第327話 千陣流の本拠地で後援会への挨拶回りー③

 寺峰てらみね勝悟しょうごの浮気の調停は、無事に終わった。

 せっかくだから、他の用事も片付けておこう。



 ――弓岐ゆぎ


「お主らとこれだけ早く再会するとは、思わなんだ……。沖縄では、だいぶ暴れたようだな?」


 沖縄土産の箱をしげしげと眺めた当主の有宗ありむねに、問い詰められた。


 急いで、言い繕う。


「いつもご支援いただき、誠にありがとうございます。沖縄では未曾有みぞうの危機ゆえ、独断で、海防に参加しました。真牙しんが流の魔特隊への名乗りについても、彼らが千陣せんじん流と室矢むろや家を侮辱したことでの処置です。同じく真牙流の防衛任務への参加は、我が家の咲良さくらマルグリットを留めるための行為」


 しわだらけの手を振った有宗は、口調を変える。


「いや、咎めているわけではない。魔特隊の明確な侮辱に対して、きちんと処置したのは、正しい対応だ。それに、あそこで沖縄の防衛戦に参加しないほうが、ウチの上位家として、詰められただろう……。お主の防衛任務も、夕花梨ゆかり様から報告を受けておる。ワシとしては、お主が形だけでも千陣流の一員であり続けて、夕花梨さまと詩央里しおりを大事にするのなら、それで良い」


 拍子抜けした俺を見た有宗は、話を続ける。


「ワシを含めて、お主を散々に冷遇してきた千陣流だ。今となっては、恨みはあれども、使命感や帰属意識はなかろう? だから、お主にとって大事な女のために動け。そこに夕花梨さま、詩央里がいれば、すなわち千陣流のためになる」


 有宗は、溜息を吐いた。

 珍しく弱気になって、本音を言う。


「ワシはな……。お主をもっと昔に、排除するつもりだった。霊力ゼロで、いつも情緒不安定な、宗家のご子息。それが、どれだけの混乱を巻き起こすか……」


 お茶を啜った有宗は、俺の顔を見ながら、付け加える。


「詩央里との初夜は、すでに婚約していたとはいえ、お主らの独断だった。けれど、手筈を整えた夕花梨さまは次期後継者の1人で、厳しく処罰できない。詩央里も、将来を期待されている人間だ。その結果、『重遠しげとおの子種さえあればいい』と思われても、不思議はあるまい?」


 俺の横にいる南乃みなみの詩央里しおりは、目を見開いた。

 けれども、彼女が質問できる雰囲気ではない。


 代わりに、俺が問いかける。


「あんたは、どれぐらい関与したんだ?」


「黙認したぐらい……。当主会を通った時点で、他の御家については察しろ。ただし、南乃家と夕花梨さまの二家――氷雅莉ひがり家と杜ノ瀬もりのせ家――は、反対票だった。御宗家ごそうけとご家族もな? そこは、信用できる」


 だろうと思った。


 今になって、真実を打ち明けた理由は――


「俺が、真牙流の悠月ゆづき家と親交を持ったからか?」


 うなずいた有宗は、自分の考えを述べる。


「そうだ。桜技おうぎ流の天沢あまさわ咲莉菜さりなも脅威だが、所詮は小娘。すぐに動かせるのは、直属の近衛このえぐらいだ。けれども、真牙流の悠月家は違う! 政財界に根ざしていて、社会的な力がある。防衛任務の報告でも、お主の実力はよく分かった。式神の『ブリテン諸島の黒真珠』についても……」


 つまり、手遅れにならないうちに、言いたいことを言っておきたかったのか。


 俺の思いを知ってか知らずか、有宗は続ける。


「もはや、お主を始末して片付く話ではない。曲がりなりにも千陣流の一員として動き、他流に認めさせるほど活躍しているお主を害すれば、示しがつかぬ」


「強ければ、全てが許されるか。良い業界だな?」


 冷たくツッコミを入れたが、有宗は怒らない。


「ああ、その通りだ。どうせ実力を持っているのなら、なぜ最初から発揮せぬのか? と怒鳴りたくもあるがな……」


「俺も、好き好んでやっていたわけではない」


 であろう、と返した有宗は、疲れた様子になった。


「お主は中途半端だ。さりとて、今からココに閉じ込めて、次期後継者の教育を始めるわけにもいかん。桜技流、真牙流の重要人物に、深く関わりすぎておる。せいぜい、好きに生きろ」


「言われずとも」


 俺の返事に、有宗は笑った。

 そして、座布団に座り直す。


「改めて、お主の考えを聞かせてくれんか?」


「千陣流の上位家の1つ、室矢家として行動する。真牙流については咲良マルグリットの件で揉めたが、高校を卒業するまでの猶予をもらった。ちょうどいいから、その間に室矢家の体制を固める。どの進路でも自由にならないだろうから、今のうちに遊んでおくさ」


 何度も頷いた有宗は、やがてポツリと言う。


「それだけ聞ければ、十分だ。お主が、もとい室矢家が千陣流として活躍するのであれば、高校卒業まで変わらぬ援助をしよう。後のことは、その時だな」


 話を打ち切る雰囲気になったが、ここで有宗が詩央里のほうを向いた。


「お主も、重遠がされたことを知れば、激怒しよう。それを許せとは、言わぬ。ワシのことを嫌っても、憎んでも良い。もし、ワシや千陣流に復讐をしたいのであれば、好きにするがいい。お主らの子供が新たな千陣流を作るのも、また一興じゃ」


