ座ってくれ! 他の者も、自由にしろ」


 俺は、上座に一番近い位置で、立派な座布団。

 いっぽう、寺峰勝悟と多羅尾早姫はその背後で、普通の座布団。

 神子戸環は一番後ろで、畳の上に正座。


 今回は “室矢家の当主と、その御供” という形だ。

 序列に基づいた扱いで、他流の環は低い。

 正式な交流であれば、真牙流の幹部で、賓客だったろう。



 全員が落ち着いたところで、上座の男がハキハキと喋る。


「俺が斯波家の次期当主、利政としまさだ! 室矢家のご当主には、我が家の当主を出さずに申し訳ない。泰生さまの派閥ゆえ、別の派閥の旗頭はたがしらには会わせられないんだ」


「室矢家の当主、重遠しげとおです。ご配慮いただき、誠にありがとうございます。どうか、お気になさらないでください。この度はお忙しい中ご対応いただき、恐縮です。挨拶代わりに、こちらの手土産を受け取ってもらいたく存じます」


 自分の前に、沖縄土産を置いた。

 控えていた侍従がひざまずき、失礼します、と頭を下げた後で、それを上座の利政に献上する。


「そう言ってもらえると、助かる! 沖縄か……。わざわざ、すまん。今は真剣な話し合いゆえ、後でゆるりといただこう。では、本題に入る! 室矢殿にはしばしお待ちいただくので、そちらのお茶とお菓子を楽しんでくれ」


 俺のほうが格上のため、座った直後にお茶と和菓子が用意された。

 お礼を述べてから、和菓子を少しだけ口に運ぶ。

 勧められたのに手付かずでは、相手にナメられるか、気分を害するからな。


 斯波家の次期当主と、その本邸で会っているんだ。

 これで毒を盛れば、言い訳できない。

 見えない部分で嫌がらせをしているようなら、それに見合った態度に変えるまで。


 案の定、こちらを見ていた利政の顔が、ほう? と感心した様子に。

 何かにつけて品定めをされるのは、窮屈だ。

 ともあれ、社交辞令の挨拶が終わり、いよいよ裁定が始まる。


 彼は、俺に対してのフレンドリーな雰囲気から一変。

 支配者として、威圧する喋り方へ。


「さて、勝悟……。早姫と婚約していながらも、そこにいる真牙流のマギクスを愛人にしたいのだな?」


「は、はい! この度は、若さまにお手数をおかけして、大変申し訳ございません」


 ふむ、という表情になった利政は、もう1人の当事者である早姫を見た。


「君は、氷雅莉家の寄子よりこだね? そちらは、すでに承諾しているのか?」


「はい。私と勝悟の実家だけではなく、氷雅莉家のご当主からも、許可をいただきました」


 両腕を組んだ利政は、最後に環へ話しかける。


「本当に来るとは、良い度胸だ。ここまで反対がないのなら、ウチとしても別にいいのだが……。真牙流にいる幹部候補となれば、何かあった時に困る」


「真牙流には、僕が自分で話をつけますので……」


 険しい顔の利政は、さらに突っ込む。


「それは、『千陣流に入り直す』という意味かな?」


「いえ。真牙流で幹部候補になっている僕は、他流に移れません」


 環の返事を聞いた利政は、どうしたものか、という顔に。

 横目で、こちらを見てきた。


 ……室矢家で引き取れ、と言いたいのか。



僭越せんえつですが、俺が勝悟の寄親よりおやになりましょうか? すでに真牙流の有力者を御家に加えていますし、多少の伝手もありますので……」


 その発言を聞いた利政は、考え込む様子に。


「名案だ。それなら、ウチが苦労することもない! だが、寺峰家はウチで頼りにしている寄子だ。即答できぬ。……協議した後に、改めて返事をしよう。それまでは、暫定的に室矢殿の寄子にしていただけるよう、お願いする」


 実際には、寺峰家は下っ端に近い。

 十家の次期当主で、自分の寄子の処遇なら、即決できる案件だろう。

 しかし、物事には様式美というものがある。

 どれだけ下でも、お前は不要だ、と宣言されるのは嫌だ。


 要するに、俺が勝悟を引き取るのなら、勝手にしてくれ。という返事。


 そもそも、十家より上にいる室矢家の当主が出向かなければ、勝悟と早姫の2人は利政に会えなかった。


 次期当主なら、当主の代行もあって、目が回る忙しさだし。

 普通に申し込んでいたら月単位、あるいは、数年も放置されていたのだ。



「ところで、室矢殿?」


 いきなり呼ばれて、俺は利政を見た。


「何でしょうか?」


「貴殿が強いことは、大百足オオムカデとの立ち合いでよく分かった! どのように修行をされたか不明だが、その強さには敬意を表したい! 斯波家が泰生さまを掲げることに変わりはないが、これまでの数々の非礼を詫びると同時に、室矢家の益々のご活躍をお祈り申し上げる!」


 そういえば、この御家は尚武だったか。


 思い出した俺は、すぐにお礼を言う。


「過分なお言葉をいただき、嬉しく思います。千陣流の御家として恥じぬよう、武勇に優れている斯波家を見習い、日々精進していく所存です」


 相手は敵対している派閥だから、どうしても微妙な表現になってしまう。

 でも、浮気の調停は、これで終わったぞー!

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