第325話 千陣流の本拠地で後援会への挨拶回りー①
政治家の1日50人を目標とした連日歩きに比べれば、よっぽど楽だけどね。
顔を出さないと、これだけ支援しているのに! と思われる。
向き合って話すことで、今後の関係が有利にも。
ただ、今回は親友の浮気の調停もあるのが、気がかりだ。
東京から京都への道のり。
車で高速道路を走らせても、半日がかりだ。
この重い空気の中では、憂鬱になる。
男子と女子で分けて、2台に乗車。
理由は、
俺は、隣の勝悟に話しかける。
「結局、あの2人は話をつけたみたいだな?」
「おそらく、
憔悴しきった表情で言われると、軽口を言い辛い。
早姫は、今朝の乗車する直前で、千陣流の二家が認めたら、環を勝悟の愛人にする。と言ってきた。
その表情は、まだ納得していない感じだが、ベルス女学校との会談よりも落ち着いていたから、一安心。
2人の婚約を認めた二家が納得しても、早姫の親から殴られそう。
俺は、
――千陣流の本拠地
はい。
半年も
俺と詩央里は、南乃家に滞在。
多羅尾早姫、寺峰勝悟の2人は、それぞれの実家へ。
他流の
「神子戸さんは、ウチの客人です。放置したら、間違いなく冷やかし、悪ければ襲撃されますから……」
詩央里は、使用人に荷物を運ばせながら、環に告げた。
「ありがとう! ご挨拶は、誰にすればいいかな?」
これから訪問する御家に、先触れを出す。
武家屋敷の立派な玄関口で、立ったまま。
さあ、中へ移動しようか、と思った頃に――
「こ、これは、
その言葉に振り向いたら、見覚えのあるメガネが。
「いや、たまたま立ち寄っただけだ。彼らと話したら、すぐに移動するので、どうかお構いなく……」
イケボで返した九条
「色々と活躍しているようだね、室矢くん。今日はみんなで里帰り……ではなく、込み入った事情だと聞いているが?」
お辞儀をした後で、すぐに答える。
「はい。今回は、多羅尾家と寺峰家の仲裁です。こちらにいる神子戸さんも、関係していまして……」
「多羅尾家の早姫です」
「寺峰家の勝悟です」
「神子戸です」
3人の自己紹介を聞いて、環も眺めた和眞さんは、小さく頷いた。
「そうか、君が……。ウチにも、色々な人間がいるからね。1人でウロウロするのは、止めておいたほうがいい」
「ありがとうございます」
頭を下げた環に応じた和眞さんは、俺に向き直った。
「室矢くんも、一端の当主らしくなってきたね? 泰生さまの派閥とはいえ、何かあったら僕や、副隊長の
俺は慌てて、十家への挨拶のために用意した、沖縄土産を差し出す。
和眞さんは大人だから、地酒を封じ込めたチョコの詰め合わせだ。
1個350円で、10個入り。
贈答用にも使える外箱で、もちろんギフト包装をしてある。
「沖縄? ……ああ、君は夏休みだったね! 他の人に渡す分は、大丈夫かな? ……では、ありがたくいただくよ」
そう言った和眞さんは、俺たちの別れの挨拶を背にしたまま、夜の闇へ消えていった。
渡された沖縄土産を大事そうに抱えながら……。
どうでもいいけど。
あの人、俺たちが来るたびに、やってくるよね?