 一方的に言い終わった有宗は立ち上がり、沖縄土産を小脇に抱えたまま、表座敷から出て行った。



 ◇ ◇ ◇



 重い空気の中で、俺と詩央里は南乃家の敷地へ戻った。

 別邸の夕飯に呼ばれたので、食卓を囲む。


 神子戸みことたまきはお世話になったことに感謝して、お役に立てるのならば、いずれこの恩を返す。と続けた。

 こずえさんは、それを受け止め、世間話へ。


 女性陣が楽しく話す一方で、俺はあきらさんに話しかける。


「そういえば、桜技流で認められたのですけど、南乃隊から恨まれますかね?」


 ステーキを食べている暁さんは、少し考えた後に、答える。


「ウチは、『桜技流の演舞巫女えんぶみこに襲われて面倒』というだけだ。御神刀でも、妖刀でも、俺らには変わらんよ。お前が『入隊したい』と言えば、確かに問題だが……」


 思案する素振りを見せた暁さんは、手酌のお猪口を傾けながら、逆に質問してくる。


「最近、だいぶ派手に動いているようだな? 夕花梨さまが立ち会ったにせよ、桜技流、真牙流にも顔が利くとか……。お前は、他流へ移りたいのか?」


「いえ。千陣流で立場を築こうとして、他流の力を借りたら、結果的に深入りしすぎた感じです」


 俺の返答で、暁さんは長く息を吐いた。


「お前なあ……。だいたい、詩央里がいながら……。いや、すまん。ウチも、力になってやれなかったからな……。詩央里と夕花梨さまがいなければ、今のお前はなかっただろう」



 ◇ ◇ ◇



 東京への帰り道。

 俺は再び、寺峰勝悟と2人になった。


「世話になったな、重遠。いや、『ご当主さま』と呼んだほうがいいか?」


「公式の場でなければ、いつも通りでいい。それより、早姫さきたまきの3人の御家にするのだな?」


 俺の問いかけに、勝悟は頷いた。


「ああ……。まさか、俺もお前と同じ境遇になるとは、夢にも思わなかったが……」


 ふと思いついた俺は、勝悟に言う。


「ようこそ……。こちら側の世界へ!」

「元はと言えば、お前がグループ交際に誘ったせいだろォ!?」


 だが、勝悟はすぐ真剣な表情になった。


紫苑しおん学園では航基こうきが、奥方さま……詩央里ちゃんと、マーちゃんのことを気にしている。どうやら、彼女たちのマンションにも出没しているようだぞ?」


 スマホの表示をチェックした俺は、頷いた。


「把握している……。メグからも、『航基こうきが押しかけてきたから、自宅に入れた後で叩きのめした』と連絡があった。俺と詩央里の留守を狙うとは、変なところで運が良い奴だ」


 メグは、咲良マルグリットの愛称だ。と説明したら、勝悟は唸った。


「あいつ、何やっているんだよ……。どうする、重遠? 俺と早姫さきで始末してもいいが……」


「いや、まだだ……。航基には、何も説明してこなかった。ゆえに、奴が『詩央里とマルグリットは高校に通学できないまま、重遠の自宅で囲われている』と考えても、不思議はない。もちろん、奴の行動は、ただのストーカーだが」


 鍛治川かじかわ航基こうきは原作の主人公だから、という本音を隠したままで、隣に座っている勝悟を説得する。


 浮気の調停をした後で、もう俺の寄子よりこだから、基本的に逆らうことはない。

 それでも、どのように接するのか? に注意するべきだ。


 俺は、勝悟の顔を見ながら、説明する。


「室矢家の関係者を集めて、彼らの口からも発言させることで、俺の立場と事情をしっかり説明する予定だ。お前と早姫は、すぐに奴を押さえられるポジションで参加してくれ。間違いなく、暴れ出すから」


「気を遣いすぎじゃないか? 航基はフリーの退魔師だから、末端のエージェントに警告させて、まだ逆らうなら始末すればいいと思うが……」


 勝悟のもっともな意見を聞いた俺は、首肯しつつも、否定する。


「そうだな。しかし、航基は鍛治川琉という、今は断絶している流派の宗家を気取っていて――」


 同じクラスの小森田こもりだ衿香えりかが航基のことを好きで、千陣流の退魔師になった。

 今は、沙雪さゆきという退魔師と、3人のチームを組んでいる。


 そのことを手短に伝えた。


 腕を組んだ勝悟は、その面倒な状況に息を吐いた。


「衿香も、ウチの退魔師になったのか。詩央里ちゃんの親友だし、扱いが難しいなあ……。分かった。その話し合いでは、早姫と一緒に露払いをする。ところで、他に誰が来るんだ?」


「桜技流の演舞巫女たちと、真牙流の悠月家の長女だ。航基と揉めるから、衿香は呼ばない。そちらの三人組からは、沙雪、航基の2人だけ」


 お前、さらっと他流の人間を呼べるのだな。とつぶやいた勝悟は、質問をしてくる。


「紫苑学園の高等部に編入してきた時点では、それらの知人はいなかったよな? まだ半年で、どこをどうしたら、電話やメール1つで呼び出せる関係になったんだよ」


 長い話だ。

 それに、親友で寄子にもなったが、ベラベラと全てを話すのは危険。


 片手を首の後ろに当てた俺は、簡潔に答える。


「まあ、色々あってな……」

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