俺は、本邸の一室。
詩央里と環は、敷地内の別邸に泊まった。
ないとは思うけど、ここでも誰かが仕掛けてくる可能性があったからな。
――翌日
千陣家にある、
同じく沖縄土産――黒糖のカヌレ(冷凍)――を渡して、親父の予定を尋ねると、すぐに返事をされる。
「お土産をいただき、ありがとうございます。……お父様は忙しく、今回はすぐにお会いできません。用向きは、私が代わりに
そう言った夕花梨は、座布団に座ったままで、スッと浅いお辞儀をした。
「今回は、お前に用があるんだ」
俺の言葉に、夕花梨は流れるように上半身を戻した。
「何でございましょう?」
「用件は2つ。一緒に連れてきた勝悟と早姫の御家に、他流の神子戸環という女を加えたい。現状で、その女は愛人にする方針だが、お前の派閥である
小さく頷いた夕花梨は、間を置かずに答える。
「ああ、その話ですね! 私は別に構いませんから、氷雅莉家のご当主が了解するだけです。揉めるようなら、私も口添えしましょう。それで、もう1つは?」
「俺が高校を卒業するまでに、室矢家の体制を固めておきたい。お前に、ウチで働いてくれて、信用できる人間を紹介して欲しいのだが……」
それを聞いた夕花梨は、チラッと詩央里を見た。
自分への視線を感じた彼女は、同じく座布団に座ったままで、夕花梨を見つめ返す。
「その件は、承知いたしました」
目を閉じた夕花梨は、その言葉をしばらく
次に、アンバーアイで、俺を見る。
「1人、心当たりがあります。その者を東京へ派遣しましょう。また、私から氷雅莉家、
「えっと、そういうことなら……。氷雅莉家は仲裁のために顔を出すが、杜ノ瀬家にも挨拶をしたほうがいいよな?」
俺の質問に、夕花梨は微笑んだ。
「そうですね。私から杜ノ瀬家に連絡して、詩央里のスケジューリングに合わせましょう」
沖縄土産のカヌレを程よく切り分けて、上品に食べた夕花梨は、湯のみでお茶を啜った。
アニメキャラのコスプレをした
実に見事な所作で、抹茶を点てている。
茶筅を立てたままで、水面を泡立てているから、たぶん裏。
シャシャシャッ
皐月は、中央で泡を盛り上げるように茶筅を上げ、そっと置く。
大きな茶碗を両手で持ち、夕花梨から正面が見えるように回した。
それが置かれた後に、双方で両手をつけてのお辞儀。
夕花梨は、左手で底を支え、右手を側面へ添えた。
その茶碗の模様を楽しんだ後で、二度ほど横に回す。
これは、正面の絵柄に口をつけないための配慮だそうだ。
吸いきりの音を立てて、飲み切った後で、畳の縁外へ置く。
「もう一杯、いただけるかしら?」
「はい。少々、お待ちくださいませ……」
俺が眺めていると、くすりと笑った夕花梨に見られた。
「どうぞ……。せっかくの皐月の抹茶ですから」
「では、いただくよ」
「お点前、頂戴いたします」
俺たちが抹茶を味わっていると、次のカヌレを食べている夕花梨が話しかけてくる。
「本当は、お茶が出る前にお菓子を食べきるとか、約束事が多いのですけど。正式な茶会ではありませんから、無礼講ということで……。茶名を持っている師匠に言わせれば、『先人の心をもっと理解なさい』とお説教でしょう。フフ」
よく分からないが、夕花梨は楽しそうだ。
あれ?
ちょっと、待てよ?
「夕花梨。お前、学校はどうした? 泰生は夏休みが終わって、全寮制の学校へ戻ったんだろ?」
キョトンとした彼女だが、すぐに返事をする。
「はい。泰生は、この屋敷にいません。私は、今から転校しますので、その準備のために残っています」
「へえ。それで、この部屋もガランとしているのか……。まあ、新天地でも、せいぜい頑張ってくれ」
俺が感想を言ったら、夕花梨はポタッと抹茶を零した。
隅で控えていた
「シミになりますので、この場で失礼いたします」
こいつにしては、珍しいミスだな。と思っていたら、水無月は布で吸い取らせつつ、夕花梨を脱がせ始めた。
シュルシュルと衣擦れの音に、慌てて目を逸らしたら、目の前で着替えている妹の声が聞こえてくる。
「そうですね。早く認めていただけるよう、微力を尽くして取り組む所存です。ところで、これはどうでしょう、お兄様?」
水無月が勢いよく脱がせたことで、白の上下も目に入った。
動揺のせいか、反射的に夕花梨のほうを見る。
「これは、オーヴィーの高級ブランドです。似合っていますか? 上だけで、2万円もしたのですけど……」
あの……。
それ、繊細な刺繍による草の模様だが。
白だから頂点の丸いところが部分的に透けていて、裸よりもエロいぞ?
下の大事な部分も、
しばらく見ないうちに、すっかり女らしい身体になってまあ……。
「エロくて、良いと思うよ? 兄である俺に見せられても、反応に困るけど……」
すると、詩央里がいきなり叫ぶ。
「水無月は、いつまで布を当てているんですか!? 先に、夕花梨の着替えを用意しなさい!」
「急いでいるよー! 着物は、早く処置をしないとォー」
水無月の返事は、全くの棒読み。
「若さま、行きましょう! 次の予定があります!」
いきなり絶叫した詩央里は、立ち上がった。
モデルのように、両手を後ろで組んだまま立っている夕花梨の姿は、彼女の手の平で見えなくなる。
そのまま、詩央里に腕を引っ張られて、次の御家を訪問した。
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